AFTER SCHOOL

よこすかなみ

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ハートの女王

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 ソラと関わって、中二病に襲われてから、一週間程が過ぎた。
 幽霊は相変わらず、俺の視界のそこかしこに居座っている。七日間も経過すれば、中二病に殺されかけたことも、今となれば夢のような気がしてくるから不思議なものだ。
 そう思ってしまうのも、それからの日常が平凡そのものだったからで。
 幽霊に話しかけられることも、殺意を向けられることも、ソラに渡された笛を吹く事態はあれから何一つ起こっていないのだ。
 平和で何よりだと、日々を過ごしていたのだが、ひと段落ついたところでやってきたのは別の敵だった。
 期末テスト。
 一学期が終わりかけ、夏休みが近づいている今、逃れられない現実がじわじわと俺に歩み寄ってきていた。
 別に、今日の朝のホームルームで担任からその話を聞いて驚いているわけじゃない。優秀で勉強熱心で、文武両道なクラスメイトは既に朝早くや休み時間には自分の机に向かって、ノートとにらめっこしていたからな。
 ああ、そういえばもうすぐだな、ぐらいには思っていた。
 思うだけ。
 一応、同じ学力の友達と、勉強中のクラスメイトを横目に、「俺、全然やってねー、やべー、あははー」ぐらいのやり取りはした。
 しただけ。
 そういうわけで、今朝のホームルームでは、神妙な顔をした担任によって、もうほとんど真後ろにいる期末テストの範囲表が配られた。
 認めたくない現実の予定表が全ての生徒の手に渡っても、担任のその気難しそうな表情は終わらず、それから続いた話があった。
「最近、ここの学校の生徒が何人か、行方不明になっています」
 その言葉に、教室はざわついた。
 行方不明……。って、家出とかじゃないのか? 三日もすれば帰ってくるとか、そういうのじゃないのか?
 いやいや、犬猫じゃあるまいし。
 ぶんぶんと頭を振って、しょうもない考えから離脱する。
 帰宅部の俺は、他のクラスに友達がいなけりゃ、挨拶できるような先輩もいない。自クラスの友達が消えていない限り、そんな事件に首を傾げるはずもなかった。
 しかし、個々に口を開き始めた周りの人に聞き耳を立てていると、「そういえば、○○先輩最近部活で見ない」とか「×組のあいつ、全然会ってない」とか、思い当たることがいくつかあるようだった。
「居なくなった人たちはみんな、学校には登校して、それから家に帰っていないらしいです。だから、みなさんも気をつけて下さいね。できるだけ友達と一緒に帰って下さい」
 小学校の頃に言われたことを、この歳になっても言われるとは思ってなかった。
 担任は、言うだけいうと、自分の持ち場へと去ってしまった。そして入れ違いに、一時限目の数Ⅰの先生が入ってきて、教室からは、もっと遅く来てくれてもいい、と非難の声があがった。

「怪しいな、はぁあああ」
 帰り際、すれ違いざまに手をかったるそうに振ってきたソラを捕まえて、校舎の外だが学校の敷地内である駐輪場辺りを歩きながら、俺はスマートフォンを耳に当てて、電話中のフリをしつつソラに担任の話をしてやると、盛大にため息をつかれてしまった。
 学校ではスマホは電源を切ってバックに入れておくのが、まぁ校則なので、校舎内で通話はさすがにできなかった。みんな、通話こそしないが、授業中にメッセージのやり取りをしたり、マナーモードのままスマホはポケットの中にしまっていたりする。真面目に校則を守る人間はほぼ皆無だった。
「幽霊絡んでそうだな、それ。うわぁ、面倒なことするよ、ほんと。階段の数一段増やすとか、モーツァルトの肖像画の目ぇ動かすくらいなら見過ごせるのによー」
 しゃがみ込んで、面倒くささを全身から出すソラに合わせて俺も足を止める。
「諦めなって。それに、幽霊の仕業じゃないかもしれないだろ?」
「いや、最近オレの仕事がやけに減ってるんだ」
「みんな素直に成仏してるんだろ」
「違くて。誰かが代わりにやってるっぽい」
「へぇ。ソラの友達か誰か来てくれたのか?」
「わかんねぇ」
「ふーん」
「その、生徒が消えたってのに、関係あるかもしんねぇ」
「はぁ?」
 それはあんまりじゃないのか。だってソラの仕事減ってるってことはお前の同僚なんじゃないの? 仕事手伝ってやってるのに、疑われちゃあいくらなんでもかわいそうだろ。
「いや、そう見せかけてるだけっていう線もあるぜ。実は生きた人間を食べてる……」
「失礼なことを言わないでもらえるか」
 突然、横から聞きなれない声がした。
 声の主の方へ目をやると、見たこともない人が立っていた。
 これまた長身。ソラと同じくらいあるんじゃないか? 声の低さから辛うじて男だと判断できた。
 辛うじて、というのは、その方は見た目じゃ性別が判別できないような外見をしているのだ。
 金髪のロングヘアー。前髪も長く、右側で八対二ぐらいに分けていて、左目が髪で見え隠れしているし、後ろ髪は胸の下ほどまで伸びていた。
 髪だけなら、体格とか、顔とかで男だって分かるんだけど。これがまた細い上にものすごい美形。美人すぎて、女の人と言われたら納得してしまいそうだ。もし女装なんてしたらナンパされるんじゃなかろうか。
 ただ、着てる制服はスカートではなく、しっかりズボンを穿いていた。だけどウチの学校の指定の服ではなく、水色の半そでワイシャツに首元で少しだけゆるませたネクタイ。俺の学校の男子は学ランで、夏は白ワイシャツオンリーだが、この人が着てるのは、紛れもなくブレザーの夏服だった。
「おっま……、ロク!」 
「え?」
 容姿に気を取られていると、ソラが驚いていた。
 なんだ? 知り合いなのか?
