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4 ぼくの助手にならない?

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 図書委員の仕事をしていたはずのぼくは、校舎の外に出て、図書室裏の木の下にいた。
 足元には、日向ぼっこをして寝転んでいる数匹の野良猫。
 目の前には、腕を組んでなにやら考え込んでいる三年生の、ぼくより背の低い先輩。
「…………」
「…………」
 無言の時間が続いている。

 ──『今日は占いやってないんですか?』

 あのあと。
 ぼくの質問を受けた先輩は、目をまん丸にして「ちょっときて!」とぼくの返事も待たず、ここまでぼくの手を引っ張って行ったのだ。
 何を考えているのかわからない先輩に、ぼくはそーっとお尋ねする。
「あの……? どうしてぼくは連れてこられたんでしょうか……?」
 地面に目を伏せて悩ましい表情をしていた先輩は、ぼくに向かって顔を上げた。
「どうして、ボクが占い師だってわかったの?」
「えっと……」
 先輩は、ずい、と一歩、ぼくのほうに近づいてきた。
「今まで誰にもバレたことなかったのに。女装だって完璧だったはず。みんな女子生徒が占いをしてるって、ウワサしてたよね?」
 先輩が勢いよく、早口でまくし立ててくる。
 ぼくはおずおずと自分の右目を指差した。
「ほ、ほくろが……」
「ほくろ?」
「先輩、右目のまぶたにほくろがあるんですよ。笑ったときだけ見えるんですけど、珍しい位置にあるなぁと思って……」
 覚えてたんです、とぼくは続けた。
 先輩はおどろいた表情になる。
「笑ったときのまぶたのほくろで……!? すごい観察力……」
 ボソボソと何かつぶやいているけれど、声が小さくてよく聞き取れない。
 ……松原さんが占いに行くって言っていたのに、当の占い師さんが図書室にいるから、今日はやってないのかなって聞きたかっただけなんだけどな。
 先輩はまた考え込んでしまった。
 わざわざ人気のない場所まで連れてこられたけれど、これで先輩の用事は済んだようだ。
「じゃあ、ぼくは図書委員の仕事があるのでこれで……」
 あと一冊だけ、仕事が残っているんだ。
 愛想笑いを顔に貼り付けて、そそくさと図書室に戻ろうとしたが、
「待って!」
 腕をつかまれてしまった。
 何ですか、と尋ねる前に先輩の口から飛び出たのは、あまりにも予想外で、とんでもなくびっくりする言葉だった。

「ねぇキミ! ボクの助手にならない!?」

 ……助手?
 助手って、占いの……?
 ぼくは全力で両手を振った。
「むりむりむり! 無理です!」
「お願い!」
 パン! と手を合わせて、先輩が拝むようなポーズをする。
 それでもぼくの気持ちは揺るがなかった。
「そもそも占いなんて、やったことないですし!」
「やったことなくても大丈夫!」
「なんでそう言い切れるんですか!?」
 ぼくの問いに、先輩はニヤリと笑う。

「だって、キミには占いの才能があるから!」

 ぼくは目を見開いた。
 ぼくに……才能、だって……?
 才能がある、なんてぼくから一番遠い言葉だと思っていたのに。
 しかも、学校全体でウワサになっているような、すごい人に……。
「お試しでいいからさ! どう?」
 上目づかいでお願いしてくる先輩に、ぼくは何とも言えない気持ちを抱いていた。
 足手まといになったらどうしよう、という怖さ。
 こんなぼくにも才能があるかもしれない、という期待。
 まったく違う二つの感情が、ぐるぐると心の中で回っている。
 ぼくはぎゅっと自分のワイシャツの胸あたりを握りしめた。
 ──才能があるなんて、初めて言われた……。
 怖さよりも、少しだけ、ワクワクが勝っている。
「お試しでいいなら……」
 か細い返答でも、先輩は聞き取れたようだった。
 とたんに花が咲いたような笑顔になって、ぼくの手を取る。
「よし! じゃあ今から行こうか!」
「い、今から!?」
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