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第1章
だから空を飛んでいる敵は任せてくれって言ったでしょ
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漆黒の塊が、ゴムのように弾み向かって来る。
その瞬発力たるや、流石は『魔物』と呼ばれている存在ッ……!!
……かと思いきや、普段山で狩っている獣達とそう大きく違う訳でもなかった。似た姿の山狼よりも、ほんのちょっと素早いか……下手したら同じかそれ以下かもしれない。
つまりどういう事かと言うと。
「おっそ! 見え見えなんだよっ!」
ずばしゅっ。
ナイトハウンドの突進を華麗にかわしつつの、一閃。キモティー!!
タイミングを同じくしてどこかから飛び出してくる、濃いオレンジ色に彩られた『21』というアラビア数字。
ううむなるほど、こうやってダメージ表記が出るのか。
動く標的の首筋を叩き斬る一撃は、我ながらに見事なものだった。ナイトハウンドはドス黒いものを噴出させながら、ぐしゃりと花畑に倒れこんだ。そして崩れ落ちるとすぐさま、地面に溶け込むかのようにその姿が消えて行く。まぁ魔物……と言われているだけあって、散り際も尋常ではないということか。
向こうのHPが『18』。こちらが与えたダメージは『21』。つまり、何はともあれ一撃で倒してみせたという訳だ。うっはー、俺つえー!。
「ケッ、らっくしょーぉ!」
『……そうでしょうか』
『なんだ、こんな時まで水差し野郎かよ?』
『二ページめ、読みましたか?』
『は?』
『さっきのステータス画面ですよ、ナイトハウンドの。私からでも見れたんで』
『……なんじゃそら』
はぁ。と、ピリカは忌々しそうに息を吐いた。
『貴方、ちょっと短絡過ぎですよ。さては、契約書とか説明書しっかり読まないタイプですね? それでいて後で不具合が出たとか、無茶使いして予期せぬ問題が発生したとかクレーム言っちゃう人でしょう? まったく、救いようがありませんね』
『てぁーっうるせーッ! お前よく想像だけでそこまで人のパーソナル侮辱できんな!?』
『じゃあ、説明書読むんですか? さっきの二ページめ、見たんですか?』
『実戦型なんだよ、俺は! やりながら憶えるタイプぅ!』
『もう、やっぱりじゃないですかぁ……』
しかしそうこうやっているうちに、こちらを取り巻く状況がちょっとだけ変化していた。
「ちょ、ちょっとカムイ!」
「あぁ!? んだよ!?」
ナトゥーラの言いたいことは、すぐに理解出来た。
「お……?」
周囲を取り巻くナイトハウンドの様子が、おかしい。さっきまで夜闇と一体化していたようなその身体に、何故か『四つの赤い点』が見えているではないか。赤い点の数は、全部で二十前後。
『……あの赤い四点は、ナイトハウンドの目ですね』
『眼球!? あれが!? ふつー二つじゃ……』
『いや、だってそりゃ向こうは魔物ですから。私が妖精みたいに』
なるほど、そりゃそうだ。ちょっと『狼っぽい』という印象に引っ張られ過ぎちゃったみたいだ。反省、反省。
ともかくあれが目だということなら、ナイトハウンドはざっと見てもあと五体か六体は居ることになる。……け、結構多いじゃねぇか。
『つーか、何でお前それ知ってんだよ。……あ、やっぱお前色々知ってるけどわざと黙って――』
『だーかーらぁ、さっき言った二ページめに書いてあったんですよぉ。そこまで疑うなら、もう一回ディテクト使って見てみたらどうです?』
『えー……ったりぃなぁ…………MP減るんだけど』
ぶつぶつ文句垂れながらも、俺は『ディテクト』を発動する。どうやら同個体なら『ディテクト』の効果は半永久に続くものの、同種だろうが別個体だとまた『ディテクト』を使用せねばステータスの確認が出来ない仕様らしい。なんともユーザビリティを欠いたシステムというか、何と言うか。
NAME:ナイトハウンド
レベル:7
HP:18
MP:0
攻撃力:6
防御力:1
素早さ:8
精神力:0
運:1
1/2
――あ、本当だ。次ページあんじゃん。どれどれ……。