「まった……、なんでお前がこんなとこに……」
「そんなことはどうでもいい。それより、なんなんだ、さっきの話は。せっかく仕事を手伝ってやっているというのに、人を犯人呼ばわりとは……。生きた人間を食べるというのはどういうことだ」
「お前の性癖」
「そんな趣味を持ち合わせた覚えはない!」
「いや、オレ知ってるんだぜ……? 誰にも言えないお前の悪趣味……」
「何が言いたいのだ君は。まったく昔からそうやって人をからかって……。悪趣味なのは君の方じゃないのか?」
「ロクの反応が面白いのが悪いと思うけどな、オレは」
「人のせいにするな!」
 クールに登場したと思ったら、突如ソラと口論を始めてしまったロクと呼ばれたその人を、スマホを持つ手をおろし、ついじっと見つめてしまっていた俺の視線にロクさん?は気付いたようで、変顔で顔を近付けてくるソラをどん!と押しのけて、爽やかな笑顔で丁重に俺に頭を下げた。
「これは、見苦しいところをお見せしてしまったね。話は聞いているよ」
 誰から聞いているんだろう。
「君が続くんだね。僕の名前はロク。以後お見知りおきを。ソラがいつも世話になっている」
「あ、いえ、ご丁寧にどうも……。藤続です」
 俺も思わず頭を下げ返す。俺の名前を漢字で呼んでくれたことに少なからず感動を覚えてしまった。
 そういえば、と俺ははっとする。二人の姿は俺以外見えないんだった。じゃあ、今俺は誰もいないところに一人でお辞儀したみたいになってんのか。
 割と重大なことが発覚したが、幸い周りに誰もいなかったので、気を取り直して再びスマホを耳にあてた。
「こいつ、何か迷惑をかけてないかい?」
「そうですね、銃で撃たれそうになった事以外は特に」
「それ結構大したことじゃない!?」
「あ、ばか、言うなよ、めんどくさいから」
 ソラは嫌そうにしかめっ面をして、ロクさんから顔をそらす。
「貴様……。あれほど一般人には迷惑をかけるなと言われてあっただろう……!」
「いや、それ、わざとじゃないし。不運な事故だよな、つぐ」
 そうだな、お前のノーコンに俺が巻き込まれただけだもんな。
「そういう言い方すんなよ!」
「事実だろうが!」
 俺とソラの間で小さな喧嘩が勃発しそうになった時、ソラの頭をロクさんがぐわし!と掴んだ。
 片手で。
「……貴様、ノーコンは直したと言っていたよな……?」
「いたたたたたっ! 痛い痛い痛い!」
「肉弾戦は得意なんだから、近距離で使いやすいものにしろとあれほど……!!」
「だって銃かっこいいんだもん!」
 だもんじゃない。それでこっちは死にかけてるんだぞ。
 それにしてもすごい握力だ。
 綺麗な顔と力のギャップに、俺は圧倒された。
 これをギャップ萌えというのか?
 ……………違う気がする。
「ふん」
「いってぇぇ……。少しは手加減しろよなぁ……」
 ようやく解放されたソラは、涙目になりながらロクさんを睨みつけた。
 ロクさんはソラなんて気にも留めず、俺に向き直って、黒い小さな笛を渡してきた。
 ソラにもらったのと色違いの物だ。
「ソラの笛を吹いても僕も行くけれど、僕個人を呼びたい時はそっちを吹くといい」
「へぇ……」
「言っとくけど、黒い方吹いてもオレも行くからな」
 まだ痛むのか、頭を押さえつつソラが付け足した。
 二人ともどっちの笛の音も聞こえるのか。
 俺は渡された笛を見る。なんで黒いんだろ。イメージカラーでいえば、ロクさんってそんな色じゃないと思うけど、好きな色なのだろうか。
「あぁ、それは確かにイメージカラーだね。悪魔って、ピンクや水色よりは、黒って感じがするだろう?」
「あー、なるほど、それで……、って、え?」
 ロクさんって、悪魔なの?
 一瞬納得しかけたが、ソラなんかより全然天使っぽいのに。
 俺はもう一度、ロクさんをまじまじと見てしまった。
「? どうしたんだい?」
「……いや、どっちかっていうと、ソラの方が悪魔っぽいから……」
「失敬な」
 ソラが遺憾の意を示してくるが、その反応に遺憾の意だ。強制成仏の方法とか、やる気のない口調とか、こいつは自覚がないのか。
 天使っていうと、夕食のピーマンを残しても怒らない、聖母マリアさんのような穏やかな性格を想像していただけに、ソラは悪い意味で俺の期待を裏切っていた。
「そうだね、説明すると、悪魔も天使も仕事は同じなのさ。会社っぽく言うと、姉妹店みたいなものかな」
 天国と地獄が一気に身近なものに感じられる不思議ワード、姉妹店。
「同じチェーン店に天国ばかりから社員を派遣すると、天国本社の方が人員不足になってしまうから、地獄からも同じ数だけ派遣するというわけだ」
 大学行って、就職活動とかすると、当たり前のように聞きそうな単語をつらつらと並べてくるロクさん。
 分かりやすい例えなんだけど、天国も地獄もなんだか安っぽく思えてしまう。
「誰が派遣されてもいいように、かつ、本社でもちゃんと動けるように、天使悪魔関係なく、最初は育成学校に五年くらい通うんだ。平均的には四年で卒業するが、早い人は二、三年、遅い人は五、六年かかる」
 飛び級と留年ってことだろうか。
「で、僕たちはそこの同期」
 社員ワード、同期。まあ、この人たちにとってはお仕事だもんな。
 というか、話からすると、ロクさんは地獄から新しく派遣されてきたってことになるのか?
