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40話~59話
57:「庭」 箱庭
しおりを挟むカーテン越しに強い光が入ってくる。車の音も風の音も聞こえない静かな朝だ。着替えると用意してある朝食を食べる。今日のメニューは目玉焼きとトーストとコーヒーだった。まだ温かさが残っているのは嬉しいものだ。
両親はすでに出掛けた後、朝の時間に両親と顔を合わせる事はまずなかった。
―――全実験体に、テストを起動
駅に向かう道・・・・、今日は静かだ。自分と同じ様に駅に向かう学生や社会人がいるはずなのに、今日は休日なのか? そんなはずはない。なにより両親がいないのは平日の証拠だ。と、思っているうちに駅に着いた。改札にもホームにも誰もいなかった。
電光掲示板には『まもなく電車がまいります』と出ている。時計は7時12分を指している。ラッシュ前でも無人と言う事はありえない。
「なんで誰もいないんだ。どうなっているんだ?」
注意深く周りを見る。誰もいない・・・・
「今、この世界には自分しかいないと思っていませんか?」
振り返ると同じ学校の制服を着た女が立っていた。宙を見るような視線の先には、電車の到着を待つ沢山の乗客がいた。
「そんな・・・・、誰もいなかったはずなのに」
ホームドアの左右に秩序正しく微動だにせず並んでいる。
「・・・微動だにしない?」
本を持っていても文字を追わない。スマホを両手で持っているのに指が動いていない。歩いているはずなのに、動いていない。
「あなたにとっては、無関係な他人。そこいるのがマネキンでも人でも関りはないと思いませんか?」
同じ女が、あらぬ方を見ながらひとり言の様に呟いた。
「こんな世界はおかしい・・・・」
―――モニター室にざわめきが起きた。100あるモニターの中で一つだけ違う反応を示していた。他のモニター上ではその場に流されるように、そのまま電車の到着を待っていた。
想定されていた事態とは言え研究員のあいだに動揺が広がっていった。
「モニターG6はシナリオ32で実験続行」
所長が一喝すると、研究員は思い出したように分担している調査を続けた。
本を読みながら電車を待つ女子を指さしながら、
「関係性が遠い相手なら、マネキンと一緒。でも・・・触ってごらん」
言われるままに触ってしまった。
本を持つ手がガタガタと震え、こわばっているのがこちらにも伝わってきた。
「ごめん・・・・、人違いだった」
手をどけた瞬間、彼女は逃げるように人混みに紛れていった。
「もう一度、触ってごらん」
いなくなったはずの女子が本を読みながら電車を待っている。女がこちらの困惑をよそに触るように促してくる。
触った瞬間、振り返りざまに平手打ちをすると、人混みに紛れてしまった。
「関わらなければ、そこにあるのが人でもマネキンでも変わらない」
「まるで、この世界には自分しかいない様な言い方だな」
本を読みながら電車を待つ女子の肩を、力強く引いた。が、そのままバランスを崩し倒れるとルビーを撒き散らしたように粉々になってしまった。
「この世界には何十億の人間がいる。この街にだって地球の裏側だって沢山の人間がいる」
女は窓の外を見ながら、
「人がいると聞いているだけ、地球に裏側があると思っているだけ」
隣りの席には、本を読んでいるクラスメイトもいる。
「教室? 電車を待っていた女子は同じクラス? どう言う事だ」
―――研究員の視線はモニターG6に集まっていた。実験体によって個体差が出るのはありえなかった。予備実験を通じて発現する遺伝子も揃えられてあったからだ。それにも拘わらず個体差が出るのは、実験体の個体差以外に要因があるとしか言えなかった。
女は教卓に座りながら、
「ここは、あなたの世界。この世界は始まってから数時間だけ。でも、あなたには昨日の夕飯の記憶がある。炊き込みご飯と焼き魚」
「なんで知っている?」
「あなたの記憶は作られたものだから」
「この世界はなんなんだ。 なんで自分はここにいる」
「タンパク質でプログラムされた単なる自動人形以外がいる事を証明するためですよ。そうすれば、死後の世界と同様に生前の世界の証明につながるのですよ」
―――研究員は落胆して所長にデータを渡した。そこには行動を司る遺伝子の一部がG6の実験体だけ発現が違っている事を示していた。
「実験中止」
力のない所長の声に、研究員たちは状況を理解した。
「魂の証明なんて無理かもしれない・・・」
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