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第一章
3.サバイバル実習 その⑤:惜敗
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一日目の三回戦が無事に終了し、ポイント精算が行われる。結果は以下のようになった。
〔図6.一日目終了〕
一位:一組――275
二位:三組――257
三位:二組――256
この結果開示を受けて、詳しいポイントの内訳が分かった。『クラス拠点』は0ポイント、『中央拠点』は11ポイント、『拠点』は『中央拠点』からの距離に応じて1~10ポイントだ。
ポイント的に見ると、一組が二位以下に18ポイント差をつけて頭一つ抜けている。というのも、一組は二回戦目以降の攻め方・守り方に変化をつけてきた。
攻める方では『空き巣』のように防御が手薄な『拠点』を巧妙に攻め、守る方では不規則な防御配置にも関わらずピンポイントで『拠点』を守りきる。まるで、こちらの動きを全て見通しているかのようだった。
二組には1ポイント分だけ競り勝っているものの、こんなものは優位とはいえない。『拠点』の数で言えば、『拠点』を一番多く喪失しているのは我々三組なのだから。
そういう訳で総評すると、この結果は惜敗に当たるだろう。ポイント発表後、我々三組はすぐさま緊急作戦会議に入らざるを得なかった。
「色々と言いたいことはあるが……まず、一組の指揮を執っているのは誰だ? こんな戦術家がいたか?」
ヘレナの純粋な問いかけに皆、顔を見合わせる。これまでの折節実習を振り返ってみても、そのような人物には誰も心当たりがないようだった。
――ただ一人を除いて。
「使い魔よ!」
皆の視線が一斉に発言者へと向けられる。自信満々に答えたのはマチルダだった。彼女は勢いよく立ち上がって発言を続ける。
「確かアナスタシアとかいう地味なヤツが、私と同じように高位魔族と契約していた筈……そいつが助言しているんじゃないかしら?」
高慢ちきで妙に誇らしげな言い方だった。自分の使い魔を自慢したいだけなのが透けて見える。
「ねえ、アナタはどう思う? アウナス」
マチルダは、輪から外れて木にもたれかかっていた自分の使い魔――アウナスに声をかけた。
彼が高位魔族であるという事自体は、マチルダが煩いほどに触れ回っているので私も知っている。女夢魔のリリーと同様に、一見すると品の良い青年にしか見えない。
アウナスは、自身に集まる視線を鬱陶しそうにしながら応える。
「ひょっとして僕に意見を求めているのですかぁ? 子供同士の他愛ない諍いに僕のような〝魔界〟の住民がとやかく口出しして良いものか……」
「別に構わないわよ、アウナス。そういう連携も評価対象なのだし」
「ふぅむ、それでは」
アウナスは勿体ぶった気障ったらしい仕草で、マチルダに持たされたカラギウスの槍で天を指し示した。皆、つられて空を見上げるが、そこには雲ひとつない星空があるだけだ。それがどうしたと視線を戻すと、今度は右の茂みに左の木々にとあちこち槍先を動かしてゆく。
「無知蒙昧なる童たちよ。『サバイバル実習』とやらの最中、頭上へは注意を払っていましたか? 或いは水場、草陰……そういったところから、私はひしひしと刺すような視線を感じていましたがねえ」
「――そうか、斥候か」
はっと気づいたようにヘレナが叫ぶ。言われてから私も気づいた。そうだ、何も全員が結界内に入って『陣取り合戦』に加わらなければならないというルールはない。10分の移動時間を斥候に徹し、戦闘には参加しないというのもアリなのだ。どうして、そんなことに今まで気づかなかったのか。
ヘレナは、輪の外から私たちの緊急会議を見守っていたクラウディア教官の方をバッと振り向いた。