「そういや、生徒が何人か行方不明になってるって話」
 ソラがぼそりと呟いて、思い出した。
 あぁ、そうだった。最初はその話をしていたんだ。
「お前なんかしらねーの?」
 ふてぶてしくロクさんに視線をよこすソラ。
「それは僕も噂には聞いていたんだけど、どうやら図書室に入ってから出たところを目撃されてないみたい」
「……要するに?」
「図書室に何かがあるということだ」
 ソラにまとめを求められ、ロクさんは呆れた風に教えてあげた。
「そーか、そこまで分かってんなら、お前一人でも大丈夫だな」
「は……」
「頼んだぞ。これ以上犠牲者出すなよな」
 ソラは偉そうにロクさんの肩にぽんと手を置くと、どこかへ行ってしまった。
 これはつまり……?
「今回、あいつは関与しないということだろう」
 今度は俺が説明を求めると、ロクさんはため息をついた。ソラに向かって。
「まったく、面倒なことはやらない主義だからな、あいつは。続くんも大変だね」
「そうですね……」
 ロクさんから憐れみの視線と、この件は任せてくれという心強い言葉を受け取った俺は、悠々と暑い日差しの中、自転車に乗ってまっすぐ帰った。

「はぁ……」
 翌日の放課後、俺は普段よりも重たいスクールバックを肩に、図書室の前に立っていた。
 気が乗らないな……。
 何でこんな所にいるかというと、先日、俺は学校からの手紙を出せ出せと強要してくる母親の押しに負け、今まで溜まっていた保護者宛てのプリントをしぶしぶ提出する際に、誤ってテスト範囲表まで手渡してしまったので、さっそく期末が近いことがばれてしまったのだ。
 帰宅部のくせに塾にも通ってないのに、この成績の悪さ。一学期中間のテスト結果を未だに執念深く覚えていたママ様は、塾に行きたくないなら今回こそいい点数を取ってこいと、夕飯の時間まで家に入れてくれなくなった。
 すなわち、夕飯までは学校かどこかで勉強してこいということなのだ。
 これで点数が低空飛行を続けるものなら、俺は即座に予備校デビューを果たすこととなる。
 高校受験が終わってすぐに、またしても塾三昧は勘弁して欲しいので、俺は高三が集まるピリピリした受験ムード漂う自習室ではなく、もう少しまったりで、なおかつ割と静かな図書室を勉強場所としてチョイスした。
 したのだが。
 あんな噂を聞いた後だ。しかも俺は幽霊が見える。また見えるってだけで命を狙われるのは勘弁してほしい。行方不明者の一員になるのは、さすがにごめんこうむりたいのである。
 そんなわけで俺の右手には白い笛、左手には黒い笛が、私を吹いてと、自己主張を続けているのだ。
 二つあると地味に迷う。
 どっちを吹いても二人とも来るんだから、別にどちらでもいいのだが、どっちでもいいというのがまた困る。
 用事というのがただ図書室に一緒に入って欲しいだけで。帰る時また呼ぶから、一緒に出て来て欲しいだけという。ほんとにそれだけ。
 ソラは暇そうだから呼びやすいけれど、呼んだら呼んだでそんなことで笛吹くなって、心底面倒臭いという顔されるのが簡単に想像出来る。なんだかんだいって、頼んだことはしてくれるんだろうが。
 ロクさんは、人のいい笑顔で、快く全部引き受けてくれるだろうけど。……けど、あの人ソラの仕事もやってくれてるみたいな事を言っていたから、忙しい時にこんな要件で呼ぶのも悪い気がしてしまう。
 あー、もう!
 悩むことが面倒になって、俺は頭をガシガシと掻く。
 いいや、こんなことでこんなに悩むくらいなら一人で入ればいいんじゃないのか!?
 何もなければいいんだから、中二病に遭ってからちょっと臆病になりすぎている気がする。もっとしっかりしよう。中二病の時もなんとか逃げ切れたんだし、今回は片方の笛を落としても予備があるし、まぁ大丈夫だろ。
 二つの笛をズボンのポケットにねじ込む。
 よし、と意を決して図書室のドアに手を掛けた時、頭をぽんと叩かれて心臓が口から出るかと思った。
 超高速で振り向くと、そこには眉間にしわを寄せたソラが立っていた。
「お前さ、昨日の話覚えてんの?」
 覚えている。だからモノクロの笛に手汗が少しついてしまったんだ。
「ならちゃんと呼べよ。オレもちゃんと行くんだから」
 面倒臭がらずにか?
