手が招く

五味

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二章

そして、消える 7

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海斗は、店先で楠林と別れ、夜道を歩く。
互いに何かわかれば、そういって別れたはいいものの、楠林との話は海斗をさらに悩ませるものとなった。
特にこれが、今海斗の直面している、その一件だけではすんでいない。
彼自身が気が付かない、知らないうちに身の回りで、警察の所轄範囲内で、すでに起こっていることなのだと、それが分かったことが、解ってしまったことが、今回の件をさらに不気味なものとした。

覚えている人間と、忘れた人間、そこの差は一体何なのか。
友人が覚えていて、家族が覚えていない。
関係性で考えれば、家族のほうが濃いものだろう。そう考えるが、そうでもないかと考え直す。
しかし、失踪届を出す、そこまでした人間が忘れる、その事実はやはり恐ろしい。
海斗は今、依頼を受けているが、さて、依頼主がそれを忘れれば、海斗は探さなければいけない人間を、いつまで覚えているのだろうか。
学生のように、毎日顔を合わせる。そこにはっきりとした意識があるかはわからないが、ある日クラスに突然空席ができる、そんな状況に誰も違和感を覚えない物だろうか。
いや、教員の話では、そもそも入学している、その証拠も存在しないのだったか。

そんなことをあれこれと考えながら、暗く、寒い夜道を一人で歩く。
都会の大通りであれば、この時間でもまだ明々と該当が照らしているが、奥まったところに入ったこの道では、そうもいかない。
そんな道を、誰とすれ違うでも、他の人影を見るでもない。
そうしてしばらく歩くうちに海斗は、未知の真ん中に奇妙なものを見つける。

こんなところに何が落ちているのだろうか、未知の途中、それなりの高さがあるものが存在する。
海斗は、それが妙に気になり、近づいていく。
猫でもいるのか、そう考えて無造作に近づく海斗の視界に、それの姿がぼんやりと移りだす。
何か、枯葉や、枝のようなものをつけているそれ。
ある程度近づいた海斗は、それが猫ではないと気が付く。そして、普通こんなところに存在しないものだという事も。
震える手で、ポケットから携帯を取り出し、その画面が作る明りを向ける。
ぼんやりとした明りで浮かび上がるそれは、人の手首、泥にまみれ、枯葉に枯れ枝、そういった物で装飾された、人の手首に見えた。

海斗は自身の喉から、何か音が漏れるのを自覚する。
だが、これはあくまで、ぼんやりとした明り、それが映し出す何かだ、正体はまだ判然としない、そう考えて、直ぐに写真を撮り、同時に携帯のライトでそれを照らす。
十分に強いと、そう言えない明りではあるが、それに照らし出されたのは、まぎれもない、人のそれと、そう思える形をした、手首だった。

それが、舗装された、暗い道の真ん中。
海斗を呼ぶように、ゆるゆると、手招きをしている。
その手にこびりついた泥も、枯葉も、枯れ枝も。
その動きで落ちることもなく、ただ海斗に向けて、枯葉なぜかそれをはっきりと感じた、手招きをする。
その場で後ろを向き、駆け出そう、そんな考えを海斗はどうにか握りつぶし、さらにそれに近づく。
招いているからではない、それに過剰な興味を持っていたわけでもない。
ただ、そんなものはあり得ない、それを証明しなければ、そんなよくわからない感情に動かされてのことで合った。

海斗は、その場でライトで照らしながら、その手の様子を携帯で動画に収める。
後で、これが本物であれば、悪戯にしても悪質だが、それこそ楠林に伝えねばならない、そんな言い訳じみたことを考えながら、じりじりと、それに近づく。
変わらず、その手首は、その下から何か出てくるでもなく、引っ込むでもなく、ただ手首、その状態で、店頭に置かれる招き猫がそうするように、ただゆるゆると、海斗へ向けて手招きを繰り返す。

