嫁の成果

風宮 秤

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嫁の成果

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 会議どころではない。
 そもそも、土曜日に会議をすると部長からメールが流れてきたのが木曜日。部内の騒めきが全てを物語っていた。いきなり五時からの会議招集があった時は議題とは何の関係もない奥さんへのボヤキだった。ただ、今回の会議の原因は自分らしい。金曜日に部長に嫁の体調を聞かれた。その上で「人混みに出ると風邪を移され易いからな。気を付けた方が良い」と言われた。今日の会議も月曜日も逃げないように釘を刺してきた部長の性格はどこまでも腐っている。同席者も不満と諦めでまるで月曜日の朝礼のような雰囲気だ。何とか早く会議を終わらせて嫁の初陣を見に行きたいものだ。


 それにしても、まったく真理子さんは決めるまではどうしようもなくダメダメになるのに、決めた後の実行力は猪突猛進と言うか迷いがない。売るものが一つもなくてレイアウトも考えていないのに出展応募は終わっているし。
 作る前にデザインを決めなくちゃいけないけど、デッサン帳を広げネットを見ながら何やら描き写していた。細部まで描き込んで注釈も入れているようだった。鉛筆の動きが細かい。てっきり、無限ループで悩みだすかと思っていたら作品のテーマは決まっていたみたいだ。
 安心してカタカタと小説を書いていると、デッサン帳を破る音がした。ご乱心か描き損じかと思っていると、また破る音がする。正直なとこ『え?』と思ったよ。部屋に広がるデザイン画を見ると、彼岸花じゃない、ハリネズミじゃない、紅テングタケじゃない・・・売れ筋は一つもなかった。テスラコイル? 真空管? ニキシー管? 理系女子向けかと訊いたら『マッドサイエンティスト』がコンセプトらしい。
 嬉しそうにデザインを見せられちゃうと何も言えない。自分で欲しい物が売れるとは限らない数多くの屍を見ている側からすれば控えめに言って『大丈夫だろうか?』と思っていた。そしたら、段ボールで買い込んで来た。さすがにそれを見た時には『大丈夫じゃないよね?』と思ったけど言葉を呑み込んだよ。勢いを削いで無限ループになっても困るのでそこは慎重に言葉を掛けた。
『随分大量に買い込んだね? 百均で買ったの?』と控えめに、ホームセンターで高いの買ってないよね? って意味で確認したよ。あのデザインを見せられちゃ控えめに言って売れ残るのは確実だし、一個も売れないで重い荷物を引き摺って帰ってくる姿しか想像できない。
 そう思っていたら斜め上の答えだったよ。『百均はバラ売りだから高いのよ。これは日暮里や浅草界隈の問屋を回って買って来たの』と言われた時には、伊達に家計簿をつけていないなと思ったよ。と言うか問屋街があるなんて聞いた事がなかったし個人客が買えるなんて知らなかったよ。それにしても話をしている間でも手の動きは止まらないで次々と作っている。売れるかどうかは分からないけど、思い出づくりなら安く上げた方が良いよね。
 毎日、コツコツと作ってテスラコイルのストラップやブローチにイヤリングが出来上がってきた。なるほど、同じデザインで全身をコーディネートするのはありだと思うけど、全部売れるか全部売れ残るか? なかなか強気だなと思っていたら、打ち合わせで友人がやってきた。二人の話を聞いていると展示レイアウトの意見が合わないようだ。
 簡単に言うと客の足を止めるにはデコレーションが大事と考える友人と、作品の魅力こそが集客力の全てと考える真理子さん。どちらも尤もな考えだと思ったけど予算の配分の対立でもあったな。友人は売るより思い出作りで派手にしたいのが本音のようだった。真理子さんは作品作りに全額を投入して利益を出す。売れてこその良い思い出だし次に繋げるが本音のようだ。真理子さん、思った以上にガチだった。
 こう言う時に第三者の存在は大事だったよ。片方の意見を取ればもう片方の反発を買うからね、友人の意見を取れば離婚の危機になるし嫁の意見を取れば夫婦としか見られない。だからと言って妥協策で中途半端にすれば両方から嫌われて多分結果も良くない。そこで、自分で言うのもなんだけど、両方が納得する形にすれば良い。友人はデコレーションにお金を使わない事は反対していない。真理子さんは他のブースより目立たせる必要性は分かっている。ならば話は簡単。
『自分がマネキンになれば良いと思うよ』の一言で流れが変わった。控えめに言ってナイス自分。『身に着ける事で作品の魅力を引き出す事が出来るし、会場内を歩き回って宣伝も出来るよ』と言ったら二人揃って『ブース外での宣伝は禁止事項』と言われてしまった。それで二人に言ったよ『値札がなくて、看板持っていなかったら一般客と変わらないでしょ? まぁ出展者カードをぶら提げていれば、暗黙の了解だと思うけど』とね。そしたら尊敬度が高まったね。でも洋服を買わなきゃとか美容室に予約入れなきゃとか始まったのはマズかったな。


 あたりがザワツク・・・。会議が終わったようだ。なんの会議をしていたのか分からないが終わったのは良い事だ。
「やっと、終わったよ」
 部下がため息交じりで呟いた。確かに疲れるものだ、肩を叩いて労ってやった。
「課長、土曜日割引の居酒屋あるけど一緒にどうですか?」
 部下からの誘いを断らないのが上司としての器の見せどころでもある。
「悪いな、嫁とデートだよ。君も早く結婚しな」
 驚きを隠せない部下を尻目にさっさと退散。これで部長に捕まったら元も子もない。

  ~・~・~

 結局、駅での待ち合わせになった。会場に着く頃には閉場の時間になるからだ。友人は意気消沈らしい。たぶん売れなかったのだろう、それも思い出と言う事だ。それより待ち合わせの時間まで一時間ほどある。駅前を散策して時間を潰したいところだけど、成果が気になってそんな気分になれない。
 待ち合わせの約束をする時に聞けばよかったと思ったけど、慰めるなら会ってからの方が良いと思ったら躊躇してしまった。電話での雰囲気は淡々として普段と変わりがないとも思えるし、やり切ったとも思えるし、そこは何とも言い難い。どちらにしても、デザイン画を見てからコツコツ貯めた小遣いを持って来たからね。美味しい料理を食べながらフェスタの話を色々聞いてあげよう。今年がダメでも工夫を凝らせば来年は売れるかもしれない。手先が器用だから人気の紅テングタケを作ればコストの回収ぐらいは出来るんじゃないかな。慰めつつアドバイスをすれば前向きになれるだろう。

 丁度、改札に姿が見える。新婚旅行で使ったキャスター付きを引っ張っている。玄関で持った時には結構重たかったやつだ。迂闊だった会場の出口で待ち合わせをすれば重たい荷物を持ってあげられたのに。
「お待たせー」
 やり切った感が爽やかだ。久しぶりにいい笑顔だ。
「近くに美味しい天ぷら屋がありますよ。食べに行きますか?」
「私がご馳走してあげる」
「え?」
 多少売れて現金が手に入って気持ちが大きくなっているのか? 思い出作りだからそれもありかな。
「では、遠慮なくご馳走になります」
 と、踏み出そうとしたら腕を掴まれた。
「男性なら、バッグを持ってくれても良いんじゃない?」
「おっと失礼、気がつきませんでした」
 渡されたキャリーバーを持つと、
「あ! 軽い」
 思わず口から出た。満面の笑みでのVサイン。
「デザートも頼んじゃおうかな?」
 真理子さんは僕を従えると颯爽と歩きだした。
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