「……それは保障しかねる」
 呼ばなかった原因の一部は改善されそうもなかった。
「でも、何かあってからじゃ遅いンだぞ」
「それは、何かあった後の方がさらに面倒くさくなるからだろ」
「…………」
 異論はないようだ。
「ってか、そもそも、お前はこの件に関わらないんじゃないのか?」
 じとっとソラを見上げると、ソラはなんともあっけらかんと答えた。
「つぐが絡むなら別だろ。幽霊、見えてるんだから。ライオンの檻に無装備で飛び込もうとするやつを見過ごす程、性格悪くないつもりだぜ?」
 ライオンの檻に無装備って……。どんな例えだよ……。
 ぽんぽん、と頭を撫でてくる大きな手を振り払って、俺はポケットから黒い笛を取りだすと、無表情で吹いた。
「あ! おい! なんでそういうことすんの!?」
「君が頼りないからじゃないのかい」
「うぉ!?」
 笛を吹いて一秒経ったか経ってないか。それくらいの速度で、ロクさんはソラの隣にいた。たまたま近くにいたのかもしれない。中二病の時のソラは遅すぎだ。
「それで、どうしたんだい? 図書室の前に立って」
「これから、図書室で勉強したいんですけど、入る時と出る時だけ同伴して欲しいんです」
「あぁ、君は見えるからね。確かに、絡まれたりしたら大変だ」
 度胸のない俺のわがままに、ロクさんは予想通り笑顔で応えてくれた。
「すみません、忙しいのに、こんなことで呼んじゃって……」
「いやいや。お安い御用さ。何かあってからでは遅いからね。どんな小さなことでもいいから、いつでも呼んでくれ」
「ありがとうございます」
 俺は小声でお礼を言い、安心して図書室に入ろうとした。
「ちょっと、オレと随分態度違くないか」
 さっきあいつオレと同じ台詞言ったぞ、言及しないのか、と大きな子どもが俺の肩をがくがくと揺らしてくる。
「鬱陶しい!」
 俺がまたソラの手を振り払うと、ソラは少ししょんぼりしたように見えた。
 いや、そんなタマじゃないから、きっと見間違いだろうけど。
「……ソラも来てくれるんだろ」
 なんとなく一緒に行くよう誘ってみると、案外乗り気でソラは後ろをついてきた。

 がちゃり、とドアを開けると、やっぱり中は静か。
 中間テスト前もそうだったけど、テストが近づいて勉強するのは俺だけじゃない。自習室に入る勇気のない一年生が、溜まり始める時期なのだ。
 だから勉強できる席が満席のこともある。純粋に本を読みに来ている人は少人数だった。
 持ち物が上履き手ぶらならそのまま侵入できるのだが、革靴バッグのため、ロッカーに靴とバッグを入れなければならない。
 入口のすぐ左には、ロッカーが並んでいるスペースがあり、そこで靴を脱ぎ、必要な勉強道具だけバッグから取り出し、残りをロッカーに残して百円を入れ、鍵をかける。もちろんこの百円は返ってくる。あとは貸し出し用スリッパを足に引っ掛けて、空いてる机を探すだけだ。
 と、そこまでやって大量の本棚が鎮座する部屋に足を踏み入れると、違和感が俺を襲った。
 なんだ? 何かがおかしい。
「……誰もいないね」
 ロクさんの呟きで、俺もやっと理解できた。試験期間が近づいていなくても、図書室には誰かしらいるのに、本当に誰もいないんだ。
 そんな日があったって、確かにおかしくはない。ないが。
 百円玉を持ち合わせていない生徒に貸し出すというなかなか重要な役目を担う図書委員がいないのはおかしい。
 サボり……?
 いや、それでも、担当の先生ぐらいはいるはずだ。
 だけど、受付にもソファにも机にも、人っ子一人いないとは、どういう事態なのか。
「こんにちは」
 突然、かわいらしい声がした。
 目の前に、さっきまでいなかった女の子が、姿を現した。
 ここの女子制服を着ている。が、また違和感、と思ったら、冬服なんだ。しかもカーディガンにタイツ。両方とも校則を守った黒色が、暑さを際立たせていた。
 この暑い七月。そんなものに身を包む女子は見たことがない。
 それでもって、青い。透けてる。影がない。
 幽霊……ですか。
「こんな天気のいい午後から図書室? 不健康ね」
「……期末が近いもので」
 ひきつり笑いをしながら答える。すると、その女の子はあら、と大きな目を丸くした。肩まで伸びた髪と大きな白い花のピン止めがふわっと揺れた。
「あなた、私が見えるのね?」
 しまった!
「何返事してんのお前……」
「てっきりもう見えてるってバレてるかと思って……」
 横でため息をつくソラに言い訳しかできない。
「私ね、自分が死んだんだって分かってから、退屈で仕方なかったの」
「だったら早く成仏しろ」
 ソラの小言を華麗にスルーして、その子は続ける。
「だから、ここに来る子に、トランプ挑んでたんだけど。みんな私が見えなくて、無視するの。その態度にカチンときたから……」
「きたから?」
 ロクさんが促すと、にこりと笑って、どこから取り出したのか小さな人形を顔の横に持った。
「お人形にしちゃった」
 可愛らしい趣味だ。
「現実逃避してんじゃねーよ」
 ソラにどつかれ、俺は我に返る。じゃあ、あの子の持っているあの人形は、俺の同級生だったり先輩だったりするってことなのか……?