○ナイトハウンド:夜闇に紛れて獲物を狙う四足歩行型の魔物。必ず五体以上の群れで行動し、群れの長のために協力して一つの獲物を得る。仲間意識が非常に強く、簡単な作戦程度なら練ることの出来る知能がある。また仲間の死に敏感であり、危険を感じ興奮すると四つの瞳が赤く染まる。瞳が赤くなると獰猛になり、群れを存続させる為には自己犠牲も厭わなくなるぞ。捨て身の攻撃は非常に強力な反面、魔法スキルに対する抵抗力が落ちるのでそこが弱点だ。
ふふ。と、どこかから鼻で笑う声。
『へぇ、魔法スキルが弱点……ですか。ディテクトにヒールライト、よく効きますかねぇ』
『……お前、ぜってーワザと言ってんだろ』
『いえ、誰かさんがきちんとチカラを受け取ってくれてれば、きっとここが新たに会得した魔法スキルの試し撃ち場だったんだろうなぁ……って思っただけです』
『――――ええい、過ぎたるは及ばざるが如し! このくらいのハンデあっての主人公てぇもんよォ!』
『数十分前の貴方に聞かせたい台詞ですね』
『実戦タイプだっつってんだろ、俺は!』
しょうもないやりとりを切り裂くかのように、ナイトハウンド一体がこちらに飛びかかって来る。赤目が発現したことによってステータスが変化し、そのスピードはさっきよりもかなり速い。……けれども、目で追いきれない程でもない。カムイの目にその肉体の躍動はしっかり見えていた。
「ちょいさぁっ!」
そしてナイトハウンドの軌道を予測し、そこに振りかぶったブロンズアックスの動線を思い切り交差させる。
その結果。
「――ぐべっ!?」
無様にも後方に突き飛ばされる、カムイの身体。
目の前に飛び出す真っ赤な『6』という数字。
そして捉えていた筈のナイトハウンドが健在だという事実。
「……あれっ」
そう、俺は敵を倒すどころか……逆にダメージを受けていたのだ。
『あれ。じゃないですよもう! クソ思いっきり外してるじゃないですかっ!』
頭に響く、うるせえ音。
「お、おかしいな……間違いなく捉えた筈……ッ」
『だから外したんですって! ほらボーっとしてないで、次が来ますよッ!』
ピリカの言葉通り、ナイトハウンドの狩りは終わっていない。尻もちをついた格好の俺をめがけて、別のナイトハウンドが突進してくるではないか。
「う……わっ!?」
またも強烈に弾かれる、俺の身体。『5』というダメージ表記。
「ああっ、カムイっ!」
そんなナトゥーラの叫びも、こちらの耳には届かなかった。
『早く体勢立て直してっ! 攻撃しないと!』
『つってもよおっ……』
この時、俺の戦意は既に風前の灯であった。
そう。よくよく考えてみれば、命中回避に関係するであろう素早さの数値。敵のナイトハウンドは『8』だ。それに対し、俺は『10』。これだけ見れば上回っているものの、ブロンズアックスの装備により数値は重量分の補正なのか『8』となっているではないか。
数値が同じだけなら、まだやりようはあったのかもしれない。ただ敵は全部で五体ほど。数の上では向こうが圧倒的に有利なのだ。
ブロンズアックスでの攻撃は、当たるか当たらないか。頑張って当てようとしたところで、数が向こうの方が圧倒的に上じゃないか。四苦八苦しているうちに、ダメージを重ねてしまうのは目に見えている。
「……くそっ」
何とか立ち上がったは良いものの、俺の身体はまるで見えない縄に縛られてしまったかのように動かない。動いた所で、結果は見えている……その想像が、俺の身体から急速に熱を奪ってしまっていた。
間髪入れずに突進してくる、ナイトハウンド。一体目の突進は何とか避けられても、夜闇を利用し仕掛けてくる二体目・三体目は無理だった。元々、ナイトハウンドは単純ではあるけれども作戦を組めるような知能のある魔物らしい。ならばこちらが避け難い攻撃をしてくる。それはある意味当然の選択であった。
――『6』――『9』――。続けざまに刻まれる、ダメージ表記。
視界の端にあるHP残量を意味する棒グラフがみるみる目減りし、『66』という値に変化する。この一分かそこらで、俺のHPはあっという間に七割以下になってしまっていた。
『ちょ、ちょっと何やってんですか!? いや、むしろ何かやって下さいよ! このままやられっぱなしじゃ、死んじゃいますよ!?』
死。
――一応この世界のルール上、HPゼロは死亡扱いです。
ピリカの悲痛な叫びは、俺に先の言葉が冗談ではないことを思い知らせる。
このままじゃ、死ぬ。
俺が、死ぬ?
