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1話~19話
19:「約束」 出会い
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「ミヨちゃん、大きくなったら結婚しようね」
レンゲソウで作った花輪を首に掛けてあげた。
「うん、トヨくんのお嫁さんになる。約束だよ」
子供の時の記憶なのか? 夢の記憶なのか? 正直なところ良く分からない。子供の頃から、ふと思い出す記憶だったからだ。でも、心のどこかでホントの記憶だと思っていた。だから、ミヨちゃんと将来結婚する事になると思っていた。
いつだったか旅番組でレンゲ畑が映し出されていた時に母さんに聞いた事があった。
「レンゲソウで花輪とか作ったりするのかな?」
僕の何気ない一言に、随分びっくりしていた。
「駿のこと、レンゲの咲いている所に連れて行った事あったかな? 最近は見なくなったけれど、春になると田んぼはレンゲの赤い花に覆われるんだよ。近所の友だちと一緒に、冠とか首飾りとか作っていたな。懐かしいな。花を摘んでいるとたまにね、ミツバチが飛んできてね、冠の花から蜜を集めたりする事があるんだけど、その時はじっと待ってるの」
嬉しそうに話す母さんの昔話を聞きながら分かったのは、レンゲの咲いている場所に行ったことがない事だった。それは、遠足でもそうだった。
そもそも、僕の名前は、『スグル』であって『トヨヒコ』ではない。
高校受験が終わり夢と現実の区別がつく様になった頃、僕にも彼女が出来た。彼女が同じクラスと言う事もこれから通う高校が同じ事も付き合い始めてから知った。
彼女は、優しかった。身近な物、何にでも興味を示し良く笑っていた。自分の世界に没入して周りが見えないとかではなく、日常の中に幸せを見つけられるタイプ。自然体で背伸びしない、小さな幸せを分かち合いたいと願うタイプだった。
だから、彼女と過ごす時間は心地よかった。キラキラしている彼女を、一歩後ろから付いて行き、
「ねぇ、駿くん」
振り向いた瞬間の笑顔、とても愛おしかった。
公園の隅にレンゲが咲いていた。
「ねぇ、駿くん。知ってる? 三十年前のこの辺は一面レンゲに覆われていて綺麗だったんだよ。花を摘んで輪っかに編み込んでいくの。そうするとね冠や首飾りが出来るんだよ。そしてね、男の子がね頭に載せてくれるの。そしてね、男の子がね・・・。母さんが言ってたんだよ」
顔を赤らめながら嬉しそうに話す彼女の横顔を見ながら、『あ、ミヨちゃんじゃない』心のどこかにそんな気持ちが湧き上がっていた。
それからだった。デートの時に彼女が見せる寂しそうな眼差し。一学期の期末試験が終わる頃には一緒に帰る事もなくなっていた。それが僕の所為だったと分かるには、月日が必要だった。
結局、就活までの人生で分かった事は、僕は夢と現実の区別がつかないままと言う事だった。そして、大学を選ぶ時も就活の時も感情の入り込む余地のない数学的ロジックの分野で探していた。
機械相手の仕事は楽だった。感情的気遣いなど必要なく、十に対して十の反応が返ってくる分かりやすさが自分に合っていると思っていた。このまま、定年まで続くと思っていたけれど、客先との技術打合せに引っ張り出される立場になっていた。
憂鬱でしかなかった。客先のエンジニアとは電話やメール応対でそれなりの面識はあったけれど、浅はかな策を持って行くと立ちどころに潰されてしまう。一目置かれる存在であり恐れられる存在だった。
理に適った策があり常識的には何の問題もなかった。内諾も取っておいた。但し、メールのやり取りだけで終わるのであれば。
打合せには営業も一緒だった。客先も関連部署が集まっていた。順番と雰囲気が変わると何が起こるか分からない化学反応的な展開・・・・。
いよいよ、名刺交換だった。何が起こるか分からない化学反応は自分の中で起こった。
名刺交換の時に、思い出すより先に言葉が出ていた。
「ミヨちゃん・・・だよね?」
客先の企業でやってはいけないミス。仮に旧知の仲であっても許されない行為だった。
彼女の驚いた表情は、無礼に対してではなかった。
「豊彦くん? ホントに豊彦くん」