「質問します。今、アウナスが言ったようなことは可能ですか? 戦闘に加わらず、斥候として役割を全うするというやり方は……」
「可能だ。禁じられぬ限り、お前たちにやってはいけないことなどない。勝利のため、自らの力量を存分に示せ」
戦いにはタブーなんてないと、そういうことか。実に実戦的じゃないか。
クラウディア教官の返答を受けて、マチルダは自らの使い魔を怒鳴りつけた。
「――アウナス! 気づいていたなら早く言いなさい!」
「はは。いやはや、拙くもその気配は偽装されていたものですから、てっきり点数をつけている教師の使い魔かと。僕にとっては貴方たち童も教師も大差なく見えるもので――」
アウナスの言葉を遮るようにマチルダがぷりぷり怒って突っかかるが、カラギウスの槍で軽くいなされている。使い魔は契約者に似るというが、それは本当らしい。どちらも糞だ。
一方、輪の中心ではヘレナが冷静に呟いた。
「どうやら、根本から用兵を見直す必要があるようだな……皆、自分の使い魔に何ができるのか改めて教えてくれないか」
緊急会議も一段落して、夕食を取ることになった。
今日からは、昨日のように饗されることもなく、代わりにこの地域で採れる可食動植物が材料のまま出された。
これこそ、『サバイバル実習』をサバイバルたらしめる要素の一つ。食材のラインナップは所持している『拠点』によって変化するらしい。より多くの『拠点』を奪えばもっと豪華に、逆に失えば貧相になる。
(流石に、水とかの必要不可欠なものは『クラス拠点』の近くに設定されているようだけど)
可食動植物の知識については授業で既に習った範囲だが、実践に勝る知識なし、今回の折節実習によって理解がより深まることだろう。
役割分担しての料理はもはや慣れたもので、私たちはさっさと夕食を作り終え各自で好きに食べ始めた。皆、疲れているのか口数は少ない。だが、私も一緒になってぼやぼやとしてはいられない。
私はさっさと夕食を掻き込んで、余った食材を幾らかくすねつつルゥのもとへ駆け寄った。
「ルゥ! 私たちも明日に向けて作戦会議をするわよ!」
「え、でも……私たちは……」
「良いから、こっちに来なさい!」
戸惑う食事中のルゥを無理矢理に人気のないところまで引っ張っていって正面に座らせる。その隣には再召喚された木精のメリアスがちょこんと座った。
「食べたらアンタも手伝ってよね」
そう言って、私はくすねてきた食材の皮剥きに入る。
「リンさん、それは……?」
「芋」
余っていた芋だ。幸い調理器具は用意されていたので、それを使い皮を無心で剥き続ける。
(――全く、思い出すとムカっ腹が立つ)
一回戦・第3セクション終了後、あれだけの啖呵をきっておいてグィネヴィアにボロクソに負けて帰ってきたので、私は思いっきりマチルダにバカにされた。
頭の血管がブチ切れるんじゃないかってぐらいに悔しかったが、敗北の事実を動かすことはできない以上は、「じゃあ、アンタもグィネヴィアと正面から戦ってみなさいよ」と言い返すので精一杯だった。その言葉はマチルダを黙らせることには成功したが、そんな糞にも劣る口喧嘩の中で、彼我の優劣を認めてしまったこともまた惨めだった。
「そ、そういうことじゃなくて……あの、どうして、皮を剥いているんですか?」
私は返事に困った。その理由を話すには、少し時を遡らなくてはならない。
代表選考試合の二回戦目で負けたあと、私はマネに食わせる飯は何が良いか調べてみることにした。魔石なんて高級品を戦闘の度に食わせてなんかいられないから。試合の時はアメだったが、他のものからも〝力〟を得られるかどうか実際に試していった。
すると、効率の差こそあれ大概の食べ物で〝力〟を増強させることができた。その中でも、特に甘い物が飛び抜けて効率が良かった。
つまり――糖!
