遠い隣人との狂想曲(改訂版)

五味

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序章

変革の日 1

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天野は流れる時間に苛立ちを覚えながらも、現場の予測それに対する策などを考え、自機のAIに随時入力、検討を行わせる。最も珪素生命体の数が未確定であるため、それも有意な結果は得られないが。
早く現場への到着を。
同時に二班からの詳細な情報を。
どちらも待つことしかできないもどかしさが、彼を苛む。せめて、現在の小隊で最も付き合いの長い相手、一班の班長を任せている男と相談できれば、もう少し気も紛れるのだろうが。

「小隊長。こちら二班班長。
 襲撃開始から、珪素生命体一三七体を確認。
 大型二〇。
 中型一〇。
 小型一〇七。
 内小型一七を撃破。
 被害は小破四、中破一。
 現在予定合流地点に向けて移動中。撤退計画に大きな遅延あり。予測航路の更新情報を送信。
 我々は未だに追撃を受けています。」

彼が待っていた情報は、最悪以外のなにものでもなかった。
彼我の戦力差は合流したとして絶望的。これまでは、ある程度以上天の川銀河側に撤退すれば忽然と追撃を止めたというのに。
そもそも、コーン一機と珪素生命体との戦力比が小型であれば1:10。中型であれば3:1。
大型はそもそもコーンで対応するような存在ではない。
生命体であり、兵器の類を搭載してないとはいえ、高速で体当たりを行われるだけで、直撃すれば小型ですらこちらに甚大な被害を与える。
小型とはいっても、こちらの機体の数倍のサイズなのだから。
そもそもそんな生命体が、単独で宇宙空間を光速の約3割、コーンの最高速度の半分程度、それに近い速度で動き回る。推進力の確保をどう行っているかも分からないままに。実におかしな話だ。
そして厄介な事に完成を無視した挙動を取る。0-100の機動を当たり前としている。

「レディ、受信情報を一班、三班に通達。」
「指令受諾:一班、三班に通達。」
「レディ、三班に通達。観測拠点設置作業を中止。現地点で防衛体制の構築指示。撤退時火力支援の用意を。」
「指令受諾:三班に通達。」
「レディ、一班に通達。二班と合流予定の五機は戦闘準備を行いつつ行動継続。残存五機は三班と統合。
 防衛体制の構築を共同で行え。」
「指令受諾:一班に通達。」
「レディ、各班に通達。以降二班並びに合流予定機を戦闘隊、残存機を防衛隊と再編成。
 防衛隊の指揮権を、三班班長空条巴兵長に委譲。」
「指令受諾:エラー。班の再編成に関する権限齟齬。空条巴兵長は指揮権を持てません。」

天野は思わず舌打ちしそうになる。
作戦行動外であれば、良き話し相手ともなるAIではあるが、さすがに作戦中であれば多くの制限もあり融通が利かない。軍人として当たり前。そう思う反面、非常時なのだから融通を。天野はそんな余裕はない、そう分かっていながらも、その感想が浮かぶのを止められない。
そもそも指揮権を持てる人間など、こんな辺境に多数配属等されるものか。
天野はそう、心の中で毒づき、それでひとまず終わりとどうにか切り替える。

「レディ、非常事態宣言。特記事項、隊員の生命が脅かされる状況である。珪素生命体が安全圏へ侵入。
 当行為におけるあらゆる責任は私が引き受ける。」
「指令受諾:班の再編成を小隊各機に通達。
 尚本件に関して天野弘忠中尉は、非常事態終息後、直ちに射手座方面軍査問会に出席すること。」
「了解。生きて帰れればな。」

ひとまずの対応を終え、予測図付きの宙図を睨みつける。
合流予定の元一班とは、まもなく双方向での通信が可能になるだろう。
二班は果たして、こちらが合流するまで全機無事でいてくれるだろうか。既に損害報告が届いていることもある。
ここに来て、経験不足の新兵ばかり。その事実が天野の予測を次々に悪い物に変えていく。
遭遇時の状況は分からないが、最高速度は遥かに勝るのだ。離脱は本来であれば難しくない。問題は珪素生命体が現れるときは、あまりに突然。先ほどまで何もなかったはず、その空間に現れるのだ。直前まであらゆるセンサー類に反応が無かったとしても。
二班班長からは、その初動の位置関係が分かる情報は添付されていない。相応に近い位置、進行方向に現れたのだとしたら、その地点から逆方向、撤退方向に加速するにしても、十分すぎるほどに致命的だ。天野であれば、それこそそのまま停止せずに、そう判断を下しただろうが。
そればかりは今が片付いてから、改めて確認するしかない。自分の部下への教育が不足している。どうにも今の上司に目の敵にされている天野に、そういった形で降格処分でも下るだろう。

「通信要請受諾:中尉、ディラン・メイフィールド軍曹より通信要請。」
「レディ、繋げ。」

天野が元二班からの続報を待ちながら、いかに撤退するか、合わせてこの後の事に思考を巡らせてしばらく。
一班班長から通信が入る。ディラン・メイフィールド。初めて顔を合わせてからもう5年以上。軍に勤め始めてからと考えれば、その大部分を共にしている相手だ。