僕は何度も頷いていた。でも・・・、お互いに名前が違うのはメールでも名刺でも分かっている事だった。
戸惑いを隠せない僕に、
「レンゲの花輪は、未来からの約束よ」
彼女は、ウインクをすると囁いた。
レンゲソウで作った花輪を首に掛けてあげた。
「うん、トヨくんのお嫁さんになる。約束だよ」
子供の時の記憶なのか? 夢の記憶なのか? 正直なところ良く分からない。子供の頃から、ふと思い出す記憶だったからだ。でも、心のどこかでホントの記憶だと思っていた。だから、ミヨちゃんと将来結婚する事になると思っていた。
いつだったか旅番組でレンゲ畑が映し出されていた時に母さんに聞いた事があった。
「レンゲソウで花輪とか作ったりするのかな?」
僕の何気ない一言に、随分びっくりしていた。
「駿のこと、レンゲの咲いている所に連れて行った事あったかな? 最近は見なくなったけれど、春になると田んぼはレンゲの赤い花に覆われるんだよ。近所の友だちと一緒に、冠とか首飾りとか作っていたな。懐かしいな。花を摘んでいるとたまにね、ミツバチが飛んできてね、冠の花から蜜を集めたりする事があるんだけど、その時はじっと待ってるの」
嬉しそうに話す母さんの昔話を聞きながら分かったのは、レンゲの咲いている場所に行ったことがない事だった。それは、遠足でもそうだった。
そもそも、僕の名前は、『スグル』であって『トヨヒコ』ではない。
高校受験が終わり夢と現実の区別がつく様になった頃、僕にも彼女が出来た。彼女が同じクラスと言う事もこれから通う高校が同じ事も付き合い始めてから知った。
彼女は、優しかった。身近な物、何にでも興味を示し良く笑っていた。自分の世界に没入して周りが見えないとかではなく、日常の中に幸せを見つけられるタイプ。自然体で背伸びしない、小さな幸せを分かち合いたいと願うタイプだった。
だから、彼女と過ごす時間は心地よかった。キラキラしている彼女を、一歩後ろから付いて行き、
「ねぇ、駿くん」
振り向いた瞬間の笑顔、とても愛おしかった。
公園の隅にレンゲが咲いていた。
「ねぇ、駿くん。知ってる? 三十年前のこの辺は一面レンゲに覆われていて綺麗だったんだよ。花を摘んで輪っかに編み込んでいくの。そうするとね冠や首飾りが出来るんだよ。そしてね、男の子がね頭に載せてくれるの。そしてね、男の子がね・・・。母さんが言ってたんだよ」
顔を赤らめながら嬉しそうに話す彼女の横顔を見ながら、『あ、ミヨちゃんじゃない』心のどこかにそんな気持ちが湧き上がっていた。
それからだった。デートの時に彼女が見せる寂しそうな眼差し。一学期の期末試験が終わる頃には一緒に帰る事もなくなっていた。それが僕の所為だったと分かるには、月日が必要だった。
結局、就活までの人生で分かった事は、僕は夢と現実の区別がつかないままと言う事だった。そして、大学を選ぶ時も就活の時も感情の入り込む余地のない数学的ロジックの分野で探していた。
機械相手の仕事は楽だった。感情的気遣いなど必要なく、十に対して十の反応が返ってくる分かりやすさが自分に合っていると思っていた。このまま、定年まで続くと思っていたけれど、客先との技術打合せに引っ張り出される立場になっていた。
憂鬱でしかなかった。客先のエンジニアとは電話やメール応対でそれなりの面識はあったけれど、浅はかな策を持って行くと立ちどころに潰されてしまう。一目置かれる存在であり恐れられる存在だった。
理に適った策があり常識的には何の問題もなかった。内諾も取っておいた。但し、メールのやり取りだけで終わるのであれば。
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いよいよ、名刺交換だった。何が起こるか分からない化学反応は自分の中で起こった。
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「豊彦くん? ホントに豊彦くん」
僕は何度も頷いていた。でも・・・、お互いに名前が違うのはメールでも名刺でも分かっている事だった。
戸惑いを隠せない僕に、
「レンゲの花輪は、未来からの約束よ」
彼女は、ウインクをすると囁いた。
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