憧れの世界でもう一度・終章

五味

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トモエとシグルド 中

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「パウと、オユキは」
「ええ、先程からパウ君が武器を振る音は聞こえていますね」

 会話までが聞こえないのは、距離があるからか、それともこの結末を見届けんがために集まった者たちの身じろぎの音に消されるからか。
 それとも、カナリアをはじめとした魔術に慣れた者たちにオユキが頼んだ事の結果としてか。

「この舞台は、闘技大会の物と同じです。怪我をしたところで、外に出てしまえば問題が無いとそういった場です」
「だからと言って、それに甘えるわけにもいかないしな」
「オユキさんたちは既に初めていますし、私たちも、こうして向かい合っているばかりというのも」
「分かっちゃいるけど、俺もせめて数回くらいはっておもってさ」
「では、その様にしましょうか」
「いいや」

 こうしてシグルドと王都の闘技場、その舞台で向き合うのは都合四度目だろうか。
 その度に、彼が求めるままに。
 只の一合と太刀を合わせることなく終わらせてきたものだが、今度ばかりはと彼も考えているらしい。
 では、それを叶えて見せようかとトモエが声をかけてみればしかし彼はそれは違うのだと。

 トモエが望んだとおりの回答を、やはり返してくるのだ。
 シグルドは、本当にかつてのオユキによく似ている。

「改めて、トモエ流初伝、ただの、シグルド」
「繰り返しますが、初手は譲ります。改派陰流皆伝、トモエ。そして、こちらではトモエ流の開祖」

 こればかりは、トモエの妥協といえるもの。
 それ以上に、こちらに改めて遺していく少年たちに、なにか形のあるものをだけでなく、そう考えた結果として。
 セシリアは、トモエが至上とする流派の目録を一つ渡すことが出来るほどの者にはなった。
 目が良く、才もあるのだ。
 オユキが得た期間よりも随分と短く、孫娘と比肩するほどの速度で。
 こちらでは、いよいよ実戦の場が身近にあることがよく働いた結果ではあるのだろう。
 かつての世界には存在しなかった、技を使いその効果を実感し。
 さらには、己の生活の糧として十分以上の物を返す場が。
 かつては、そうした物をとかく遠ざけていった結果として。
 すっかりと無用の長物となり時流の中に埋もれて消えていくだけとなった物。
 それが、こちらの世界では何処までも輝きを放っている。

 トモエは、やはりただただその事実がうれしく。

 そして、オユキがどうにかこの世界で四年と少し、それほどの期間をやってこれた理由でもある。
 これでトモエが早々に見限っていたのであれば、オユキと同じようにこちらの世界に対して明確に諦念を覚えていればもっと早くに違う結末を迎えた物だろう。
 若しくは、あの男がオユキを上手く操縦して見せたことだろう。
 かつての世界でも、そうであったように。

 そんな事を、トモエがつらつらと考えていれば、漸くシグルドが動きを作る。
 まっすぐにトモエに向かって、流派の秘儀等と言うのは最も基本とする型に含まれるのだとそれを繰り返して伝えたからだろう。
 シグルドは、その教えを正しく覚えて、ただまっすぐに。
 手に持つ太刀を振り上げて。それに合わせる様に、右足を前に。
 流派によっては、左とするのだろうが、トモエが己の掌中にありとする流派では、どちらも同じ。
 勿論、不利になる点もあるにはあるのだがこちらの世界の事を考えれば、それを覆すだけの利点があるとして、手と足を、同じ側を前に。
 シグルドは、右に構えるからこそ、右手に基本は太刀を持つからこそ右足を前に。
 そして、振り上げる太刀が、見守るように輝く月の光を受けて。
 そこから先は、足をつくよりも、膝を曲げて、体を沈める様にしながら。
 重力よりも、ただただ己の体を地に引き付けようと働く力に加えて、下に向かって。
 
 技として気を付けるべきは、只、己の太刀がまっすぐに。
 相手に対してと言う訳では無い。
 そもそも、その様に振るような得物でもない。
 あくまで、己が斬ると決めた方向に対してまっすぐに刃を立てて、そちらに向けてまっすぐに。
 刃筋を立てる、それにとにかく意識を払ったうえで、相手の行動も注視する。

 己だけでは無く、相手は間違いなく時分と同じかそれ以上に考える頭を持つ相手なのだ。
 なればこそ、太刀を如何に振るのか、そればかりは慣れに任せるしかない。
 慣れに任せてとしなければ、間に合わない。

「良い一太刀です」

 そうして、トモエはシグルドの一太刀を評価しながらも、対応の手を打つ。
 トモエの構えは変わらず自然体。
 左に持った太刀を、只掌にひっかける様に己の正面で持つ変化としての構え。
 そこから動くからこそ、やはり早いのだ。
 構えを作ってしまえば、太刀を己の正面で構えてしまえば一度後ろにといった動作が生まれる。
 己が動き出すのに合わせて、次はこうした動きを作るのだと相手に伝える事になる。

