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第1章

ちょい待って! 今の言葉、誰かのこと傷つけてない?

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 あんぐり。と、ナトゥーラは口を呆けさせる。

「え……なにいってんの……?」

「大丈夫だ。ナトゥーラになら出来る」

 これは根拠のない励ましなどでは、断じてない。俺の『ディテクト』に裏打ちされた、至極真っ当な判断だ。

「む、むりむり! なんでカムイも苦戦してるのに、私が!?」

 ふるふると首を振るナトゥーラ。黒色のサイドテールが激しく動く。

「いや、お前余裕だから。さっきピリカと『契約』したんだろ? 不思議な妖精さんパワーで何とかなるんだって……」

 まぁ正確に言えば、それ俺の『主人公補正』なんだけど。

「そんなぁ……。私、武器だって何も持ってないのに!?」

「んなの、素手で十分だっつってんだろ!? 今のオメーにはゴリラもデコピン一発で粉砕できるパワー備わってんだからよ!」

「ご、ごりら……?」

 あ、そうだった。ナトゥーラはこのファンタジーワールドの住人なのだった。そんな人間に霊長類最強の存在を言っても分かる筈も無い。

「あぁえっと……ほら、クマだよ! あのおっとろしいクマ! ナトゥーラはクマのボスもケンカキック一撃で仕留められるくらいなんだ、いま!」

「……え」

 くそっ。まだ理解が得られないぞ。ちゃんと言葉通じてんのか? こいつアホっぽいからなー……。

 ばすっ。どすっ。

 そうこうしている間にも。ナイトハウンドの体当たりは続く。俺のHPはついに四割を切る所まで来てしまった。急げ急げ! 急がないとガチでヤバい!

「おいィ!? し、死ぬ!? マジで死ぬ! オイコラ、俺死ぬって!? ボーっとしてねぇで早くやっつけろよォ! 自分に自信持てよォ! ナトゥーラは超脳筋なんだ! 小指と薬指だけでクルミ爆散させられるくらい! ガラスの瓶だってチョップでスッパーン切れるんだって! 収穫祭の宴会でも大活躍必至だな羨ましいぜッ!」

「…………ぅ、ぐすっ」

 ――――え。ど、どどどどうしたのナトゥーラさん。そんな急にボロボロと……。

「ひどい……カムイって、私のことをそんなバケモノみたいに思ってたんだ……」

 し、しまったァーッ! これじゃ自信持たせるどころか逆効果じゃねーかァ!?

「――あったり前でしょこのド外道がぁっ!」

「ぶへアっ!?」

 唐突に、後頭部を殴打されたような衝撃が走る。

 目からお星様がスプラッシュするのと同時に、真っ赤な『2』という数字が俺の身体から飛び出した。

「女の子になんてこと言ってんの!? 貴方バカなの!? 死ぬの!?」

 俺の頭に見事なエンジェルトルネードを決めた妖精さんは、両腰に手を当てながら何やらぷんぷんと憤っているではないか。もう天使だか妖精だか、設定ブレブレですね。

「いや、死ぬのって……アナタのお陰でまた一歩死に近づいたというか……」

「まったく、そんなデリカシーの欠如っぷりでよくここまで生きて来れましたね!? そりゃ死にかけて当然です! ……いいえ、寧ろ今まで死ななかったのが不思議なくらいかもしれませんッ! ――あぁ御免なさい、貴方って社会的にはとっくに死んでましたねそういえば!」

「テメェ……言って良いことと悪ィことがあんぞ……泣くぞ、いいのか?」

「そうやってたった今泣いてる人、貴方の真後ろにいらっしゃいますが!?」

「チィッ……」

 こんの小娘が。人が命の危機に瀕してるっつーのにベソベソしやがって……。その見てくれじゃなけりゃとっくに一発張り倒して――――――。

 どごんっ。

「――――くおぉっ!?」

 しまった、ついついナイトハウンドの攻撃から目を離しちまった。

 ピロン! ピロン! ピロン!

