遠い隣人との狂想曲(改訂版)

五味

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序章

変革の日 3

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「予定ポイントまで残り10・9・8。」

天野は溶液越しでも感じる荷重を受けながら、モニターに移される周辺状況と、コンソールに流れる各種データを見落としがないようにに確認する。第二班の移動方向と、現在そちらに向かっている機体。相対速度を事前に合わせなければ、瞬きの間にすれ違い、救援にもならない。機体はさらなる荷重にも耐えられるが、操縦者には限界がある。その範囲内で速度を調節し、モニターの端でわずかに見える光点、それを確認しながら位置と速度の調整を行う。
直前に来た連絡以降、事態が急変していなければポイントに到達後数秒もすれば、現在撤退中の友軍部隊との通信可能距離に入る。
つまり、珪素生命体との交戦可能距離に入るということだ。第二報で得られた移動速度は大破機体に合わせているため、遅い。離脱を考えれば、使えない策があまりに多い。
天野は事前に用意した作戦計画の内、いくつかをその場で破棄。状況に即していると判断した物を改めて班内で共有する。

「各員、まもなくだ。緊張しろ。そのうえでリラックスしろ。
 珪素生命体との交戦経験が有る者の方が少ないだろう。だが、シミュレータで何度もやりあったことがある相手だ。
 それに撃墜する必要はない。目標はあくまで、友軍機の撤退支援だ。」

天野は流れるカウントダウンにかぶせながらも、各員に告げる。可能な限り簡単だと、そう強調するように。奥った作戦指示は二種類。一つはディランに、残りは別の物だ。どのみちある程度撃破をし、時間を稼がなければ、逃げられはしない。
戦闘状態では、複数の音声が同時に再生されたとして、聞き逃すことはない。それが誰の音声か、国民すべてに付加されている個体識別子が添付され、エラーなく全てが文章としても表示される。
流石に非戦闘時、機会脳の補佐が無ければ、限度はあるが。古典人類、それに比べれば現行人類はそもそもゲノム、そこから再設計が行われている。ホモ・サピエンスとして確立した状態、そのままであれば宇宙空間では耐えられないと、二つ前の暦で既に始まったと聞いている。

「0。中尉、予定ポイントに到着。」
「各員、更新されたポイントに向けて移動。合流に備えろ。」

カウントダウンは途中で止めた天野に代わって、機体の補助AIが引き継いでいる。そして時間通り。誤差なく予定地に移動が完了するが、二班まではまだ遠い。相対速度、合流する方向、そういった兼ね合いもあっての事ではあるが。
更新した合流予定ポイントに向け、さらに進みだす。
次の合流ポイントは戦闘中の宙域となるため、だれもが、移動先への警戒を強める。
ここまでの道中と違い、いよいよ近づく戦場に、新兵の緊張、精神の安定が閾値を超え、薬剤の投与などがそれぞれ行われている。そしてそのような状態であるため操作制度も低い。補助AIはあくまで補助でしかない。結局操作、それを行う、その為の入力を行うのは各操縦者だ。天野とディランで補助を行いながらも、じりじりとした移動時間が少し過ぎたころ。

「残存機と双方向通信可能距離に到達。通信を確立。
 未編入の機体十機を戦闘隊に編入。
 報告。六機は作戦行動可能な状態にはありません。
 データリンク実行。宙域図を更新。」
「各機、作戦行動開始。
 リディア・ケプラー少尉、報告を。」
「中尉!まさか、ここまで早く救援に来ていただけるとは。
 現在第二班は小破1、中破3、大破6。人的被害は0。
 敵戦力は、大型二〇、中型八、小型七二。
 襲撃目的は不明。攻撃行動はこれまでのデータ通り体当たりのみです。」

最初の報告からは、だいぶ落ち着きを取り戻しているように見える。それに新兵ばかりを連れた状態で、十分以上の成果だ。

「了解。よく離脱者を出さずに持ちこたえた。
 元二班はこのまま離脱に専念。すぐに我々の後ろに回るよう。」
「了解。中尉、本当に助かりました。」
「こちらの状況は、共有された情報を参照するように。
 第一段階として、設置拠点までの撤退を行う。」

天野はそう告げて、状況を再度整理する。航行可能な少ない機体が、どうにか大破機体を牽引しながら移動を行っている。珪素生命体が直線でしか動かない。そしてその直線にしても機体の予測位置では無く、移動直前の位置。もしくは互いの激突を避けるために。それを計算し続けながら、どうにか切り抜けたのだろう。
パイロットを他に移して期待を破棄すれば、移動も早くなる。ならばここに向かうまでに立てた作戦通り。
ただ、そのためにはその作業を行う時間と空間を作らなければならない。移動が可能な機体、それに、操縦者を移さなければならないのだから。珪素生命体が飛び交うこの場で。
それさえ出来てしまえば、中破機体であろうが、離脱には十分な速度で航行は出来る。
この初めて見る行動、それを観測するために記録用のユニットをばらまきながらとすれば、自分たちを餌に何処まで侵入してくるのか、流石にそこまではやらなくてもいいだろう。身命を賭してなどと言われそうなものだが、それこそ無理難題、それ以外の何物でもない。