「丁度四人いるし、みんなで大富豪しない?」
 どこに持っていたのか、彼女はトランプを小さな顔の横で左右に振った。
「そんな義理はねぇ」
 ソラはその余裕にいらついたようだった。
「あなた達が勝ったら、この生徒達は元に戻すし、私も成仏する。それでいいでしょ?」
 しかし、女の子はソラを無視して条件を提示してくる。
「なにがいいでしょだ。お前に付き合うつもりはない」
 ソラは冷たく言い放つと、黒いハンドガンを片手で構えた。
 銃口は女の子に真っ直ぐ向けられている。
 俺はぎょっとして、ロクさんの服をつまんで、ゆすった。
「ちょっと、いいんですかロクさん!」
「ソラの言い分も最もだ。まあ、撃ちたければ撃てばいいだろう」
「で、でも……!」
 目の前で無防備の人が撃たれるのを何もせずに見ているのはさすがに抵抗が……!
「大丈夫だよ、続くん」
「え?」
 慌てる俺を落ち着かせるように、ロクさんの手が肩に置かれたと同時に、ソラが銃のトリガーを引いた。
「僕が言っているのは、当たればの話だ」
 ドン!と確かに、銃がぶっ放された音がしたが、女の子は先程と何も変わらずに立っている。銃弾がどこにいったのかは分からないが、どうやら外れたらしい。
「…………あなたって、ノーコンなのね」
「ちっ、よくわかったな」
 ソラは舌打ちをしながら大人しくハンドガンを下ろす。
 三メートルほど先の女の子は、それを見てにこりとほほ笑んだ。
 この距離ではずすのか……。
「ふふ、じゃあ、大富豪やりましょう」
 女の子は近くの六人掛けのテーブルに移動する。俺たちも一緒に動いて、女の子に三人が向かい合う形になった。
 頭の白い花の髪留めが黒髪に映えているその女の子は、プラスチック製のトランプでしかできない難しいシャッフルをしながら、話し始めた。
「自己紹介を忘れていたわ。私はハナ。葉っぱの葉に、奈良の奈で、葉奈」
 ぱらららっ、と軽快なリズムをとって、葉奈さんの両手の中でトランプは踊る。
「それで、さっきも言ったけど、私が負けたら、生徒は元に戻すし、私は大人しく成仏する」
「……僕達が負けたら?」
 ロクさんが真剣な面持ちで問いかける。葉奈さんは面白そうに僅かにくすりと笑った。
「ちゃんと訊くのね。いいと思うわ、そのぬかりない感じ。私が勝った直後に不意打ちしようと思ってたから、ちょっと残念」
「いいから言えよ」
 ケッ、とソラが吐き捨てる。
 さっきからなんか態度悪くないか?
「あなた」
 俺がソラを気にかけていると、葉奈さんの両目は俺をしっかりと捉えていた。
「へ?」
 俺?
 右手の人差指を自分の鼻先に突きつけ確認すると、葉奈さんはこくりと頷いた。
「そう、あなた。あなたには、私の友達になってもらうわ」
「友達?」
「死ねって言っているのだ」
「絶対勝って下さいよ!」
 ロクさんの訳に俺は背筋がぞっとした。
 このゲーム、俺の命が賭けられているってことになるのか……。
 葉奈さんは、愛らしい笑みを顔に張り付けたまま、トランプを平等に配り始める。
「イカサマとかしてないだろうな?」
「そんなことしたら面白くなくなるじゃないの」
 ソラの問いに、葉奈さんは見下したように答える。
 俺は、素早く動くトランプと葉奈さんの手を見ながら、またしてもこんな目に遭っている自分に落ち込む。
 今度こそ、死んじゃうのかな……。
 何も始まっていないのに、弱気になっている俺の髪がぐしゃぐしゃとかき回された。右側にロクさん、左側にソラがいるが、こんなことするのは確認しなくてもどっちの手なのか分かり切ってる。
「大丈夫だから」
 左から、力強い言葉が投げかけられ、俺は背筋を伸ばした。
 正面にある何枚かのカードを手札として持つ。
「私が大貧民になったら、私の負け。それ以外だったらあなた達の負け」
「おいおい、随分こっちにハンデがあるんじゃねーの?」
「人数的に私がもう不利なんだから、これくらいが丁度いいでしょ」
 ソラの異議に聞く耳は持たないようだ。
 俺は本日三度目となるソラの舌打ちを流しながら、自分のカードを弱い順に左から並べて行く。
 えーと、俺の手札は……。
 三、四、五五五、七、八、九九、十、J、A、ジョーカー。
 ジョーカーがある。ラッキー。最弱の三も一枚しかないし、八切りの八はあるし。これはもしかしたら一番に上がれるかもしれない!
「ローカルルールはなし。八切りはあり。縛りはなし。革命、革命返しはあり。ジョーカーはあり」
 葉奈さんがざっくり共通のルールを作る。俺が普段やるのとほとんど同じだった。
「じゃあ、順番を決めましょう」
 と言った葉奈さんの音頭に合わせてじゃんけんをすると、なんとソラが勝ち、それからロクさんが勝って、それから葉奈さん、ビリが俺。
 最初に勝った人から時計周りとかにすればいいのに、葉奈さんは何故かそこはこだわって、じゃんけんで勝った順に座り直した。
 座り直したとはいっても、ロクさんが葉奈さんの隣、ソラの正面に移動しただけだ。
 だが、ロクさんが葉奈さんの隣に座った時、一瞬葉奈さんの頬に赤みがさしたのを、俺は見逃さなかった。まさか、ロクさんがイケメンだったから、じゃんけんの勝敗こだわったのだろうか、この人。
 みんなの手札の枚数は、ソラが十四枚、ロクさんが十三枚、葉奈さんが十四枚、俺が十三枚。
「オレからだな」
 ソラが三を一枚出した。最初に弱いカードから捨てて行くのはセオリー通りだ。とんちんかんなことしてきたらどうしようか、と心配していたが徒労だったようだ。
「じゃあ」
 と、ロクさんが出したのは四。葉奈さんが五か六を出してくれれば七が捨てられる……!
