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60話~短編
60:「食」 スクロース中毒
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国内某所、国立病院長期療養所と古びた看板に書かれている。その一角にある研究所が新しい勤務場所だ。
事の発端は一通の手紙だった。麻薬中毒のメカニズムについて学会発表をした後だった。日本では関心の低い分野で届くメールは英文ばかりの中に、厚労省の医系技官からのメールだった。国内に蔓延する中毒患者の社会復帰を行いたいと言う内容だった。
腑に落ちない内容だった。社会復帰ならカウンセラーやハローワークではないのか? そもそも国内に蔓延する中毒とは? アルコール中毒は患者数が多いが蔓延していると言えるほど多くはない。ニコチン中毒は蔓延していると言えるが社会復帰となると、ある意味勝ち組と言える存在ですらある。復帰が必要とは言えない。疑問は色々とあったものの、研究に国の補助金が降りるなら会う価値はあった。
訪ねてきた医系技官はスレンダーを通り越して痛々しさを感じる二人だった。研究対象は承諾後でなければ教えられない。の一点張りだった。それでも断片的に分かったのは、アルコール依存症はもとよりギャンブル依存症や常習性性犯罪者ではない事。国内の推定患者数が六百万人、重症化している患者数が二百万人いる事。それにも拘わらず社会的には患者も治療にあたる医師も中毒症状とは知らずに別の病名で治療を行っていると言う事だった。
逆に技官からの質問は、学会発表での一言「依存の無効化を薬物投与で作り出せる」に集中した。ドパミンに因る依存症メカニズムは一面しか捉えていない事。『飽きる』メカニズムを研究する中で依存症のメカニズム解明が行えた事。依存症患者にあると言われていた脳内回路は存在せず、通常分泌されない化学物質によって依存症が引き起こされる事が解明できたと説明した。その上で、その化学物質の分泌を抑制または無効化すれば千年の恋も一夜で覚めると期待できると説明した。
技官は満足したようで待遇面の説明があった。主席研究員として研究に専念できる環境を整えるとの事だった。雑務はスタッフが担ってくれる、必要な装置は稟議なしで手に入る。成果が出た後であれば守秘義務は解除され学会発表も出来る。夢の世界でも見れなかった高待遇の申し出だった。これが悪魔との契約だとしても何の不満もなかった。
「博士に来て頂いて感謝します。荷物は部屋に置いてあります。必要な事はスタッフに申し付けて下さい」
出迎えてくれたのは、医系技官の二人だった。
「約束通り、全容を話して貰えるよね?」
「はい、部屋に行く前に病棟を案内します。引き返すならラストチャンスです」
相手の言葉に応えるように一歩を踏み出した。
古びた外観とは違い、小綺麗なオフィス空間が広がっていた。どの職員もお喋りする事なく黙々と仕事をしている。のに、異様に静かで食べ物の匂いに酸味?
「気づきますよね・・・・。この匂いにも直ぐに慣れますよ。ここの患者は何かに没入していないと崩壊するタイプなんです」
隅の方で、突然号泣する患者が出た。周りの患者が集まると肩を抱きなだめているのが聞こえる。別の患者がケーキを食べさせると気持ちが落ち着いたのがしきりに「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝っている。
技官の一人が小走りに近づくと「誰も怒っていませんよ。さぁ仕事を続けて下さい」と机に向かわせた。
更に奥に進むと、両側に小部屋が並ぶ廊下になっていた。ここも異様な甘酸っぱい匂いが充満していた。
「ここも静かですね。誰かいるんですか?」
ドアの覗き窓が暗くなった。息を殺してこちらを観察する視線を感じる。
「外に出てこれないのです。部屋の中で黙々と何かをしています。ゲームをしている患者もいますが、ドアの内側にしゃがみ外の気配を気にしています。時折自傷行為や延々と毒を呟く患者もいます」
「凶暴化する患者はいないのですか?」
「他人に対して凶暴化する事例は、いまのところありません。
病棟を回った後に研究室に案内された。必要な装置は揃えてあり研究の準備も助手が手配してくれていたがこの部屋も甘酸っぱい匂いが充満していた。