死ぬのは、嫌だ。死ぬのは、御免だ。
っつーか、死ぬとかウソだろ? ファンタジーだろ? これじゃまだあのゲロ臭いしみったれた世界にいた方が遥かにマシだったじゃねーか。
なんだよ、どうしてだよ。よりによって、俺がこんな目に……。
『もう! こんなの、苦戦する敵じゃないでしょうがっ!?』
だろうね。と、俺は皮肉めいた気持になる。この手のバトル、RPGだったらチュートリアルみたいなものだろう。こんな敵がいて、こんな風に攻撃が出来て、こんな魔法だって使えちゃいます。それを知ってもらう場に過ぎない。
なのに、俺は……。
ちらり。俺はナトゥーラの方を見遣る。
ナトゥーラは目にうっすら涙を浮かべ、次第に傷ついて行く俺を……ナイトハウンドにいいようにいたぶられている俺を、固唾を飲んで見守っている。
――『5』――『5』――『7』――。
無慈悲な数字のカウントは、遂に俺のHP残量を半分以下にしてしまっていた。
そうさ。そもそもあそこで俺が『主人公補正』をきちんと受け取れていれば、こんな事にはならなかった。……なんだよ攻撃力四ケタって。そんだけありゃ、きっと素早さだって相当なモンに違いない。少なくとも、こんなたった『2』の違いに泣かされることも無かっただろうな。
そうだそうだ。ナトゥーラが変にトチって『主人公補正』を横取りしてなけりゃ、こんなことには……。
………………ん?
そこで、俺の頭が何かを掴み取る。
いやいや、違う違う。よく考えりゃ、そもそもがおかしいじゃねぇか。
何で俺がこんな必死になって戦ってんだ?
そりゃ『主人公』なんだろうけど、確かに『主人公』が人々を助け導くのが慣わしではあるけれども、それは結果的にそうなればいいだけの話じゃないのか?
まぁその、要するに――――
――俺、無理して戦う必要なくね?
だって、いるじゃん。俺より強い奴。
『えっ。貴方なに考えて……ちょ、ちょっとまさか…………』
そうですよピリカさん、そのまさかだ。
俺はナイトハウンドの群れに背を向け、急ぎ後退する。
「――ナトゥーラァ!」
そうやって幼馴染を呼ぶ声は、拐われたお姫様の下へ駆けつける主人公の如く勇ましかった。
消えかけていた闘志が、ふつふつと蘇り始める。
「カムイ……?」
「頼みがある」
そして俺は真剣な面持ちで、しかし堂々と口にするのだった。悠然と『主人公』らしく、『主人公』の風上にも置けないことを。
「このままじゃ俺は死ぬ。だから、後はナトゥーラが代わりにやっつけてくれ」
その瞬発力たるや、流石は『魔物』と呼ばれている存在ッ……!!
……かと思いきや、普段山で狩っている獣達とそう大きく違う訳でもなかった。似た姿の山狼よりも、ほんのちょっと素早いか……下手したら同じかそれ以下かもしれない。
つまりどういう事かと言うと。
「おっそ! 見え見えなんだよっ!」
ずばしゅっ。
ナイトハウンドの突進を華麗にかわしつつの、一閃。キモティー!!
タイミングを同じくしてどこかから飛び出してくる、濃いオレンジ色に彩られた『21』というアラビア数字。
ううむなるほど、こうやってダメージ表記が出るのか。
動く標的の首筋を叩き斬る一撃は、我ながらに見事なものだった。ナイトハウンドはドス黒いものを噴出させながら、ぐしゃりと花畑に倒れこんだ。そして崩れ落ちるとすぐさま、地面に溶け込むかのようにその姿が消えて行く。まぁ魔物……と言われているだけあって、散り際も尋常ではないということか。
向こうのHPが『18』。こちらが与えたダメージは『21』。つまり、何はともあれ一撃で倒してみせたという訳だ。うっはー、俺つえー!。
「ケッ、らっくしょーぉ!」
『……そうでしょうか』
『なんだ、こんな時まで水差し野郎かよ?』
『二ページめ、読みましたか?』
『は?』
『さっきのステータス画面ですよ、ナイトハウンドの。私からでも見れたんで』
『……なんじゃそら』
はぁ。と、ピリカは忌々しそうに息を吐いた。
『貴方、ちょっと短絡過ぎですよ。さては、契約書とか説明書しっかり読まないタイプですね? それでいて後で不具合が出たとか、無茶使いして予期せぬ問題が発生したとかクレーム言っちゃう人でしょう? まったく、救いようがありませんね』
『てぁーっうるせーッ! お前よく想像だけでそこまで人のパーソナル侮辱できんな!?』
『じゃあ、説明書読むんですか? さっきの二ページめ、見たんですか?』
