心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ドナ

40 判明した真実

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「君は、ロゼルス家の娘だったのではないかな」

    私が落ち着いた頃、エリック様が静かにおっしゃった。その言葉に私は驚いたが、その瞬間全て知られているのだと悟った。エリック様はまっすぐ私を見つめている。私は小さく頷いた。

 久しぶりに聞く名前だった。ついさっきまで思い出しもしなかった私の本当の名前。私が生まれ育った家のことや家族の顔が浮かぶ。辛い思い出しかないが、でも夢の中の出来事のような気もする。あれは本当にあったことだったのだろうかと思う反面、ごく些細なことまでも昨日のことのように思い出された。両親からどんなことを言われてきたか、姉からどんなふうに扱われてきたか。忘れていたはずのことが蘇ってきた。

 でもあれは過去のことだ。私は自分に言い聞かせる。今の生活がどれくらい充実してかけがいのない物になっているか、それを思い出す。私はアニーではない。ドナなのだ。

 エリック様は眉間に皺を寄せ、私の様子を伺っているようだった。私はどうなるのだろうか。過去を捨て私はドナとして生まれ変わった。もう元の名前には戻れないと最初にレティシア様に言われた。戻るつもりもないことはレティシア様もわかったいるはずだ。

 見るとレティシア様が目に涙を浮かべていた。ふと、レティシア様は最初から知っていたのだろうかと思った。私の家のことを知っていたのだろうか。もし本当に全てのことを知られてしまっているとしたら、と考えたら怖くなった。私が親から愛されず虐げられていたなんて、本当は知られたくなかった。

「ごめんなさい。でも最初からわかっていたの」

    レティシア様が真っ赤な目で私を見ている。本当に悲しそうで辛そうな声で絞り出すように言われた。そうか、最初からなんだ。でもどうしてレティシア様が泣いているのか、辛そうなのかはわからなかった。

「あの時・・・あなたはきちんとしたドレスを着ていたわね」

 あの時私が着ていた服は姉のお古のドレスだった。姉がわざとボロボロにして私に着るように言ったドレスは上等なもので、どこで作られたかもわかるオーダーメイドの一品ものだったのだ。それですぐに私のことはわかったらしい。

 私の服は全て姉のものだった。私が与えられていたものは、姉のものしかなかった。両親は私のためにくれるものは何もなかった。姉にはいくらでもお金をかけたが、私には名前以外与えてはくれなかった。それすらも姉の名前に似通った名前で、姉がいなくなったとしても問題がないようにするために名付けられた名前だった。全てが姉のお古だった。皮肉なことにそのおかげで、私のことはすぐに判明してしまったのだ。

 あの時、最初にお会いしたあの瞬間。レティシア様は私をどう思っていたのだろうか。行動しなければどんな未来になるか知っていたから、私は必死だった。姉にこき使われて、私という存在を消されて、姉のために生き、そして死ぬ。最後の瞬間のブライアン様の目を今も思い出すことができる。いつも私を見ていたあの目。あの目から逃れるために私は行動した。レティシア様に救いの手を差し伸べ、その手をレティシア様は握り返して下さったのだ。

 今はもうブライアン様に会うことはない。あんな目で私を見る人はいない。私は私のために用意された服を着て、私に優しく微笑みかけ、私の名前を呼んでくれる人たちが私の周囲にいることを知っている。私はもうアニーではない。私の名前はドナだ。

「新しい名前と身分をもらうためには、古い名前と身分を捨てなくてはならない。そのことはあの時も説明したわね」

 レティシア様の声は震えていたけど、それでもしっかりと私の目を見つめながらあの時と同じ説明をされる。古い名前には未練も愛着もないけど、何故捨てるのか、また捨てることは相当であるかを吟味される。あの時の私の決意をレティシア様が理解してくださり、私はドナになれたのだと思っていた。

    しかし本当はそうではなかった。私が知らないうちに私のことを秘密裏に調べられていた。私がどんな生活をしてたか、レティシア様はあの時全て知っていたそうだ。

「平民なら簡単にすんだの。でもあなたは貴族の生まれ。貴族の人間は生まれた時に名前を届け出ている。でも・・・」

 そこでレティシア様の言葉が止まる。心臓がうるさいくらいに鼓動し、周囲の空気が冷たく感じる。次に聞く言葉が怖かった。

「落ち着いて聞いてほしい」

 エリック様は深呼吸をするように大きく息を吸ってから言った。私の心臓が破裂しそうなくらいに音を立てている。悪い予感がした。ゾクゾクとした不快な感覚が身体中を流れていく。

「君の名前の届け出はなかった」

 エリック様が何の感情もない様子で早口にその言葉を言った。聞いた瞬間頭を何かで殴られたような気がした。目の前が真っ暗になり、何も存在しないような気がした。目の前にいるレティシア様やエリック様だけではなく、自分が座っているソファやこの部屋にある家具、それだけではなく家や庭や全てのもの。世界の全てが遠いどこかへ離れてしまった感じがした。

 姉のスペアとしてこの世に誕生した私。でも私は存在していなかった。アニーと名付けられたのではない。アニーと呼ばれていただけだった。姉がいなくなれば、私はアリーとして生きていくことになっていた。ただそれだけの存在。

「落ち着いて、落ち着いて・・・ね・・・」

 私はどうしていたのだろうか。気がつけばレティシア様が何度も言い続けていて、私の頭を撫でていた。信じられないことに私は泣いていた。涙を流していた。何の涙なのだろうか。私は自分に聞いてみた。悲しみ?怒り?そのどれでもなかった。感情もないまま私は泣いていた。わけもわからず、ただ泣いていた。

     
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