30 / 75
ロゼルス家
29 新たな野望
しおりを挟む
僕は田舎の男爵家の三男に生まれた。男爵家といっても持っているものは爵位しかなかった。たぶん平民の方が金持ちだっただろう。日々食べるものにも苦労するような暮らし。どうにかしようにも父はお人好しなうえに金儲けを毛嫌いしていた。
爵位とは国のために働くようにと与えられた特権。貴族は国のためにあり私利私欲のために動いてはいけない。父はそう考えていた。そのため困っている平民がいれば父はすぐに手助けしてしまう。それは立派なことだけど、何故見知らぬ子どもに食べ物を与えるのだろうか。その結果自分の子どもが飢えることを何とも思わないのだろうか。貴族だろうが同じ人間だ。食べなければお腹が空く。しかし父は僕たち家族に我慢を強いていた。だから我が家は貧乏なままだった。
そんな毎日に終止符が打たれる日が来た。同じ貴族の派閥だという伯爵家から養子の打診が来たのだ。次兄はすでに近くの商人に弟子入りが決まっており、弟はまだ小さいとのことで僕が養子になることが決まった。これでもうお腹が空いて眠れないなんてこともなくなると僕は安心した。それにもしかしたら、と僕はあることを期待していた。
それは勉強することだ。読み書きと簡単な計算さえできれば他は必要ない。父はそんな考えだった。勉強の機会は自分で作るものであり、親が与えるものではない。頑なに父はそう言っていたが、父自身が学ぶことを放棄したため今の我が家の惨状があるのだ。僕はそう確信していた。
その家には僕とそう年の変わらない姉妹がいた。姉のほうはアリー、妹はアニーといった。似通った名前で時々、どちらを呼んでいるのかわからない時がある。ややこしいなと思っていたが、どうやらそれは最初からそのつもりらしかった。この家もおかしいと僕は思ったが、貴族というのはもしかしたらそんなものかもしれない。他を知らないが、僕は深く考えることをやめた。
日々の食事に困るほどではないが、この家も大きな財産があるわけではなかった。そのためか姉のアリーを財産家に嫁がせることに執念を燃やしている。すでに財産もあり格上の家との婚約が整っているようだった。しかしアリーは性格に難がある。初めて会ったとき僕を見て彼女はこう言った。
「あんたが貧乏男爵の子?うちに来れてラッキーね」
そう言って彼女は僕を蔑んだ目で見た。人を見下すその態度に吐き気が起きそうになった。貴族とはこういうものなのか。化粧で人形みたいな顔をし、無駄に着飾った女。その服にいくらかかったのだろう。その金でどれだけの食べ物が買えるのだろう。彼女が僕を蔑むのであれば、僕も彼女を心の中で蔑んだ。そうするにふさわしい人間だと思ったのだ。
アリーはいつも具合が悪いと言って部屋から出てこなかった。中で何をしているのかわからない。嫁ぐことが決まっているのなら、やることはいくらでもあるのではないか。しかし義父母はそんなアリーに何も言わない。むしろアリーの機嫌を損ねないように最大限気を遣っている。
「それじゃあ、ラガンとの結婚はやめにするわ」
何か気に入らないことがあるとアリーはいつもそう言った。それを聞くと義父母は慌て出す。そしてまるで泣いている赤ん坊をあやすようにあれこれおべっかを言い出すのだ。
最初に見た時は心底驚いた。そもそもアリー本人がラガン家に嫁がなければ自分の暮らしはどうなるか、本人は考えたことがあるのだろうか。ロゼルス家は伯爵家ではあるが、贅沢ができるような家ではない。養子になり色々と学ぶにつれそれが分かってきた。ロゼルス家はラガン家と縁を結ぶことで貴族派閥の中で一定の地位を確保できると考えていた。実際それは真実であろう。そしてそれはアリーでもアニーでも同じで、どちらでもいいはずだった。
しかし、先方のラガン家ではアリーを求めているそうだ。昔からの約束事でラガン家に男、ロゼルス家に娘が生まれたためこの婚約は成立したという。アリーの方が長子である、アリーの方が見栄えがいい、アリーの方が華やかである。色々と理由をつけ、ラガン家はアリーにこだわり続けた。アリーが病弱だと分かっても、婚約はアニーとは結ぼうとしなかったそうだ。
お飾りの嫁なら妹のアニーでもいいのにと僕は思う。一緒に暮らしていたら、アリーはお金をかけて見栄えをよくしているに過ぎないということが分かる。同じことをすれば妹のアニーも器量よしと言われるだろう。僕はそう思ったが、一方で病弱で使えない嫁の方が何かと都合がいいのかもしれないとも思った。自分では何もできない綺麗なだけの女を相手は求めているのだ。そう思って自分を納得させた。