色々と試した結果、糖がマネのエネルギー源なのだと確信した。ただし、魔石と違い糖の場合は長く膨張していられないようで、数分で萎えんでしまった。どうも、そこにも私の魔力量が関係しているらしい。
魔力量……まあ、こればっかりは嘆いても仕方ない。
さて、という訳でこうして芋の皮を剥いている理由は、芋からデンプン糖を抽出するための下準備だ。
砂糖があれば砂糖をそのまま使ったが、調味料は最低限の量しか用意されていなかったので断念した。貴重な糖分を私のような落ちこぼれがごっそり持っていったりしたらクラスメイトに殺されるだろう。そこで芋だ。芋は量が多すぎて余っていたくらいだから、こうしてくすねても文句は言われないと踏んだのである。
――と、上記の理由を全て語るのは面倒くさすぎたので、私は端的に伝える。
「準備してるのよ、勝つための」
「か、勝つ……?」
「ぽえ……?」
ルゥとメリアスが揃ってこてんと首をかしげた。なんだか、私と彼女たちの間に激しい温度差を感じる。だが、これしきのことでめげてたまるか。
「そうよ、このままじゃ終われないわ! クラスを勝たせるのはもちろんだけど、ついでにグィネヴィアにもリベンジしてやらないとね!」
「よく言ったぞ、リン!」
「遅いわよ、マネ!」
ボトリ、と空中からマネが落ちてきた。ようやく、門が開いて再召喚できたようだ。大体、二時間半か。度重なる戦闘で魔力を殆ど消耗していることを加味しても時間がかかりすぎだ。もっと精進しなければ。
「二回戦分もサボったんだから、明日からはバリバリ働いてもらうわよ!」
「それはお前さんの魔力が少ないせいじゃーい」
「うっさい! 分かりきってることを言うな! 腹が立つだけじゃーい!」
自分への苛立ちから、芋の皮を剥く手にも力が入る。
「で、でもぉ……勝つっていっても、どうやって勝つんですかぁ……?」
いつの間にか夕食を完食していたらしいルゥが食器を置いておずおずと尋ねてきた。
「……それはこれから考えるのよ!」
「え、えぇ~!」
さっきの緊急作戦会議によって、『ポイント重視』の基本方針はそのままに、用兵を大改革することになった。空中を飛び回れる使い魔は空から斥候を、水中に向く使い魔は川の近くに配置し斥候と輸送要員に、木々と交信できる使い魔は斥候と伝達員……という風に、各使い魔の特徴を活かす形にし、戦闘要員も互いの相性や弱点を補強するように二人一組を組み直した。
しかし、肝心の私たちはというと、その大改革の渦中にポツンと取り残されて全くの無風状態だった。相も変わらず余り物同士の二人一組、ポイント的に優先度の低い端っこ担当。
メリアスは木精だから、さっき言ったところだと伝達員の役を担えそうに思えるが、幼すぎてそう遠くまでは交信できないらしい。一応、空を飛べることは飛べるので、上空から索敵して敵が守っていなさそうな『拠点』を攻める『空き巣』狙いというなんとも地味な役回りだ。
このままでは教師陣からの点数が稼げそうにない。どうにか活躍しないと。
しかし、私に魔法面で欠陥があるように、ルゥにも戦闘員として致命的な欠陥があった。
それは『他者を攻撃できない』という欠陥。
物言わぬ的を狙う時は問題ないが、対象が人や魔族・魔物となると途端に体が萎縮して攻撃できなくなってしまう。それが例え非殺傷設定の魔法・武器でもだ。
対して、第3セクションで戦った〝残雪〟なんて雅な二つ名を冠するあのグィネヴィアなんかは、こっちの事情なんてお構いなしに得意の氷属性魔法を広範囲に放って動きを封じた後、適当な魔法で軽く仕留めてきた。
(全くどうしたものかしらね。マネの解放で不意を打って、カラギウスの剣で上手いこと斬っちゃえば勝てることは勝てるんだから、ルゥには最低でも注意を引くぐらいはして欲しいんだけど……)
だが、ルゥはふと目を向けただけで体をビクつかせ、私が何かを言うまでもなく勝手に震えだすほどの小心者だ。そのあまりに小動物じみた反応に思わずため息を付いてしまった。
