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第三章
2.大魔法祭 その②:〝狂王〟
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帰りの馬車に乗り込むと、発進と同時にヘレナが突っかかってきた。
「――キミは正気か? 奴は〝狂王〟の呼び声高き稀代の狂人だぞ!」
〝狂王〟――それは、当代・イリュリア王のもっとも普遍的な呼び名だ。とある逸話からその呼び名が生まれ、貴族と対立を深めるうちに自然とそう呼ばれるようになった。
もちろん、本人を前にして口にすれば良くて縛り首、大概はその場で手ずから斬り殺されるだろう。
「そりゃ知ってるわよ。でも、私の眼には噂ほど狂気に呑み込まれているようには見えなかったけどね」
「はあ……」
こいつは何も分かっていないとでも言わんばかりにヘレナは大きなため息を付いた。
「キミの人を見る眼がどれだけ正確なのか私には知る由もない事だが、〝狂王〟の機嫌を損ねて斬り殺された者が片手じゃ足りない事は動かしようもない事実だ」
……確かに。
正論すぎてマトモに反論できそうになかったので、ここは話を逸らすことにした。
「元はと言えば、ヘレナが何も言わずに連れてくるからいけないんじゃない。あらかじめ言っておいてくれたら、私だってそれ相応の準備だって出来たわよ」
「普段の授業態度から、あの程度の場ぐらいは失礼なく振る舞えるとキミを信用してのことだ! 実際、あそこで堪えてさえいれば何も問題はなかった!」
「じゃ、アンタが私を計り違えていただけじゃない。相手が王だろうが、貴族だろうが、私は私を軽んじる奴を許せない。知らなかったのなら、今覚えておきなさい」
そう言うと、ヘレナはふらふらと窓に頭を預け、頭痛でもするのかこめかみに手を添えた。
ちょっと良い気味だなんて思ったりもしたが、グッと引き上げられた彼女の眼に狂気の光が宿っているのを見て、そんな浮ついた気持ちは即座に引っ込んだ。
「無益な言い争いはよそう。それより、今は諸侯派の妨害を警戒しなくてはならなくなってしまった」
「……諸侯派? どうしてよ」
「さっき王の隣にいた男を覚えているか? 彼がベレニケ伯、つまりこの街の領主だ。フェイナーン伯とは幼少期からの友人で、個人的にも近しい間柄だった。端的に言うと恨まれているんだよ、我々王党派は! 彼はその交友関係から諸侯民宗派との繋がりも疑われていて、『聖歌隊』にもマークされている」
なるほど、それで『聖歌隊』もこの地に来ていたのか。
今のヘレナの話が事実ならば、確かに同席していたベレニケ伯が恨みを抱いていた場合、妨害工作を行うことで間接的に私を殺そうとするかもしれない。工作がバレれば逆に立場を危うくしてしまう可能性もあるが、友人の仇討ちというのはそういうリスクを無視できるぐらいには強烈な動機だろう。彼がどうでるかは分からない。
その上、諸侯民宗派との繋がりもあった場合、妨害工作には月を蝕むものが出張ってくるかもしれない。
しかし、それを予想しながら、私の心には一点の曇りもなかった。
何も言わず、ただじっとヘレナを見つめ返していると、彼女は狂気を引っ込めてため息を付いた。
「はぁ……とにかく、今この段階で注目を引き過ぎるのもよくない。キミが活躍する前に〝狂王〟と顔だけ繋いでおきたかったんだが……」
「活躍はするわよ。アンタは私が二連覇の栄誉を手にする瞬間を楽しみに待っていなさい。私が活躍すればするほど、ついでに王党派の名声も上がるってもんでしょ。妨害工作が心配ならアンタがなんとかしなさいよ」
「……キミ、最初にあった時からちょっとずつ性格変わってないか? そんな命知らずでは早死するぞ」
「余計なお世話」
いい加減に面倒になってきたので、これ以上何もないならと、ここらで話を打ち切ることにした。ちょうど、馬車も宿泊施設前に戻ってきたところだ。
結局、ヘレナの目的である『革命』の事もまだ聞けていないが、期日の一年まではまだ猶予がある。今は立て込んでいるし、聞くのは大魔法祭後……いや、折節実習の後でも良いだろう。
それより、せっかく気分が盛り上がっているのだから、円形闘技場にでもいって体を動かしておきたい。道中で魔力を練れば、着く頃には門を開いてまたマネを喚べるだろう。
