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「邪魔したいって言っても、そもそも三咲が今、何をやりたいのか知らないのよね……陸くんは、何か知ってるかしら?」
「三咲先輩の、やりたいこと……?」
 三咲先輩、なんか言ってたっけな……?
『クリスマスなのに勉強しなきゃって、言ってなかった?』
「あ、そうそう! なんか、勉強に力を入れたいみたいですよ」
 空に言われて思い出す。勉強したい、という中学二年生に似合わない言葉に、沙耶さんは眉をひそめるでもなく、「なるほど」とつぶやいた。
「あいつの家、確か、お姉さんが東大に合格したのよ。だから、自分も何か結果を出さなきゃって、焦ってるんじゃないかしら」
「お姉さんが、東大……!」
 そりゃあ、焦る。その気持ち、すごくわかる。
 小学生の頃、オレと空は同じ塾に入れられていたから。
 塾で成績一番だった空と、同じ顔なのに、中の下くらいだったオレ。
 もともと勉強は好きじゃなかったっていうのに、さらに嫌いになりそうだった。
「そうだわ!」
 パン、と嬉しそうに沙耶さんが手を叩く。
「あいつの勉強を邪魔するのよ!」
 いやいやいや……!
 三咲先輩の境遇を聞いた後に、勉強の邪魔って──気が引ける~!!
「勉強の邪魔って……何をするんですか……?」
 恐る恐る尋ねる。ふふん、と沙耶さんは名案があるとばかりに、人差し指を立てた。
「遊びに誘うの!!」
 よかった~! それだけか~!
 ホッと胸を撫で下ろす。一日遊ぶくらいなら、三咲先輩だって、勉強の息抜きにもなるだろう。そんなに罪悪感もない。
 それに……。
「たぶん、後輩に突然、二人で遊びに行こうって誘われても、普通来ないと思いますよ」
 同級生ならともかく、とオレは付け足す。
 しかし、沙耶さんの笑顔は崩れなかった。
「大丈夫よ、作戦があるわ」
 と言って、沙耶さんが自信ありげに作戦を説明する。
 説明を全部聞き終わっても、「いい作戦だ!」とは思えなかった。
 オレは眉をひそめる。
「え、えぇ~? それで、三咲先輩来ますかね?」
「あいつならきっと来るわ! なんだかんだ、優しいもの」
 確かに、三咲先輩は部員の投票でキャプテンに選ばれた人だから、人望はあると思うけれど……。
「とにかく、言った通りにメッセージ送ってみて」
「わかりましたけど……」
 オレはスマホを取り出す。沙耶さんの作戦に則って、三咲先輩宛にメッセージを作成した。

『お疲れ様です!
 相談があるんですけど、実は、好きな人がいて、今、入院してるんです。
 退院祝いに、行きたいって言っていたカフェに連れて行ってあげたいんですが……もしよかったら下見についてきてもらえませんか?
 こんなこと、三咲先輩にしか頼めなくて……。
 一応、カフェのサイト貼っておきます』

 送信……と。
「これでいいんですか?」
「完璧よ!」
 グッと、親指を立てる沙耶さん。
 ……本当かなぁ?
『ぼくなら行かないな』
 無慈悲な感想を空がつぶやく。
 だからそういうこと言うなっての。
 オレが心の中で思ったことを、沙耶さんはそのまま「余計な一言ね」と一蹴した。強い人だ。
 オレは三咲先輩に送った文面を読み返す。
 ……まぁ、この内容、オレだったら、たぶん行く。
 オレにしか頼めない、とか、病気の好きな子を喜ばせたい、とか。後輩にそんなこと言われたら、力になってやりたいって思っちゃうな。
 あくまで、オレだったら、の話だけど。
 ──ぶぶっ、とスマホが揺れた。
「え、返信はや!?」
 通知で震えるスマホを見る。画面には、三咲先輩から「いいぞ」と淡白なメッセージが表示されていた。
 いいのかよ!?
「ほらね。そのカフェ、わたしのお気に入りなの。クリームブリュレが絶品よ。ぜひ、食べてみてね」
「は、はい……」
 呆気に取られるオレに、沙耶さんは「明後日の日曜のお昼に行きましょ」と、カフェに行く日程と時間を指定して、去っていった。
「……空はどう思う?」
 沙耶さんの後ろ姿を見届けてから、オレは空に尋ねた。
『どうっていうか……まぁ、どこまで本当なのかって感じだよね。三咲先輩と知り合いなのは嘘じゃないみたいだけど……』
「だよなぁ……」
 空の言うことも一理ある。だからこそ、なんとなく違和感が残るのだ。
 沙耶さんの言葉を、全部信用していいのだろうか?
『まぁ、陸が下心と親切心で引き受けたなら、いいんじゃない? ぼくにもメリットがあるみたいだし?』
「下心って……! お前なぁ!」
『あはは』
 恥ずかしくなって殴るふりをすると、空はオレの拳を大袈裟に避けたのだった。
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