双子の兄が幽霊になりまして。

よこすかなみ

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 沙耶さんと出会ってから、二日後の休日──三咲先輩との待ち合わせ当日、午後三時。
 五分前集合を心がけているオレよりも早く、三咲先輩は駅前のロータリーに立っていた。
 オレに気づいて、軽く手を振ってくれる。オレは小走りで近づいた。
「すみません、お待たせしました」
「いや、待ち合わせ時間前だ。部活でもないのに、真面目なやつだな」
 謝るオレに、三咲先輩は腕時計をチラリと見てから、小さく笑った。
「……先輩、私服かっこいいですね」
「そうか?」
 私服の三咲先輩を見たことがないわけではないけれど、見たことがない服装だった。
 シンプルな白のニットに黒のスラックス、それから分厚めの黒コート──なんていうか、これからデートに行くみたいな。デート行ったことないから知らないけど。
 男の後輩との付き合いでも、ちゃんとした服装をするタイプの人なんだな。
 真面目なのはどっちだよ、と心の中で笑ってしまう。
「オレ、パーカーとジーパンで、なんかテキトーですみません」
「いいだろ、別に。ほら、行くぞ」
 そう言って、三咲先輩は先を歩き出した。オレはその後を慌ててついていく。
「あ、待ってください、今、地図を……」
「いらない」
「え?」
「その店、知ってるから」
「そ、そうなんですか……」
 ポケットから取り出しかけたスマホを、再びしまう。
『え? なんで三咲先輩がカフェの場所知ってるの?』
「三咲はそのカフェ、何回も行ったことがあるのよ」
 空と沙耶さんの会話が聞こえてきて、三咲先輩にバレないように、後ろの様子を窺う。
 沙耶さんは、こっそりついてきていた。オレがちゃんと勉強の邪魔をできているか、きちんと見届けたいらしい。空は沙耶さんと行動を共にしている。
 三咲先輩は迷いなく進んで、五分程度で目的のカフェにたどり着いた。駅の近くだけれど、人通りが少ない裏道にあった。
『こんなところに、カフェなんてあったんだね』
「そうよ、ちょっとわかりにくい場所よね」
 空のつぶやきに沙耶さんが答える。声には出さず、オレも空に同意した。
 三咲先輩がドアを開けて、入店するとすぐに「いらっしゃいませ~」と店員さんの声が飛んでくる。
「二名様ですか? お好きなお席へどうぞ~」
 ソファ席が並んでいるエリアを手で示されて、オレたちは空いている席に座った。
 外からの見た目は白と茶色を基調にした落ち着いた感じだったけれど、店内は意外と騒がしかった。お喋りに夢中な女性客が多いからだろう。
 そんな中でも、一人パソコンやノートを開いて、勉強をしている人もちらほらいる。大体が、大学生くらいだ。
「ふ、そんなキョロキョロすんなよ」
 向かいに座った三咲先輩に笑われてしまった。
「こういうカフェ、初めて来るので……へへ」
 大人っぽい雰囲気に慣れない自分が、なんとなく恥ずかしくて、オレも笑って誤魔化す。
 そんなやりとりをしていると、お冷とメニューを持った店員さんが来てくれた。「ご注文お決まりの頃、お呼びください~」と言い残して、また業務に戻っていく。
 オレはメニューを開いて、三咲先輩のほうに向けた。
「先輩、何にしますか?」
「……ホットコーヒーかな、ブレンド」
 お、大人だ。
 ブラックコーヒーなんて苦いもの、オレにはまだ飲めない。
「後輩の前でカッコつけてるわね」
 三咲先輩から見えない位置で、近くの席に座った沙耶さんが悪態をつく。
 ちょっと、静かにしてて……!
 あんまり喋ったら、三咲先輩に聞こえちゃうかもしれないって……!
 内心焦りながらも、オレは聞こえないふりをした。
 三咲先輩に沙耶さんの声が聞こえて、魂胆がバレたら、オレの信頼が危うくなる。せっかく仲良くなれた先輩なのに、険悪な仲にはなりたくない。
「……どうした? 決めないのか?」
「あ、いや、ちょっと悩んじゃって……あはは」
 幸い、三咲先輩には沙耶さんの呟きは届かなかったようで、ほっと胸を撫で下ろす。
 注文が既に決まっているらしい先輩から、メニューを自分のほうに向け直した。
 沙耶さんが言ってたクリームブリュレは……これか。
 写真からしてすごく美味しそうだ。甘いものはあまり得意ではないけれど、デカデカと甘さ控えめと書いてあった。
「じゃあオレ、クリームブリュレにしようかな」
「クリームブリュレ?」
 三咲先輩の眉がピクリと動いた。
「どうしたんですか?」
「……なんでもない。いいんじゃないか? 美味いぞ、それ」
 食べたことがあるんだろうか。三咲先輩に甘いものを食べているイメージがあまりないけれど。
 コーヒーとクリームブリュレは、注文したら、すぐに出てきた。
 焦がされた砂糖をスプーンで突き、中のクリームと一緒に頬張る。程よい甘さが口一杯に広がった。
「これ、ほんとにおいしいですね」
「だろ」
 と、三咲先輩はブレンドコーヒーをちょっとだけ啜った。
「……あの。頼んでおいてこんなこと聞くのもおかしいんですけど」
「ん?」
「……今日、なんで来てくれたんですか?」
「後輩の頼みを引き受けちゃおかしいか?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「冗談だよ」
 三咲先輩はコーヒーカップをソーサーに置いた。食器同士が触れ合う、小気味のいい音がする。
「まぁ、放って置けなかったのが一番大きいけど──俺も、お前に聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
 オレは首をひねる。部活でいくらでも話すタイミングはある。こんなところでわざわざ話したいことがあるってことは、他の人に聞かれたくない内容なんだろう。
「なんですか? 聞きたいことって」
「…………」
 三咲先輩は言いにくそうに視線を左右に泳がせた後、意を決したように、口を開いた。

