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タセル国にて
15 妖精のご褒美
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夕飯の後は、エリオット様とクララ様と3人で話をすることになっている。お茶を飲みながら、今日あった事を話し合うのだ。
「今日は何の本を読んだ?」
エリオット様は私が今日読んだ本について聞いてくださる。私が必ず本を読んでいることを分かっていて聞いてくださるのだ。
「今日は2冊読んだんです」
そう言って私は本の話をする。エリオット様は私の話を熱心に聞いてくださり、くだらないことでも真剣な表情を崩さない。
今日読んだ本は、天気についてというタイトルだった。どんな内容だろうと楽しみに読み出したのだが、結局は天候によって戦い方に注意をしようという内容だった。エリオット様は戦術関係の本しか持っていないのである。
「あぁ、思い出した」
タイトルを聞いてもすぐには思い出せなかったのか、しばらくは記憶を探るように視線が安定しなかったエリオット様だが思い出したのか笑顔になった。
「確か学生時代に読んだんだ。作者は相当の変わり者だったはずだよ」
確かに変わり者だろうなと思う。
「大雨の時は土砂崩れに注意しないと道を見失うとか書かれていました」
「そうだろう、暑い日は水分を取れとか、大雪の時は足元に注意しろとかもあったはず」
「はい、太陽をまともに見るなともありました」
いろいろと注意事項が書かれた後に、戦う時にはこれを心に刻め、で全て締めくくられるのだ。どうしてこんな本があるのかわからない。本ってお金がかかるのではないのだろうか。
「作者は何かで報奨金を貰って、そのお金で本を出したらしい。でも内容がくだらなすぎて、上層部では認められなかったんだ」
「そうなんですか」
確かにタメになる本という感じはしない。せっかくの報奨金を無駄にしてしまったというわけか。
「そんな変な本、ドナに読ませないでください」
それまで静かにお茶を飲まれていたクララ様が怒ったように仰る。
「いや、確かに変な本だけどさ」
慌てたようにエリオット様が両手を振りながら弁解を始めた。
「付き合いもあるから買わないわけにはいかないし」
確かに、ラガン家にタセル語の本があったのは付き合いで買ったからだろう。ブライアン様がタセル国とどういう付き合いがあったかはわからない。ブライアン様がタセル国に行ったという話は聞いたことがないから、会うことはないと思いたい。
「だからといって、実用性に欠ける本ばかり」
「いやしかし・・・」
「本を読んだからって強くなれるってわけでもないでしょ」
「そりゃそうだけど・・・」
エリオット様の弁解ではクララ様を納得させることはできないようだ。エリオット様の額に汗が滲んでいる。
「もう1冊の本なんですが」
エリオット様があまりに気の毒で無理矢理に話を割り込ませることにした。もう1冊の本とは、タセル国の伝説で妖精の話だった。
「懐かしいわ。私も子どもの頃に読んだのよ」
クララ様は目を瞑り思い出しているようだ。エリオット様の唇が助かった、と動くのを私は見逃さず笑ってしまった。
「悪いことをしたら妖精が見てるよってよく言われたわ」
妖精は目には見えないけど人間のすぐそばにいる。悪いことをしたら罰を、良いことをしたらご褒美を与えてくれる。それを貰えるのは死んでからなのだ。
「死んでから貰っても意味ないと思うけどね」
「でも悪いことをする子どもは減ると思うわ」
エリオット様とクララ様が話しているのを聞きながら、私は考えていた。この話はタセル国だけなのだろうか。今までこんな話は聞いたことはなかったけど、私が知らなかっただけかもしれない。私の国にも妖精がいて、ずっと見ていたのかもしれない。
