憧れの世界でもう一度

五味

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26章 魔国へ

場を整えるために

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「片道三ヶ月が、僅か一日ですか」
「ええ。おかげで、こうして随分と気楽に行き来ができるという物です」

王城で少々の厄介を片付けてしまえば、早々に準備を整えてまた魔国に。オユキのほうでは、未だに王都に残っていた異邦人たちに声をかけてみれば、こちらも随分と快く引き受けてもらえたものだ。あとは、ローレンツとタルヤ、加えて元セグレ子爵夫人であるエステールを伴って再び魔国に。流石に、戻ったその日からすぐに動くつもりはそれぞれになく、気が付けば用意されていた追加の馬車、そちらにしっかりと詰め込まれた追加で必要と判断された品々と随分とくたびれているカナリアを載せて。移動の費用については、今回はカナリアを無造作に馬車に放り込んだフスカの手によって賄われているためいよいよ問題がない物にはなっている。こうして、移動を改めてしてみれば、国王その人が不安視していた部分、勢力としての均衡と言う意味ではあまりにマリーア公爵に傾いているのではないかと、そんなことをオユキとしても考えてしまうのだが要は、建前と言えばよいのか、流石にそれくらいは気にかけよという意味でもあったのだろう。だからこそ、苦々し気にしながらもマリーア公爵もアルゼオ公爵も受け入れざるを得なかったのだろうから。

「だとすると、オユキ様はこれからも折に触れてとなるのでしょうか」
「余程の事が無ければ、今の予定では流石に月に一度くらいかとは思うのですが」

あくまで予定でしかないとわかっていながらも、オユキの世話役と言うよりも教育係としての側面が強いエステールと急ぎの移動の疲れもあるからとのんびりとお茶などをこうして差し向かいで楽しんでいる。トモエのほうは、色々と持ち込んだものがあり、差配を行っている。カレンは、流石に未だに王都で色々と行うべきことがあるからと動かせない。そうした皺寄せを引き受けることとなったのにはオユキとしても申し訳なく思いはするが、本人がそれを楽しむ以上は良しとして。

「月に一度、ですか」
「ええ。流石に人員の交代であったり、こちらでの進捗の報告であったりと」
「それは、オユキ様がやらねばならない事ですか」

エステールの率直な疑問に、オユキは確かにと少し考える。オユキが自分で行うつもりではあったし、こちらにいる人員を考えれば、オユキ以上に身動きがとりやすい者が居ない。そうした判断に依る物ではあった。しかし、こうして身の回りの人員にしても、トモエとオユキ、それぞれに侍女が付くほどの数が。客人として、異邦人たちも揃ってついてきてくれたこともある。ここまでの状況があって、ではオユキが動かなければならないのかと言われれば、やはりそうとも限らない。

「言われてみれば、最低限の連絡、定期連絡であれば、任せてしまっても良いのですか」
「ええ。旦那様もおりますし、先代アルゼオ公も。何もオユキ様が移動をしなければならない、その限りではないかと存じます」

向かいに座るエステールは、まさに淑女としての見本と言えばいいのだろうか。オユキに対して、こうした席ではこのように振る舞うのですよと、己の振る舞いで体現してくれている。オユキとしてもどうにか見た目だけ、形だけでも真似ながら。

「ローレンツ卿は、ここ暫く色々とお願いしてしまいましたから」
「本人は喜んでいる様子。であれば、休暇はある程度でと」
「いえ、夫婦の時間と言えばいいのでしょうか」

その言葉に、何処か柔らかな空気が流れる。

「お子様も、その、私が思うよりも随分と早くに成長されていますが」
「私も、王都で暮らしている間に、タルヤ様からご紹介いただきましたが、ええ、確かに」
「そちらでの時間、エステール様との間での時間。また、皆様が望むのであれば一堂に会して。王都では何かと難しい事であっても、魔国の王都、旅先であればと考えての事ではあったのですが」
「お心遣い、真に有難く」

オユキとしても、正直色々と気を遣わねばと思う相手だ。随分と、いいように使っている自覚はある。間違いなく、王太子による差配ではあるのだろうが、それでもここまでの間、トモエとオユキの為にと、本当によく色々やってくれている。日々の事だけでなく、警護につく人員の訓練、トモエでは分からぬ騎士たちの暮らす場の管理に始まり、狩猟者ギルドとの窓口も基本的に引き受けてくれていたのだ。ともすれば、オユキが望まぬ者たち、そうした来客に対する対応とて彼の仕事になっていたのだ。流石に、今借り受けている場に関しては、こちらに来る者たちは基本的に王城からの許可が必要になる。魔国で気軽に買い物をしようにも、その場合には自分たちで足を運ばなければ、この屋敷に上げるためにとここで暮らす者たちにしても一度魔国の担当者に伺いを立てなければならない。そうした環境だからこそ、少し落ち着くにはちょうど良いのだ。
神国とは違い、トモエとオユキに対して色々と要件を言いたい者たちと言うのも実のところそこまで多くない。寧ろ、劇的な加護を与えているアイリスとセラフィーナにこそ向かうだろう。その場に一応トモエとオユキもいるにはいたのだが、わかりやすい相手のほうに意識は傾くものだ。そんなことを、オユキとしては考えているのだが、勿論他の者にそんなことを言えば、また呆れたようにため息の一つも零されるだろうが。