席を立ちながら、私はヘレナの方を振り返った。
「まあ、安心しなさいよ。私は負けないわ」
「はっ……?」
理解不能という顔をするヘレナ。気が抜けていると、普通に私と同じ中等部の子供にしか見えない。ただ、王党派の中核たるべく生まれただけの子供。
「絶対に勝つ。私は――天才だからね」
だから――そう不安がることはないと、私は言いたかったのだ。自分のケツは自分で拭く。大船に乗ったつもりでいろ、と。
私は勝利の星のもとに生まれているのだ。諸侯派の卑劣な工作になど負ける道理はない。もとより、負けたら死ぬぐらいのつもりで生きてる。あの誓いが何の重荷になろうか。
(――なんて、ほぼ虚勢なのだけれど)
私は本音を隠して自信満々の笑みを見せつけ、それが繕いであることがバレる前にさっさと馬車を降りようとした。しかしその途中で、ヘレナは私の腕をガシッと掴んで強引に引き止める。
説得が不足していたか、虚勢を見破られたかという見当違いの心配は、再びヘレナの両瞳に宿る狂気によって掻き消される。
「良いだろう。そこまで言うからには、キミには不安も緊張も心配も一切ないのだな? ならば、今ここで予定通りに我々王党急進派の目的を聞かせてやろう」
「ほんと!? でも……」
私は開いた扉ごしに御者の方をうかがった。ここには他人の眼と耳がある。だが、ヘレナは御者の存在を気にすることなく私を再び馬車の中へ引き込み、しっかりと扉を施錠した。
「心配するな、彼も我々の手のものだ」
御者が帽子を取って窓から会釈する。それに安心して私が座り直すと、「心して聞け」とヘレナは息を吸い込んだ。
「我々王党急進派の目的。それは――」
「それは……?」
私はゴクリと生唾を飲み込み、ヘレナの言葉に耳を傾ける。
「あの〝狂王〟を玉座から引き摺り降ろし、断頭台にかけることだ」
王党派と諸侯派の対立は、構造的に王党派優位だ。
その理由は国教会にある。民宗派が圧倒的少数派なのに対して、国教派は大多数の国民に支持されている。その影響力を駆使し、神の名のもとに王党派は優位性を保ってきた。
しかし、近年は中産階級の躍進が著しく、平民階級の中にも富を蓄えるものが多くなってきていた。これに、先に取り入ったのが諸侯派だった。彼らは中産階級の貢献を讃え、爵位をくれてやり下院議員として迎え入れると共に、減税・免税をチラつかせて納税先を諸侯派の土地へと誘導した。
王党派もその意図に遅れて気付き追随したが、ここで折悪しくパルティア王国との戦争が再開してしまい交易は途絶し、王都周辺の税収は激減。休戦協定を結んだ今も人の往来は戻らず、経済的な優位は諸侯派のものとなった。
以降、諸侯派は徐々に存在感を増し続け、それに伴い三百年の時を経ても諸教混淆の中に残っていた古くから続く慣例などが日の目を浴び始めた。
恐らく、民宗派もその一つ。
そんな情勢下にあって、当代・イリュリア王の対応は愚を極めていた――とヘレナは語る。
爵位を与えるか否かの決定権は王にあり、当初は気づけなかったにしても途中からは王党派からの諫言に従い諸侯派の躍進を止めることができた筈。なのに、王は止めるどころか今なお助長し続けている。
このままではイリュリア王国自体の存在基盤が、中央集権国家として揺らぎかねない。それだけは避けなければならない。内戦の種は潰さなくてはならない。
『イリュリア王国は王党派優位でなければならない! 過去三百年間、そうして秩序は保たれてきたのだ!』
有能な敵より無能な味方こそ真の敵。王党急進派は当代・イリュリア王を無能と断じ、弑逆するつもりだ。そして、後釜にまだ幼い王太子を据えるつもりだという。
ただし、弑逆は暗殺や毒殺などの搦め手だけでなく、もっと直接的な手段をも視野に入れ、なおかつ王党派が不利にならないように行うという。
だから、あの時に『ここで死のうが王党派にとっては関係ないこと』と言い切れたのだ。王国内に入り込んだパルティアの刺客がイリュリア王を暗殺するという事態が、諸侯派の庭であるベレニケで起これば、王党派は計画を前倒しして次期王に傀儡の幼い王太子を擁立し万々歳という訳だ。
『――王国の秩序のために』
「くだらない」
結局は派閥争いか、ヘレナ。その程度で、この国が変わるというのか。
(アンタの言う『革命』とやらは結局その枠組みから抜け出せないのかしら……それとも、他に考えでもあるの?)
