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12 好きな人ができたことないのはおかしい
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勢いのまま出てきてしまったが、女装したまま部室の外に出るのは初めてだ。
男子が女子制服を着ていると他の人にバレたらどうしよう。
……いや、そもそも、すれ違いざまにバレるくらいの女装だったら、ぼくの思いついた作戦も成功しない。
ここは振り切って、女の子を演じよう……!
校門に向かいながら、弥生くんに作戦を説明する。少しだけ、歩幅を小さくして歩きながら。
「ぼくが弥生くんの彼女として会えば、きっとあきらめてくれると思うんだ」
「恋人ができたからって断ればいいんだな?」
ぼくはうなずく。
彼女のフリをしてくれる女子がいなくてもいい――なにせ、ぼく自身が女の子のフリをしているんだから。
さすがに恋人ご本人の登場となれば、片想いもあきらめがつくはず。
校門が見えてきた。
やっぱり今日も、他校の制服を着た女子が、誰かを待っている。
ウェーブのかかったロングヘアが、風になびいている。
──昨日ぶつかった、あの女の子だ。
「……よう」
「神崎くん!」
弥生くんが声をかけると、その女子の顔がパァッと明るくなった。まんまるのひとみが、子犬のような女の子だ。
これから彼女の恋心を終わらせるのかと思うと心が痛むが、そうも言っていられない。
彼女は小走りで弥生くんに近づいた。
「あの、私……、やっぱり神崎くんが好き」
「……悪りぃけど」
「待って! わたしの話を聞いてほしいの!」
断りの台詞を言いかけた弥生くんをさえぎって、彼女は息を吸った。
「わたしね、友達に言われたんだ……。今まで一度も好きな人ができたことないのはおかしいって」
ぼくはどきりとした。
……ぼくだって、好きな人ができたことがない。
彼女は続ける。
「……そんな時、神崎くんが駅で、わたしの落としたパスケースを拾ってくれた。運命だと思ったの。この人が彼氏だって言ったら、わたし、変だって、言われなくなると思うんだ。弥生くんのSNSアカウントも作って、友達にはこの人が彼氏だよって、紹介する準備はできてる。あとは、弥生くんの許可だけなの」
つらつらと話す彼女。
ぼくの姿は眼中にないようだ。
「わたしの、彼氏になってもらえませんか? それで、友達に紹介させてほしいんです」
丁寧に、ゆっくりと彼女はお辞儀をした。
……この人は、友達からの指摘に、心を傷つけてしまったんだろう。
その辛さは、ぼくも経験したことがある。
運動も、勉強もできないぼくは、友達だと思っていた人から「何にもできないんだね」と言われたのだ。
……今思えば、その子も、何の悪気もなく言ってしまっただけだろうけれど、当時のぼくはかなり傷ついた。あのとき、きちんと話し合えていたら、あんなにショックを受けることもなかっただろう。
だから、彼女の必死な思いも、その心の痛みも、想像できる。
でも──弥生くんは周りを見返すための道具じゃない。
弥生くんは再び、
「……悪りぃけど」
と、前置きした。
「……彼女、いるから」
弥生くんの言葉を受けて、ぼくは何も言わず、寄り添うように彼の腕を組む。
どうだろ、恋人っぽいかな……?
ストーカーの子はショックを受けたようで、一瞬目を見開いたが、すぐに強気を取り戻した。
「そ、そんなの嘘よ! 付き合ってるフリでしょ!」
し、信じてくれない!?
予想していなかった反応に、ぼくはびっくりする。
男なのはバレてないみたいだけど、恋人ではないと思われているようだ。
どうやったら信じてもらえるんだ……!?
