夢魔

風宮 秤

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 目覚まし時計が鳴る前に目が覚めた。生まれて初めて夢を見た。デートをしている夢・・・だったと思う。何かもっと見ていたと思うんだけど、それ以上は思い出せなかった。
 その日からだった。時計が鳴る前に目が覚めて見ていた夢を憶えているのは。

 今日も同じ夢を見た。どこの誰だかは分からないけど素敵な彼氏とデートをしている夢だった。話をして楽しいと感じた男子は初めてだった。視点を変えて物を見る彼の話しは、手品を見る様な驚きがあった。彼の会話にワクワクどきどきしながら、過ごす時間があっと言う間だった。
 もう何回も同じ夢を見た。最初から最後まで書き起こして小説に出来てしまうほど、詳細にはっきりと憶えていた。それなのに肝心の彼氏との出会いはなかった。学校でも予備校でも、通学の車内でも、目に映る男子の顔はチェックしたけど未だに出会っていなかった。溜息しかなかった。主人公が私でも見ている私はスクリーンの外。恋愛映画を見ているのと変わりがないからだ。

 ほんとに出会えたらな・・・。

 私の思いに応える様に夢が変わった。夢の中で朝起きると赤インクの万年筆で書いた文面を小さく折りたたみ庭に埋めた。いつも通りの時間に家を出ていつもと同じ電車に乗ると、そこに彼がいた。
 それだけの夢だった。彼との出会いの夢だった。話しはしていない。挨拶もなにもない同じ車両に乗る乗客同士だった。
 学校の帰りに、万年筆と赤インクを買った。バインダー用紙を買った。夢で見た物と同じものを揃えた。あとは、書いている文面だった。
 目覚めては夢で見た文を書き写す。断片的に書き写す。夢の中でも必死に覚えようとしている私がいた。ただ、不完全な文面では効果がないようだった。いつもと同じ時間に出て、いつもと同じ電車に乗っても彼は現れなかった。やはり、文面は大事のようだ。
『hex 今日の夢は、今日の現実。私の夢は、私の現実。夢の神様を讃えよう。夢の世界を現実の世界に転換して貰おう。私の夢は、私の現実。今日の夢は、今日の現実。さぁ、私の今日を書き記そう。いつも通りに家を出ていつもと同じ電車に乗ると彼がいる。hex』
 ついに、夢と同じ文面になった。庭に穴を掘ると小さく畳んだ紙を埋めた。いつも通りに家を出ていつもと同じ電車に乗った。

 ! 彼がいた。

 夢と同じだった・・・、彼に間違いがない。彼は同じ高校だ。もう信じられない。しかもこの距離感、私の部屋にすっぽり収まる。私と彼の間にいる木偶人形をどかせば、二人きりと同じ。ドキドキが止まらない。彼の名前は? クラスは? 部活は? どこに住んでいるの? 知りたい事が沢山。


 毎日欠かさず、夢で見た文面を書くと庭に埋めて駅に急いだ。毎日彼氏に会えた。でも、そこまでだった。進展するきっかけがない。もうちょっと近くに立って電車が揺れた時に彼に掴まってみる?と思っていても、そんな日は訪れなかった。

 もっと、距離を縮めたい。

 私の思いに応えるように、また夢が変わった。赤インクの万年筆で書いた文面を小さく折りたたみ庭に埋めた。いつも通りに家を出ていつもと同じ電車に乗ると、彼がいつもより私の近くにいた。そのまま他の乗客に押されると、彼に密着している。彼の息が前髪に触れる。
 この夢も現実になった。カバン抱えているなんて私のバカ。私と彼の間のカバンが呪わしい。でも、彼の匂いに包まれている私は幸せ。
 でも、まだ彼女になっていない。あともう一息、何かきっかけがあれば・・・・。

 また夢が変わった。彼が楽しそうに話している。相手は誰なんだろう? 彼に隠れて姿が見えない。ちらりと見えたあの制服は私と一緒、同じ高校なんだ。電車が揺れた。彼の腕を掴んでいる、彼も彼女の腕を掴んでいる。
 何で? 辺りは真っ暗だった。私は布団の中にいた。夢を見ていたんだ。彼氏になる人だと思っていたのに彼女がいたなんて・・・・と、そのまま寝落ちした。
 彼氏の部屋? 話声がする。あ、彼の腕を掴んだ女の声だ。私が先にデートしたのに、私より先に彼の部屋に入るなんて・・・・。『電車の中みたいね。あの時も今もドキドキしてる』彼に密着して誘っている。彼もそれに応えるように覆いかぶさっていった。
 彼を拒むようにして、一枚一枚脱がさせていく。
 焦らすように彼の手を抑え。彼に押し負けたように彼の手を逃がし。
 少し抜け出そうとすると、彼がガッチリ押さえ込んでくる。
 女の吐息に、彼がギアアップしている。

 朝になっていた。口惜しさしかなかった。今までの私を全否定された気分だった。赤インクの万年筆を持つと、
『hex 今日の夢は、今日の現実。私の夢は、私の現実。夢の神様を讃えよう。夢の世界を現実の世界に転換して貰おう。私の夢は、私の現実。今日の夢は、今日の現実。さぁ、私の今日を書き記そう。電車の中で彼の腕を掴んだ女。彼に腕を掴んでもらった女。駅の階段で踏み外していなくなってしまえ。hex』
 小さく折りたたむと庭に埋めた。「彼は私のもの」と、呟くと駅に向かった。いつもと同じ電車に乗ると彼がいた。彼と目が合った・・・。
「おはよ」
 え、まさかの彼から声を掛けられた。
「え・・・」
「えって、同じクラスなのに冷たいな」
 困惑している私に彼が説明した。
「いつも女子で固まっているから同じクラスの顔、覚えないんだろ。気がついてなかったの?」
「え、ウソ。前からこの電車に乗っていたの?」
「前は、ギリギリの電車だったよ。勉強は早起きしてやった方が良いって聞いたから試しているんだ」
 電車が揺れた。思わず彼の腕を掴んでいた。
「この辺揺れるからな」と言って私の腕を彼が支えてくれた。彼との心の距離も密着していた。目的駅までのひと時があっと言う間だった。
 電車を降りても隣を歩いてくれる彼。
「ねぇ、帰りも一緒に帰りたいな」
 彼に気を取られて、階段の一段目を踏み外していた。

   ~・~・~

 夢魔は、彼女を見下ろしていた。
「私の夢は、私の現実。って、おまじないをしているのに。自分に嫉妬するなんて・・・」
 夢魔は立ち去りながら、呟いた。
「誤解する様にしたからね。素直な彼女だったかな?」
 くすくす笑いながら、夢魔はいなくなった。
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