「アンタねえ……その臆病というか、妙に心配性なところは直した方が良いわよ。今日も移動でバテた理由ってのが、無駄ま荷物をたくさん持ち歩いてたからなんでしょう? 取り敢えず、医療箱は要らないわよ。クラウディア教官のいるテントに戻してきなさい」
「で、でも……もし怪我したら……」
「ヤバい怪我なら教師陣が飛んでくるわよ。擦り傷ぐらいなら我慢しなさい! それと予備は杖一本で良いわよ。カラギウスの剣なんてアンタ使わないでしょ。あと、これとこれと、これも……」
「あ、あぁぁ~……」
ルゥのカバンを引ったくって勝手に中身を選別していると、思いもよらぬところから助け舟が出される。
「おいおい、その辺にしとけって」
「は? マネ……どうして庇うのよ」
「人はそう簡単に変わらねぇっての。心配したがってるなら好きなだけ心配させとけ! それよか、発想を転換した方がいいぜ」
マネが人を語ることに強烈な違和感を覚えたものの、取り敢えず話を聞いてみることにした。
「オレ様にできること、リンにできること、ルゥとメリアスにできること……そういう方向で考えた方がいい」
「……つまり、配られた手札で勝負するしかないってことを言いたいわけ?」
「おうとも! 人間だろうが魔族だろうが、できることとできないことがあるぜ!」
そんな当たり前のことは改めて言われるまでもないが、確かに一理ある。ルゥの心配性は一朝一夕で治るようなものには見えないし、どうにかしようと試みるだけ時間の無駄かもしれない。
「ふーん……ねえ、アンタたちに何ができるのかもう一回教えてもらえる?」
「え、私たちに……?」「ぽえぽえ?」
「あ、皮を剥きながらお願いね」
「は、はい……」「ぽえ……」
私たちは一緒にせこせこ芋の皮を剥き続けながら、夜遅くまで話し合った。
〔図6.一日目終了〕
一位:一組――275
二位:三組――257
三位:二組――256
この結果開示を受けて、詳しいポイントの内訳が分かった。『クラス拠点』は0ポイント、『中央拠点』は11ポイント、『拠点』は『中央拠点』からの距離に応じて1~10ポイントだ。
ポイント的に見ると、一組が二位以下に18ポイント差をつけて頭一つ抜けている。というのも、一組は二回戦目以降の攻め方・守り方に変化をつけてきた。
攻める方では『空き巣』のように防御が手薄な『拠点』を巧妙に攻め、守る方では不規則な防御配置にも関わらずピンポイントで『拠点』を守りきる。まるで、こちらの動きを全て見通しているかのようだった。
二組には1ポイント分だけ競り勝っているものの、こんなものは優位とはいえない。『拠点』の数で言えば、『拠点』を一番多く喪失しているのは我々三組なのだから。
そういう訳で総評すると、この結果は惜敗に当たるだろう。ポイント発表後、我々三組はすぐさま緊急作戦会議に入らざるを得なかった。
「色々と言いたいことはあるが……まず、一組の指揮を執っているのは誰だ? こんな戦術家がいたか?」
ヘレナの純粋な問いかけに皆、顔を見合わせる。これまでの折節実習を振り返ってみても、そのような人物には誰も心当たりがないようだった。
――ただ一人を除いて。
「使い魔よ!」
皆の視線が一斉に発言者へと向けられる。自信満々に答えたのはマチルダだった。彼女は勢いよく立ち上がって発言を続ける。
「確かアナスタシアとかいう地味なヤツが、私と同じように高位魔族と契約していた筈……そいつが助言しているんじゃないかしら?」
高慢ちきで妙に誇らしげな言い方だった。自分の使い魔を自慢したいだけなのが透けて見える。
「ねえ、アナタはどう思う? アウナス」
マチルダは、輪から外れて木にもたれかかっていた自分の使い魔――アウナスに声をかけた。
