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ドナ
50 縁談
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準備は順調に進んでいる。靴だけではなくドレスやアクセサリー、その他諸々を詰め込んで馬車が2台余計に行くことになった。相当な出費ではないかと思うのだが、誰1人そんなことは気にしていない。
「馬車2台程度で済むなんて、どういうことかしら?」
「誰かケチったの?」
と、お母様とイザベラ伯母様が怒っている。
「ドナがどうしても荷物は最小限にと言うから」
「だからと言って、まともに聞く人がありますか」
お父様とお母様の無用な争いを私は慌てて止める。
「すぐに帰りますから」
そうなのだ。長居はしたくない。私としてはパーティに参加するだけでいいと思っている。いまさら故郷に戻ってしたいことなど何もない。むしろ嫌な思い出があるだけなのでさっさとお暇したいと思っている。
そういうと、お母様はパアッと明るい顔をする。
「そうよね、すぐ帰ってくるわね」
「はい、私の家ですから」
「そうだ、ここがドナの家なんだから」
そう言いながら、私のことを優しく抱きしめてくれる両親。そうだ、この2人が私の両親なのだ。以前のことを私は忘れかけていた。本当の両親はこんなふうに私を抱きしめたり、優しい言葉をかけてはくれなかったのだ。
あれからスティーブ様とヴィンス様にきちんとお会いするタイミングがなかったのだが、お二人ともお花を送ってくれたりちょっとした手紙をくれたりする。
義理で仕方なくエスコートをする場合は別らしいのだが、そうではない場合はこういったちょっとした気配りをするのが通常らしい。靴をプレゼントするというのもその一例で、もっと親密な関係の場合はアクセサリーやドレスなども送るそうだ。
とりあえず義理で仕方なくというわけではないようだが、忙しいのに申し訳ないと思う。お二人とも本来の仕事を休んでもらうのだ。溜まった休暇を取れるからちょうどいい、と笑って言ってくれたが、別の用事で休みたいと思っていたかもしれない。それに休むためには他の人にもその調整が必要になってくる。そうすると、それぞれの職場の方へ手土産も必要になるのではないか。
そんなことを考えて、私はハンカチに刺繍をしてお二人へ渡した。職場の人が何人かわからないので30枚ずつ作成した。直接渡せないので使用人へ届けてもらうようにしたのである。以前はこのくらい特別なことではなかった。それこそ何百枚作ったかわからない。もっと凝った図案の方が多かったので、張り合いがないくらいだ。
明日、私は帰るのだ。そう思うと気持ちがざわつく。帰りたくないというのが本音だ。しかしエリック様の手前帰らないといけない。それよりも一度は帰らないといけないだろう。帰って全てのことにケリをつけるべきなのだ。
私はもうアニーではない。姉の代わりに生きることはしなくていいし、冷たい目で見ていたブライアン様とは赤の他人だ。もう恐れるものは何もないのだ。私は今はドナなのだ。
「ドナ、今日はみんなで食事をしましょう」
お母様に言われて食堂に行くと、マリア様、ライニール様、スティーブ様にヴィンス様、お二人のご両親であるヘクター伯父様やイザベラ伯母様、それにレティシア様やエリック様もいた。何だか物々しい雰囲気の中、食事が始まった。
食事をしながら、旅の段取りについて話があった。といっても出発時間とか、休憩はどこでとか、どこの宿を取るかなどだ。それほど重大な話でもない。食事が終盤になり、レティシア様が深刻な表情で切り出した。
「ドナ、話があるの」
私は少し驚いてレティシア様を見た。みんな真剣な表情だ。
「パーティにあなたを招待したのはエリックだけど、あちらの国王陛下があなたに会いたいと望んだからなの」
私は心臓を鷲掴みにされたような気がした。冷たい血液が私の体をめぐっていくような気がした。
「あの本は本当に素晴らしいもので、翻訳したおかげでどれだけの恩恵があるか想像できないくらいなの。そのことで、国王陛下はあなたに勲章を授与したいと考えているそうなのよ」
前の時、その名誉は姉と姉の婚家のラガン家に贈られたものだった。ラガン家はどれだけ国内の立場が変わったのだろうか。私はよくわからなかったけど、ブライアン様が姉をベタ褒めしていたことを思い出す。
「それにね・・・」
少し言いにくそうにレティシア様が言い淀む。どんなふうに言えばいいか探っている様子だった。
「縁談を考えているのだよ」
レティシア様があまりに躊躇うので、エリック様が代わりに言った。
「縁談?」
「そうだよ、国王陛下は君をタセルにやってしまったことを後悔しているんだ。まさか君がここまで有益な人間だったとは思わなかったからね」
私が有益?と、首を傾げた。害のある人間だったとは思わなかったが、いなくなって惜しいと思われるとは思わなかった。それより縁談とはどういうことだろう。
「第三王子との縁談を打診してきているんだ」
前の時、私はあまり国のことに興味がなかった。興味を持つ余裕がなかったというのが正しいだろう。だから第三王子と言われても名前もはっきりしないし、年齢もわからない。そもそも何人王子がいたのかもわかっていなかった。
「それって・・・お断りできないですよね・・・」