「リディア少尉。大破機体の搭乗者の状態は?」
「全員軽傷程度です。」
「では、こちらで状況は作るので搭乗員は、小破又は中破機体へ移乗するように。」

実行予定の行動を、口頭でも伝える。流石に、送信した作戦指示書に確実に目を通すことは期待できない。
すぐにAIへの作戦の実行に必要な時間、状況の算出を再度指示。
得られた結果を、全体で共有する。

「作戦目標を追加。各員情報を確認の上、行動を。
 大破機体は、乗員の移乗を確認後自爆。珪素生命体への攻撃に使う。
 コーンの動力炉爆破によって、過去、大型を数体ほどまとめて撃破した記録もある。
 離脱の速度をあげつつ、珪素生命体に打撃を与える事で、離脱の可能性をあげる。
 各員速やかに実行するように。」

天野はそれだけ伝えて、更新された宙域図と、追加で送られた情報に改めて意識を割く。
珪素生命体の能力は、これまで確認されているものと変わりはないように、見える。
問題は、こちらの機体よりも機動力が高いこと。大型であってもだ。最高速度では負けないが。
攻撃射程はこちらが圧倒的に有利。体当たりしか選択肢の無い相手と、長距離の砲撃手段を持つコーン。比べるのも馬鹿々々しい。加えて回避行動をとらない。
そして今回は、突然の襲撃による恐慌状態にも陥っていない。二班の行動記録は、もはや作戦の体を為していない。ただ恐慌状態に陥った結果が見えるだけ。
大丈夫だ。逃げ切れる。天野はそう自分に言い聞かせる。どうにも材料を並べれば、天秤が傾く方向は喜べない物だが。
珪素生命体が有効射程内に入り、モニターに補足情報が映ると同時に攻撃を開始する。
補給を簡単に行える状況ではないのを承知の上で、各種兵器を惜しみなく使用する。撤退中に再度増援が出現すれば、どうなるかいよいよ分かったものではない、そういった不安にしても今は一先ず無視して。

「小型珪素生命体二体を、新たに撃墜。」

他のコーンからの射撃も重なり、新たに撃墜数が増える。
撃墜した珪素生命体はそれまでの大きさに関係なく、小さなガラス状の物質だけを残して、それまでそこにあったはずの構成物が消えてしまう。小型にしてもコーンの倍以上。そんな巨体が忽然と消える。衝突時の衝撃から逆算した質量、それは見た目通りのものだというのに。
質量が他の何かに変わるわけでもない。エネルギーになるわけでもない。ただ、今はガラスと同質、そうとしか判断されていない物が残っているだけだ。
質量保存則に喧嘩を売っているとは、この特性が判明した時に、当時の学者が異口同音に唱えたセリフだ。
現存するあらゆる兵器による攻撃で、外見的な変化が起こることがない。しかしまだ明確に数値化されてはいないが、ある一定値を超えると忽然とこれまでの姿が消える。分かっているのは、一六年もかけてその程度。

「珪素生命体、小型一体、中型一体を新たに撃破。」
「隊長。これより移乗を試みます。」
「了解。各機大破機体からの移乗をサポート。珪素生命体を近づけるな。」

珪素生命体には、これまで戦術的な行動は見受けられない。
突撃にしても、最も近い物体に対して直線的に突っ込むだけだ。
その機動性、質量は十二分に脅威ではあるが。ならば、十分に動ける機体が己を餌として。ただ、他の隊員が作業を安全に完了できるようにと動く。

天野の機体からわずか数十キロの位置を中型が通り過ぎる。
それに合わせて、すぐさま、コーンの移動方向を変更。
慣性制御用の機器や、カプセル内に満たされた溶液だけでは、どうにもならない荷重が天野の体にかかり、うめき声が洩れる。
珪素生命体が最も近い対象へ直線でしか動かない、動いたことがない、それを前提にAIに移動予測線、また、現在移乗作業中の班員が攻撃対象にならない位置を、宙域図に表示させる。
目まぐるしく変わるその安全地帯を目指し、ひたすらコーンを動かし続け、その合間に各種兵器で珪素生命体への攻撃を続ける。
回避する方向を間違えれば、現在移乗作業中の無防備な機体に突撃される。それどころか、極短い時間ではあるが、装備を着込んでいるとはいえ、珪素生命体の前では生身と言っても良い状態だ。巻き込まれれば、助けようもない。
加えて、大型が小型の盾にならないよう射線の管理も行わなければならない。事大型に対しては、現有戦力でどうなる物でもない。中型がこれだけ撃破できている。その事実だけでも称賛に値するだろう。
突撃から数秒で反転し、再突撃をかけてくる珪素生命体に天野は理不尽を覚える。
小型なら回避は難しくないが、中型では判断を誤れば、大型ともなれば最善を瞬時に選んだとして、接触は免れない。そして、慣性を一切無視したその挙動で、質量の暴力が襲って来る。接触しただけでも、簡単にその箇所が損傷する。

AIの補助、各種生体への調整、埋め込まれたデバイス、コーンの性能。
それらをいかに駆使しようとも、徐々にコーンの表面は削れ、緊張感と作業の難易度、他の隊員の情報が精神を削る。
さらに、繰り返される無理な軌道は、肉体への負荷を高め続ける。そして、刻一刻と残弾が減り続ける。それが無くなってしまえば、後はただ回避を、撤退を続けるしかない。まさに消耗戦、そう呼べるものがここにある。
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