触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

塩麹絢乃

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第三章

2.大魔法祭 その①:拝謁

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 2.大魔法祭

 今年も前期・大魔法祭エスタス・フェストゥム戦の季節がやってきた。

 本来のカリキュラムだとその前に夏の折節実習エクストラ・クルリクルムをやるのだが、今年は前々回の前期・大魔法祭エスタス・フェストゥムの入賞者数がもっとも多かった我がイリュリア王国が、栄えある開催地の権利を有していた。

 そういう訳で、国際的なイベントである大魔法祭フェストゥムの方が優先され、夏の折節実習エクストラ・クルリクルムは後回しにされた。

 私たち学院の生徒も警備――という名目の賑やかしの観客――として動員されており、開催地であるエドム地方エイラト湾岸の都市ベレニケに昨日到着したところだ。

 ベレニケが開催地になった理由は二つ。

 一つは大人数を収容できる国内有数規模の円形闘技場アンフィテアトルムがあった事。もう一つはエドムの諸侯派貴族たちによるイリュリア王への直訴だ。

 最近の諸侯民宗派が主犯と思しき月を蝕むものリクィヤレハを巡る数々の騒動、そしてエドム貴族の牽引者だったフェイナーン伯の裏切りなどにより失墜した名誉を挽回すべく今回の開催を直訴し、それが認められた。

 なおその裏では、他にも様々な政治的駆け引きが存在したようだが、私のような下っ端は何も知らされていないし、興味もない。

 大魔法祭フェストゥムは明後日に開催される予定だ。明日は段取りの確認等があるらしいが、今日は特に予定もなく、学院生は皆ベレニケ観光に繰り出している。

 そんな中、私は宿泊施設のロビーラウンジにて一人、待ちぼうけを食らっていた。

 窓から見えるよく晴れた昼下がりの表通りには、外国人の姿もちらほらと見かける事ができる。港を行き交う商人だろうか、それとも大魔法祭フェストゥムに用があってきた来賓だろうか。

 暇を持て余し、取り留めのないことを考えながら待つこと十五分、ようやく待ち人が来た。

「やあ」
「……ヘレナ、アンタはよくよく人を待たせるのが好きみたいね……」
「そうか? 気分を害したのなら謝罪しよう。すまない」

 別に大遅刻をするという訳じゃない。ただ、ヘレナはいつも約束した時間から五分から十五分ほど遅れてくるのだ。多忙なのは分かっているし悪気もないのだろうが、軽んじられているようで凄くムカつく。一回、シメてやろうか。

「こうして面と向かって話すのは久しぶりだな。少し背が伸びたか?」
「ええ、半年前から5cm伸びたわ。絶賛成長期よ」

 同年代と比べると小さい方だった私の身長は遅めの成長期を迎えてぐんぐんと伸び始め、今では160cmの大台に乗っていた。まだまだ成長は止まっていない。目指せ170cm!

「――で、今度は何の用があって呼び出した訳? このクレプスクルム魔法女学院を代表するを」

 今年の大魔法祭フェストゥム、剣術部門の試合には去年の後期・大魔法祭ヒエムス・フェストゥムに引き続き私が出場することになった。

 クラウディア教官に言われた通り、やはり私には戦闘ごとの才能があるらしく、私はあれから一度も負けていない。実技の授業や折節実習エクストラ・クルリクルムでも、剣術の試合でもだ。

 そうそう、剣術の試合といえば……今回の代表選考試合にて、あのロクサーヌに意外な弱点が発覚した。

 雪辱戦リベンジマッチがどうのと張り切っていたロクサーヌだが、去年の後期・代表選考試合は二回戦で三年生に、今年は準決勝で一組ウナの生徒にあっさりと負けていた。そのどちらでも私とは戦っていない。

 何故負けたかというと、それは偏に『燃費の悪さ』が原因だ。

 ロクサーヌは去年、『ライバルとなったからには使い魔メイトは簡単には見せない』とか抜かしていたが、実際のところは使い魔メイトのサイズがデカすぎて体を構成する魔力量が足りず、完全体で召喚できないのを格好付けて言っていただけらしい。

(中等部から剣術クラブに入った理由も『演劇の主人公みたいで格好いいから』だし、そういう格好付けなとこあるのよね、ロクサーヌは)

 使い魔メイトのサイズがサイズだけに部分召喚でもすぐに魔力切れになってしまい、ワンデイトーナメント方式で行われる代表選考試合を戦い抜くことができなかった。

 もう少し年齢を重ね、魔力量が増えれば話も違うのだろうが、そういう訳で今の剣術クラブは私の天下だった。

 話を戻そう。とにかく、有力なライバルの存在もなく、剣術部門には私が出ることになっている。しかも、大魔法祭フェストゥムは明後日。明日だって、準備をやらされる他の生徒とは違って出場選手は自由だ。開催国特権で、闘技場の下見だって好きにさせてもらえるし、練習もできる。

