心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ラガン家

22 2度目の婚約の行方

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「ブライアン殿は華奢でございますわねぇ」

 目の前にいる女はそう言いながら肉を口に押し込んだ。口の中に入れた肉の大きさは、通常の令嬢が切り分ける大きさのおよそ4倍はあった。大口を開け肉を咀嚼している。その仕草を見ると、俺は吐き気が込み上げてくる。

 この女と本当に結婚するのか。俺は目の前にいるナタリア嬢を見て、ため息をついた。アリーに比べれば巨漢のナタリア嬢で構わない。と、思ってはみたものの、いざ目の前で見ると圧倒された。

 豊満な胸といえば聞こえがいいが、腕も腹も尻も豊満である。しかもわざわざ膨張するような素材と色合いのドレスを着ている。動くたびにズサッズサッという絹づれがして、やかましい。普通の椅子で大丈夫か心配したが、そこはジョンソンが機転をきかして大きめの椅子を出してきた。さすができる執事であると感心した。

「ほら、もっと召し上がりませ」

 我が家に来て食事をご馳走になっているというのに、女は偉そうだった。確かに身分は上ではあるが、そこは気遣うべきであろうと思う。しかしおそらく女は何も気にしていない。

 俺の目の前の皿の上にはまだ手付かずの肉が乗っている。俺の気持ちに気づいていないのか、女は上機嫌で肉を平らげた。すかさずもう一皿が女の目の前に置かれる。女は当たり前のように肉を切り出した。

「レーノン子爵のところのヘンリー殿はご存知?彼はたくさん食べるから見ていて気持ちいいの」

 たくさん食べるからなんだっていうのだ。子爵との付き合いなどうちにはない。それよりももっとマシな話はないのか。俺は肉を見るのも気持ち悪くなっていたが、女の食欲は止まらない。

「食べなければ精もつきませんわよ」

 そう言いながら、女は唇のそばについていたソースを舐めた。ナフキンで拭くのがマナーだろう。女は意味ありげな目で俺を見ている。品定めをしているのだ。その意味に気が付き、俺は頭に血が上った。侯爵家の家柄の割に商売女のような振る舞い。この結婚はハズレだ。俺は悟った。

「ジョルーシ伯爵はもっと召し上がりましたわ」

 と、またもや違う男の話が出てきた。女はたくさん食べた男の話しかしていない。

「食事が終わったら庭を散策しませんか」

 嫌な女でも相手をしなくてはならない。こんな女と結婚なんて反吐が出るが、それでも相手は侯爵家だ。この結婚がまとまれば我が家も安泰である。結婚さえしてしまえば、女がいくら食べようと関係ない。侯爵家は財産家なのだ。嫁いだとしても女の食費くらいどうにかしてくれるだろう。

「にわ?」

 女は初めて聞く言葉のようにおうむ返しに答えた。

「サンサク?」

 と、首を傾げながら肉を口に入れた。モグモグと口を動かしながら、俺のことを不思議そうに見返してくる。

「何のために?」

 バカなのか、この女は。怒鳴りつけたい気持ちになったが、グッと堪えた。

「もっとゆっくり話をしませんか?」

 話したいことなど何一つなかった。しかしそんなわけにはいかない。侯爵家ではナタリアを持て余している。年頃になっても婚約がまとまらない。この体型を見たら男性は尻込みするであろう。しかも意地汚い。男の前で肉料理を4回もおかわりをしたのだ。

「今日はあいにく予定がありますの」

 しかし女はデザートのケーキを食べ終わると慌ただしく帰っていった。話らしい話は何もできず俺は呆気に取られた。こんな女と結婚するのかと俺はつくづく女運が悪いのだと思い知った。アニーがいればよかったのに。その時ふとそんなことを考えた。アニーは行方がわからないままだった。知りたい気持ちもあったが、ロゼルス家とは縁が切れている。今更聞くわけにもいかない。


 翌日、父が神妙な顔をして話し出した。朝早くに侯爵家から書簡が届いたのだ。

「ナタリア嬢は我が家に嫁げないらしい」
「どういうことですのッ!」

 母が金切り声を上げた。ナタリア嬢との縁談は先方からの申し出だった。本当にロゼルス家と婚約しているのか、していたとしてもこちらがいいようにするからナタリアと結婚してほしい、援助は惜しまない。そう言われていた。

 数年前、どこかで俺のことを見たナタリア嬢が俺と結婚したいと言ったそうだ。それで調べたのだが、あいにく俺はロゼルス家と婚約している。そのことを知ったナタリア嬢は食欲に走るようになった。たたでさえ長身でがっしりした体型だったナタリア嬢はあっという間にふくよかになった。それでなんとかしようと俺との婚約を無理やり進め、昨日ようやく見合いが成立したのだった。
    
 そんな状態で何故結婚できないのか。少しも納得できない。母はどういうことかと父に詰め寄った。父は明らかに落胆した様子で話し出した。

 ナタリア嬢は食欲旺盛になり、体型もあからさまに変化した。こんな体型では結婚も無理であろう。両親はそう思い悩んでいたのだが、実はそういった体型の女性が好みという男性が結構いたのだ。おそらくナタリア嬢が昨日名前を出した男性がそうであろう。彼女はそういった男性の間では人気であり、複数の男性と付き合いをしていた。

「なんてこと!そんなふしだらな人を我が家に嫁がせようとするなんて!」

 母は顔を真っ赤にし、ソファに倒れ込んだ。メイドたちが慌ただしく介抱をする。俺はそんな情景をまるで芝居を見ているような気持ちで眺めていた。

「まがいなりにもブライアンは初恋だから、無理矢理に美談にしようとしたのだろう」

 実らなかった初恋を苦に食欲に走り、太れるだけ太った女が最後は初恋の男と結ばれる。めでたしめでたしってわけか。アホらしい。

「こっちから願い下げだわ」

 そう言って母は大声を出して泣いた。問題はその後だった。

「ナタリア嬢はカトニー様の側妃になられるそうだ」

 父の声は震えていた。母は悲鳴をあげて白目を剥いた。先王陛下の弟君であり、現国王陛下の叔父上に当たるカトニー様は独身である。側妃でなくてもいいはずだが、あえて側妃ということは公務はしないということだ。愛人と呼んでも差し支えないが国費で生活は賄ってもらえる。俺の税金はあの女の食費に消えるのか。

「そういう趣味がおありだったのだろう」
 
 父がぼそっとつぶやいた言葉に俺はゾッとした。昨日の女の俺を見る目を思い出した。はるか昔の、自分から寝室に訪ねてきたアリーが重なった。つくづく俺はついていない。大きなため息をついた後、俺はこれからどうすればいいか考えていた。
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