『実戦型なんだよ、俺は! やりながら憶えるタイプぅ!』
『もう、やっぱりじゃないですかぁ……』
しかしそうこうやっているうちに、こちらを取り巻く状況がちょっとだけ変化していた。
「ちょ、ちょっとカムイ!」
「あぁ!? んだよ!?」
ナトゥーラの言いたいことは、すぐに理解出来た。
「お……?」
周囲を取り巻くナイトハウンドの様子が、おかしい。さっきまで夜闇と一体化していたようなその身体に、何故か『四つの赤い点』が見えているではないか。赤い点の数は、全部で二十前後。
『……あの赤い四点は、ナイトハウンドの目ですね』
『眼球!? あれが!? ふつー二つじゃ……』
『いや、だってそりゃ向こうは魔物ですから。私が妖精みたいに』
なるほど、そりゃそうだ。ちょっと『狼っぽい』という印象に引っ張られ過ぎちゃったみたいだ。反省、反省。
ともかくあれが目だということなら、ナイトハウンドはざっと見てもあと五体か六体は居ることになる。……け、結構多いじゃねぇか。
『つーか、何でお前それ知ってんだよ。……あ、やっぱお前色々知ってるけどわざと黙って――』
『だーかーらぁ、さっき言った二ページめに書いてあったんですよぉ。そこまで疑うなら、もう一回ディテクト使って見てみたらどうです?』
『えー……ったりぃなぁ…………MP減るんだけど』
ぶつぶつ文句垂れながらも、俺は『ディテクト』を発動する。どうやら同個体なら『ディテクト』の効果は半永久に続くものの、同種だろうが別個体だとまた『ディテクト』を使用せねばステータスの確認が出来ない仕様らしい。なんともユーザビリティを欠いたシステムというか、何と言うか。
NAME:ナイトハウンド
レベル:7
HP:18
MP:0
攻撃力:6
防御力:1
素早さ:8
精神力:0
運:1
1/2
――あ、本当だ。次ページあんじゃん。どれどれ……。
○ナイトハウンド:夜闇に紛れて獲物を狙う四足歩行型の魔物。必ず五体以上の群れで行動し、群れの長のために協力して一つの獲物を得る。仲間意識が非常に強く、簡単な作戦程度なら練ることの出来る知能がある。また仲間の死に敏感であり、危険を感じ興奮すると四つの瞳が赤く染まる。瞳が赤くなると獰猛になり、群れを存続させる為には自己犠牲も厭わなくなるぞ。捨て身の攻撃は非常に強力な反面、魔法スキルに対する抵抗力が落ちるのでそこが弱点だ。
ふふ。と、どこかから鼻で笑う声。
『へぇ、魔法スキルが弱点……ですか。ディテクトにヒールライト、よく効きますかねぇ』
『……お前、ぜってーワザと言ってんだろ』
『いえ、誰かさんがきちんとチカラを受け取ってくれてれば、きっとここが新たに会得した魔法スキルの試し撃ち場だったんだろうなぁ……って思っただけです』
『――――ええい、過ぎたるは及ばざるが如し! このくらいのハンデあっての主人公てぇもんよォ!』
『数十分前の貴方に聞かせたい台詞ですね』
『実戦タイプだっつってんだろ、俺は!』
しょうもないやりとりを切り裂くかのように、ナイトハウンド一体がこちらに飛びかかって来る。赤目が発現したことによってステータスが変化し、そのスピードはさっきよりもかなり速い。……けれども、目で追いきれない程でもない。カムイの目にその肉体の躍動はしっかり見えていた。
「ちょいさぁっ!」
そしてナイトハウンドの軌道を予測し、そこに振りかぶったブロンズアックスの動線を思い切り交差させる。
その結果。
「――ぐべっ!?」
無様にも後方に突き飛ばされる、カムイの身体。
目の前に飛び出す真っ赤な『6』という数字。
そして捉えていた筈のナイトハウンドが健在だという事実。
「……あれっ」
そう、俺は敵を倒すどころか……逆にダメージを受けていたのだ。
『あれ。じゃないですよもう! クソ思いっきり外してるじゃないですかっ!』
頭に響く、うるせえ音。
「お、おかしいな……間違いなく捉えた筈……ッ」
『だから外したんですって! ほらボーっとしてないで、次が来ますよッ!』
ピリカの言葉通り、ナイトハウンドの狩りは終わっていない。尻もちをついた格好の俺をめがけて、別のナイトハウンドが突進してくるではないか。
「う……わっ!?」
またも強烈に弾かれる、俺の身体。『5』というダメージ表記。
「ああっ、カムイっ!」
そんなナトゥーラの叫びも、こちらの耳には届かなかった。
『早く体勢立て直してっ! 攻撃しないと!』
『つってもよおっ……』
