時空モノガタリ

風宮 秤

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1話~19話

4:「電車」 初乗り運賃の旅

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 朝の六時半、自動券売機の百四十円のボタンを押すと切符とおつりの六十円が出て来た。そして、自動改札を抜けると目的の駅の逆方向に行く電車が来るのを待った。

 今日から新中学一年生、何年も待った中学一年生。母さんとの約束だった、『大人になったら』の夢が今日叶うんだ。お弁当は持った。水筒も持った。今日の為に調べておいた電車の時間を書いた紙も持った。

 直ぐに、下り電車がホームに入って来た。開いたドアの向こうに乗客は殆どいない。緊張感が高まる、目的地とは逆方向だからだ。
 意を決して電車に乗り込み、シートに座る。悪い事をしている気分になる。誰かに聞かれたら何て答えたらいいだろう? ドキドキする。
 下り電車は最初の乗換駅を目指して、走り出す。もう後戻りは出来ない。同じ路線を二度乗ってはいけないからだ。

 家から離れるほどに、古びた商店、農家の大きな家が沢山見える様になってきた。田んぼも広がっている。遠くに山も見える、遠くまで見えるのはいい。小学校の四階の窓からは学校を取り囲むマンションしか見えなかったからだ。
 田舎に行くにしたがって、田んぼが広がっている。農家の大きな家がある。社会科で教わった通りだ。

 乗り換えの電車は、見覚えがあるのにどこか違う外観・・・、ドアの数が少ない。色が揃っていないシート。色々な電車の部品を集めて作った様なダサい感じ。田舎まで来た事が実感できる車両。
 ここから単線。走る電車のモーターの音が大きい。ガタンゴトン、線路の繋目の音がテンポ良く響く。
 走るにしたがって、山が迫って来る。線路と道路と川が並んでいる。

 それなのに・・・・

 無人駅の近くに大きな工場がある。近所で見た様な普通の住宅街がある。社会科で教わったのとは違う。牛が見えない、酪農は? 林業は? 山間ではシイタケを作っている筈なのに。先生が言っていた事と違う。
 田舎には沢山の自然があるはずなのに・・・・

 どこまで行っても、どこに行っても・・・・、山間の狭い畑を、鍬と鋤で耕す風景がない。茅葺屋根の農家がない。テレビで聞く様な方言で喋っている乗客がいない。

 こんなにも遠くまで来ているのに。なんでだろう?

 お弁当も食べ終わって、乗っている電車が変わっても、窓から見える風景は一緒。見覚えのあるコンビニ。友達の家と同じデザイン。社会科で人口減少って教わったけど、どこまでも家ばかり、電車の中も立っている乗客もいる。人がいっぱいいるのに、人口減少って本当なんだろうか? 小学校で教わった事と全然違う。

 見た事のない町が広がっていると思っていたのに・・・・


 最後の一時間は、タバコ臭い大人の間で外も見えずにただ電車に揺られながら・・・、やっと隣の駅に到着した。長かった十二時間。色んな電車に乗れた。色々な場所を見た。知らなかった事が分かった以上に知らない事が増えた。


 切符を自動改札に入れると、

 え??

達成感の前にブザーと共にゲートが閉じてしまった。すぐ後ろの大人が舌打ちして隣の自動改札を抜けて行った。どうしよう、心臓がバクバクしている。周りの大人たちの視線が冷たい・・・・。
 何とか、家に帰らないと。夕飯の時間に遅れてしまう。自動改札機では説明のしようがない。
「あの、ゲートが閉じてしまいますが・・・・」
 切符を見せながら駅員に説明をすると、駅員がニヤリと笑う。
「少年、初心者だね。そこのドアから中に入ってくれる」
 駅員室で何があるんだろう。心臓がバクバクする上に、膝がガクガクする。恐る恐る、改札横のドアから中に入る。
「少年、コースを説明できるかな?」
 取り調べ? 気持ちを落ち着けながらリュックから紙を出すと、
「朝、六時半に出発して友部、小山、前橋、高崎、高麗川、八王子、橋本、茅ヶ崎、新橋、上野と回って来ました」
 駅員は頷きながら、路線図を赤く塗りつぶしていった。
「少年よ。安房鴨川は通ってないのか?」
「あ、はい。夕飯までには戻って来る様に母に言われていたので」
「それは、残念だ。俺の時には、房総半島の先端は東京近郊区間に入っていなかったんだよ。両毛線は捨てがたいが、外房線から眺める太平洋も捨てがたい。夏休みはよく考えてコースを決める様に」
 路線図に日付の入った『大回り乗車認定証』のスタンプが押されると、駅員から渡された。
「ありがとうございます」
 駅員に大きく頭を下げ、認定証をリュックの中に大切にしまうと、
「夏休みも挑戦します」
もう一度、駅員に頭を下げると家路についた。
 
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