時空モノガタリ

風宮 秤

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40話~59話

59:「音」 坐禅

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 叉手にして入堂する。坐禅はもう始まっている。坐禅を行おうと思った瞬間から始まっている。しかし、入堂する事で気持ちが改まるものだ。張り詰めた空気、ではないが背筋がシャンとする。
 聖僧に問訊する。そのまま、坐るところに進み、隣位問訊する。その位置で振り返り対坐問訊をする・・・。どの人も背後からの礼なのに何で分かるのだろう? 無心になるための坐禅なのに誰が来るのか興味津々なのか。後ろから切りつけたら白刃止めをしそうな・・・忍者道場だったのか? しかも、礼の動作がピタリと合うのは演出か? 頭の後ろに目がある妖怪なのかと思うほどだ。いや、今の世ならカメラやセンサーの方がリアルかもしれない。
 ダメだ、今日は雑念を払うために来ているのだから、心穏やかにせねば。
 坐蒲に坐る。安愚楽とは違い背筋がのびる。身体が倒れないように足に力が入る。姿勢を正すと目を瞑り呼吸に意識を集中して、ゆっくりと、ゆっくりと呼吸を・・・ゆっくりと整えていく。

 止静鍾が三回鳴った。





 衣擦れの音がする・・・・、あの位置は定年を迎えたであろうおじさんだな。心の乱れがあーやって外に出るんだな。最初に雑念に落ちるとはどういう人生を送ってきたのか? いわゆる、窓際でのほほんと暮らしていて・・・? ちょっと待て、あのぐらいの窓際は閑職だから今で言う追い出し部屋。会社の嫌がらせを生き抜いた強者かもしれない・・・

「イ 痛い」
 聖僧から警策を打たれてしまった。ちょっと待て、雑念に落ちたのは自分が最初じゃないぞ。

 ダメだ、今日は雑念を払うために来ているのだから、心穏やかにせねば。





 蚊? この羽音は蚊に間違いない。無心になっていたのに、この状況で刺されたら坐禅もへったくれもない。そう言えば、網戸がなかった。今どきクーラーがないのも納得がいかないけど、網戸がなかったら蚊の入り放題ではないか。それで病気にでもなったらどうするつもりだ。最近はデング熱の話も聞くんだぞ・・・・。そうか、みんな虫よけスプレーしてから坐禅に来ているのか! 迂闊だった。案内にはそんな事書いてなかったぞ。

「イ 痛い」
 聖僧から警策を打たれてしまった。ちょっと待て、蚊を放置する道場側の管理責任だろ。

 ダメだ、今日は雑念を払うために来ているのだから、心穏やかにせねば。





 耳障りな音が聞こえる。ザー ザー ザー ザー・・・
あ、脈の音か。静かだと脈の音が聞こえるのか。ちゃんとリズミカルに刻んでいるな俺の心臓。文句も言わずに年中無休の二十四時間営業か。コツコツと毎日続けているから生きているんだよな。
 そうだよ、周りに惑わされる事なくコツコツ。心が乱されるのは自分が未熟だから。上手くいかないのは周りの所為ではない。あの時も、確認を怠ったのは自分だった・・・

周りの音が通り抜けていく。

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