「……嘘じゃねぇよ」
「えっ」
心の中で慌てまくりのぼくの頬を弥生くんの大きな両手が包みこむ。
くい、と無理矢理じゃないけれど強引な力で弥生くんの方を向かされた。
彼の整った顔が迫ってくる。
「んむっ!?」
キス、された。
……弥生くんって、まつ毛長いんだなぁ。
現実を受け止められなくて、場違いなことを考えてしまう。
唇の感触はすぐに離れていった。
「や、弥生く……」
ぼくは放心したまま動けない。
女の子は両手で口を抑え、目に涙を浮かべていた。
「……そういうことだから」
弥生くんがぼくの肩を抱き寄せる。
女の子はその場で泣き崩れてしまった。両手で顔をおおって。
「ひっく、ど、どうしよう……」
弥生くんの大胆な行動にぽかんとしていたぼくは、女の子の泣き声で我に返った。
「う、うぅ、また、変だって言われちゃう……」
……やり方は間違っていたけれど、この人なりに苦しんでいる。
友達におかしいと言われて、たまたま出会った弥生くんに助けを求めた。
悪い言い方をすれば、利用しようとしたわけだけれど、悪気があったわけじゃない。
弥生くんなら──サッカーの才能もあって、見た目もキレイな彼なら、友達に変だって言われないはずだって、わらをもつかむ思いだったのだろう。
才能のある人に、手を伸ばしてしまう気持ちはとてもよくわかる。
……ぼくが、サツキくんの手を取ったように。
「…………それじゃあ」
弥生くんは、ぼくの肩を抱いたまま、その場を立ち去ろうとする。
「……ひっく」
彼女は泣き続けている。
ぼくと同じ、好きな人ができたことがなくて。
ぼくと同じ、友達だと思っていた人にからかわれて。
ぼくには、弥生くんがいたけれど、彼女には──
「ごめん、弥生くん。先、行ってて」
「え?」
ぼくは弥生くんの手を解いて、泣き崩れてしまった女の子の元に駆け寄る。
膝をついて、同じ高さの目線になる。袖口で、彼女の涙を拭った。
女の子は、ぼくに気づいて、涙を流しながらもおどろきに丸い目を見開いた。
「な、なんで、弥生くんの彼女なのに、わたしに優しくするの……?」
「だって、あなたの気持ちがわかるから」
「え……?」
女の子がぽかんとした表情になる。
ぼくはふわりと笑いかけた。
「ぼ……、わ、わたしも、つい最近まで、恋をしたことがなかったから」
「そ、そうなの……?」
ぼくはうなずく。
それから、後ろで立っている弥生くんに振り返る。
「弥生くんもわ、わたしと付き合うまで、恋人も好きな人も、いたことないよね?」
「あ、あぁ……」
唐突に話を振られた弥生くんは、動揺しながらも話を合わせてくれる。
「こ、こんなにカッコいいのに……?」
「うん、だから、別に変なことじゃないんだよ。普通だよ。恋をするタイミングは、人それぞれだから。早い人も遅い人もいて、いいんだよ」
「わ、わたし、変じゃない……?」
「うん、ちっとも変じゃない。友達にも、話してごらんよ。最近まで恋をしたことのない人、他にもいたよって。きっと、わかってくれるんじゃないかなぁ」
彼女はパッと顔を輝かせた。
「う、うん! 話してみる!」
彼女は立ち上がって、スカートについた土を払う。ぼくも一緒に立ち上がった。
「彼女さん、本当にありがとう! それから……」
弥生くんのほうを見て、女の子はもう一度頭を下げた。
「弥生くん、迷惑かけて本当にごめんなさい」
「……いや」
顔を上げた女の子は、とても晴れ晴れとしていた。
男子が女子制服を着ていると他の人にバレたらどうしよう。
……いや、そもそも、すれ違いざまにバレるくらいの女装だったら、ぼくの思いついた作戦も成功しない。
ここは振り切って、女の子を演じよう……!
校門に向かいながら、弥生くんに作戦を説明する。少しだけ、歩幅を小さくして歩きながら。
「ぼくが弥生くんの彼女として会えば、きっとあきらめてくれると思うんだ」
「恋人ができたからって断ればいいんだな?」
ぼくはうなずく。
彼女のフリをしてくれる女子がいなくてもいい――なにせ、ぼく自身が女の子のフリをしているんだから。
さすがに恋人ご本人の登場となれば、片想いもあきらめがつくはず。
校門が見えてきた。
やっぱり今日も、他校の制服を着た女子が、誰かを待っている。
ウェーブのかかったロングヘアが、風になびいている。
──昨日ぶつかった、あの女の子だ。
「……よう」
「神崎くん!」
弥生くんが声をかけると、その女子の顔がパァッと明るくなった。まんまるのひとみが、子犬のような女の子だ。
これから彼女の恋心を終わらせるのかと思うと心が痛むが、そうも言っていられない。
彼女は小走りで弥生くんに近づいた。
「あの、私……、やっぱり神崎くんが好き」
「……悪りぃけど」
「待って! わたしの話を聞いてほしいの!」
断りの台詞を言いかけた弥生くんをさえぎって、彼女は息を吸った。
「わたしね、友達に言われたんだ……。今まで一度も好きな人ができたことないのはおかしいって」
ぼくはどきりとした。
……ぼくだって、好きな人ができたことがない。
彼女は続ける。
「……そんな時、神崎くんが駅で、わたしの落としたパスケースを拾ってくれた。運命だと思ったの。この人が彼氏だって言ったら、わたし、変だって、言われなくなると思うんだ。弥生くんのSNSアカウントも作って、友達にはこの人が彼氏だよって、紹介する準備はできてる。あとは、弥生くんの許可だけなの」
つらつらと話す彼女。
ぼくの姿は眼中にないようだ。
「わたしの、彼氏になってもらえませんか? それで、友達に紹介させてほしいんです」
丁寧に、ゆっくりと彼女はお辞儀をした。
……この人は、友達からの指摘に、心を傷つけてしまったんだろう。
その辛さは、ぼくも経験したことがある。
運動も、勉強もできないぼくは、友達だと思っていた人から「何にもできないんだね」と言われたのだ。
……今思えば、その子も、何の悪気もなく言ってしまっただけだろうけれど、当時のぼくはかなり傷ついた。あのとき、きちんと話し合えていたら、あんなにショックを受けることもなかっただろう。
だから、彼女の必死な思いも、その心の痛みも、想像できる。
でも──弥生くんは周りを見返すための道具じゃない。
弥生くんは再び、
「……悪りぃけど」
と、前置きした。
「……彼女、いるから」
弥生くんの言葉を受けて、ぼくは何も言わず、寄り添うように彼の腕を組む。
どうだろ、恋人っぽいかな……?
