心の中にあなたはいない

ゆーぞー

文字の大きさ
51 / 75
ドナ

50 縁談

しおりを挟む
 準備は順調に進んでいる。靴だけではなくドレスやアクセサリー、その他諸々を詰め込んで馬車が2台余計に行くことになった。相当な出費ではないかと思うのだが、誰1人そんなことは気にしていない。

「馬車2台程度で済むなんて、どういうことかしら?」
「誰かケチったの?」

 と、お母様とイザベラ伯母様が怒っている。

「ドナがどうしても荷物は最小限にと言うから」
「だからと言って、まともに聞く人がありますか」

 お父様とお母様の無用な争いを私は慌てて止める。

「すぐに帰りますから」

 そうなのだ。長居はしたくない。私としてはパーティに参加するだけでいいと思っている。いまさら故郷に戻ってしたいことなど何もない。むしろ嫌な思い出があるだけなのでさっさとお暇したいと思っている。

 そういうと、お母様はパアッと明るい顔をする。

「そうよね、すぐ帰ってくるわね」
「はい、私の家ですから」
「そうだ、ここがドナの家なんだから」

 そう言いながら、私のことを優しく抱きしめてくれる両親。そうだ、この2人が私の両親なのだ。以前のことを私は忘れかけていた。本当の両親はこんなふうに私を抱きしめたり、優しい言葉をかけてはくれなかったのだ。

 あれからスティーブ様とヴィンス様にきちんとお会いするタイミングがなかったのだが、お二人ともお花を送ってくれたりちょっとした手紙をくれたりする。

 義理で仕方なくエスコートをする場合は別らしいのだが、そうではない場合はこういったちょっとした気配りをするのが通常らしい。靴をプレゼントするというのもその一例で、もっと親密な関係の場合はアクセサリーやドレスなども送るそうだ。

 とりあえず義理で仕方なくというわけではないようだが、忙しいのに申し訳ないと思う。お二人とも本来の仕事を休んでもらうのだ。溜まった休暇を取れるからちょうどいい、と笑って言ってくれたが、別の用事で休みたいと思っていたかもしれない。それに休むためには他の人にもその調整が必要になってくる。そうすると、それぞれの職場の方へ手土産も必要になるのではないか。

 そんなことを考えて、私はハンカチに刺繍をしてお二人へ渡した。職場の人が何人かわからないので30枚ずつ作成した。直接渡せないので使用人へ届けてもらうようにしたのである。以前はこのくらい特別なことではなかった。それこそ何百枚作ったかわからない。もっと凝った図案の方が多かったので、張り合いがないくらいだ。

 明日、私は帰るのだ。そう思うと気持ちがざわつく。帰りたくないというのが本音だ。しかしエリック様の手前帰らないといけない。それよりも一度は帰らないといけないだろう。帰って全てのことにケリをつけるべきなのだ。

 私はもうアニーではない。姉の代わりに生きることはしなくていいし、冷たい目で見ていたブライアン様とは赤の他人だ。もう恐れるものは何もないのだ。私は今はドナなのだ。

「ドナ、今日はみんなで食事をしましょう」

 お母様に言われて食堂に行くと、マリア様、ライニール様、スティーブ様にヴィンス様、お二人のご両親であるヘクター伯父様やイザベラ伯母様、それにレティシア様やエリック様もいた。何だか物々しい雰囲気の中、食事が始まった。

 食事をしながら、旅の段取りについて話があった。といっても出発時間とか、休憩はどこでとか、どこの宿を取るかなどだ。それほど重大な話でもない。食事が終盤になり、レティシア様が深刻な表情で切り出した。

「ドナ、話があるの」

 私は少し驚いてレティシア様を見た。みんな真剣な表情だ。

「パーティにあなたを招待したのはエリックだけど、あちらの国王陛下があなたに会いたいと望んだからなの」

 私は心臓を鷲掴みにされたような気がした。冷たい血液が私の体をめぐっていくような気がした。

「あの本は本当に素晴らしいもので、翻訳したおかげでどれだけの恩恵があるか想像できないくらいなの。そのことで、国王陛下はあなたに勲章を授与したいと考えているそうなのよ」

 前の時、その名誉は姉と姉の婚家のラガン家に贈られたものだった。ラガン家はどれだけ国内の立場が変わったのだろうか。私はよくわからなかったけど、ブライアン様が姉をベタ褒めしていたことを思い出す。

「それにね・・・」

 少し言いにくそうにレティシア様が言い淀む。どんなふうに言えばいいか探っている様子だった。

「縁談を考えているのだよ」

 レティシア様があまりに躊躇うので、エリック様が代わりに言った。

「縁談?」
「そうだよ、国王陛下は君をタセルにやってしまったことを後悔しているんだ。まさか君がここまで有益な人間だったとは思わなかったからね」

 私が有益?と、首を傾げた。害のある人間だったとは思わなかったが、いなくなって惜しいと思われるとは思わなかった。それより縁談とはどういうことだろう。

「第三王子との縁談を打診してきているんだ」

 前の時、私はあまり国のことに興味がなかった。興味を持つ余裕がなかったというのが正しいだろう。だから第三王子と言われても名前もはっきりしないし、年齢もわからない。そもそも何人王子がいたのかもわかっていなかった。

「それって・・・お断りできないですよね・・・」

 私が言うと、全員がしんみりとした顔をした。つまり、私は国に戻らないといけないということなのか。ここにはもういられない。せっかく掴んだものが砂のようにくずれていく・・・。

「そんな・・・」

 私は力無く呟く。目からは涙が流れ落ちていた。私の啜り泣く声が食堂に響いていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

年に一度の旦那様

五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして… しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

公爵令嬢の辿る道

ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。 家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。 それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。 これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。 ※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。 追記  六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。

後悔は手遅れになってから

豆狸
恋愛
もう父にもレオナール様にも伝えたいことはありません。なのに胸に広がる後悔と伝えたいという想いはなんなのでしょうか。

選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ

暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】 5歳の時、母が亡くなった。 原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。 そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。 これからは姉と呼ぶようにと言われた。 そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。 母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。 私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。 たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。 でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。 でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ…… 今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。 でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。 私は耐えられなかった。 もうすべてに……… 病が治る見込みだってないのに。 なんて滑稽なのだろう。 もういや…… 誰からも愛されないのも 誰からも必要とされないのも 治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。 気付けば私は家の外に出ていた。 元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。 特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。 私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。 これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。 --------------------------------------------- ※架空のお話です。 ※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。 ※現実世界とは異なりますのでご理解ください。

不貞の末路《完結》

アーエル
恋愛
不思議です 公爵家で婚約者がいる男に侍る女たち 公爵家だったら不貞にならないとお思いですか?

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

彼女は彼の運命の人

豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」 「なにをでしょう?」 「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」 「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」 「デホタは優しいな」 「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」 「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」

処理中です...