「……お前、ピエロやってて疲れないか?」

 え。
 あ。
 え。
 頭を殴られたみたいな衝撃が走った。
 三咲先輩、気づいて──
「ずっと気になってたんだ。頼み事を断らないのは、お前のいいところだけど、雑用まで押し付けられて。この前も、図書室に本を返却、なんて正直、監督が自分でやれよ、って思ったし」
 オレは何も言えない。言葉が出てこないのだ。
「部員のやつらも、きっと悪気はないんだ。本当にお前のことを頼れるやつだと思ってる。それを、多分、お前もわかってるんだろ? でも、何を押し付けられても平気そうに笑ってるお前を見てると、なんか、心配なんだよ」
 三咲先輩が真っ直ぐとオレを見つめる。今度はオレが視線を泳がせる番だった。
 見ないふりをしてきた。
 気づかないふりをしてきた。
 向き合ってこなかった部分を、初めて面と向かって突きつけられて、言葉にならない。
「……オレ、は」
「うん」
「人に嫌われるのが、怖いんです……」
「…………」
 三咲先輩は、黙ってオレの話に耳を傾けた。
「オレ、兄がいるんですけど、そいつ、言いたいことをなんでも言うタイプのやつで……塾で、孤立してたんです」
 空だけをハブいた男子グループができたあの瞬間──オレもこうなったらどうしよう、というざらりとした気持ちが生まれた。
 あの日から、オレはピエロに徹するようになった。
 仲間外れにされるのが──嫌われるのが、怖くて。
『勉強できないやつに、勉強すればってアドバイスしただけじゃないか。ま、他人に興味ないから、どうでもよかったけどね』
「きみ、友達少ないでしょう」
 空の付け足しに、沙耶さんの鋭い指摘が飛んできた。言葉の切れ味が鋭い同士で言い合わないでほしい。二人がどんな空気になっているのかハラハラしてしまう。
 そんなオレから、三咲先輩はコーヒーに視線を移した。
「……きっとそれが、お前のトラウマなんだな」
 そう言って、もう一度コーヒーを啜った。
 店を出るタイミングになっても、先輩のコーヒーは残ったままだった。
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