触手の魔女 ‐Tentacle witch‐

塩麹絢乃

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第五章

4.ヨッパ攻囲戦 その②:ヘレナの仕掛け

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 総司令官の指揮のもと、ヨッパへの攻撃が始まった。しかし、戦術もへったくれもない無謀な突撃を繰り返すだけなので、見事に撃退され続けている。

 何の成果も得られず損害が増えるばかりで、軍内には早くも厭戦ムードが漂い始めていた。だが、派遣議員の監視の手前、そのようなことを言えば文字通り首を斬られる。私のような熱烈な革命主義者もいることだし、不満など口が裂けても言えないだろう。

 しかし、派遣議員とて無能ではない。総司令官に将器がないとみるや、すぐにその座から引きずり下ろした。こういう時、強権があると動きが早くていい。まあ、その強権によってあの無能は総司令官になったのだが。

 さて、新任の総司令官だが、こいつもまた無能だった。

 けれども、一つ感心だったのが一回攻撃を失敗させただけですぐに己の無能を自覚し、さっさと辞任したことだ。酷く落ち込んでいたようだが、元気を出してほしい。適材適所、客観視の上手い彼はきっと別のところで居場所を見つけるだろう。まあ、それがいつのことになるかはしらないが。

 そういう訳で再び新しい指揮官が据えられた。彼は実績のある叩き上げの軍人で、以前に私の提案した作戦の有用性を見抜いており、それを採用してくれた。

 私の立案した作戦概要を要約すると以下の通りである。


 一、補給路の断絶を目的として、酒保商人・外国勢力の出入りが頻繁なヨッパの港の海上封鎖を行う。

 二、海上封鎖を実現する術として、『機雷』を用いる。

 三、海上封鎖の具体的な方法として、まず地下を通る旧隧道すいどうを使って秘密裏に『機雷』を海へ運搬し放流、水属性魔法を得意とする魔法使いウィザードを動員して海底付近に水流を作り出し、外港近海まで送り込む手法を取る。

 四、海上封鎖が成功した場合、唯一の補給路を断たれた反乱軍は干上がる他なく、そのような都市と心中する気は外国勢力にはないと思われる。結果、完全なる封鎖をするまでもなく、旗色が悪いと見れば外国勢力は速やかに手を引くだろう。

 五、後は反乱軍の動向に注意を払いつつ、教科書通りに干上がったヨッパを順当に攻め上げればよい。


 既に『機雷』は、私が『ナタン工房』に独断で発注しておいたので十分な量が手元にある。後、必要なのはゴーサインだけという状態だった。

 現・総司令官は、開口一番にまず私へ苦言を呈した。

「リン少佐、上官として貴官の独断専行は厳に咎めなければならない」

 そう前置きした上で、「しかし――」と言葉を継ぐ。

「その決断力と戦術眼、派遣議員の前で堂々と横暴を押し通してみせる胆力は、紛うことなく将器であろう」
「お褒めに預かり光栄です」
「……海上封鎖の指揮は貴様がとれ。失敗は許さんぞ……リン
「万に一つもありえません。全て私にお任せを」

 私は、その名誉ある役目と中佐への進級を恭しく拝命した。すると、現・総司令官は「ふう」と緊張を緩めるように息を吐いた。

「……不思議だな。若さを隠そうともしない新人将校を、既に信頼し始めている己がいる。貴官のような才ある若人が他にも居れば、この国は……」
「買いかぶり過ぎですよ。私は確かに有能かもしれませんが、それでも一介の軍人に過ぎません。それでは、仕事にかかります」
「……ああ」

 そんな訳で、権限とゴーサインを得た私は早速作戦に取り掛かった。魔法士部隊の中から水属性魔法に適性のあるものを抽出し、新たに機雷敷設部隊を新設。今日のところは彼らに機雷の運搬をやらさせた。魔法使いウィザードは【身体強化】ができるから、こういう単純な力仕事をやらせても便利だ。

 未だ貴族的な特権意識を持ち、このような力仕事は一般兵か傭兵にでもやらせれば良いとぶーたれる奴ばかりだったが、派遣議員の存在をちらつかせればすぐに言うことを聞いた。

 全く便利だな、権力ってやつは。

 作戦は順調に推移していった。外国勢力は海へ繋がる旧隧道すいどうの存在に気付いておらず、なぜ突然海が爆発して船が沈むのか理解不能といった様子で、動揺が広がっているようだった。

 その動揺のほどを示すかのように、血気に逸った一部隊が突如としてこちらの陣地へ攻め込んできた。

 ヨッパの街自体は難攻不落ぶりを発揮しているが、その周囲の支城的な砦の方は、私が並行して指揮する砲兵部隊の活躍によってだいぶ参っているようだった。

 そのような勇み足をするような指揮官相手に応援は要らないだろうと、私は機雷敷設部隊の方に留まっていた。しかし、その後しばらくして、馬に乗った伝令が泡くって駆け込んでくる。

 彼の持ってきた報告に私は耳を疑った。

「えぇ? 砲台が取られた?」
「はい! 敵の勢いは凄まじく、我が軍は気後れしてしまったようで……!」

 思わず、ため息が漏れた。

「はぁ……ま、取られちゃったものはしょうがないわ。取り返しにいきましょう」

 そんなこんなで急遽応援に駆け付けた私は、取られた砲台を取り返してやり、ついでに敵の指揮官を捕虜にした。こんな雑魚を相手に何を苦戦しているのかと、私は心の中で現・総司令官の評価を下方修正した。

