心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ブライアン

7 妻の秘密

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 全てが終わり、日常を取り戻しかけていた。子どもたちも落ち着いているとメイドから連絡を受けた。

「お母様の日記をお父様は読んだの?私のことも書いてあった?」

 ある日ケイラに聞かれ、俺はあの日記帳のことを思い出した。あんな汚い字を読む気にもならない。あの時チラリと見ただけで、アニーのあの薄気味悪い目つきを思い出して引き出しの中にしまい込んだままだった。

「あれはアニーの日記帳だ」

「違うわ」

 俺が言い終わる前にケイラが言い返す。俺はため息をついてケイラを見た。

「無作法な真似はやめなさい」

 アリーが亡くなる前、子どもたちのことはアリーとメイドに任せていた。アリーが亡くなって子どもと時間を作るようにしたのだが、しつけはしてこなかったかと呆れることが多々あった。

「だって・・・」

 俺が少し言っただけでケイラは涙ぐみ唇を尖らせる。

「まるで叔母様みたいだ」

    横にいたアダムの言っていることが理解できず、俺は2人に視線を向けた。

「人が話してるのに割り込んではダメ。食べ物を口に入れてるときは話してはダメ。ベッドの中でお菓子を食べたらダメ。ダメダメダメ。お母様はダメなんて言わないのに」

「お母様に怒られるってわかってるのにね。僕たちに注意するなんて生意気なんだよ」

    何を言ってるのかわからなかった。アニーが子どもたちに言ってることは、当たり前のことだ。それをアリーはどうするって?

「お母様に怒られて食事抜きにされてさ、バッカみたいだよな」

「面白かったわよね。もう見れないなんて残念」

    子どもたちの笑い声が下品に響く。貧民街の子どもでももう少し品があるのではないか。そんな思いが浮かんだ。

「お前たち!」

    俺の声を聞いて、2人は黙って俺を見た。

「部屋に行け。いいと言うまで出てくるな」

    驚き抵抗する2人をメイドに言いつけて部屋に連れていかせる。ふと気づくとジョンソンと目が合った。感情を感じさせないはずなのに、何か言いたげな目だった。俺はそれを無視して自室へ向かった。
    





 俺は落ち着かない気持ちのまま、引き出しにしまった日記帳を取り出した。かなりの悪筆の上、誤字が多い。教養のない人間が書くとこうも悲惨なことになるのか。今からでも遅くない。子どもたちの教育を見直さなければ。そんなことを考えながら1ページ目を読んでいく。

【アイツはアタシが着たドレスしか着られないと分かってブライアン様が褒めたドレスを着させてやった。パールがついていたけどちぎって取った。レースもフリルもハサミでちょんぎってやった。それをアイツの足元に投げてやった。アイツは這いつくばってそれを受け取った。「おありがとうございます。お嬢様」って言わなかったから蹴飛ばしてやった。いい気味だ。】

 内容を見て眩暈がした。どういうことだ。これはアニーが書いたものではない。妻のアリーが書いたものなのか。アリーは心優しい女性だった。いつも微笑みを浮かべ、メイドにも優しく振る舞っている。俺はなおも読み進めていった。

【さっさとやれと言ったのにアイツはモタモタしている。ここの家紋は複雑だから時間がかかるとか言って夜寝る気でいるからぶん殴ってやる。ようやくできたものをブライアン様に渡したら喜んでいた。チョロイチョロイ。疲れたと言って寝込んだふりして、お茶会をサボってやった。嫌味なババアしか来ないお茶会なんて意味ねーだろ】

【面倒な本を持って来たせいでタセル語ができることになった。アイツは本当に碌なことしかしない。罰として医者にもらった眠り薬をアイツに飲ませてやった。馬鹿みたいに眠りこけて、また怠け者と呼ばれてた。メイドに注意しながら笑いを誤魔化すのに大変だった。】

【陛下から褒められた。バレたらまずいから少しでもタセル語の勉強をしろってあたしに教えようとするから、メシ抜きの刑にした。4日だっけ?フラフラしてるから、さっさと次の本訳せって言ってやった。恨めしそうな目で見てもあんたの味方は誰もいないんだよ】
 
 刺繍も翻訳もアリーではなくアニーの功績だった。そのうえアリーの醜悪な性格。しかし俺が注目したのは、そこではなかった。

【産まれるまで怖かったけどうまく騙せた。他の男の子とは思いもしないだろうけど。Rとブライアン様の髪と瞳の色が似ててよかった】

【そろそろ2人目をってウッセーんだよ。お前だって1人しか産んでねーだろ。あんなに寝てばかりいる嫁見たことねぇだと?テーブルマナーがとか淑女の嗜みってアホじゃねぇの?それしか言えないアホ一家の子どもなんて無理だろ。】

【Rはやっぱりサイコーだった。男も産めたし、医者に行くって言えば誰も疑わないし。呑気に自分の子どもだって思ってるバカ亭主も笑える】

 何度も出てくるRという文字。御者の名前は確かレイモンドだった。結婚前から彼女の専属の御者だったと聞く。彼だと乗り物酔いをしないというので結婚後も引き続き専属で雇うことにした。しかし本当の目的は違ったのだ。

 彼女はいつも体調がすぐれないと言って寝室は別だった。だがある日、彼女のほうから寝室に訪ねてきた。このままではいけないと思ってと言われた。確かにその通りであったため、当時はあまり深く考えていなかった。しかし今になって思う。彼女はどこか積極的であり、そして全てのことにスムースだった。慣れていたのだと思えば納得できる。






 俺は大きくため息をついた。これからどうしよう。子どもたちのことを考えると吐き気がしてくる。よその男の子である上に躾もできていない動物のような存在。2人とも寄宿舎付きの学校に入れて関わることを拒絶しようか。ピートの言った言葉を思い出した。「他人の子ども」と彼は言った。俺を奇特な人間だとも。彼は養子だからアリーと血縁ではない。だから他人と言ったと思っていたが、知っていたということか。ということは結婚前から御者とアリーは関係があったのか。

 項垂れる俺の元にジョンソンが静かに近づいてきた。

「知っていたのか」

 ジョンソンは静かに瞬きをした。肯定の合図だった。

「アニー様と初めてお会いした時、お身丈に合わないドレスを召されていました。初めて貴族の方へ面会するのに伯爵家のご令嬢がそのようなお召し物を召されるとは考えられません」

 最初から違和感を感じていたということか。それなら何故言ってくれなかったのだろうと俺は憤りを感じた。しかしそれは間違いと思い直す。ジョンソンは忠実なしもべである。主人に意見するような人間ではないことは承知していた。

 それならアニーは。何故アニーは言わなかったのだろう。アリーのことも刺繍のことも翻訳のことも。言ってくれていたら。そう考えて俺は自分がどんな目でアニーを見ていたか思い出した。俺はアニーのあの目が嫌いだった。恨めしそうに俺を見る目。あれはアリーに騙されている俺に対する目だった。そして全てを諦めた目でもあったのだ。

 考えるのは無駄だ。全てはもう終わってしまった。俺はこれからどうしたらいいのだろう。何もわからなかった。
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