「こちら、ディラン・メイフィールド。現時点より当機以下元一班五機は貴官の指揮下に入る。」
「こちら、天野弘忠。了解。貴君らの奮戦に期待する。」

定型のやり取りを交わした直後、ディランは砕けた雰囲気に変わる。相互通信が可能な距離。無論互いの機体などモニター越し、それも拡大してようやくといった物だが。少なくともほぼ遅延なく通信ができる距離に、ようやく到着したらしい。この広大な宇宙空間、それを考えれば彼にしても随分うまく班員を纏めて移動をしてくれたものだが。

「さて、隊長殿。演習の予定が本番のようですが?」

緊急時でも緊張しないというのは、ディランという男の美点だろう。年上だが、階級は下。天野としても彼のその経験に信頼を寄せ、甘えることもある。現に二班に少尉、一班に軍曹。そうする程度には。そして、次席指揮官も彼だ。二班班長、リディアにそれは早いと天野はそう判断している。

「まったくだ。一つの銀河を調べ尽くしたというのに、人間の勘というのは馬鹿にできないものだと驚いているよ。」

天野は苦笑交じりにそう応える。訳の分からない焦燥感。それに従って行動した結果として、少なくとも連絡を受けてからに比べれば、遥かに早く救援に向かえるのだから。

「まったくで。それで仲間が助かる見込みが上がったんだから、これからも気兼ねなく演習を行ってほしいものですな。」
「私は二度とごめんこうむるがね。」

軽口を叩きあううちに、天野は自分の緊張が少しほぐれていくのを感じる。
精神状態なども、脊椎越しに接続されるケーブルから数値化、モニタリングされ、規定値を超えれば警告が入るというものの、規定値以下に対処するものではない。閾値に近づいていたそれらも、今はまだ平時に比べれば高い物だが、十分な数値まで下がってきている。
ディラン、彼にしてもこの結果論、それを好意的に受け取っている様子が分かり、安堵したのもあるだろう。指揮官などと言っても若輩者の中尉。天野には彼だけの決断が未だに重い。

「で、隊長殿。二班と合流した後はどうするんで?」
「撤退だ。それしかないだろう。ディラン、お前も確認しただろう?」
「できるとお考えで?」
「できなければ、死ぬだけだ。これまで決して立ち入ってこなかったエリアへ侵入してきたんだ。
 途中で追いかけてくるのを止めるなんて、甘えた考えは捨てるべきだろう。
 撤退しつつ、本部に継続して連絡。援軍を待ちながらの逃避行だ。いつだか見た古典のようだろう?」

どうしたところでため息交じりになるが、天野は冗談を交えて告げる。
つまるところ、問題はそこなのだ。
これまでにない珪素生命体の行動。
それが、範囲が狭くなっただけとは、言い切れるわけもない。
何処まで逃げれば安全が確保されるのか、その保証などない。安全を望むのなら、奴らをすべて滅ぼすしかない。

「方面軍本部からの増援は、早くとも一二時間後。少なくともその程度の時間は逃げ回らなければいけないわけだ。
 それもワープ可能な宙域からあまり離れないようにな。」
「そいつはまた、難儀なことで。で、中継基地の話が出ないのは。」
「ああ、あまりに予想外の事態に、私としたことが忘れていたな。では、せっかく思い出させてくれたのだ、ディラン軍曹、君から連絡を入れておいてくれ。」
「了解です中尉。情報を纏めるのに少し時間がかかりますな。それが終わり次第、連絡としましょう。」
「ああ。撤退予定の航路も送ろう。」
「ま、こうなりますわな。」

そういったきり、二人とも少し黙る。
天野の計画している撤退航路、それは初めから中継基地を外している。万が一の可能性、それを考えれば、確かに連絡は入れておくべきだったとも思う。ディランに言われなければ、空とぼけたわけでもなく、本当に気が付かなかっただろう。
既に緊急信号は出している。そしてそれに取り合わないと分かっているからと手を止めていたが、確かに言い逃れが出来ないように、そういった事も行っておいた方が良いだろう。どのみち、その後の面倒は減りはしないが。いい当て擦りにはなる。

「で、小隊長。」

ここにきてディランは少し緊張した風に声をかけてくる。

「結局のところ、なんだってあいつらは、急にこれまで侵入しなかった宙域に入ってきたんでしょうかね?」

それは、この情報が共有された人類すべての疑問となるだろう。
これまで起こらなかったことが、突然起こった。
その契機は何なのだろうか。天野にそれが解るはずもない。分かっていれば、それこそ少しはまともな策も思いつくのだから。

「考えるだけ無駄だろう。
 そのあたりは学者連中に任せるさ。」

天野にしても、優先順位は落としているとはいえ、気を抜けばそれが疑問として浮かんでくる。
だがその疑問も、今襲われている仲間たちほど強いものではないだろう。
今襲われている彼らにしてみれば、それこそなりふり構わず喚き散らしたいほどだろうから。
その結果が、初動の失敗、そういう事でもある。

「さて、無駄話はおしまいだ。
 レディ、双方向通信を戦闘隊全機と確立。通信可能範囲外の機体とは可能になり次第。」
「指令受諾:双方向通信を確立。現在一〇機と未確立。」

天野が気の抜ける会話を楽しんでいるうちに、彼ら六機は救援を待つ仲間たちまで残り七分ほどで合流できる地点まで、移動していた。たった7分。勿論最大速度での航行中、相対速度、ドップラー効果。色々と、物理的な制限がそこにはある。それは天野も理解している。だというのに未だに通信ができない。それが神経をささくれ立たせる。
こんな、一つの銀河、それを行き来するほど。一つの種族の版図として色を塗ったというのに。随分と出来ないことの多いものだと。
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