手が招く

五味

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四章

沼の底から 3

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そして、目を覚ました海斗は、再び自分があのいるだけで気分が悪くなる、そんな場所にいることに気が付いた。
ただ、見える光景そのものは、これまでと大きく違う。
以前までは、周囲を枯れ葉や枯れ枝が流れていただ、今は人の形をしたものが周囲を漂っている。
足元の、腐った泥と、そう感じていたものも同様で、骨が見えることもなく、ただどろどろと、ところどころに人の形を残した、そんなものが堆積してできていたらしい。

魂はいかに無事に送られようとも、こうして未練という重しを残した体は、沼の奥底に溜まっていくらしい。
だとすれば、周囲を流れる、まだ形の崩れていないあれらは、新しくここにやってきた、そんな者たちか、それともあえて地の底にと、体と共に沈んできた魂なのだろうか。
彼は、ぼんやりとそんなことを考えるが、目の前には探していた相手が、花家伊澄が、この前夢で見たように立っている。
だが、その表情は以前のものと違い、こちらを責める様な、そんな怒りを顔に浮かべていた。
彼からは、特に口を開くこともなく、さて、どんなことを言うのだろう、そうぼんやりと相手と目を合わせて、ただ待つ。
わざわざこんなところにまで引きずり込んだのだ、何か言いたいことの一つ二つ、いやもっとか、そういった物があるのだろうな、と。

「どうして、助けてくれなかったんですか。」

最初に彼女の口から出た言葉は、いつか聞いた言葉だった。

「無理を言うな。」

彼は癖で、ポケットを探れば、夢の中、まぁ今となってはこれが、訳の分からない所謂オカルトな状況だと、彼としてもそう認めつつはあるが、夢の中でも、煙草はいつものように持ち歩いていたらしい。
慣れに任せて、煙草を吸うための動作を行う、その途中、以前までのような重さが、この場所にないと、そんなことに今更気が付いた。

「虫の知らせ、なんてものは無かったし、そもそもなくなっていたことを知ったのだって、数日前だよ。
 そんな人間が、どうして離れた場所で起きることに、どうこうできる。」

吐き出す煙に乗せて、そんな言葉を投げつける。
彼には、他に応えようもない。
知らなかった。だから何もできない。知った時には、とっくに手遅れだった。それで話は終わっているのだ。

「どうして、助けてくれたんですか。」
「まぁ、たまたま通りかかったからだな。
 その日は偶然友人と駅前で遊んでいた、それでいつもと違う道で帰ることになった。
 そして、現場に居合わせた。」

そういって、彼は少し考えて、言葉を付け足す。

「それだって、もう少し長く遊んだり、一人で何処かによったり。
 まぁ、そういったもしがあれば、助け無かったさ。」
「ひどい人。何もそんないい方しなくてもいいじゃないですか。」
「他に、まぁ、うわべだけ取り繕った、そんな言葉が無いでもないがな。」

これでも、社会人だしな。
そう呟いて、彼は視線を外して少し考え、続く言葉を相手に伝える。

「で、それを聞いて、満足できるのか?」

彼は、そんなことをつぶやく。

「そういった、上辺だけで、そんなやり取りで終わってもいいなら、わざわざこんなところに、連れ来たりしてないだろ。」

こんなわけのわからない場所なら、煙草の煙も、その場にとどまるのかと、そう思えば、常と変わらず、広がり消えていく。

「だって、悲しいじゃないですか。
 私が無事で、両親が殺されて。
 もし私がその場にいれば、両親じゃなくて、私だけで済んだかもしれないのに。」
「まぁ、それももしもの話だよな。」
「それが、悪いんですか。」
「いや、いいさ。それこそ、そんな話でよければ、酒の席で何度も付き合ってるさ。」

そういって、彼は二本目の煙草に火をつける。
交わした言葉は少ないが、互いに考えて喋っているからだろうか、時間ばかりが立っている。

「それこそ、悪い方向に転ぶことだってあったしな。
 被害者が3人じゃなくて、4人に、ひょっとすれば5人だったかもしれない。」
「本当にひどい人。」
「まぁ、自覚はあるよ。」