近寄れば、携帯越しにも、肉眼でも。それはもはや見間違える余地もなく、人の手首であった。
舗装された道、それにもかかわらず、まるでそこから下に繋がっているかのように、手首だけを突きだし、ゆらゆらとただ揺れる。
それに、十分に近寄った海斗は、足で軽く払う。
それが本物であれば、近づくことなく、触れることなく、それこそ、まだ帰り路を歩いている楠林に、電話で連絡を取れば、直ぐに駆けつけてくれるだろう。
それでも、酒のせいだと、何か幻覚の類だと、そう信じたいものが海斗の頭にはあった。
そもそも、切り離された人の手首から先が、このように動くことなどありえないし、同様にこんな、あたりに森もないような、そんな場所に、このような有様で転がっていることなど、ありえないのだから。

足先で、払うように。
そうした海斗は、自分がなにも抵抗を受けることが無かったことに、首をかしげてしまう。
そして、それと同時に、そこに在った手首は、忽然と消える。
当然そこには穴も開いていなければ、その手首についていた何かが、落ちていることもない。
忽然と、そうとしか言いようもなく、手首は消えていた。

海斗は、自身の臆病さを窘める。
昔からよくある言葉だ、たまたま、そうたまたまこういった土の塊が付いた車が通り、それが落ちた。
近所の子供が、泥遊びをして、途中で飽きてここに捨てた。それこそ悪戯のつもりでおいていったのかもしれない。
そんなことを海斗は考え、意識をそらす。
当然、彼はあくまで事務所から、居酒屋までその道を往復しているだけであり、行きの道に、こんなものが無かったことは、考えないようにしている。
加えて、足先で蹴散らしたそれが、跡形もなく消えていることも。

そういった事からとにかく意識をそらして、走るのではなく、ただ速足で事務所へと戻る。
その途中、また同じようなものを見かけることはなかった。

事務所までたどり着いた海斗は暗い階段を昇る、その途中、階段についた左足、先ほど道の真ん中にあった、土の塊を蹴散らした足、その足首がやけに痛むのを感じる。
酔った勢いで、無理に動かしいためでもしたのだろうか。
そんなことを考えながらも、痛みを堪えて階段を昇り、事務所へと入る。
電気のついていない事務所、普段であれば窓から入る、他の雑居ビルの明りだけを頼りに自分の机まで行くが、今日に限っては、事務所に入ってすぐに明りをつける。
そのまま、長い付き合いの椅子に体を投げ出すように座ると、直ぐにポケットから携帯を取り出し、先ほどとった写真や動画を確認する。

そこにははっきりと、海斗が見た物と同じものが映されている。
肉眼ではどこかぼやけていたものも、写真を拡大すれば、はっきりと目にすることができる。
人の手首、青白い肌をしたそれが、まとわりつく泥に、飾りかのように、枯葉や枝をつけている。
海斗はただただ、悪寒を覚えながらその映像を、何度も繰り返してみる。
映像の中でも変わらない、ただただ、手招きをするように、緩い円を書くように、繰り返し繰り返し、動いている。

そこで、ふと、足首に感じた痛みを思い出し、急いでスラックスの裾を上げ、靴下を降ろし、そこを確認しようとする。
足で払ったときであろうか、裾には泥と枯葉が、僅かについていたのか、その動作の中で、床にパラパラと落ちる。
道にあったそれは、影形を残さず消えたというのに、海斗の身には、しっかりとそれが残っている。

手の震えを抑えながら、裾から落ちた物に気を取られ、視線を向けていなかった自分の足を確認する。
デスクの下、室内灯の影になっているにもかかわらず、海斗はそれがはっきりと確認できた。
何か、痣のようなものが、青紫に変色している部分がある。
何処かに打ったか、そんなことを考え、足を明るい場所へと動かし、その様子をはっきり見た海斗は、のどがひきつった。

痣は、足首を一回り。
途中から四本に解れた線、反対から回り込む一本の線。
そして、広く広範囲に広がる箇所。
どこからどう見ても、人の手の形、その形に、海斗の足首に、青紫の痣が浮かんでいる。

海斗は悲鳴も上げられず、ただその様子を茫然と、よくわからない何かに対して、ただ恐怖を感じながら眺めた。
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