かつて月明かりのさす教室で私に熱く語った『革命』は、そんなものではない筈だ。その証拠となりそうなことに、今回はただ『王党急進派の目的』とだけ言い、一切『革命』という言葉を使わなかった。これは単なる言葉の綾だろうか? いや、違う。意図的なものだ。
(頭をすげ替える程度では何も変わりやしないわ。それはむしろ……ヘレナの嫌うことのように思える。そうでしょ……?)
確信がある訳ではない。そんな、ちょっとした引っ掛かりを頭の中で捏ねくり回しながら、大魔法祭の試合で使う武器類――カラギウスの剣と杖――の調子を確かめていると、さっきから騒いでいたマネが声のボルテージを更に上げ始めた。
「――おい! おい、リンお前聞いてんのか? オレ様が居ない間にとんでもないことになってんじゃねぇか!」
「うるっさいわねぇ、マネ。今は試合前なんだから少しぐらい静かにできないの」
「これが黙ってられっか! 負けたらお前は殺されんだぞ!」
言わなきゃ良かった。私の胸中は今、その思いで一杯だ。うっかりポロッと一昨日にヘレナと王に謁見した時のことを話してから、ずっとこれだ。そりゃあ、気も滅入る。
「勝てば良いのよ、勝てば」
前回の剣術部門、優勝者である私にはシード権が与えられている。なので、たった三回ほど勝てば優勝。それぐらい出来ずしてなにが『天才』だ。私を最初にそう称してくれたクラウディア教官の為にも敗北は許されない。
しかし、私の決意は伝わらなかったのか、マネはなおも煩く騒ぎ立てる。
「この世に絶対はねえんだよ! ったく、ちったぁ慎重になったかと思えば、すぅぐこれだぁ! 成長のない女!」
「わかったわかった……そろそろ試合よ、説教は後で聞くことにするわ」
私はマネにアメ玉を五コくれてやる。
試合には許可された物品以外を持ち込みできないが、試合前に使い魔に腹ごしらえをさせてやるぐらいは問題ない……というより、禁じる規定がない。
一度にマネが保持できる体組織の最大限界が五コ分――以前は三コ分が限界だったが、私の成長とマネの習熟もあり五コ分までいけるようになった――という事情も相まって、この五コ分が一試合で使えるマネの体組織の上限となる。
(ま、五コ分もあれば十分過ぎるわ)
私は係員の指示に従って闘技場へ向かった。
「――キミは正気か? 奴は〝狂王〟の呼び声高き稀代の狂人だぞ!」
〝狂王〟――それは、当代・イリュリア王のもっとも普遍的な呼び名だ。とある逸話からその呼び名が生まれ、貴族と対立を深めるうちに自然とそう呼ばれるようになった。
もちろん、本人を前にして口にすれば良くて縛り首、大概はその場で手ずから斬り殺されるだろう。
「そりゃ知ってるわよ。でも、私の眼には噂ほど狂気に呑み込まれているようには見えなかったけどね」
「はあ……」
こいつは何も分かっていないとでも言わんばかりにヘレナは大きなため息を付いた。
「キミの人を見る眼がどれだけ正確なのか私には知る由もない事だが、〝狂王〟の機嫌を損ねて斬り殺された者が片手じゃ足りない事は動かしようもない事実だ」
……確かに。
正論すぎてマトモに反論できそうになかったので、ここは話を逸らすことにした。
「元はと言えば、ヘレナが何も言わずに連れてくるからいけないんじゃない。あらかじめ言っておいてくれたら、私だってそれ相応の準備だって出来たわよ」
「普段の授業態度から、あの程度の場ぐらいは失礼なく振る舞えるとキミを信用してのことだ! 実際、あそこで堪えてさえいれば何も問題はなかった!」
「じゃ、アンタが私を計り違えていただけじゃない。相手が王だろうが、貴族だろうが、私は私を軽んじる奴を許せない。知らなかったのなら、今覚えておきなさい」
そう言うと、ヘレナはふらふらと窓に頭を預け、頭痛でもするのかこめかみに手を添えた。
ちょっと良い気味だなんて思ったりもしたが、グッと引き上げられた彼女の眼に狂気の光が宿っているのを見て、そんな浮ついた気持ちは即座に引っ込んだ。
「無益な言い争いはよそう。それより、今は諸侯派の妨害を警戒しなくてはならなくなってしまった」
「……諸侯派? どうしてよ」
「さっき王の隣にいた男を覚えているか? 彼がベレニケ伯、つまりこの街の領主だ。フェイナーン伯とは幼少期からの友人で、個人的にも近しい間柄だった。端的に言うと恨まれているんだよ、我々王党派は! 彼はその交友関係から諸侯民宗派との繋がりも疑われていて、『聖歌隊』にもマークされている」