そういって彼は、ため息をつく。
こんな仕事を選ぶ、その程度にはひねくれている、その自覚は彼にもある。

「こっちに来てから。」

突然、話の内容を変えて、彼女は話し出す。
こっちに来て、というのは前職を止めて、それからという事だろう。

「その前からですね。両親が殺されて。それで会社でも騒ぎになって。
 それで、周りの誰も彼もが、こそこそと、それでもこちらに聞こえるように言うんです。」

まぁ、そうだろうな、そんなことを考えて、彼はそれに頷きだけを返す。
言われた内容も、考えるまでもなく、察することができる。
彼だって、以前に散々そういう事があったのだ。
そして今回、それが無かったのは、全部忘れて、まったく関係のない場所にいたからだろう。
そもそも人と接することが、ほとんどない、そういった状態でもあったから。
そうでなければ、どうしても、周囲の雑音が苦しめただろう、彼女がそれに追い詰められたように。

「あの女、前に襲われたらしいぞ、とか。
 隙があるから、誘ったから、痴情の縺れだったんじゃないかとか。
 もう、本当に好きなように。」

そう語る彼女の表情には、どんな感情も浮かんでいない。

「それで、都合よく、自主退職者を求める話があったから、やめたんです。
 なんだか、どうでもよくなってしまって。」

そう言うと、彼女も大きく息を吐き出す。

「こっちに戻ってきて、両親と一緒に住んでいた家で暮らし始めて。
 でも、あんまり家にいると、どうしても落ち込んでしまうから、散歩に出て。」

その時に彼を見つけて、声をかけたのだと、彼女は語る。
そして、顔を合わせて、何を言うのかと思えば、彼はすっかり彼女の事を忘れていた。

「忘れられていて、悲しかった、そう思う反面、楽だな、そんなことも思ったんです。」
「まぁ、それについては、悪かった、そう思ってはいるさ。」
「いいえ、そこで両親の事を何か言われたら、今のようにはなっていなかったと思います。
 だから、それでよかったんだと思います。
 ええ、まぁそれから少ししてでしょうか。」

そういって、彼女は足元を見る。
そこには、やはり手があり、彼女の足をしっかりとつかんでいる。

「両親の姿を、見るようになったんです。」

彼女は、足元を見ながら、そんなことを言う。
それはつまり、依頼人と、まったく同じ状態だったと、そういう事だ。

「まぁ、死んでいる。それはわかっています。
 葬式にも参加しました。両親の骨を、骨壺に入れたのも、覚えています。
 お墓参りにだって行きましたし。」

それでもと、彼女は言葉を続ける。

「両親が、今も家で普通に暮らしている、そんな姿を見るんです。
 それで、時折、ふとこちらを見て、言うんです。
 私のせいだと。私のせいで死ぬことになったのだと。二人は私のせいで死んだのに、なんで私はまだ生きているのかと。」

それは、彼女の罪悪感、それそのものなのだろう。
かける言葉も見当たらず、ただ次の煙草を取り出して、火をつける。
そして、それから上る煙、その行く先をぼんやりと眺める。

「それじゃあと、そんなことを考えてこともあったんです。」

彼女の言葉は、徐々に疲れたものに変わってきていた。
まぁ、家にいる間、ずっとそんなものを見ながら、それも死んでいると理解していながら。
自分がおかしくなっているのだ、そんな事実を突きつけられる。そんな状態が長く続けば、ただただ疲れていくだろう。
彼にしても、ここ数日、随分と疲労を感じているのだから、彼女はその比ではないだろう。

「それで、気がついたら、こうして手が招き始めました。
 両親も一緒にいるからと。ここで、みんなで、また過ごせばいいと。」

そういって振り返った彼女の後ろには、いつからそこにいたのか、足元に広がる泥をすくい、適当に人型に整えた、そういわんばかりの、あちこちが崩れ、体を作る泥が爛れたように流れ続ける、そんな不気味な人型があった。
そして、どろりと、人間であれば、口にあたる部分、そこが崩れ落ちたかと思えば、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
どうして、助けてくれなかったのか。
どうして、娘を忘れていたのか。
どうして、あの時決着をつけてくれなかったのか。
そんな怨嗟の声と、そう呼んでいいものが、ただただ空いた穴から響いてくる。

「ね。両親もこういっているんです。
 それで、私がここに来たら、喜んでくれて。
 また三人で、仲良く暮らそう、そういってくれたんです。」

彼女にはその不細工な人型が、本当に両親に見えているのだろうか。

「まぁ、本当にそれでいいなら、そうすればいいんじゃないか。止めやしないさ。」

彼は次の煙草を取り出すでもなく、ただまっすぐ彼女を見ながら話す。

「流石に、人がどうしてもそうしたいと、そういうなら止められやしないさ。」
「ひどい人。じゃぁ、どうして、忘れずに、こんなところまで探しに来たんですか。」
「なんでだろうな。」