 そのような動作で、トモエの速さに追いつけるようなものではない。
 ただ身体能力だけでは無く、技としての速さも持つトモエには。

 オユキを相手に見せて以降、折に触れて使う技術。
 技としての速さを生むために、僅かに体を捻り関節を固定したうえで、筋ではなく骨を使って体を動かす。
 欠点として、体を痛める上に、力という部分で不足は出るのだがやはり速さが重要なのだ。
 そして、トモエの太刀がシグルドの太刀に届けば。
 巻き落とし、さらにその先。流派の開祖、その師である人物が至上とした理合いだとそんな話を確かに聞いた。
 トモエなりの解釈を加えた上で、こちらで一つの形として、完成をどうにか見出した。
 オユキが、トモエに対するためにまったく異なる理合いに進んだ事もある。
 それを、己は流派の流れの中で絡めとらなければと、オユキが挑戦したい、かつてのトモエの姿の先にある物として。
 触れた太刀越しに、シグルドが次に動きたいと考えている動きを読む。
 勿論、己の目も使った上で。
 そして、彼が望む方向と少し違う先に、トモエが僅かに力を加えて。
 それを嫌がるのならば、変えようとした先に同様に。
 これまでであれば、単純に相手の動きを止めていた。
 武器を、落とさせていた。だが、そうでは無く。
 只、相手を支配するのだ。
 触れた部分から。

「まさか」
「こちらで、ええ、私も勿論技を磨きますとも」

 慌てようとも、トモエの支配から逃げようと動こうとも。
 トモエは、シグルドに許しはしない。彼が望むままに動く形を。
 ただ、一つシグルドを褒めるとするのであれば、トモエがこれまで行った武器を奪う、そこで差を作るのだという話をかつてした。
 間違いなく、覚えているには違いないというのに、油断が無い。
 流派としての至上、如何にして差を作るのか。
 それ以上の物が此処からあるのだと警戒して、少しでも制御を取り戻そうと動きを小さく、力で振り回すような真似をしないところは評価に値する。

だが、それだけ。

「この辺り、逃げるための技はお伝えしきれていませんでしたね」

 逃げるための方法、一つは居付け。
 鍔競りを相手に強制する方法。
 相手が技でと望むのであれば、そこから逃れる方法として己の膂力を頼みにするのが一つ。

 もう一つは、同じ土俵で技を競う方法。
 相手の支配に対して、己も支配を求めて返す。

 最後の一つは、強引に振り払って間合いを空ける方法。
 それこそ、今シグルドが無理に、これが最期だと考えて、トモエに勝つために、己の刃を届けようと考えているからこそ思いつけない方法。
 一度、誘いとして下段の向きに力を加えて、トモエがそれに乗った時に大きく下に下げながら後ろに跳べば、それでこの状況を脱することが出来る。
 だが、シグルドが選ばないというのなら、トモエは仕方が無い事だとばかりに己が範を示すのだ。
 まずは、順番に。

「今後は、こうした方法も覚えていきましょうか」

 そして、散々に立ち方としてつま先に力を入れて、そう伝えていたのを裏切る様に。
 踵もきちんと降ろして。
 そちらから力を作って、背中を通し。
 己が手に持つ太刀に伝える。

「これが、居付け」
「これって、でも」
「私が選択しないというだけで、手段として存在していますよ」
「あー、そりゃ、そうか」

 トモエが抑え込もうとまっすぐに力をかける。
 幸いにも、過去と違ってこちらでは平均というよりも同性の中では低い方。
 その程度には上背もあるし、まだまだ成長途上なシグルドとはほとんど変わらない。
 この状況であれば、トモエにしても十全に知っている技を用いることが出来る。
 問題としては、得物に差がある事だろうか。トモエが手にしているのは、大業物と呼んでも良いほどの品。
 持ち帰った龍の骨を使って等と言う事は出来ていない。
 しかし、そのあとに向かい合った相手に一筋の傷をつけた褒美として下賜された太刀がトモエの手の中にあるのだ。
 過去に使っていたものと、寸分たがわぬ長さに形状。
 柄にしても、トモエの掌に非常によく馴染む。
 かつては、今と全くもって異なる体で、こうして刃を振るっていたというのに。
 まるで、トモエが長く使ったのだと、そう感じさせるほどに。
 そして、この得物は戦と武技から与えられたもの。
 
 こちらに来てまだ間も無い頃に与えられた神授の太刀。
 それと何一つ変わりはしない。

 トモエが使える、ある種の権能でもあるトモエがこちらに来てから積み上げた技。
 得た全ての加護。
 それらを只斬るという行為に、つぎ込む奇跡の先にあるもの。
 それを、十全に使えるのだと、そう言われた物。

「この太刀は、龍を裂き、彼の柱にも傷を与えた功績から得た太刀ですよ、シグルド君」
「あー、つまりこのままだと」
「ええ。此処から鉄断ちを、このままでも曲がる事はありません」
「だとしたら」
「生憎と、この状況で後ろに逃げようとするのは、宜しくありません」

 トモエの言葉に、シグルドが武器の差がある以上は、どうにもならないとばかりに逃げようとする。
 だが、それは下策。
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