「はい」
 葉奈さんが七を場に出して、俺の番。
 まあ、そんな簡単に事が進むわけないか。
 俺は観念して、八を手札からはじき出した。八切り。今までのカードが流れる。
 俺はあまり役に立つことのなさそうな三が出せて、少し安心した。
 次のソラが四、ロクさんが五と順調に進み、葉奈さんが九。俺は何事もなく十を取りだす。
 ソラがJをドヤ顔で置き、続くロクさんが二を出して、誰も手が出せずにお流れ。俺はジョーカーを持っていたけれど、今が使い時かが分からない。まだ取っておきたかった。
「ふざけんなよ、ロク。ここはオレからだろー」
「大真面目にやってるよ。人の命が懸かっているんだから」
 お前はこんな序盤にJごときで全員パスすると思っていたのか。
 ロクさんは冷静に三を一枚。これが普通だろうな。次の葉奈さんはJと一気に数がとぶ。
 えーと、一、かな。
「あ、お前、そういうの出すなよなー」
 そういうソラはパス。次のロクさんもパス。これは俺の番になるか?
と期待していたら葉奈さんが二を出した。すると、さっきはパスしたロクさんがジョーカーを披露した。
「ジョーカーお前持っていたのかよ」
「まあね」
 言いながらロクさんは一人で八切り。そしてKを二枚出した。強い。少なくとも自分が最初のターンになった時に捨てるカードじゃない。
 それにソラが二枚の一で反抗。二を二枚保持している人はいなかったのか、そのままソラの番となった。
 現在の俺の手札、四、五五五、七、九九、J、ジョーカー。
 みんなの手札の枚数は、ソラが九枚、ロクさんが五枚、葉奈さんが九枚、俺が九枚。ロクさんがやけに少ない。
 ソラは六を二枚、ロクさんは十を二枚、葉奈さんはパス。俺はというと、ジョーカーとの組み合わせじゃないと対抗できないので、パス。ここがジョーカーを使う場面とも思えない。
 再び順番が回ってきたソラがKを二枚投げ捨てた。それをみんな無言で見つめていた。
「よし、オレから」
 それをパスと受け取ったソラは七をぺちんと捨てる。ロクさんがJ。花さんが一をそっとその上に置いた。俺はジョーカー以外に出せるものがなくてパス。
 もったいないか? ここがジョーカーを使う場面なのか?
 強いカードはいつも使いどころに困ってしまう。
 ロクさんが二を出して、慎重に全員の顔を見まわす。誰も出さないのを確認すると、一枚になった自分の手札を悠々と表にした。
「あがり」
 随分とあっさりだ。
「あ、ちょ、おい」
 大富豪となったロクさんに何か言いたそうなソラだったが、結局何も言葉にはならなかった。
 あがったロクさんが席を立つと、葉奈さんは少し残念そうだ。
 ロクさんはそのことに気づいているのかいないのか、俺の右隣に戻ってきて、俺の手札を後ろから覗きこんできた。
 残る俺の手札。
 四、五五五、七、九九、J、ジョーカー。
 出しにくいなぁと躊躇していたジョーカー。それ以外のカードは単に出す機会がなかっただけである。
 しかし揃いも揃って弱いカードばかり残ってしまったもんだ。
 葉奈さんがパスして、俺はJを捨てる。すると、誰も手が出なかった。さっきのソラを思い出す。
「えっと……」
 俺は邪魔だと思っていた四をはじく。そこにソラがすかさず八切りした。
「怒涛のラストスパートだぜ」
 そして一人でもう一度八切り。やっと九を出した。気づけばソラの手札は残り一枚。なるほどラストだ。
 俺も葉奈さんもパスしてしまい、ソラはにまにました顔で堂々と七を机に叩きつけた。
「あっがり!」
 叫ぶとすぐに俺の手札を覗き込んでくるソラ。
 いや、これはまずいぞ。もう完全に自分の命は自分で守るしかなくなった。事態を把握した俺の頬を小さな冷や汗が流れた。
「悪いけど、勝たせてもらうわよ」
「え?」
 葉奈さんが何を言ったのかはよく聞き取れなかったが、机に並ぶカードを見て、わかった。
 四枚のQ。
 革命。
 現在、最も強いのは三となる。
 しかし、それよりも、これで出せないと、葉奈さんに順番が回ってしまう。
 葉奈さんの残り手札は三枚。対する俺の手札は七枚。
 ここはなんとしても出さないと、だ。
 でも、どうやって?
 俺の手札には四つも同じ数字は並んでいない。
 元々配られた手持ち。細工なんてできないし、やっぱり勝負なんて時の運なのか?