 それほどまでに国を挙げてサポートしてくれているというのに、ヘレナはこんな大事な時期に出場選手を呼び出してなんのつもりだろうか。

 ソファに座っていた私は、ヘレナにも眼の前のソファに座るよう促したが、彼女は立ったまま話し始めた。

「単刀直入に言おう。今回の大魔法祭フェストゥムには、イリュリア王が直々に観覧することになった」
「……なんですって?」
「上覧試合だ」

 すぐには話が飲み込めず聞き返すと、ヘレナは一本調子に即答した。しかし、私は彼女ほど冷静ではいられなかった。

「上覧試合? そんなの聞いてないわよ!」
「箝口令が敷かれているからな。しかし、警察や軍隊だけじゃなく異端審問官の『聖歌隊ミスティカ』に加え、年端も行かぬ初等部の学院生まで引っ張り出してきて、嫌に警備が厳重だとは思わなかったか?」

 確かに……といっても、いざという時に未熟な学院の生徒たちができることなんて肉壁になるぐらいしかないだろうが……。

 大魔法祭フェストゥムを見に来る他国の貴賓は、政府・軍の上層部とか、暇な道楽貴族とか、コネのある商人とかが普通だ。国内開催の場合は国王自らがという例もなくはないが、情勢の方がちとマズイ。

 知っての通り、我がイリュリア王国は西の隣国パルティア王国と『未回収のイリュリア』を巡って領土紛争を繰り広げており、ほんの最近までドンパチやってた間柄だ。二年前の休戦協定だって、いつ破棄されるか分かったものじゃない。

 国交正常化には程遠く、当然そんな危険地帯を通りたがる商人も居ないので往来は遠のき、それが休戦した今も王都へ入る商船の減少を招いている直接の原因の一つとなっている。

 今回の大魔法祭フェストゥム、パルティア王国も変わらず参加を表明している。流石にここで手を出せば国際社会の批判は避けられないし、イリュリア軍監視のもとの入国だろうが、それでも百パーセント安全とは言えない。

「ベレニケ伯が社交辞令のつもりで『の活躍をお目に入れられず残念』と言ったところ、〝狂王〟は急に興味を示されてな。見に行くと言い出した」

 黄金世代とは私たち中等部三年生のことだ。ヘレナ、ロクサーヌ、グィネヴィア、アナスタシア、ルゥ……そして私。ここまで粒揃いな世代は稀ということで、魔法使いウィザード事情に詳しい王都の新聞社がいつしかそう称するようになった。

 しかし、その所為でなんだか面倒事を呼び込んでしまったようだ。

「もちろん、安全面に考慮して他国には告知していない。だが……まあ、ここで死のうが王党派にとっては関係ないことだ。好きにさせてやろう」
「ちょっと、それどういうことよ」
「それを説明する前に、まずは私たち王党派の――王党急進派アーヴィン・クラブの目的を話さねばならない」

 その言葉を聞いて私は生唾を飲み込んだ。

(遂に教えてくれるの? ヘレナの描く『革命』とやらの中身を)

 そういえば、そろそろ一年経つ。よし、いつでも来いと身構える私の前で、ヘレナは急に踵を返した。

「――行くぞ」
「ど、どこへ?」
「〝狂王〟は既にこの街に来ている。所在はこの街の領主ベレニケ伯の宮殿だ。全てはそこへ行ってから話そう」

 有無を言わさず歩き出したヘレナは、今さっき乗り付けてきたらしい馬車にさっさと乗り込んでしまった。

(相変わらず強引な奴……)

 凄くムカついたが、文句を言うには馬車に乗るしかないので仕方なく私も乗り込んだ。

 それから数分ほどの近い場所に、ベレニケ伯の豪華絢爛な宮殿はあった。馬車を降り、「付いてこい」と言って先導するヘレナの後ろを私は素直に付いてゆく。

 そして、とある扉の前に来たところで使用人に止められた。そこで身体検査を受ける。武器の類は、ヘレナに言われたのであらかじめ馬車に置いてきてある。マネも良い機会だから一度〝魔界〟へ戻りたいとのことで〝魔界〟へ送り返した。

「私がヘレナだ。そして、こっちがリン」
「お待ちしておりました。国王陛下は既にいらっしゃっております。どうぞ、中へ」
「え、ちょ……!」

 この中にもう国王陛下が!? まだ心の準備が出来ていないというのに、ヘレナは一切気後れすることなく間髪入れずに重厚な扉を使用人に開かせた。私は大慌てで小声で詰め寄る。

「ヘレナ! 私、まだ学院を卒業してないから爵位を持ってない平民よ? お目通りしても大丈夫?」
「ああ……それなら大丈夫だ。これはから、心配することはないよ。今日からキミは『騎士爵ナイト』だ」
「はい?」

 惚けている間に、荘厳な雰囲気でゆっくりと広がってゆく扉の隙間から二人の男がその姿を遠くに覗かせていた。

 部屋の中心に座する二人のうちどちらが王であるのか、つまりこの場の支配者であるかは正に一目瞭然だった。蓄えられた野性的な髭、暴力的なまでにつり上がった口角、そして鷹を思わせる鋭い眼……象徴的な王冠こそ側のテーブルに置かれていたものの、それでも纏う雰囲気が違いすぎる。