妹のアニーは姉とは違いいつもオドオドした様子だった。着ている服も見窄らしく、表情も暗い。それはアリーがアニーを常に監視して、少しでも気に食わないことがあれば叱責するからだった。きっかけは何でもよく、アリーの気まぐれだ。そうしてアニーに暴言を浴びせ、時には暴力を振るう。使用人も義父母も何もしない。アリーに逆らってはいけないのだ。この家の異常さに僕は落胆していた。
この家だけではない。婚家先になるラガン家は本当に何も知らないのだろうか。もしアリーが嫁げなければアニーを代わりに嫁がせる、義父母はそのつもりでいたからいつでもアニーはアリーのそばにいた。ラガン家との縁は何が何でも結ばなければならないのだ。結婚相手のブライアンが家に来れば、アニーもその場に立ち会うことになっている。アニーを見れば何か気づくことがあると思うのだが、ブライアンは不機嫌そうな目でアニーを見るだけだった。
アニーはどう思っていたのだろう。アニーはいつもアリーが着古した服を着て、暗い表情をしていた。いつもアリーに虐げられ誰にも守ってもらえない。そんな毎日をどんな気持ちで送っていたのだろうか。
僕はこの家の養子だ。いずれは僕がこの家を継ぐことになる。だから、僕がアニーを救おう。アリーがこの家を出れば僕の天下になる。それを実現させるために僕は勉強した。見ていると義父母は何も考えていないようだ。アリーを嫁がせれば安泰だと思い込んでいる。本当にそうだろうか。あのアリーで本当に大丈夫なのだろうか。何か不始末をして相手を怒らせるのではないか。僕は心配していたが、義父母は特に気にしていないようだ。
それならば、と僕は考えていた。アニーのために。この家のために。僕はできること全てをやるつもりでいた。
爵位とは国のために働くようにと与えられた特権。貴族は国のためにあり私利私欲のために動いてはいけない。父はそう考えていた。そのため困っている平民がいれば父はすぐに手助けしてしまう。それは立派なことだけど、何故見知らぬ子どもに食べ物を与えるのだろうか。その結果自分の子どもが飢えることを何とも思わないのだろうか。貴族だろうが同じ人間だ。食べなければお腹が空く。しかし父は僕たち家族に我慢を強いていた。だから我が家は貧乏なままだった。
そんな毎日に終止符が打たれる日が来た。同じ貴族の派閥だという伯爵家から養子の打診が来たのだ。次兄はすでに近くの商人に弟子入りが決まっており、弟はまだ小さいとのことで僕が養子になることが決まった。これでもうお腹が空いて眠れないなんてこともなくなると僕は安心した。それにもしかしたら、と僕はあることを期待していた。
それは勉強することだ。読み書きと簡単な計算さえできれば他は必要ない。父はそんな考えだった。勉強の機会は自分で作るものであり、親が与えるものではない。頑なに父はそう言っていたが、父自身が学ぶことを放棄したため今の我が家の惨状があるのだ。僕はそう確信していた。
その家には僕とそう年の変わらない姉妹がいた。姉のほうはアリー、妹はアニーといった。似通った名前で時々、どちらを呼んでいるのかわからない時がある。ややこしいなと思っていたが、どうやらそれは最初からそのつもりらしかった。この家もおかしいと僕は思ったが、貴族というのはもしかしたらそんなものかもしれない。他を知らないが、僕は深く考えることをやめた。
日々の食事に困るほどではないが、この家も大きな財産があるわけではなかった。そのためか姉のアリーを財産家に嫁がせることに執念を燃やしている。すでに財産もあり格上の家との婚約が整っているようだった。しかしアリーは性格に難がある。初めて会ったとき僕を見て彼女はこう言った。
「あんたが貧乏男爵の子?うちに来れてラッキーね」
そう言って彼女は僕を蔑んだ目で見た。人を見下すその態度に吐き気が起きそうになった。貴族とはこういうものなのか。化粧で人形みたいな顔をし、無駄に着飾った女。その服にいくらかかったのだろう。その金でどれだけの食べ物が買えるのだろう。彼女が僕を蔑むのであれば、僕も彼女を心の中で蔑んだ。そうするにふさわしい人間だと思ったのだ。