彼が高位魔族であるという事自体は、マチルダが煩いほどに触れ回っているので私も知っている。女夢魔のリリーと同様に、一見すると品の良い青年にしか見えない。
アウナスは、自身に集まる視線を鬱陶しそうにしながら応える。
「ひょっとして僕に意見を求めているのですかぁ? 子供同士の他愛ない諍いに僕のような〝魔界〟の住民がとやかく口出しして良いものか……」
「別に構わないわよ、アウナス。そういう連携も評価対象なのだし」
「ふぅむ、それでは」
アウナスは勿体ぶった気障ったらしい仕草で、マチルダに持たされたカラギウスの槍で天を指し示した。皆、つられて空を見上げるが、そこには雲ひとつない星空があるだけだ。それがどうしたと視線を戻すと、今度は右の茂みに左の木々にとあちこち槍先を動かしてゆく。
「無知蒙昧なる童たちよ。『サバイバル実習』とやらの最中、頭上へは注意を払っていましたか? 或いは水場、草陰……そういったところから、私はひしひしと刺すような視線を感じていましたがねえ」
「――そうか、斥候か」
はっと気づいたようにヘレナが叫ぶ。言われてから私も気づいた。そうだ、何も全員が結界内に入って『陣取り合戦』に加わらなければならないというルールはない。10分の移動時間を斥候に徹し、戦闘には参加しないというのもアリなのだ。どうして、そんなことに今まで気づかなかったのか。
ヘレナは、輪の外から私たちの緊急会議を見守っていたクラウディア教官の方をバッと振り向いた。
「質問します。今、アウナスが言ったようなことは可能ですか? 戦闘に加わらず、斥候として役割を全うするというやり方は……」
「可能だ。禁じられぬ限り、お前たちにやってはいけないことなどない。勝利のため、自らの力量を存分に示せ」
戦いにはタブーなんてないと、そういうことか。実に実戦的じゃないか。
クラウディア教官の返答を受けて、マチルダは自らの使い魔を怒鳴りつけた。
「――アウナス! 気づいていたなら早く言いなさい!」
「はは。いやはや、拙くもその気配は偽装されていたものですから、てっきり点数をつけている教師の使い魔かと。僕にとっては貴方たち童も教師も大差なく見えるもので――」
アウナスの言葉を遮るようにマチルダがぷりぷり怒って突っかかるが、カラギウスの槍で軽くいなされている。使い魔は契約者に似るというが、それは本当らしい。どちらも糞だ。
一方、輪の中心ではヘレナが冷静に呟いた。
「どうやら、根本から用兵を見直す必要があるようだな……皆、自分の使い魔に何ができるのか改めて教えてくれないか」
緊急会議も一段落して、夕食を取ることになった。
今日からは、昨日のように饗されることもなく、代わりにこの地域で採れる可食動植物が材料のまま出された。
これこそ、『サバイバル実習』をサバイバルたらしめる要素の一つ。食材のラインナップは所持している『拠点』によって変化するらしい。より多くの『拠点』を奪えばもっと豪華に、逆に失えば貧相になる。
(流石に、水とかの必要不可欠なものは『クラス拠点』の近くに設定されているようだけど)
可食動植物の知識については授業で既に習った範囲だが、実践に勝る知識なし、今回の折節実習によって理解がより深まることだろう。
役割分担しての料理はもはや慣れたもので、私たちはさっさと夕食を作り終え各自で好きに食べ始めた。皆、疲れているのか口数は少ない。だが、私も一緒になってぼやぼやとしてはいられない。
私はさっさと夕食を掻き込んで、余った食材を幾らかくすねつつルゥのもとへ駆け寄った。
「ルゥ! 私たちも明日に向けて作戦会議をするわよ!」
「え、でも……私たちは……」
「良いから、こっちに来なさい!」
戸惑う食事中のルゥを無理矢理に人気のないところまで引っ張っていって正面に座らせる。その隣には再召喚された木精のメリアスがちょこんと座った。
「食べたらアンタも手伝ってよね」
そう言って、私はくすねてきた食材の皮剥きに入る。