この時、俺の戦意は既に風前の灯であった。
そう。よくよく考えてみれば、命中回避に関係するであろう素早さの数値。敵のナイトハウンドは『8』だ。それに対し、俺は『10』。これだけ見れば上回っているものの、ブロンズアックスの装備により数値は重量分の補正なのか『8』となっているではないか。
数値が同じだけなら、まだやりようはあったのかもしれない。ただ敵は全部で五体ほど。数の上では向こうが圧倒的に有利なのだ。
ブロンズアックスでの攻撃は、当たるか当たらないか。頑張って当てようとしたところで、数が向こうの方が圧倒的に上じゃないか。四苦八苦しているうちに、ダメージを重ねてしまうのは目に見えている。
「……くそっ」
何とか立ち上がったは良いものの、俺の身体はまるで見えない縄に縛られてしまったかのように動かない。動いた所で、結果は見えている……その想像が、俺の身体から急速に熱を奪ってしまっていた。
間髪入れずに突進してくる、ナイトハウンド。一体目の突進は何とか避けられても、夜闇を利用し仕掛けてくる二体目・三体目は無理だった。元々、ナイトハウンドは単純ではあるけれども作戦を組めるような知能のある魔物らしい。ならばこちらが避け難い攻撃をしてくる。それはある意味当然の選択であった。
――『6』――『9』――。続けざまに刻まれる、ダメージ表記。
視界の端にあるHP残量を意味する棒グラフがみるみる目減りし、『66』という値に変化する。この一分かそこらで、俺のHPはあっという間に七割以下になってしまっていた。
『ちょ、ちょっと何やってんですか!? いや、むしろ何かやって下さいよ! このままやられっぱなしじゃ、死んじゃいますよ!?』
死。
――一応この世界のルール上、HPゼロは死亡扱いです。
ピリカの悲痛な叫びは、俺に先の言葉が冗談ではないことを思い知らせる。
このままじゃ、死ぬ。
俺が、死ぬ?
死ぬのは、嫌だ。死ぬのは、御免だ。
っつーか、死ぬとかウソだろ? ファンタジーだろ? これじゃまだあのゲロ臭いしみったれた世界にいた方が遥かにマシだったじゃねーか。
なんだよ、どうしてだよ。よりによって、俺がこんな目に……。
『もう! こんなの、苦戦する敵じゃないでしょうがっ!?』
だろうね。と、俺は皮肉めいた気持になる。この手のバトル、RPGだったらチュートリアルみたいなものだろう。こんな敵がいて、こんな風に攻撃が出来て、こんな魔法だって使えちゃいます。それを知ってもらう場に過ぎない。
なのに、俺は……。
ちらり。俺はナトゥーラの方を見遣る。
ナトゥーラは目にうっすら涙を浮かべ、次第に傷ついて行く俺を……ナイトハウンドにいいようにいたぶられている俺を、固唾を飲んで見守っている。
――『5』――『5』――『7』――。
無慈悲な数字のカウントは、遂に俺のHP残量を半分以下にしてしまっていた。
そうさ。そもそもあそこで俺が『主人公補正』をきちんと受け取れていれば、こんな事にはならなかった。……なんだよ攻撃力四ケタって。そんだけありゃ、きっと素早さだって相当なモンに違いない。少なくとも、こんなたった『2』の違いに泣かされることも無かっただろうな。
そうだそうだ。ナトゥーラが変にトチって『主人公補正』を横取りしてなけりゃ、こんなことには……。
………………ん?
そこで、俺の頭が何かを掴み取る。
いやいや、違う違う。よく考えりゃ、そもそもがおかしいじゃねぇか。
何で俺がこんな必死になって戦ってんだ?
そりゃ『主人公』なんだろうけど、確かに『主人公』が人々を助け導くのが慣わしではあるけれども、それは結果的にそうなればいいだけの話じゃないのか?
まぁその、要するに――――
――俺、無理して戦う必要なくね?
だって、いるじゃん。俺より強い奴。
『えっ。貴方なに考えて……ちょ、ちょっとまさか…………』
そうですよピリカさん、そのまさかだ。
俺はナイトハウンドの群れに背を向け、急ぎ後退する。
「――ナトゥーラァ!」
そうやって幼馴染を呼ぶ声は、拐われたお姫様の下へ駆けつける主人公の如く勇ましかった。
消えかけていた闘志が、ふつふつと蘇り始める。
「カムイ……?」
「頼みがある」
そして俺は真剣な面持ちで、しかし堂々と口にするのだった。悠然と『主人公』らしく、『主人公』の風上にも置けないことを。
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