私は一度死んだ。階段から突き落とされて。医者も呼んでもらえずにほっとかれた。記憶は今もある。私はご褒美をもらえたのだ。この幸せは妖精のご褒美なのだろう。
エリオット様とクララ様が今目の前で微笑んでいる。これが現実なのだ。
「明日はイザベラ様が来られるのよ」
「あぁ、例の打ち合わせか」
いつの間にか話題が変わっていた。クララ様が勉強を教えている孤児院では、定期的にバザーが開かれる。貴族や裕福な家から寄付されたものを孤児院で販売するのだ。その収益が孤児院の利益となる。
寄付といっても、使い古したようなものや使えないものは駄目らしい。いかにも寄付のために買ったものも敬遠されてしまうそうで、そうなると何を寄付するか毎回頭を悩ましているそうだ。それで明日はイザベラ様と作戦会議をするらしい。
「前回は何だった?」
「クッキーよ」
好まれるのは手作りの品らしいのだが、考えることは皆同じで前回クッキーは多数の方が寄付されたそうだ。そのため前回クッキーを寄付した人は今回クッキーを寄付することができなくなった。
「どうしたらいいかしら」
「ケーキはどうなんだ?」
クッキーが駄目ならケーキはどうか、とは安直な意見ではないか。エリオット様は何だか得意げな目つきだったけど、クララ様の白い目にシュンとなっていた。お菓子類は却下なのだろう。
結局良い案も出ないまま自室に戻る時間になった。夜更かしは駄目と何度も言われたが、寝るまで少し時間があった。メイドに頼んで布と針と糸を持ってきてもらう。それでハンカチに刺繍をする。家紋のような凝ったものではなく、簡単なもの。久しぶりなので不安もあったが、クララ様のことを考えながら針を刺す。
10枚ほど作ったらやめた。花や鳥などごく簡単なものにしたが、出来上がったものを見たらなんだか嬉しくなってきた。クララ様はこれを見てどう思ってくださるだろう。寝るのがもったいないと思ったけど、今日はもう寝よう。
布団の中に潜り込む。暖かくて柔らかい布団を被り足を伸ばす。目を瞑るとすぐに眠気がやってきた。すぐそばにいるであろう妖精に語りかける。明日も幸せでありますように。
「今日は何の本を読んだ?」
エリオット様は私が今日読んだ本について聞いてくださる。私が必ず本を読んでいることを分かっていて聞いてくださるのだ。
「今日は2冊読んだんです」
そう言って私は本の話をする。エリオット様は私の話を熱心に聞いてくださり、くだらないことでも真剣な表情を崩さない。
今日読んだ本は、天気についてというタイトルだった。どんな内容だろうと楽しみに読み出したのだが、結局は天候によって戦い方に注意をしようという内容だった。エリオット様は戦術関係の本しか持っていないのである。
「あぁ、思い出した」
タイトルを聞いてもすぐには思い出せなかったのか、しばらくは記憶を探るように視線が安定しなかったエリオット様だが思い出したのか笑顔になった。
「確か学生時代に読んだんだ。作者は相当の変わり者だったはずだよ」
確かに変わり者だろうなと思う。
「大雨の時は土砂崩れに注意しないと道を見失うとか書かれていました」
「そうだろう、暑い日は水分を取れとか、大雪の時は足元に注意しろとかもあったはず」
「はい、太陽をまともに見るなともありました」
いろいろと注意事項が書かれた後に、戦う時にはこれを心に刻め、で全て締めくくられるのだ。どうしてこんな本があるのかわからない。本ってお金がかかるのではないのだろうか。
「作者は何かで報奨金を貰って、そのお金で本を出したらしい。でも内容がくだらなすぎて、上層部では認められなかったんだ」
「そうなんですか」
確かにタメになる本という感じはしない。せっかくの報奨金を無駄にしてしまったというわけか。
「そんな変な本、ドナに読ませないでください」
それまで静かにお茶を飲まれていたクララ様が怒ったように仰る。
「いや、確かに変な本だけどさ」