 諦めた俺が、パスの二文字を言いかけた時。
「落ち着いて」
 右からどっしりとした声がした。
 ロクさんの方を見ると、にっこりと、子供を安心させる母親のような表情をしていた。
「ばか、よく見ろ手札。その前に深呼吸しろ。頭冷やせ」
 ソラに言われて、空気を吸ってみる。なんだか落ち着いた気がした。
 そうか、テンパっていたのか、俺。
 もう一度手札を見ると、簡単に発見できた。
 名前のまんま、逆転のカード。
 勝利を確信して、余裕の色の葉奈さんに、俺も言い返す。
「俺もまだ死にたくないです」
 そして、四つのQの上には三つの五、と。
 ジョーカーが並んだ。
 革命返しだ。
「え、うそ……」
「自分で言ったんじゃないですか。革命返しはありだって」
 手持ちが残り三枚の葉奈さんに革命返しのさらに革命返しは不可能だ。ソラが場の八枚のカードを流した。
 俺は二枚の九を出して葉奈さんの様子を窺ったが、動く気配はなかった。
 最後に、七を出して、
「あっがり……!」
「っ………!」
 ぱたり、と裏返された葉奈さんの最後のカードは二枚の六と三。革命成功の後に念を入れて取っておいたようだけど、念を入れるところを間違えたみたいだな。
「オレ達の勝ちだな」
 早く生徒を戻せ、とソラは葉奈さんを急かす。葉奈さんは椅子に座ったまま、俯いて動かない。
 と思ったら、ふるふると震え始めた。
「………めない」
「え?」
「私が負けたなんて、認めない……!」
 立ち上がると共に上がった瞳は涙の膜が薄く張っていた。が、注意を払うべくはそこではなく、右手に握られている、拳銃。ソラのとはまた違う、銃には詳しくないので種類とかは分からないが、西部劇に出てくるカウボーイとかが持っていそうな、銀色の銃。
 そして、その矛先はどう見ても、俺。
「なんでだよ!?」
 約束が違うじゃないですか!? さっきまだ死にたくないって言ったの聞いてました!?
「私は……! 成績はいつも学年十位以内で……! 大学だって推薦で決まってたのに……!」
 焦る俺が目に入っていないかのように、葉奈さんは自分の高校時代を涙声で語る。俺は成績を聞いて、素直にすごいと思った。撃たれないように両手を上げながら。
「それがよ! たった一度の交通事故で全て無くなるなんて、あんまりじゃない! だから……許せないのよ! 毎日退屈そうにのうのうと過ごしているアンタ達が! 憎たらしくてしょうがないわ!」
 聞いているうちに、瞼が下がってきた。
 この人は人生の若いうちに、大学生になる前に死んでしまったようだ。推薦で大学が決まってたってことは、三年生。
 だから?
「なんだよ、それ。完璧にただの逆恨みじゃん」
 俺は上げ疲れた両腕をぱたりと下ろした。
「なによ!? アンタに私の何がわかるのよ!?」
 葉奈……先輩のふるふると銃を持つ手が震えていた。
「おい、挑発すんな。撃たれるぞ」
「お前がいるから大丈夫なんだろ?」
 小声で警告してくるソラに歯を見せつけてやると、ソラも同じようにしてきた。
 俺が喧嘩を売っているのはそれだけじゃない。中二病の一件もあって、さっきの話を黙ってきいていれば頭にきたからだ。
 女子だから、一発殴るわけにはいかないが、言いたいこと怒鳴るくらいはいいだろう。
「わかるわけないだろ、アンタのことなんか。わかりたくもない。関係ないやつ巻き込んで、それで自己満してるんだ。付き合わされる方の身にもなってみろよ」
「っこの……!」
 俺の言葉に何か言いたそうではあったが、拳銃のハンマーをひいただけだった。
 言い返せないってことは、図星なんじゃないのか?
「俺のことだって、見えるって理由だけで殺そうとしてるんだろ?」
 何もしていないのに、無条件に理不尽に向けられた銀色のナイフが頭をよぎる。今回も、銀色の銃口が俺の心臓辺りを静かに見つめていた。
「それで何か気が晴れるのか?」
 先輩の事情も生い立ちも性格も、毛穴ほども知らない、裾を触れ合うほどの縁もない俺を殺して、そこに掴めるものはあるのか?
「アンタが死んだって事実しか残らないって、それがわかんないのかよ!?」
 高ぶった感情を抑えられず、大声になってしまうと、葉奈先輩はぎりりと歯軋りをして、吠えた。
「黙れええええぇぇぇ!!!」
 溢れ出る涙と、確実に引かれるトリガー。
 撃たれる……!!