「ですが、何もひと月丸ごとなどとは私も、旦那様も望みませんとも」
「流石に私もそこまでとは言えませんが、それでも二週ほどは」
「それでも、過分とは存じますが、お礼を申し上げます」
「どうにも、ローレンツ卿にしても仕方のないこととはいえ」

そう、間違いなくあの人物にしても家を空けることが多い生活ではあっただろう。フォキナという家名も持つ人物だ。そちらとの兼ね合いと言えばいいのか、エステールとの間に生まれた子がフォキナ家に行ったのだというのなら、そちらで色々と教育も行わねばならぬことも重なりさぞ大変であっただろうと。何やら、トモエとオユキの元に来てからは、タルヤが側に居たこともあってか随分とはつらつとした様子ではあった。それにしても、これまでの事と比べれば随分と楽な事だからとそれがあったにも違いない。
オユキとしても理解の及ぶこととして、急に仕事が減ったら随分と手持ち無沙汰に感じてあれこれと仕事を探してしまう物ではあるのだから。

「一先ず、そちらは置いておきましょう。これは、私が決めた事、そのようにご納得ください」
「ご厚情に、ただお礼を」
「さて、エステール様にお願いさせていただきたい事、それは一つあるのですが」

そう、トモエに頼ってもよさそうな事ではあるのだが、実際にはオユキに向けて言われていたことだとトモエからもやんわりとそう言われている物。

「ええ、少し、お伺いさせていただいております」
「刺繍になるのですが」

そう、言われていることとして、片付ければいけない事としてそれがある。ゆっくりでも構わないとは言われたものだが、それでもこうして魔国で少しのんびりできる間で片付けなければならないと考えてはいるのだ。

「確か、水と癒しの女神さまと、月と安息の女神さまがご所望だとか」
「はい。新しい図案を、そう言われてもいます」

そう、そこでエステールに頼みたい事と言うのが出てくる。

「生憎と、既に存在している図案と言うのも、とんと覚えがなく」

既存の者以外と言われても、正直オユキには全く心当たりがないのだ。これまでの間に、それこそ水と癒しの神殿に観光でいった折には、トモエが興味を持つ形で訪ねていた、その程度の知識しかない。具体的にどのような物であったか、それにしてもオユキの記憶にはぼんやりとしか残っていない。不信神者と誹られたとしても、まぁそうであろうとしか答えようのないほどだ。

「あの、オユキ様」
「いえ、戦と武技の意匠については、こうして身に着ける物にも使われていますので少しは覚えがあるのですが」

それに、巫女としての教育をエリーザ助祭に頼んだ時にも、有名どころは一通り見せられもしたのだ。加えてかの神が基本的に飾ることを好まぬという理由もあり、やはり数が少ない。流石に片手で足りるとまではいわないが、それでも両手の指に少し足す程度。オユキが覚えたものは、僅か十一。覚えきれていないものにしても、せいぜいが五つほど。

「確かに、戦と武技の神様に比べれば、両女神さまはかなり多いですから」

ほとほと困ると、そうした様子を隠せないオユキに対してエステールも気持ちはわからないでもないがと、そうした様子。

「そうですね、合わせて百五十ほどになりますので、少しお時間は頂くと思いますが」
「あの、それほどの量が既にあるのですか」
「はい。特に有名なものに絞って、それだけの数が」
「その、これまでにない物を、そのように言われたのですが」

さて、いよいよどうした物かとオユキとしては随分な無理難題に頭を抱えてしまう。それだけの数があり、既存物とはまた異なる図案を作れと言われたとて、あまりにも難易度が高いとしかオユキには思えない。恐らく、ここ暫くの間でトモエと話、このあたりが生前にもあったモチーフとして有名なものかとあたりをつけていた図案。それらはすべてとうに作られているものなのだろう。まさに一から、そんな状況で作らないのだとすれば、これはまた随分な難事になるとたやすく想像がつくものだ。

「その、差し出口ではありますが」
「ええ、その折には頼らせていただきましょう。ナザレア様も、引き続きとなりますが」

冬と眠りに向けて作ったもの、それにしても随分とナザレアによって手は出されていないが、色々と横から言われることもあったものだ。なんとなれば、オユキが使うための布や糸に関してはすべて彼女が選んだ物となっている。オユキに任せては、どうにもならぬと異邦人二人と彼女の間で早々に意見がまとまったというのも大いにあるのだが。

「では、先々の事は、この後にでも」
「はて、エステール様からは、何か」

オユキのほうで、エステールに一先ず頼みたい事の話が終わったと、そう判断したからだろう。

「はい。先ほどまでのオユキ様の振る舞いに関してですが」

そう、エステールがオユキについている理由、その最たるものがこれから待っている。
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