心の中にあなたはいない

ゆーぞー

文字の大きさ
29 / 75
ラガン家

28 告白

しおりを挟む
 父が引退し俺は当主となった。マリーベルは張り切ってお披露目をすると言い出した。お茶会だパーティだと盛り上がっているが、俺は気が進まなかった。

 やろうとしていることは間違ってはいない。通常であれば大々的にパーティを開き、俺がラガン家の当主になったと知らしめるものなのだ。前の時もそうだった。3日間パーティを開き、アニーが作った刺繍入りハンカチを妻のアリーが作ったと参加者全員に配った。
 
 だが、今はそんなことはできない。正直俺はパーティはしなくていいと思っている。する必要もないと思っているくらいだ。しかしマリーベルは違う。ようやく自分の思いどおりのことができるようになったと息巻いている。

「ワインはどれを用意しますか? グラスはこれでいいでしょうか」

 マリーベルから手渡されたリストを俺は一瞥するとめまいが起きそうになった。高いとか希少価値があるなど有名なワインが並んでいるが、味の統一性がない。単に高いワインを並べただけ。品のなさが丸わかりだ。

 母は再三、マリーベルには品がないと言っていた。確かにその通りかと思う。しかしマリーベルは得意満面な表情で俺の反応を待っている。

「どこにこんな金があると思っているんだ」

 俺の言葉を聞いてマリーベルは驚いた顔で俺を見た。

「お披露目ですよ。奮発しなくてどうするのですか」
「予算を考えろ」

 俺はそう言うと背を向けた。マリーベルと向き合う気にはならなかった。

「でも・・・」

 不満げな声が俺の耳に響いてくる。身体中を見えない縄で縛られたみたいに不快な感覚が残った。

「お披露目などしなくてもいい」
「そんな!」

 マリーベルは泣きそうな声を出した。そうやって使用人たちに可哀想な自分をアピールするのだ。当主になって余裕のない夫を支える健気な自分、を演出しているのかもしれない。最近になって、マリーベルはわざと俺を怒らせているような気がする。俺に冷たくされて落ち込んでいると使用人たちは慰める。そうやって家の中に味方を増やし居場所を確保しているように思うのだ。

 それはアリーもやっていた手だった。病弱な自分をアピールし味方になる人間で周囲を囲い、本当の自分を見せないようにする。

 俺は家を出た。向かう場所は図書クラブだ。やらなくてはいけないことは山積みだが、今は息抜きが必要なのだ。

「ブライアンではないですか」

 図書クラブへ向かう途中でピートに会った。

「ちょうどよかった。少し話ができませんか」

 ピートに誘われ、俺たちは店に入った。

「実は結婚が決まったんです」

 席についてすぐにピートが言った。別に何の感想もない。あぁそうかとしか思わなかったが、まさか式に参列しろとでも言うのだろうか。ピートは俺の元の婚約者候補の家の人間だ。すでに縁は切れているのだ。
 
 俺が複雑な表情をしているのがわかったのか、ピートは少し間を置いてから言った。

「相手はアリーです」
「は?」

 アリーは御者と結婚するのではないのか。俺たちがロゼルス家に行った時、アリーは御者といちゃついていた。

「彼女と結婚して家を継ぐのが一番自然と思いまして。アリーはそちらに嫁げなくなりましたから」
 
 アリーは御者と付き合っていた。それは結婚前からずっとで、子どもを2人産んで俺との子どもだと偽っていた。結局は御者と一緒に死ぬことになった。

 御者ではなくピートと結婚?俺は何とも言えず、呆然とピートを見た。彼の表情は変わらないまま、口元が軽く微笑んでいた。

「わかっていますよ。アリーとレイモンド、うちの御者見習いですが2人の関係ですよね。彼はクビにしましたよ」

 ピートはなんでもないようにサラリと話したが、レイモンドがどうなったか知るのが怖かった。雇い主の未婚の令嬢に手を出した使用人は、令嬢にあらぬ噂がつかないように秘密裏に制裁を受けるものなのだ。おそらくはピートも何かをしたはずだ。ただクビにして追い出しただけではないはずだ。しかしピートが何をしたのかは想像できないし、したくない。

 ピートがわざわざ俺に話したのは俺が言うわけがないからだ。それは俺が使用人に婚約者候補を寝取られた哀れな男だからだ。貴族の男であれば誇りを持って相手の男に立ち向かうべきだった。あの時、俺がレイモンドを殺したとしても何の問題もなかったのだ。

 ピートはアリーとレイモンドが一緒にいたから俺が婚約を解消したと思っているのだろう。だが実際は違う。そのことはピートは知らない。

「本当はアニーと結婚するはずだったんですがね」

 アニー、と聞いて俺の胸がトクンと鳴った。

「アリーは家を出るはずでしたから。それにしてもアリーとアニーなんてね」

 ピートはクスクスと笑う。

「アリーが病弱で嫁げなかったことを考えてアニーを産んだんですよ。言い間違えても聞き間違えても構わないように、似たような名前をつけたんです。アリーがいなくなってもアニーが入れ替われるようにって」

 ピートはおかしくてたまらないというふうにゲラゲラと笑い出した。俺からしたら不憫な話でしかないのにどうしてこんなに笑うのだろう。

「ラガン家の方でアリーがいいと言ったんですよね。アリーは病弱で嫁げないかもしれないから、婚約はアニーとして欲しいとこちらがお願いしたら、器量のいいアリーの方がいいって」

 そうではない。アリーがいいと言ったのはロゼルス家と縁を結びたくなかったからだ。病弱なアリーならきっと婚姻の時までもたないだろうから、アニーとは婚約しなかったのだ。器量の良し悪しなど言ったつもりはなかった。

「アリーの器量が良かったのは、アニーに化粧をさせなかったからですよ。洋服もお古を着させて満足に食事も食べさせなかった。アリーがラガン家に嫁がなければロゼルス家は成り立たなかった。アリーは段々と暴君になって、誰の言うことも聞かなくなっていました」

 ピートは笑うことをやめ、そしてゾッとするくらいに冷たい目で俺を見ていた。

「本当ならアリーが消えてアニーが残るはずだったんです。病弱なアリーは大人にはなれなかったでしょう」

 アニーは消えてアリーが残った。アニーはどこに消えたのだろう。どうして消えてしまったのか。本当はどこに消えてしまったのか。

「病弱なアリーは本当は病弱ではなかったんです。全て仮病だったんですよ」

 ピートは吐き捨てるようにそう言うと、顔を歪ませた。

「本当ならアリーはブライアン、あなたが娶るはずだった。僕はアニーと結婚するはずだった」

 血走った彼の両目が俺を見ていた。俺は動けないまま、ただ彼の口が動くのを見ていた。

 


 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

後悔は手遅れになってから

豆狸
恋愛
もう父にもレオナール様にも伝えたいことはありません。なのに胸に広がる後悔と伝えたいという想いはなんなのでしょうか。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

処理中です...