 俺は覚悟して目をつむると、なんの音も衝撃もなく、恐る恐る瞼を上げると、ロクさんがソラを押しのけて、葉奈先輩の横でひざまずき、鉄砲を持っていない方の手を取っていた。
「君には、そんなもの、似合いませんよ」
 優しいフェイスとボイスに導かれて、年上の少女はゆっくりと銃を下ろしていった。
 長いまつ毛を濡らし続ける雫は止まらず、小さな両手を銀の拳銃ごと、大きなロクさんの手に乗っけた。
「だって……! だって……! こうでもしないとやりきれないのよ……!」
「はい、気持ちは痛い程、御察しします……」
 本当に心が痛そうに綺麗な顔をゆがませつつ、さりげなく銃を自分の後ろにいるソラに手渡した。
 そして、零れる涙を袖でこする少女の前に大きな左手をグーで見せる。
 少女が不思議そうに首をかしげると、ぽん! とその手から一輪の真っ赤なバラが現れた。
「わ、ぁ。すごいわね……!」
 少女は泣くのを止めて、キザなロクさんの些細なマジックに小さな拍手を送った。
「気持ちが落ち着かない時は、花の香りを楽しむのもいいと思いますよ」
 ロクさんは、ふわりとほほ笑んで、そっとバラを差し出す。
「どうぞ」
 あ……。
 俺はそれを見て、脳裏をちくりと何かがよぎったのを感じた。
 少女は受け取って、満面の笑顔。
「ありがとう……!」
 それだけ残して、霧散していった。
 一仕事終えたロクさんがこちらに戻ってくる。
「何気にひどいことしましたね……」
「殺されそうになった君が言うのかい?」
 ロクさんの微笑みが、初めて怖いと思った。

 結論から言おう。
 その日、俺は勉強ができなかった。
 結論から言おうと言ったが、これはまったくの結論ではない。
 さて、真面目に本題に入ると、行方不明になった生徒達は、ソラとロクさんが元に戻して、自宅へと帰していった。
 行方不明者達は今までどこで何していたかをどう説明するんだろうか。正直に、図書室で人形にされていたと証言するのだろうか。
 どうせ誰にも信じてもらえないとは思うけれど。
 昼休み、これまた人のいない教室の後ろのベランダで、俺は来る期末に備えて、一応古典の教科書片手に三人でだべっていた。三人っていうのは、ソラとロクさんと俺。内二名は普通の人は視認できない。
 教室の中にいるクラスメイトに一人でなんかやってる危ないやつなどと思われるのは大変不本意なので、教室から見えないように座って話をしていた。
 それにしても、ロクさんの強制成仏のやり方。なんか、記憶にあるな、と思ったら前にソラが言っていた友達のことだったんだ。
「友達ぃ? 僕とソラが?」
 そのことを伝えると、ロクさんはあからさまに嫌そうな顔をした。
「ソラはそう言ってましたよ」
 友達に強制成仏で、花渡すやつがいるって。
「あぁー、そういえば言った気がする。よく覚えてたなお前」
 ソラと対照的すぎたから、印象に残ってたんだよ。
「ところで、どうしてこっちに派遣されちゃったんですか?」
 それとなく疑問をぶつけてみると、ロクさんは愛想よく答えてくれた
「天国に人数不足という意見書が提出されたらしくて、地獄の方から派遣してやれということになったのだ」
 意見書なんてあるのか。もう本格的にただの会社だな。
 ソラはロクさんの台詞を聞いて、ぽんと手を打った。
「それきっとオレが出したやつだ。へー、あれ採用されたんだ。てっきり捨てられてるかと思ってた」
「貴様、僕は前の持ち場がかなり気に入っていたのに……。たった一枚の紙切れの所為で異動に……!」
 前の持ち場?
「じゃあ、その制服って……」
 俺が水色のワイシャツを指差すと、ロクさんはこれかい?と引っ張って見せた。
「前の持ち場の服だよ。捨てるのももったいないし、新しくここの制服着る義務もないし、せっかくだからと思って」
 ソラはロクさんを眺めて、にやにやしながら俺の頭をもしゃもしゃと掻きまわした。
 なにするんだよ。
「お前どうせ手伝うならその人がよかったって言ってたじゃん。よかったな、夢叶って」
 頼むから黙っててくれ。
「ごめんね、女の子じゃなくて。しかもこんなでかいし」
 どうやら聞こえてしまった上に、鋭くも事情を察したロクさんが気を遣った笑いをしてくれる。
「そういう意味じゃないですって」
 焦って否定する俺の横からソラが口をはさむ。
「え? 違うっけ?」
「お前は余計な事を言うな!」
 しゃがんでいるため、近くにある長身の頭をひっぱたくと、掴みかかってきたので、その両手にこっちも応戦する。ガッ、と左右の手をお互いに握り合い、ぎりぎりとその状態のまま動けなくなってしまった。
「まあ、地獄でもよく間違えられるし……」
 ソラとの取っ組み合いに気を抜かずに、頬をぽりぽりと掻くロクさんにすかさずフォローを入れる。
「ロクさんは別に女じゃなくてもいい人だと思いますよ、俺は!」
「あー、いいやつだよな、ロクは」
 俺の拙い褒め言葉に取って付けたソラのお世辞を、ロクさんはあっさりと鼻で笑った。
「褒めても何も出ないぞ」
「ちっ」
「本当に物目当てか貴様!」
 ソラの舌打ちがロクさんの神経を逆なでする。俺はまたしてもフォローを入れようと試みるが、
「でも、性別とか見た目とか気にしないで下さいね、ほんと。ロクさんほどいい人ってなかなかいませんよ」
 数少ないボキャブラリーでは、さっきと同じことしか言えなかった。
「よし、そこの自販機で何か買ってあげよう」
 相変わらず爽やかな笑顔で、ベランダから飛び降り、渡り廊下の下にある自販機へ向かうロクさん。
 マジか、飛び降りちゃうのか。何でもありだな、この人たち。しかし本当に何か買ってきてしまったらどうしよう。
 俺はソラの顎の下から頭突きを食らわすと、四階から飛び降りるなんて芸当は普通の人間である俺には不可能なので、大急ぎで教室から出て、階段を使ってロクさんの元へと駆けだした。
「何か出たじゃん! ちょっとおいてくなよー!」
 とか言いつつ、ソラは俺については来ず、ベランダから一人悠々と飛び降りた。
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