「博士、一息入れて下さい」
と言うと、技官の一人がコーヒーを運んできた。
「博士は、砂糖を何杯いれますか?」
「いや、私はブラックでお願いします」
私は技官も助手も驚く姿を見逃さなかった。その後、技官の二人は砂糖にコーヒーを掛けると美味しそうに食べ始めた。
事の発端は一通の手紙だった。麻薬中毒のメカニズムについて学会発表をした後だった。日本では関心の低い分野で届くメールは英文ばかりの中に、厚労省の医系技官からのメールだった。国内に蔓延する中毒患者の社会復帰を行いたいと言う内容だった。
腑に落ちない内容だった。社会復帰ならカウンセラーやハローワークではないのか? そもそも国内に蔓延する中毒とは? アルコール中毒は患者数が多いが蔓延していると言えるほど多くはない。ニコチン中毒は蔓延していると言えるが社会復帰となると、ある意味勝ち組と言える存在ですらある。復帰が必要とは言えない。疑問は色々とあったものの、研究に国の補助金が降りるなら会う価値はあった。
訪ねてきた医系技官はスレンダーを通り越して痛々しさを感じる二人だった。研究対象は承諾後でなければ教えられない。の一点張りだった。それでも断片的に分かったのは、アルコール依存症はもとよりギャンブル依存症や常習性性犯罪者ではない事。国内の推定患者数が六百万人、重症化している患者数が二百万人いる事。それにも拘わらず社会的には患者も治療にあたる医師も中毒症状とは知らずに別の病名で治療を行っていると言う事だった。
逆に技官からの質問は、学会発表での一言「依存の無効化を薬物投与で作り出せる」に集中した。ドパミンに因る依存症メカニズムは一面しか捉えていない事。『飽きる』メカニズムを研究する中で依存症のメカニズム解明が行えた事。依存症患者にあると言われていた脳内回路は存在せず、通常分泌されない化学物質によって依存症が引き起こされる事が解明できたと説明した。その上で、その化学物質の分泌を抑制または無効化すれば千年の恋も一夜で覚めると期待できると説明した。
技官は満足したようで待遇面の説明があった。主席研究員として研究に専念できる環境を整えるとの事だった。雑務はスタッフが担ってくれる、必要な装置は稟議なしで手に入る。成果が出た後であれば守秘義務は解除され学会発表も出来る。夢の世界でも見れなかった高待遇の申し出だった。これが悪魔との契約だとしても何の不満もなかった。
「博士に来て頂いて感謝します。荷物は部屋に置いてあります。必要な事はスタッフに申し付けて下さい」
出迎えてくれたのは、医系技官の二人だった。
「約束通り、全容を話して貰えるよね?」
「はい、部屋に行く前に病棟を案内します。引き返すならラストチャンスです」
相手の言葉に応えるように一歩を踏み出した。
古びた外観とは違い、小綺麗なオフィス空間が広がっていた。どの職員もお喋りする事なく黙々と仕事をしている。のに、異様に静かで食べ物の匂いに酸味?
「気づきますよね・・・・。この匂いにも直ぐに慣れますよ。ここの患者は何かに没入していないと崩壊するタイプなんです」
隅の方で、突然号泣する患者が出た。周りの患者が集まると肩を抱きなだめているのが聞こえる。別の患者がケーキを食べさせると気持ちが落ち着いたのがしきりに「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝っている。
技官の一人が小走りに近づくと「誰も怒っていませんよ。さぁ仕事を続けて下さい」と机に向かわせた。
更に奥に進むと、両側に小部屋が並ぶ廊下になっていた。ここも異様な甘酸っぱい匂いが充満していた。
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「凶暴化する患者はいないのですか?」
「他人に対して凶暴化する事例は、いまのところありません。
病棟を回った後に研究室に案内された。必要な装置は揃えてあり研究の準備も助手が手配してくれていたがこの部屋も甘酸っぱい匂いが充満していた。
「博士、一息入れて下さい」
と言うと、技官の一人がコーヒーを運んできた。
「博士は、砂糖を何杯いれますか?」
「いや、私はブラックでお願いします」
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