アリーはいつも具合が悪いと言って部屋から出てこなかった。中で何をしているのかわからない。嫁ぐことが決まっているのなら、やることはいくらでもあるのではないか。しかし義父母はそんなアリーに何も言わない。むしろアリーの機嫌を損ねないように最大限気を遣っている。
「それじゃあ、ラガンとの結婚はやめにするわ」
何か気に入らないことがあるとアリーはいつもそう言った。それを聞くと義父母は慌て出す。そしてまるで泣いている赤ん坊をあやすようにあれこれおべっかを言い出すのだ。
最初に見た時は心底驚いた。そもそもアリー本人がラガン家に嫁がなければ自分の暮らしはどうなるか、本人は考えたことがあるのだろうか。ロゼルス家は伯爵家ではあるが、贅沢ができるような家ではない。養子になり色々と学ぶにつれそれが分かってきた。ロゼルス家はラガン家と縁を結ぶことで貴族派閥の中で一定の地位を確保できると考えていた。実際それは真実であろう。そしてそれはアリーでもアニーでも同じで、どちらでもいいはずだった。
しかし、先方のラガン家ではアリーを求めているそうだ。昔からの約束事でラガン家に男、ロゼルス家に娘が生まれたためこの婚約は成立したという。アリーの方が長子である、アリーの方が見栄えがいい、アリーの方が華やかである。色々と理由をつけ、ラガン家はアリーにこだわり続けた。アリーが病弱だと分かっても、婚約はアニーとは結ぼうとしなかったそうだ。
お飾りの嫁なら妹のアニーでもいいのにと僕は思う。一緒に暮らしていたら、アリーはお金をかけて見栄えをよくしているに過ぎないということが分かる。同じことをすれば妹のアニーも器量よしと言われるだろう。僕はそう思ったが、一方で病弱で使えない嫁の方が何かと都合がいいのかもしれないとも思った。自分では何もできない綺麗なだけの女を相手は求めているのだ。そう思って自分を納得させた。
妹のアニーは姉とは違いいつもオドオドした様子だった。着ている服も見窄らしく、表情も暗い。それはアリーがアニーを常に監視して、少しでも気に食わないことがあれば叱責するからだった。きっかけは何でもよく、アリーの気まぐれだ。そうしてアニーに暴言を浴びせ、時には暴力を振るう。使用人も義父母も何もしない。アリーに逆らってはいけないのだ。この家の異常さに僕は落胆していた。
この家だけではない。婚家先になるラガン家は本当に何も知らないのだろうか。もしアリーが嫁げなければアニーを代わりに嫁がせる、義父母はそのつもりでいたからいつでもアニーはアリーのそばにいた。ラガン家との縁は何が何でも結ばなければならないのだ。結婚相手のブライアンが家に来れば、アニーもその場に立ち会うことになっている。アニーを見れば何か気づくことがあると思うのだが、ブライアンは不機嫌そうな目でアニーを見るだけだった。
アニーはどう思っていたのだろう。アニーはいつもアリーが着古した服を着て、暗い表情をしていた。いつもアリーに虐げられ誰にも守ってもらえない。そんな毎日をどんな気持ちで送っていたのだろうか。
僕はこの家の養子だ。いずれは僕がこの家を継ぐことになる。だから、僕がアニーを救おう。アリーがこの家を出れば僕の天下になる。それを実現させるために僕は勉強した。見ていると義父母は何も考えていないようだ。アリーを嫁がせれば安泰だと思い込んでいる。本当にそうだろうか。あのアリーで本当に大丈夫なのだろうか。何か不始末をして相手を怒らせるのではないか。僕は心配していたが、義父母は特に気にしていないようだ。
それならば、と僕は考えていた。アニーのために。この家のために。僕はできること全てをやるつもりでいた。
288
あなたにおすすめの小説
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
旦那様には愛人がいますが気にしません。
りつ
恋愛
イレーナの夫には愛人がいた。名はマリアンヌ。子どものように可愛らしい彼女のお腹にはすでに子どもまでいた。けれどイレーナは別に気にしなかった。彼女は子どもが嫌いだったから。
※表紙は「かんたん表紙メーカー」様で作成しました。
婚約解消したら後悔しました
せいめ
恋愛
別に好きな人ができた私は、幼い頃からの婚約者と婚約解消した。
婚約解消したことで、ずっと後悔し続ける令息の話。
ご都合主義です。ゆるい設定です。
誤字脱字お許しください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる