時空モノガタリ

風宮 秤

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1話~19話

3:「失敗」 呑みすぎ

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 カウンターの席には、私一人。他の席には・・・、闇に埋もれる様に片隅で一人静かに酒を飲む客がいるのかも知れない。しかし、そんな事を気にする者はいない。ここに来る客は一人になる為に来るからだ。
 この店では混ぜた酒は出て来ない。完成したものに手を加える必要はないからだ。毎日々々愚直に繰り返される作り手の技が積み重なる。石造りの倉の中でゆっくりと熟成する事で時代が刻み込まれていく。本物を知れば小細工が愚かな事だと誰もが気が付くからだ。
 酒と向き合う事は、作り手との真剣勝負だ。人生の表も裏も知り尽くした大人だから対峙でき語り合える世界なのだ。

 カウンターの席に座り、店の空気に馴染んだ頃合いになると、店主が黙ってグラスに酒を注ぐと静かにおく。
 酒も人生も知り尽くしている店主だからこそ、客が気付かないけど心情にあった一杯を出す事が出来る。そして、客はその一杯を呑みながら、今の自分を理解し向き合う事が出来るのである。


 今日の酒は、少し強い。いや、圧倒されている。酒に押されているんだ。理由は・・・、分かっている。今日のクライアントからの電話から始まっている。
 そんなに難しい仕事ではなかった。納品済みのプログラムのマイナーチェンジだ。今までのクライアントとの打ち合わせの議事録は残っている。勿論、クライアントからの要求仕様書もある。プログラムを作成した技術部門の担当者も残っている。営業部門は納期と価格だけ気にしていても上手くまとまる仕事のはずだった。
 それだから、部下の経験値を高めるには丁度良い案件だった。小さな成功体験を積ませ、大きな仕事を任せる事が出来る様に育てていく。その間に、私は難易度の高い案件をまとめ上げる事に集中出来る。

 その筈だった。

 私は、部下に丸投げする様な無責任な上司ではない。要所々々で報告をさせていた。問題が大きくなる前に報告するようにとも言っていた。勿論、こちらからも確認をしに行った。都度、彼の返答は「大丈夫です」だけだった。
 彼の口数が少ないのは分かっていた。分かっていたから答えやすい様に色々と質問をしてあげた。どの質問対しても「大丈夫です」だった。

 彼の評判は良い方ではなかった。男子の間では言われた事も出来ないとの評価だった。でも、同性に対しての評価は厳しくなるものだ。
 しかし、今回の件で周りの評価を変えられる筈だった。小さな成功体験が本人も大きく変える筈だった。チャンスを与えさえすれば、それで全ては上手くいくと思っていた。

 それなのに、デバッグ中のプログラムを客先に渡す? 技術部門に電話一本で打ち合わせもしないで依頼する? 納期の一週間前に技術部門に丸投げ? クライアントからの依頼は三か月も前にあったのに。今まで何をやっていた? 確認した時に大丈夫だと・・・・、何が大丈夫だったんだ。


「マスター、もう一杯」
 店主は、グラスを磨き続けている。
「マスター、もう一杯だけ」

 店主は、新しいグラスに酒を注ぐと静かにおいた。


 人を見る目がないのかな。強い香水をつけて出勤する場違いな女に甘い部長とは違うのに。職場の連中は、同類だと思っているのかな?
 学生の時に、評判の悪い先輩がいた。でも、優しいし話していて楽しいし、周りの評判なんて間違いだと思っていた。先輩の本当の姿を知らないで言っていると思っていた。
 先輩は良く遊びに来てくれた。バイトの給料日前になると食べにくる。そして、学校には家から行っていた。授業の時間が違うから一緒に行く事はなかったけど。
 先輩が他の女と一緒に飲んでいる処を見た事があったけど。でも、給料日前になると食べにきていたし。
 その後、先輩の就職先も聞かされる事なく、いつの間にか、食べにこなくなっていた。
 友達には散々に言われたけど。あの頃から既に駄目だったのかな・・・


「お客さん、タクシー呼びましょうか?」
 深みのある店主の声を、はじめて聞いた。
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