なるほど、それで『聖歌隊』もこの地に来ていたのか。
今のヘレナの話が事実ならば、確かに同席していたベレニケ伯が恨みを抱いていた場合、妨害工作を行うことで間接的に私を殺そうとするかもしれない。工作がバレれば逆に立場を危うくしてしまう可能性もあるが、友人の仇討ちというのはそういうリスクを無視できるぐらいには強烈な動機だろう。彼がどうでるかは分からない。
その上、諸侯民宗派との繋がりもあった場合、妨害工作には月を蝕むものが出張ってくるかもしれない。
しかし、それを予想しながら、私の心には一点の曇りもなかった。
何も言わず、ただじっとヘレナを見つめ返していると、彼女は狂気を引っ込めてため息を付いた。
「はぁ……とにかく、今この段階で注目を引き過ぎるのもよくない。キミが活躍する前に〝狂王〟と顔だけ繋いでおきたかったんだが……」
「活躍はするわよ。アンタは私が二連覇の栄誉を手にする瞬間を楽しみに待っていなさい。私が活躍すればするほど、ついでに王党派の名声も上がるってもんでしょ。妨害工作が心配ならアンタがなんとかしなさいよ」
「……キミ、最初にあった時からちょっとずつ性格変わってないか? そんな命知らずでは早死するぞ」
「余計なお世話」
いい加減に面倒になってきたので、これ以上何もないならと、ここらで話を打ち切ることにした。ちょうど、馬車も宿泊施設前に戻ってきたところだ。
結局、ヘレナの目的である『革命』の事もまだ聞けていないが、期日の一年まではまだ猶予がある。今は立て込んでいるし、聞くのは大魔法祭後……いや、折節実習の後でも良いだろう。
それより、せっかく気分が盛り上がっているのだから、円形闘技場にでもいって体を動かしておきたい。道中で魔力を練れば、着く頃には門を開いてまたマネを喚べるだろう。
席を立ちながら、私はヘレナの方を振り返った。
「まあ、安心しなさいよ。私は負けないわ」
「はっ……?」
理解不能という顔をするヘレナ。気が抜けていると、普通に私と同じ中等部の子供にしか見えない。ただ、王党派の中核たるべく生まれただけの子供。
「絶対に勝つ。私は――天才だからね」
だから――そう不安がることはないと、私は言いたかったのだ。自分のケツは自分で拭く。大船に乗ったつもりでいろ、と。
私は勝利の星のもとに生まれているのだ。諸侯派の卑劣な工作になど負ける道理はない。もとより、負けたら死ぬぐらいのつもりで生きてる。あの誓いが何の重荷になろうか。
(――なんて、ほぼ虚勢なのだけれど)
私は本音を隠して自信満々の笑みを見せつけ、それが繕いであることがバレる前にさっさと馬車を降りようとした。しかしその途中で、ヘレナは私の腕をガシッと掴んで強引に引き止める。
説得が不足していたか、虚勢を見破られたかという見当違いの心配は、再びヘレナの両瞳に宿る狂気によって掻き消される。
「良いだろう。そこまで言うからには、キミには不安も緊張も心配も一切ないのだな? ならば、今ここで予定通りに我々王党急進派の目的を聞かせてやろう」
「ほんと!? でも……」
私は開いた扉ごしに御者の方をうかがった。ここには他人の眼と耳がある。だが、ヘレナは御者の存在を気にすることなく私を再び馬車の中へ引き込み、しっかりと扉を施錠した。
「心配するな、彼も我々の手のものだ」
御者が帽子を取って窓から会釈する。それに安心して私が座り直すと、「心して聞け」とヘレナは息を吸い込んだ。
「我々王党急進派の目的。それは――」
「それは……?」
私はゴクリと生唾を飲み込み、ヘレナの言葉に耳を傾ける。
「あの〝狂王〟を玉座から引き摺り降ろし、断頭台にかけることだ」
王党派と諸侯派の対立は、構造的に王党派優位だ。
その理由は国教会にある。民宗派が圧倒的少数派なのに対して、国教派は大多数の国民に支持されている。その影響力を駆使し、神の名のもとに王党派は優位性を保ってきた。
しかし、近年は中産階級の躍進が著しく、平民階級の中にも富を蓄えるものが多くなってきていた。これに、先に取り入ったのが諸侯派だった。彼らは中産階級の貢献を讃え、爵位をくれてやり下院議員として迎え入れると共に、減税・免税をチラつかせて納税先を諸侯派の土地へと誘導した。