「リンさん、それは……?」
「芋」
余っていた芋だ。幸い調理器具は用意されていたので、それを使い皮を無心で剥き続ける。
(――全く、思い出すとムカっ腹が立つ)
一回戦・第3セクション終了後、あれだけの啖呵をきっておいてグィネヴィアにボロクソに負けて帰ってきたので、私は思いっきりマチルダにバカにされた。
頭の血管がブチ切れるんじゃないかってぐらいに悔しかったが、敗北の事実を動かすことはできない以上は、「じゃあ、アンタもグィネヴィアと正面から戦ってみなさいよ」と言い返すので精一杯だった。その言葉はマチルダを黙らせることには成功したが、そんな糞にも劣る口喧嘩の中で、彼我の優劣を認めてしまったこともまた惨めだった。
「そ、そういうことじゃなくて……あの、どうして、皮を剥いているんですか?」
私は返事に困った。その理由を話すには、少し時を遡らなくてはならない。
代表選考試合の二回戦目で負けたあと、私はマネに食わせる飯は何が良いか調べてみることにした。魔石なんて高級品を戦闘の度に食わせてなんかいられないから。試合の時はアメだったが、他のものからも〝力〟を得られるかどうか実際に試していった。
すると、効率の差こそあれ大概の食べ物で〝力〟を増強させることができた。その中でも、特に甘い物が飛び抜けて効率が良かった。
つまり――糖!
色々と試した結果、糖がマネのエネルギー源なのだと確信した。ただし、魔石と違い糖の場合は長く膨張していられないようで、数分で萎えんでしまった。どうも、そこにも私の魔力量が関係しているらしい。
魔力量……まあ、こればっかりは嘆いても仕方ない。
さて、という訳でこうして芋の皮を剥いている理由は、芋からデンプン糖を抽出するための下準備だ。
砂糖があれば砂糖をそのまま使ったが、調味料は最低限の量しか用意されていなかったので断念した。貴重な糖分を私のような落ちこぼれがごっそり持っていったりしたらクラスメイトに殺されるだろう。そこで芋だ。芋は量が多すぎて余っていたくらいだから、こうしてくすねても文句は言われないと踏んだのである。
――と、上記の理由を全て語るのは面倒くさすぎたので、私は端的に伝える。
「準備してるのよ、勝つための」
「か、勝つ……?」
「ぽえ……?」
ルゥとメリアスが揃ってこてんと首をかしげた。なんだか、私と彼女たちの間に激しい温度差を感じる。だが、これしきのことでめげてたまるか。
「そうよ、このままじゃ終われないわ! クラスを勝たせるのはもちろんだけど、ついでにグィネヴィアにもリベンジしてやらないとね!」
「よく言ったぞ、リン!」
「遅いわよ、マネ!」
ボトリ、と空中からマネが落ちてきた。ようやく、門が開いて再召喚できたようだ。大体、二時間半か。度重なる戦闘で魔力を殆ど消耗していることを加味しても時間がかかりすぎだ。もっと精進しなければ。
「二回戦分もサボったんだから、明日からはバリバリ働いてもらうわよ!」
「それはお前さんの魔力が少ないせいじゃーい」
「うっさい! 分かりきってることを言うな! 腹が立つだけじゃーい!」
自分への苛立ちから、芋の皮を剥く手にも力が入る。
「で、でもぉ……勝つっていっても、どうやって勝つんですかぁ……?」
いつの間にか夕食を完食していたらしいルゥが食器を置いておずおずと尋ねてきた。
「……それはこれから考えるのよ!」
「え、えぇ~!」
さっきの緊急作戦会議によって、『ポイント重視』の基本方針はそのままに、用兵を大改革することになった。空中を飛び回れる使い魔は空から斥候を、水中に向く使い魔は川の近くに配置し斥候と輸送要員に、木々と交信できる使い魔は斥候と伝達員……という風に、各使い魔の特徴を活かす形にし、戦闘要員も互いの相性や弱点を補強するように二人一組を組み直した。
しかし、肝心の私たちはというと、その大改革の渦中にポツンと取り残されて全くの無風状態だった。相も変わらず余り物同士の二人一組、ポイント的に優先度の低い端っこ担当。