そういって、彼はどうしてこんなところまで来てしまったのか、それを考える。
仕事だから、最初はそうでも、あの依頼人に関してはそうでも、彼女については違う。
では、何故だろうか、そんなことを考えながら、思いつくことをそのままに話す。

「まぁ、忘れたくなかったからじゃないか。
 もう過ぎたが、週末の約束もあったし、昔とは違って、まったく知らない相手でもない。
 一緒に、まぁそういっていいものかは分からないが、まぁ、手伝ってもらって、事務所を整えてもらって。
 そんなことを続けているうちに、知らない相手じゃ、なくなったからな。」

彼が、そんなことうぃえば、彼女はあきれたようにため息をつく。

「そんな理由で、こんなところまで。」
「最初に助けた時だって、そんな上等な理由はなかったさ。」
「私は、特別なんだと、そう思いましたよ。」
「勘違いまで責めないさ。まぁ、特別な思いで、いい意味でも、悪い意味でも、それには違いないだろうし。」
「本当に、ひどい人。」

そんなことを言い合って、お互いに苦笑いをする。

「そう言われてもな。他に、さっきも言ったが、上辺だけで、それでいいならそうするさ。」
「たまには、そういう言葉も期待しているんですよ。」
「それにしたって、こんなところでやるような事でもないだろう。」
「まぁ、そうですよね。」

そういって、彼女が泥の塊、それに振り向く。
流れる泥、それが勢いを増して流れ切ると、そこからは見覚えがある姿とは、少し違う、それでも年を取ったからだろう、そう分かる相手がそこにいた。

「ごめんなさい。やっぱり、私はまだここにはいたくありません。」

そういって彼女が頭を下げれば、穏やかにほほ笑む彼女の両親が、彼女の肩に手を置き、そのまま彼へと視線を向ける。

「まぁ、目に見える範囲であれば、手が届く範囲で、助けますよ。
 それこそ、前と同じように。」

彼がそう言うと、一つ頷いて、二人の姿は、煙のように、薄れながら沼の上へと昇っていく。

「結局、それなんですね。」

彼のほうを振り向かず、彼女が震える声でそんなことを言う。

「それ以外に言えることもないさ。」
「少しくらい、いいじゃないですか。自分を助けてくれた相手、そんな相手から、言葉が欲しい。
 それを、こんな時くらい叶えてくれたっていいじゃないですか。」

その言葉に、またポケットから煙草を取り出して、なんといったものか、そう考えながら、言葉を作る。

「そうだな。ただ、まぁ。」

彼は、何度かたばこの煙を吐き出す。
線香というには、かなり無理があるだろうが、それでも上る煙は、彼女の両親が昇って行った先へと向かい、同じように消えていく。
その様子を眺めながら、彼はようやく絞り出した言葉を彼女に伝える。

「ただ、まぁ。再開して、時間を過ごして。
 そうしているうちに、一緒に食事に行こう、そう、誘いたくなるような、そういった物は生まれたさ。」

そう彼が言うと、彼女はゆっくりと頭を上げて、涙が後を作った顔のまま、彼と向かい合う。

「それは、お互いに生きていたから、そうなったわけだ。
 だから、まぁ、これからもよろしくお願いします。今はそれくらい、だな。」

そう告げる彼の言葉に、彼女は涙を流しながら、ここ数日よく聞いた言葉を繰り返す。

「本当に、ひどい人。」

それでも、これまでとは違い、笑いながら、そんなことを言ってくる。

「まぁ、こっちも色々あってな。
 そういった真っ当な事から、随分縁が遠かったんだよ。あの事件の後にな。」
「今度、聞かせてくださいね。」
「まぁ、そうだな。今度、またどこかで食事でもしながら、酒でも飲みながら、だな。」
「私、お酒苦手なんですよね。」
「ああ、それは知らなかった。なら、まぁ何か考えればいいさ。」

そうして、初めてこんなことを、軽い調子で話すなと、彼が考えていると、彼女は、彼から目をそらして、ある方向を見る。
そこには、依頼人と、泥の塊がいる。
依頼人は俯き既に体の半分ほどは、沼に沈んでいる。

あちらは、どうするんですか。
そう彼女は彼に尋ねた。
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