 右だ。右のより上等そうな椅子に腰掛けている男が、この国の王だ。遥か昔、戴冠式にて遠目に見た印象とも概ね一致する。

 見込み通り、ヘレナは右の男に向かって歩いてゆき、優雅に立礼をした。

「略式の立礼で良い」

 そうヘレナが小声で言うので、戸惑いながらも彼女にならった。一応、学院でも最低限の教育はされている。しかし、いきなり王を相手に実践することになるとは……。

 挨拶もそこそこに、私の受勲が行われる。内心ちゃんとできているかビクビクだったが、特に何か文句を言われることなく儀式の一連の流れを終えることができた。

 これで一安心……とは、まだいかない。

 ヘレナと王の会話を、私は一歩引いたところから傾聴していたが、緊張でぜんぜん内容が頭に入ってこなかった。

 落ち着きなく眼だけを動かして、部屋の内装や周囲を固める護衛などを観察していると、不意に王が私に話を振る。

「話には聞いている。そなたが去年の剣術部門、優勝者だな?」
「は、はい。リンと言います」

 ヘレナに視線で促され、瞬時に応答する。

 てっきり、私はここでお褒めの言葉でも頂けるものかと期待したが、現実に返ってきたのは嘲笑まじりの蔑視だった。

「しかし、魔女ウィッチが剣術とは。実戦で使う機会はあるのか?」
「――はい?」
「おい、リン! 控えろ!」

 小声でヘレナが掣肘せいちゅうするのも聞かず、私は抗議の声を上げた。

「お言葉ですが陛下ッ!」

 我慢ならなかった。反射的に語気を荒げてしまったが、この王の表情からすると驚いてはいても反感を抱いているようには見えない。ヘレナが珍しく冷や汗なんかを浮かべているが知ったことか。もはや引っ込みはつかない。

「仰るとおりに、魔法使いウィザードが剣を振る目的は魔力切れを起こした状態でも戦い抜くというよりは生存――つまり護身目的が主でしょう。しかし、私は違います」
「ほう、どう違う?」
「私は初等部・中等部を通じて生来の魔力量の少なさに悩んでおりましたが、昨年に契約した使い魔メイトの助力もあって剣術を中心とした戦闘スタイルを編み出して以降、を貫いております。剣術の試合だけでなく、折節実習エクストラ・クルリクルムや普段の実技授業においても、私闘においても、ただの一度も敗北を喫しておりません!」

 ここで一度呼吸を整えたのは決意の表れである。肺腑を膨らませる空気を存分に使い、私は決然と言い放った。

「今大会、私は必ず優勝します。剣術部門二連覇の栄誉を王に、我が国に捧げることを誓います。無敗の剣術――とくと御覧あれ」
「ククッ……ハーッハハハハ!」

 王は腹を抱えて大笑いした。

 先程嘲笑を受けた時とは違い、清々しい爽快な気分だった。名も知らぬもう一人の男も、護衛の連中も、そしてヘレナも、みんな唖然としている。

 王は目尻に浮かんできた笑い涙を拭い、ひいひい言いながら笑いを収める。

「ククク……そこまでいうからには、覚悟はできているのであろうなぁ? もし、誓いを破り優勝を逃そうものなら、その場で斬り殺すぞ」
「いえ、陛下のお手を煩わせるまでもありません。試合で負けたら、その場で自ら喉を掻き切ってみせましょう」
「クッ、ハハハ! 若いうちはそうでなくてはな! 私の息子も、それぐらいの気概を持った男に成長することを願いたいところだ」

 それを皮切りに生まれたばかりの王太子の話に発展しかけたところで、ようやくヘレナが割り込んできた。

 どうした、遅いじゃないか。ちゃんとその少ない脳みそで必死に対応を考えていたのか?

「申し訳ありません陛下、とんだ無礼を……リンは田舎者ゆえ……」
「構わん。勝てば良いのだ、勝てば。開会の挨拶だけで帰ろうとも思っていたが、気が変わった。時間の許す限り試合を見て行こう。ヘレナよ、リンは強いのか?」
「……はい」

 ヘレナは苦虫を噛み潰したような顔で首肯する。

「一対一であれば、高等部の生徒を含めてもリンは上位に食い込む逸材かと……」
「諸侯派の有望株と聞くグィネヴィアをも上回るか?」
「去年、にわたって正面から討ち倒しております」
「ハハッ! それは素晴らしい!」

 ヘレナが調子を合わせると、王はすっかりご機嫌になった。それを見て安堵の表情を取ったヘレナは、私の背中を押して扉の方へ追いやろうとする。

「リン、キミはもういい。下がれ」
「くく……分かったわよ。だから、そんなに押さないで。くっくっく……」

 私もまたヘレナの普段とは違った姿を見れて満足し、ご機嫌で部屋を退室した。
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