「全く世話の焼ける。というか、こいつは貴族なの? そうは見えないけれど」
「本人が言うにはそうらしいわ」

 捕まえてきたコーネリアもまた、彼が貴族かどうか確信を持てず懐疑的に見ているようだった。

「捕虜として、名誉ある待遇を要求する!」

 彼はガリア帝国の貴族将校らしい。だが、髪はぐしゃぐしゃヒゲも伸び放題で、なんか全体的に汚らしかった。いくら戦場とはいえ、最低限の身だしなみは整えて欲しいものだ。でないと雑兵と見分けが付かず殺してしまう。

「まぁ……丁重に扱ってあげなさい」

 捕虜の扱いは難しいところがある。陵辱は、やり方を間違えると敵方の戦意高揚に寄与しかねない。今は外国勢力の反感を育てる時期ではないと私は見ていた。

(この国を助ける訳じゃないけど……まあ、別にむざむざ状況を悪化させる必要もなし)

 魔法使いウィザードではないようなので、特に魔封処理――魔力操作を妨害する魔道具アーティファクトの枷――などはせず、そのまま営倉にぶち込んでおいた。尋問は無意味だろう。どうせ、何も知らない筈だ。

 それより、さっきも言ったが、彼のような人物が出てきたということは相手は相当に参っていると見ゆる。

 私は、そのことを総司令官へ報告しにいった。

「閣下、そろそろ戦況が動きますよ」
「……リン中佐、なぜそう思う?」
「『機雷』による海上封鎖は極めて順調です。反乱軍は補給を満足に行えていません。ヨッパから出る船の中には民間人の乗った小さなものが増えてきました。これは向こうにが漂ってるということを意味します。そして、恐らく……」
……なんだ?」
「あ、いえ……つまり、進退窮まった敵が今回のように向こうから打って出てくる可能性もあるということです」

 可能性、なんて濁した言い方をしたが、恐らくは確定で出てくるだろう。なぜなら、これは恐らくだからだ。

 報告を終えた私は、その場の収拾と砦の敵残存戦力への対応は総司令官に任せ、機雷敷設部隊の方へ戻った。




 それから、ヨッパを挟んで向こう側の砦が陥落した報にあわせて、ヨッパから外国勢力の艦隊が引き上げ始めた。

 こうなると、まだ敗戦の事実を理解していなかったヨッパの住民たちも、大半が現実を悟ったのだろう。さながら沈む船から逃げ出すネズミのように、脱出を試みる民間人が海へ殺到した。王党派反乱軍への報復、虐殺を恐れてのことだ。

 そして、ヨッパの内港から激しい火の手が上がる。我々に物資を渡さないために、外国勢力が焼き払ったらしい。なんとも慌ただしい立ち去り方である。

 その時だった。何やら向こう側の砦を取って戦勝に喜んでいた味方軍がにわかに騒がしくなる。

(――遂に来たか)

 予感めいたものがあった。そして、それはワキールの登場によって、より確定的なものとなる。

「ヘレナが動いたよぉ。行こう」
「ええ、でも少しだけ待ってもらえる? 私も部下を持つようになっちゃったから」
「その必要は、ないんじゃないかなぁ……」

 そう言って、ワキールは私の背後へ眼を向けた。振り返ると、そこには訳知り顔のコーネリアが立っていた。彼女は本当に隠形ハイドが上手くなった。この私が二度も気付けないなんて。

「ここは私に任せて行ってきなさいよ、リン」
「コーネリア……」

 背中を押されているような、しかし同時に咎められてもいるような、不思議な感覚に陥る。コーネリアの本心がどこにあるのか探ろうとするも、すっと眼を逸らされる。

「見たいんでしょ、ヘレナの成すことを」

 そうだ、私は見たい。
 いや、のかもしれない。

 逡巡はなかった。私はただその使命感に従った。

「コーネリア、ここは頼んだわよ」

 私はワキールの手を取って共に地面へと沈んでゆく。懐かしい感覚だ。ずぶずぶと、少しずつまるで冷たい沼地に浸かっているかのように足先から沈んでゆく。前と違うのはその速度。以前よりも遥かに速いスピードで私は沈んでいた。

「ねえ、リン」

 ふと、コーネリアが私へ呼び掛けてくる。

「なに?」
「これだけは約束して。『必ず生きて帰ってくる』って」

 真面目くさった顔をして何を言うかと思えば、出てきたのはそんな湿っぽい言葉だった。

 私は思わず笑ってしまった。

「ふふっ……しないよ」
「っ……どうして?」
「だって、そんなことことでしょう」

 私は、コーネリアを安心させるように出来る限りの笑顔を作ってみせた。

 ――私は死なない。

 コーネリアが待っているのだから、私は必ず戻ってくる。

 ならば、私は死なない。

 死ぬ筈がなかった。

「自分の心配でもしてなよ」

 その言葉を最後に私の視界は一度暗転する。そして、すぐに眩しい光が眼を刺す。これは、ワキールの瞬間移動が成功した証だ。

 徐々に眼が慣れて、周囲の状況がよく見えてくる。どうやら、ここは戦場のど真ん中で、私が居る場所は味方軍の天幕の上のようだ。

やつがれが連れて来れるのはここまでだ」
「アンタはどうするの?」
「一足お先に、ヘレナのところへ向かうとするよぉ」
「ふーん、そう。まあ、私はゆっくり行くわ」

 ワキールに別れを告げ、私はテントの屋根から滑り降りる。眼の前に、燃える砦があった。味方がとしたばかりのその砦が、今度は反乱軍によってとし返されようとしている。

(――あっちか)

 何の根拠もなく、そう思った。

 そして、私は吸い込まれるようにその砦へ向かって歩を進め始めた。
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