王党派もその意図に遅れて気付き追随したが、ここで折悪しくパルティア王国との戦争が再開してしまい交易は途絶し、王都周辺の税収は激減。休戦協定を結んだ今も人の往来は戻らず、経済的な優位は諸侯派のものとなった。
以降、諸侯派は徐々に存在感を増し続け、それに伴い三百年の時を経ても諸教混淆の中に残っていた古くから続く慣例などが日の目を浴び始めた。
恐らく、民宗派もその一つ。
そんな情勢下にあって、当代・イリュリア王の対応は愚を極めていた――とヘレナは語る。
爵位を与えるか否かの決定権は王にあり、当初は気づけなかったにしても途中からは王党派からの諫言に従い諸侯派の躍進を止めることができた筈。なのに、王は止めるどころか今なお助長し続けている。
このままではイリュリア王国自体の存在基盤が、中央集権国家として揺らぎかねない。それだけは避けなければならない。内戦の種は潰さなくてはならない。
『イリュリア王国は王党派優位でなければならない! 過去三百年間、そうして秩序は保たれてきたのだ!』
有能な敵より無能な味方こそ真の敵。王党急進派は当代・イリュリア王を無能と断じ、弑逆するつもりだ。そして、後釜にまだ幼い王太子を据えるつもりだという。
ただし、弑逆は暗殺や毒殺などの搦め手だけでなく、もっと直接的な手段をも視野に入れ、なおかつ王党派が不利にならないように行うという。
だから、あの時に『ここで死のうが王党派にとっては関係ないこと』と言い切れたのだ。王国内に入り込んだパルティアの刺客がイリュリア王を暗殺するという事態が、諸侯派の庭であるベレニケで起これば、王党派は計画を前倒しして次期王に傀儡の幼い王太子を擁立し万々歳という訳だ。
『――王国の秩序のために』
「くだらない」
結局は派閥争いか、ヘレナ。その程度で、この国が変わるというのか。
(アンタの言う『革命』とやらは結局その枠組みから抜け出せないのかしら……それとも、他に考えでもあるの?)
かつて月明かりのさす教室で私に熱く語った『革命』は、そんなものではない筈だ。その証拠となりそうなことに、今回はただ『王党急進派の目的』とだけ言い、一切『革命』という言葉を使わなかった。これは単なる言葉の綾だろうか? いや、違う。意図的なものだ。
(頭をすげ替える程度では何も変わりやしないわ。それはむしろ……ヘレナの嫌うことのように思える。そうでしょ……?)
確信がある訳ではない。そんな、ちょっとした引っ掛かりを頭の中で捏ねくり回しながら、大魔法祭の試合で使う武器類――カラギウスの剣と杖――の調子を確かめていると、さっきから騒いでいたマネが声のボルテージを更に上げ始めた。
「――おい! おい、リンお前聞いてんのか? オレ様が居ない間にとんでもないことになってんじゃねぇか!」
「うるっさいわねぇ、マネ。今は試合前なんだから少しぐらい静かにできないの」
「これが黙ってられっか! 負けたらお前は殺されんだぞ!」
言わなきゃ良かった。私の胸中は今、その思いで一杯だ。うっかりポロッと一昨日にヘレナと王に謁見した時のことを話してから、ずっとこれだ。そりゃあ、気も滅入る。
「勝てば良いのよ、勝てば」
前回の剣術部門、優勝者である私にはシード権が与えられている。なので、たった三回ほど勝てば優勝。それぐらい出来ずしてなにが『天才』だ。私を最初にそう称してくれたクラウディア教官の為にも敗北は許されない。
しかし、私の決意は伝わらなかったのか、マネはなおも煩く騒ぎ立てる。
「この世に絶対はねえんだよ! ったく、ちったぁ慎重になったかと思えば、すぅぐこれだぁ! 成長のない女!」
「わかったわかった……そろそろ試合よ、説教は後で聞くことにするわ」
私はマネにアメ玉を五コくれてやる。
試合には許可された物品以外を持ち込みできないが、試合前に使い魔に腹ごしらえをさせてやるぐらいは問題ない……というより、禁じる規定がない。
一度にマネが保持できる体組織の最大限界が五コ分――以前は三コ分が限界だったが、私の成長とマネの習熟もあり五コ分までいけるようになった――という事情も相まって、この五コ分が一試合で使えるマネの体組織の上限となる。
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