慌てたようにエリオット様が両手を振りながら弁解を始めた。
「付き合いもあるから買わないわけにはいかないし」
確かに、ラガン家にタセル語の本があったのは付き合いで買ったからだろう。ブライアン様がタセル国とどういう付き合いがあったかはわからない。ブライアン様がタセル国に行ったという話は聞いたことがないから、会うことはないと思いたい。
「だからといって、実用性に欠ける本ばかり」
「いやしかし・・・」
「本を読んだからって強くなれるってわけでもないでしょ」
「そりゃそうだけど・・・」
エリオット様の弁解ではクララ様を納得させることはできないようだ。エリオット様の額に汗が滲んでいる。
「もう1冊の本なんですが」
エリオット様があまりに気の毒で無理矢理に話を割り込ませることにした。もう1冊の本とは、タセル国の伝説で妖精の話だった。
「懐かしいわ。私も子どもの頃に読んだのよ」
クララ様は目を瞑り思い出しているようだ。エリオット様の唇が助かった、と動くのを私は見逃さず笑ってしまった。
「悪いことをしたら妖精が見てるよってよく言われたわ」
妖精は目には見えないけど人間のすぐそばにいる。悪いことをしたら罰を、良いことをしたらご褒美を与えてくれる。それを貰えるのは死んでからなのだ。
「死んでから貰っても意味ないと思うけどね」
「でも悪いことをする子どもは減ると思うわ」
エリオット様とクララ様が話しているのを聞きながら、私は考えていた。この話はタセル国だけなのだろうか。今までこんな話は聞いたことはなかったけど、私が知らなかっただけかもしれない。私の国にも妖精がいて、ずっと見ていたのかもしれない。
私は一度死んだ。階段から突き落とされて。医者も呼んでもらえずにほっとかれた。記憶は今もある。私はご褒美をもらえたのだ。この幸せは妖精のご褒美なのだろう。
エリオット様とクララ様が今目の前で微笑んでいる。これが現実なのだ。
「明日はイザベラ様が来られるのよ」
「あぁ、例の打ち合わせか」
いつの間にか話題が変わっていた。クララ様が勉強を教えている孤児院では、定期的にバザーが開かれる。貴族や裕福な家から寄付されたものを孤児院で販売するのだ。その収益が孤児院の利益となる。
寄付といっても、使い古したようなものや使えないものは駄目らしい。いかにも寄付のために買ったものも敬遠されてしまうそうで、そうなると何を寄付するか毎回頭を悩ましているそうだ。それで明日はイザベラ様と作戦会議をするらしい。
「前回は何だった?」
「クッキーよ」
好まれるのは手作りの品らしいのだが、考えることは皆同じで前回クッキーは多数の方が寄付されたそうだ。そのため前回クッキーを寄付した人は今回クッキーを寄付することができなくなった。
「どうしたらいいかしら」
「ケーキはどうなんだ?」
クッキーが駄目ならケーキはどうか、とは安直な意見ではないか。エリオット様は何だか得意げな目つきだったけど、クララ様の白い目にシュンとなっていた。お菓子類は却下なのだろう。
結局良い案も出ないまま自室に戻る時間になった。夜更かしは駄目と何度も言われたが、寝るまで少し時間があった。メイドに頼んで布と針と糸を持ってきてもらう。それでハンカチに刺繍をする。家紋のような凝ったものではなく、簡単なもの。久しぶりなので不安もあったが、クララ様のことを考えながら針を刺す。
10枚ほど作ったらやめた。花や鳥などごく簡単なものにしたが、出来上がったものを見たらなんだか嬉しくなってきた。クララ様はこれを見てどう思ってくださるだろう。寝るのがもったいないと思ったけど、今日はもう寝よう。
布団の中に潜り込む。暖かくて柔らかい布団を被り足を伸ばす。目を瞑るとすぐに眠気がやってきた。すぐそばにいるであろう妖精に語りかける。明日も幸せでありますように。
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