 身体に衝撃を感じたのと同時に、脳内にけたたましく鳴り響くアラート音。咄嗟にHP残量を確認すると、棒グラフの数値は『29』まで減少していた。おまけに数字自体も黄色く点滅を始め、危機をこれでもかと知らせてくる。

『うわ、うるさっ……ど、どうやらHPが一定割合以下になると、警告音が出るみたいですね……』

『わーっとるわ!』

 しかし、いよいよヤバイぞ。もうなりふり構っていられない。

「ナトゥーラ、さっきのは……その、言葉が悪かった! でもアレだ! 要するに、俺にはもうナトゥーラしかいねーんだよ! ……頼むぅ! 騙されたと思って、一発ぶん殴ってくれるだけで良いんだ! いや、っていうかいっそのことぶん殴らなくてもいい! 軽く小突くくらいで十分なハズだ! 小指の先でちょこんってやってくれるだけで良い!」

「ぐずっ……こ、小突く……?」

 涙目を擦りながら、少し顔を上げるナトゥーラ。よし、まだこちらの声は届いている。望みが完全に断たれた訳じゃない。

「そうだ! 指切りげんまんみたく、そっと軽くやるだけだ! 簡単だろ!?」

「…………こんな風に?」

 そして確認を取るかのように、可愛らしい小指をちょんちょんと動かす。あの動きで魔物を屠ることなど普通は考えられないけれども、『主人公補正』を得たナトゥーラであれば可能だろう。

「おっけーおっけーよゆーよゆー!」

「こんなのでいいの?」

「いいんだよ早く!」

「で、でも……こんなに軽いんだよ? 本当に意味あるの?」

 とてて。と、ナトゥーラは俺の傍へと近寄ると、そっと額に手を伸ばす。

 そして。


 ちょこん。


「――――うヴォあぁっ!?」

 途端に吹き飛ぶ俺の身体と、飛び吹く『27』という真っ赤な数字。

 ビビーッ! ビビーッ! ビビーッ!

 脳内を駆け巡るは、先程よりも一層激しいアラート音。HP残量は『2』を指し示している。さっきまで黄色く点滅していたHP表記も、今では真っ赤な点滅と化しおまけに数字も二周り程拡大で表示されている。

 もうすぐ、死ぬよ。

 音と色、光と文字のサイズが、こぞって俺に瀕死状態を告げていた。

「ぉお前……『俺に』やってんじゃねえっつうの……」

 こんな時にドジっ子属性発揮させてんじゃねぇやい畜生め。

 嗚呼……もうこれどうすんだ? 大抵のRPGよろしく、HPがゼロにならない限り平然と動き回れそうなのは不幸中の幸いだけれども、もう敵さんの体当たりがカスりでもしたら俺は死ぬぞ。もっと言えば、ピリカの蹴り一発でも、貰った瞬間に昇天するんだぞ? 電池が切れたみたいに……あっけなく。フィジカル弱過ぎだろ、俺。

「ははは……俺ぁもう無理だわ……」

「そ、そんなことないっ!」

 しかしここでナトゥーラさんのとても大きいとは言えない背中が、悠然と俺の前に立ちはだかったではないか。

「へ……?」

「よく分からないけど、私になら出来るんでしょ!? あの狼みたいなのを……倒せるっていうんでしょ、カムイはっ!」

 そうやってナイトハウンドの群れに向き合うナトゥーラの脚は、これでもかと震えていた。

「だったら私……カムイを信じるっ」

「ナトゥーラ、おまえ……」

 ……お前、そんな、俺なんかの為に……なんだよくそっ、めっちゃ良い奴じゃんかよおぉ。

 その、思わず鼻の奥がツンとしてきてしまった。俺を瀕死に追い込んだ原因が割と全部ナトゥーラの所為なのだという事実を忘れてしまうくらいに。

「うん……まぁ言いたいことは山ほどあるけど、それはアイツらをボッコボコにしてからだ!」

「――えっ、カムイが私に!? 改まって言いたいことが!?」

「余計なトコに食い付かなくていいから! ほら前向けっ、前ぇ!」

 そして包囲を狭めるかのようににじり寄って来ていたナイトハウンド達は、ナトゥーラ目がけて一斉に突撃を開始するのだった。
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