心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ロゼルス家

34 絶望

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 アニーが見つからないまま、いつの間にかアリーはまたレイモンドと出かけるようになった。アリーの嬉々とした様子を使用人たちは複雑な表情で見守る。ついこの前までアニーを探し出せと厳命していたのに、アニーのことを忘れてしまったかのような変わりようだ。そのほうが楽ではあるのだが、どこか釈然としない。

 そのうえレイモンドも以前のような陰鬱とした様子が見られなくなった。吹っ切れた様子で堂々とアリーをエスコートして出かけていく。まさかアリーの夫になるつもりではないかと使用人たちは噂していた。

 そして、ラガン家がやって来た。アリーは朝から念入りに化粧をし、ドレスを選んでいた。最後の足掻きとでもいうのだろうか、着飾ればどうにでもなると思っているようだ。

「やっぱり、これはやめるわ」

 ギリギリになってアリーは突然言い出した。このドレスが気に入らない、別のにすると物色し出した。

「そのドレスでいいじゃないの。とても似合っていたわ」

 義母はアリーの顔色を窺いつつ、焦りながらアリーに言う。今はラガン家に少しでも好印象を持ってもらわないといけない。待たせるなどもってのほかだ。しかしアリーは何一つ聞いておらず、また一からドレスの選定を始めた。

「髪型も変えなくちゃ」

 そう言ってドレッサーの前に座る。

「もう時間がないんだ。先方はお待ちになっている」
「そうよ、お待たせしちゃダメよ」

 義父母が必死になりアリーを急かすが、アリーは涼しい顔でメイドに髪型の相談をしていた。おそらく、アリーなりに婚約解消の撤回をしようとしているのだろう。時間稼ぎをしても無駄なのに、アリーはメイドに指示を出していた。

 僕はそんな様子を他人事のように眺めていた。自分の娘なのに気を遣って制することのできない義父母。状況を何も理解せず、自分のことしか考えないアリー。この家はおかしい。そしてそんなおかしな家の養子となり、に出がれない状況の自分。

「もういい。先に行こう」
「そう致しましょう」

 汗だくになり、義父母はようやくラガン家が待つ応接間へ向かう。最初から二人だけ行けば良かったのだ。アリーも同席させようなどと考えたせいでこんなことになった。婚約解消は免れないだろう。僕はため息をつき、義父母の背中を見送った。

 
「じ、実は、アリーの体調がすぐれず・・・」

 応接間の前に行くと、中から義父の声が聞こえた。アリーはずっと病弱と言ってきたので何とか誤魔化せるだろう。最初からそう言えば良かったのだ。僕は最初そう提案したのだ。アリーを話し合いの場に出せば、きっと何かしでかす。そういう場に慣れていないのだから、体調がすぐれないと言えば済む話だった。しかし、義父母は着飾ったアリーを見れば気が変わると楽天的に考えていた。僕の提案はすぐに却下されてしまった。

「そうですか、アリー嬢は以前から病弱のご様子ですので婚姻は無理でしょう」

 ブライアンの声は怒気を含んでいた。それは仕方がないことだろう。僕は納得しているが、義父母もアリー本人も納得していなかった。体調が良くないと言って何回も色々なことをやらずにきたのだ。アリーは貴族が習得すべきことを何一つ満足に取り組んでこなかった。どうせラガン家に嫁げるのだ、努力しなくてもいい。そんなふうに本人も義父母も思い込んでいた。その報いが今来ているのだ。

 婚約解消は当然のことだ。むしろ今までされなかったことが奇跡だ。ラガン家はかなり譲歩してくれていたのだ。それを誰もわかっていない。

 これでもう終わりだろう。僕はバレないようにこの場から立ち去ろうとした。すると。

「それではアニー嬢に会わせてもらえませんか」

 中から聞こえてきた声に僕は驚いた。今までブライアンがアニーに興味を持つことはなかった。僕が知る限り、ブライアンはアニーを嫌っているように見せた。アニーを見るブライアンの目は険しく、まるで仇を見ているのではと思うくらいだった。それなのに何故アニーのことを聞くのだろうか。僕はもう一度部屋の前に立った。

「アニーに?」
「そうです。妹のアニー嬢にお会いしたいのです。アリー嬢は病弱なご様子ですから、後継は難しいでしょう。元から姉か妹のどちらでもとそちらはおっしゃってたではないですか」

 狼狽する義父母の声と堂々としたブライアンの声が聞こえてきた。アリーではなくアニーの方と婚姻を勧めたが、ラガン家では頑として聞き入れてもらえなかった。そのためアリーは増長し、義父母も扱えなくなってしまったのだ。

 義父母は何と言うだろうか。まさかアニーは行方不明だなどと正直に言うわけはないだろう。しかし義父母がうまく言い訳をいえるとは思えなかった。僕は緊張して、義父母の声を待った。


「アニーは・・・遠方の親族のところに嫁ぎました」
「は?」

 ブライアンの間の抜けた声が聞こえたが、僕も同じような声が出た。なんでそんな調べればわかるようなことを言うのだろうか。やはり義父母は使えない。今更ながら僕は呆れた。 

「縁がなかったということで」

 ラガン家の当主の声が聞こえ、僕はその場からそっと立ち去った。もうどうしようもないだろう。こうなった以上、ラガン家に頼らない方法を考えないといけない。義父母に頼ることができないのだから、僕がどうにかしないといけないのだ。

 出て行こうとするラガン家を必死に追いかける義父母の声。あまりにも情けない姿であるが、それだけ必死なのもわかる。そもそも、アリーにもっと自覚を持たせてきちんと教育していれば良かったのではないか。爺様もいいことをしたと思い込んでこの世を去ったはずだが、この状況を知ったらどう思うだろうか。

 誰もが自分にとって最善と思う行動をしたのかもしれないが、最悪の結果になってしまった。義父母は何とか立て直すために必死になっている。今まで何もしてこなかったのだが、それでも何とかしようとしているのだ。そんな中、呑気な声が聞こえてきた

「私が結婚しちゃってもいいの?お金のために嫁がないといけないなんて最悪でしょ。かわいそうでしょ」

 鼻にかかった甘えたアリーの声。僕は足の力が抜けそうになった。義父母の顔を見ることもできず、この家の将来を憂いたのであった。
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