メリアスは木精だから、さっき言ったところだと伝達員の役を担えそうに思えるが、幼すぎてそう遠くまでは交信できないらしい。一応、空を飛べることは飛べるので、上空から索敵して敵が守っていなさそうな『拠点』を攻める『空き巣』狙いというなんとも地味な役回りだ。
このままでは教師陣からの点数が稼げそうにない。どうにか活躍しないと。
しかし、私に魔法面で欠陥があるように、ルゥにも戦闘員として致命的な欠陥があった。
それは『他者を攻撃できない』という欠陥。
物言わぬ的を狙う時は問題ないが、対象が人や魔族・魔物となると途端に体が萎縮して攻撃できなくなってしまう。それが例え非殺傷設定の魔法・武器でもだ。
対して、第3セクションで戦った〝残雪〟なんて雅な二つ名を冠するあのグィネヴィアなんかは、こっちの事情なんてお構いなしに得意の氷属性魔法を広範囲に放って動きを封じた後、適当な魔法で軽く仕留めてきた。
(全くどうしたものかしらね。マネの解放で不意を打って、カラギウスの剣で上手いこと斬っちゃえば勝てることは勝てるんだから、ルゥには最低でも注意を引くぐらいはして欲しいんだけど……)
だが、ルゥはふと目を向けただけで体をビクつかせ、私が何かを言うまでもなく勝手に震えだすほどの小心者だ。そのあまりに小動物じみた反応に思わずため息を付いてしまった。
「アンタねえ……その臆病というか、妙に心配性なところは直した方が良いわよ。今日も移動でバテた理由ってのが、無駄ま荷物をたくさん持ち歩いてたからなんでしょう? 取り敢えず、医療箱は要らないわよ。クラウディア教官のいるテントに戻してきなさい」
「で、でも……もし怪我したら……」
「ヤバい怪我なら教師陣が飛んでくるわよ。擦り傷ぐらいなら我慢しなさい! それと予備は杖一本で良いわよ。カラギウスの剣なんてアンタ使わないでしょ。あと、これとこれと、これも……」
「あ、あぁぁ~……」
ルゥのカバンを引ったくって勝手に中身を選別していると、思いもよらぬところから助け舟が出される。
「おいおい、その辺にしとけって」
「は? マネ……どうして庇うのよ」
「人はそう簡単に変わらねぇっての。心配したがってるなら好きなだけ心配させとけ! それよか、発想を転換した方がいいぜ」
マネが人を語ることに強烈な違和感を覚えたものの、取り敢えず話を聞いてみることにした。
「オレ様にできること、リンにできること、ルゥとメリアスにできること……そういう方向で考えた方がいい」
「……つまり、配られた手札で勝負するしかないってことを言いたいわけ?」
「おうとも! 人間だろうが魔族だろうが、できることとできないことがあるぜ!」
そんな当たり前のことは改めて言われるまでもないが、確かに一理ある。ルゥの心配性は一朝一夕で治るようなものには見えないし、どうにかしようと試みるだけ時間の無駄かもしれない。
「ふーん……ねえ、アンタたちに何ができるのかもう一回教えてもらえる?」
「え、私たちに……?」「ぽえぽえ?」
「あ、皮を剥きながらお願いね」
「は、はい……」「ぽえ……」
私たちは一緒にせこせこ芋の皮を剥き続けながら、夜遅くまで話し合った。
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【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
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パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
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