私が言うと、全員がしんみりとした顔をした。つまり、私は国に戻らないといけないということなのか。ここにはもういられない。せっかく掴んだものが砂のようにくずれていく・・・。
「そんな・・・」
私は力無く呟く。目からは涙が流れ落ちていた。私の啜り泣く声が食堂に響いていた。
「馬車2台程度で済むなんて、どういうことかしら?」
「誰かケチったの?」
と、お母様とイザベラ伯母様が怒っている。
「ドナがどうしても荷物は最小限にと言うから」
「だからと言って、まともに聞く人がありますか」
お父様とお母様の無用な争いを私は慌てて止める。
「すぐに帰りますから」
そうなのだ。長居はしたくない。私としてはパーティに参加するだけでいいと思っている。いまさら故郷に戻ってしたいことなど何もない。むしろ嫌な思い出があるだけなのでさっさとお暇したいと思っている。
そういうと、お母様はパアッと明るい顔をする。
「そうよね、すぐ帰ってくるわね」
「はい、私の家ですから」
「そうだ、ここがドナの家なんだから」
そう言いながら、私のことを優しく抱きしめてくれる両親。そうだ、この2人が私の両親なのだ。以前のことを私は忘れかけていた。本当の両親はこんなふうに私を抱きしめたり、優しい言葉をかけてはくれなかったのだ。
あれからスティーブ様とヴィンス様にきちんとお会いするタイミングがなかったのだが、お二人ともお花を送ってくれたりちょっとした手紙をくれたりする。
義理で仕方なくエスコートをする場合は別らしいのだが、そうではない場合はこういったちょっとした気配りをするのが通常らしい。靴をプレゼントするというのもその一例で、もっと親密な関係の場合はアクセサリーやドレスなども送るそうだ。
とりあえず義理で仕方なくというわけではないようだが、忙しいのに申し訳ないと思う。お二人とも本来の仕事を休んでもらうのだ。溜まった休暇を取れるからちょうどいい、と笑って言ってくれたが、別の用事で休みたいと思っていたかもしれない。それに休むためには他の人にもその調整が必要になってくる。そうすると、それぞれの職場の方へ手土産も必要になるのではないか。
そんなことを考えて、私はハンカチに刺繍をしてお二人へ渡した。職場の人が何人かわからないので30枚ずつ作成した。直接渡せないので使用人へ届けてもらうようにしたのである。以前はこのくらい特別なことではなかった。それこそ何百枚作ったかわからない。もっと凝った図案の方が多かったので、張り合いがないくらいだ。
明日、私は帰るのだ。そう思うと気持ちがざわつく。帰りたくないというのが本音だ。しかしエリック様の手前帰らないといけない。それよりも一度は帰らないといけないだろう。帰って全てのことにケリをつけるべきなのだ。
私はもうアニーではない。姉の代わりに生きることはしなくていいし、冷たい目で見ていたブライアン様とは赤の他人だ。もう恐れるものは何もないのだ。私は今はドナなのだ。
「ドナ、今日はみんなで食事をしましょう」
お母様に言われて食堂に行くと、マリア様、ライニール様、スティーブ様にヴィンス様、お二人のご両親であるヘクター伯父様やイザベラ伯母様、それにレティシア様やエリック様もいた。何だか物々しい雰囲気の中、食事が始まった。
食事をしながら、旅の段取りについて話があった。といっても出発時間とか、休憩はどこでとか、どこの宿を取るかなどだ。それほど重大な話でもない。食事が終盤になり、レティシア様が深刻な表情で切り出した。
「ドナ、話があるの」
私は少し驚いてレティシア様を見た。みんな真剣な表情だ。
「パーティにあなたを招待したのはエリックだけど、あちらの国王陛下があなたに会いたいと望んだからなの」
私は心臓を鷲掴みにされたような気がした。冷たい血液が私の体をめぐっていくような気がした。
「あの本は本当に素晴らしいもので、翻訳したおかげでどれだけの恩恵があるか想像できないくらいなの。そのことで、国王陛下はあなたに勲章を授与したいと考えているそうなのよ」
前の時、その名誉は姉と姉の婚家のラガン家に贈られたものだった。ラガン家はどれだけ国内の立場が変わったのだろうか。私はよくわからなかったけど、ブライアン様が姉をベタ褒めしていたことを思い出す。
「それにね・・・」
少し言いにくそうにレティシア様が言い淀む。どんなふうに言えばいいか探っている様子だった。
「縁談を考えているのだよ」
レティシア様があまりに躊躇うので、エリック様が代わりに言った。
「縁談?」
「そうだよ、国王陛下は君をタセルにやってしまったことを後悔しているんだ。まさか君がここまで有益な人間だったとは思わなかったからね」
私が有益?と、首を傾げた。害のある人間だったとは思わなかったが、いなくなって惜しいと思われるとは思わなかった。それより縁談とはどういうことだろう。
「第三王子との縁談を打診してきているんだ」
前の時、私はあまり国のことに興味がなかった。興味を持つ余裕がなかったというのが正しいだろう。だから第三王子と言われても名前もはっきりしないし、年齢もわからない。そもそも何人王子がいたのかもわかっていなかった。
「それって・・・お断りできないですよね・・・」
私が言うと、全員がしんみりとした顔をした。つまり、私は国に戻らないといけないということなのか。ここにはもういられない。せっかく掴んだものが砂のようにくずれていく・・・。
「そんな・・・」
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