ストーカーの子はショックを受けたようで、一瞬目を見開いたが、すぐに強気を取り戻した。
「そ、そんなの嘘よ! 付き合ってるフリでしょ!」
し、信じてくれない!?
予想していなかった反応に、ぼくはびっくりする。
男なのはバレてないみたいだけど、恋人ではないと思われているようだ。
どうやったら信じてもらえるんだ……!?
「……嘘じゃねぇよ」
「えっ」
心の中で慌てまくりのぼくの頬を弥生くんの大きな両手が包みこむ。
くい、と無理矢理じゃないけれど強引な力で弥生くんの方を向かされた。
彼の整った顔が迫ってくる。
「んむっ!?」
キス、された。
……弥生くんって、まつ毛長いんだなぁ。
現実を受け止められなくて、場違いなことを考えてしまう。
唇の感触はすぐに離れていった。
「や、弥生く……」
ぼくは放心したまま動けない。
女の子は両手で口を抑え、目に涙を浮かべていた。
「……そういうことだから」
弥生くんがぼくの肩を抱き寄せる。
女の子はその場で泣き崩れてしまった。両手で顔をおおって。
「ひっく、ど、どうしよう……」
弥生くんの大胆な行動にぽかんとしていたぼくは、女の子の泣き声で我に返った。
「う、うぅ、また、変だって言われちゃう……」
……やり方は間違っていたけれど、この人なりに苦しんでいる。
友達におかしいと言われて、たまたま出会った弥生くんに助けを求めた。
悪い言い方をすれば、利用しようとしたわけだけれど、悪気があったわけじゃない。
弥生くんなら──サッカーの才能もあって、見た目もキレイな彼なら、友達に変だって言われないはずだって、わらをもつかむ思いだったのだろう。
才能のある人に、手を伸ばしてしまう気持ちはとてもよくわかる。
……ぼくが、サツキくんの手を取ったように。
「…………それじゃあ」
弥生くんは、ぼくの肩を抱いたまま、その場を立ち去ろうとする。
「……ひっく」
彼女は泣き続けている。
ぼくと同じ、好きな人ができたことがなくて。
ぼくと同じ、友達だと思っていた人にからかわれて。
ぼくには、弥生くんがいたけれど、彼女には──
「ごめん、弥生くん。先、行ってて」
「え?」
ぼくは弥生くんの手を解いて、泣き崩れてしまった女の子の元に駆け寄る。
膝をついて、同じ高さの目線になる。袖口で、彼女の涙を拭った。
女の子は、ぼくに気づいて、涙を流しながらもおどろきに丸い目を見開いた。
「な、なんで、弥生くんの彼女なのに、わたしに優しくするの……?」
「だって、あなたの気持ちがわかるから」
「え……?」
女の子がぽかんとした表情になる。
ぼくはふわりと笑いかけた。
「ぼ……、わ、わたしも、つい最近まで、恋をしたことがなかったから」
「そ、そうなの……?」
ぼくはうなずく。
それから、後ろで立っている弥生くんに振り返る。
「弥生くんもわ、わたしと付き合うまで、恋人も好きな人も、いたことないよね?」
「あ、あぁ……」
唐突に話を振られた弥生くんは、動揺しながらも話を合わせてくれる。
「こ、こんなにカッコいいのに……?」
「うん、だから、別に変なことじゃないんだよ。普通だよ。恋をするタイミングは、人それぞれだから。早い人も遅い人もいて、いいんだよ」
「わ、わたし、変じゃない……?」
「うん、ちっとも変じゃない。友達にも、話してごらんよ。最近まで恋をしたことのない人、他にもいたよって。きっと、わかってくれるんじゃないかなぁ」
彼女はパッと顔を輝かせた。
「う、うん! 話してみる!」
彼女は立ち上がって、スカートについた土を払う。ぼくも一緒に立ち上がった。
「彼女さん、本当にありがとう! それから……」
弥生くんのほうを見て、女の子はもう一度頭を下げた。
「弥生くん、迷惑かけて本当にごめんなさい」
「……いや」
顔を上げた女の子は、とても晴れ晴れとしていた。
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