夢魔

風宮 秤

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2:運命の人

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「彼氏でも出来たの?」
 みさきは思わせぶりに考えて見せると、思わせぶりに言った。
「彼氏?・・・、今はいない」
 のぞみにはどこをどう聞いても彼氏が出来ましたアピールにしか聞こえなかった。でも本人が違うと言うならば根掘り葉掘り聞くのは野暮と言うものだった。
「そうなんだ・・・」
「その、推しキャラってところかな?」
 いやいや・・・・、面倒臭い。幸せオーラが凄いから思わず訊いてしまったのが失敗だった。だいたい、推しキャラって何だ? 何かのキャラクターの話に聞こえるけど、韓国ドラマでも見ていたっけ?
「ドラマの推しキャラ?」
 え? って顔しているけど・・・・、思わせぶりだからつい訊いてしまった私はバカ。
「やだ、そんなのに興味ないよ」
 では、推しキャラって何なんだ? アニメもアイドルも韓国ドラマでもない、ハリウッドスターか? いやいや俳優はキャラじゃない。突然BLに目覚めたか? 昨日までは毒を吐く事はあっても、幸せオーラを出すなんて。この変化は何なんだ。
 これ見よがしにみさきが時計を確認する。定時になったら即効で退社するなんて、これからデートなのか? キャラとデートなのか? リア充なのか? 
 なんか、敗北感しかない・・・・。


 小走りに会社を後にすると、ゆっくりと甘えるように歩き始めた。
「のぞみに根掘り葉掘り聞かれちゃった。何で分かったのかな? 私ってそんなに幸せそうに見えるのかな? でも、幸せって分けてあげるのが大事よね。結婚式のブーケと同じようにね」
 隣りで彼が笑っている。
『心配しなくても大丈夫。彼女にも幸せは訪れるよ。だから、僕たちは僕たちの事だけを考えていればいいんだよ』
 彼の腕の温かさが頬に伝わってくる。私たちの足音が揃っている。まるで一人で歩いているかのようにピッタリと重なって聞こえる。些細な事だけど背の高い彼が私を気遣っているのが伝わってくる。
「私たちの事だけ・・・、私たちの幸せだけを考えていれば・・・」
 彼の腕を抱きしめる私の腕。私の腕をそっと包む彼の手のひら。幸せ過ぎて涙が出そう。

 ショーウインドウの服に目が留まる。彼が私に着せたいと思うデザインだった。淡い色の生地に散りばめた鳥の模様。朝顔の花のようなスカート。どれもこれも私が持っていないものばかりだけど・・・、私に似合うなら。
 吸い寄せられるように店に入ると、店員さんに靴までコーディネイトしてもらって買っていた。
 ちょっと順番が違っているかも。でも、運命の人に似合う私になりたい。

   ~・~・~

 今日もみさきの幸せオーラ全開だ。隣りにいるだけで融けてなくなりそう。しかも、服装のセンスが変わっている。みさきが選ばない服ばかり・・・・、彼氏からプレゼントなのか? ケチなみさきが高い服を買う筈はないし・・・・。
「最近、服装のセンスが変わったね?」
 みさきは腕を伸ばし着ている服を確認すると思わせぶりに言った。
「うん、ちょっと恥ずかしい気もするけど、似合っていると言ってもらえるならこう言う服も良いかなって。それだけよ」
 似合っていないとは思わないけど、恋をすると別人になってしまうのか? いや、そんなに素敵な彼氏なのか?
「彼氏からのプレゼントなの?」
 みさきの表情が一瞬変わった。訊いてはいけない事・・・・だったとは、これはヤバイ。
「う・・・・ん。彼が見立ててくれたの」
 貧乏彼氏ではない・・・・、一瞬の真顔が意味するのはそこじゃない。
「そうなんだ・・・、センスの良い彼氏だね。おっと、メールが来たから仕事しなきゃ」


 みさきは、靴を脱ぐと部屋の明りを点けた。
「今日ものぞみに根掘り葉掘り聞かれちゃった。あなたと一緒に過ごす前からこんなにも幸せになれるなんて、まるで夢をみているみたい」
 ご飯の支度をしていても、隣りに感じる彼の温かさ。
「いつ来ても大丈夫なように、食器も歯ブラシも買ってあるんだよ・・・・。いつ出会えるのかな? 早く私を見つけてね」
 一人で食べるご飯、一人で入るお風呂、一人で寝るベッド。でも、眠りに落ちれば彼が私を抱きしめてくれる。
『どうかな? そのデザインは気に入って貰えたかな?』
 くるりと、回ってみせた。そして、ねだるように、
『あなたに選んで貰った服だもの。デートの時に着ていきたいわ』と、言った。
 彼の両手がすーと髪の間に入ると優しく引き寄せられた。くちびるが重なると、心臓の音で周りが分からなくなる。背中に腕を回すと、体温が伝わってくる。
 彼の両手が髪をすり抜け、背中のボタンを一つずつ外している。スカートのファスナーが下がり、ホックが外された。
 私の肩を優しく掴むと、くちびるを離した。
 彼はつま先まで見つめると、
『着飾らないきみが一番きれいだよ』と、囁いた。
 あ・・・、彼がこの服を好きな理由が分かった気がした。そのまま、引き寄せられながらベッドに座ると彼の息で首筋が温かい。
 覆いかぶさった彼の体温を全身で感じながら、彼の右手を制止したい感情と弄ばれたい感情が交錯していた。蠢く右手を感じながら、こんなにリアルだから夢ではない、いずれ起きるリアルなんだと、荒れた呼吸の中で考えていた。
「だめ・・・」
 私の左手は彼の腕を押さえ込んでいた。けれど、彼の指先は緩むのを仕掛けるように動きを止めない。
「だめ・・・」
 するりと入り込んだ指が止まった。
 あ・・・、意識が集中するのを待っていたんだ。
「だめ・・・広げないで」
 押さえ込んでいたはずの左手が、彼の動きに引きずられている。まるで、彼の腕を導くように、留め置くように、彼の腕と一緒になり私を弄んでいる。
 いきなり口を塞がれた。彼が入ってきた。微動だにできないように抑え込まれている。声が出せない。呼吸ができない。
 今までの駆け引きのような動きから、ただただ激しさだけ。彼が突き上げてくる。
 彼の激しい動きで、浅い呼吸にあえぎ声が混ざる。
 激しい動きが突然止まった。
 彼の荒い呼吸が、首元を熱くした。

 ・・・・

 冷たい風が抜けた。暗い部屋で一人寝ていた。誰かの気配なんて何処にもなかった。
「分かっている。そんなの全部分かっている。私には夢の世界がリアルだったの」
 暗い部屋で、嗚咽が止まらない・・・・。

   ~・~・~

 みさきが遅刻? 珍しい。そんな事もあるのか・・・・! まぁ仕方がない、今日は愚痴を聞いて上げようではないか。人生は山あり谷ありだよ。うんうん。
『愚痴聞いて上げるよ』と、メッセージを送っておけば、帰りまでには返事が来るだろう。

 『既読』はつかなかった。
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