53 / 75
ドナ
52 馬車に乗って
しおりを挟む
タセル国を出国して1日経った。馬車の中は私とスティーブ様、ヴィンス様の3人がいる。正直気まずい。休憩のたびに私の横がスティーブ様になったりヴィンス様になったりする。
「疲れたら眠っていいからね」
と、満面の笑みでスティーブ様に言われるが、そう簡単に眠れるわけでもない。色々な意味で緊張が続いている状態だ。
このままエリック様のお屋敷に行き、その翌日はパーティが開催される予定だ。そこには国王陛下がお忍びで参加されるとのこと。どこかのタイミングで謁見があると言われたが、非公式なので気にしなくていい。と、エリック様から説明されたが、気にしないで済ませられるわけがない。
「気にしなくていいって言うんだから、気にしなくていいんじゃね?」
と、あくびをしながらヴィンス様に言われた。いくらなんでもそんなわけにはいかないだろう。一国の代表と直々に会うのだ。それなりの礼儀とか、挨拶とかしなくちゃいけないだろう。前もってそういうことはお母様や伯母様に教わりはしたけど、やはり緊張する。
「気にするなというのは間違いだと思うけど」
と、スティーブ様が真面目な表情で言う。
「あまりそつなくこなすと、却って気に入られるんじゃない?」
そう断言されてしまうと、そういうものかとも思う。変に気に入られるのも問題だ。婚約は回避できたとしてもタセル国に戻れなくなったら困る。
「ともかくさ」
と、真正面に座っているヴィンス様が伸びをしつつ言った。
「ドナはそのままでいいんだから。失敗したって、兄上が何とかすんだろ」
と、頭を撫でられた。確かに。スティーブ様なら何とか誤魔化してくれるだろう。
「ふふふ、余程のことがない限りは誤魔化せると思うよ」
スティーブ様にそう言われると大丈夫な気がしてきた。
「よろしくお願いします」
私は頭を下げて、お願いする。横にいたスティーブ様が目を大きく見開いた。
「だからさ」
今までと違いトーンが変わる。少し怒ったような、慌てているような、なんだか不思議な感じだ。
「そういうのは、本当に考えて」
何のことかよくわからない。とりあえずヴィンス様を見ると、半笑いでコチラを見ている。
「はぁ~。兄上、ドナは本当にわかっていない」
「全くだ」
「下から見上げてのお願いポーズ」
「禁止させないとダメだな」
2人して、何を言っているのだろうか。小声なのでよく聞き取れなかった。
「わかっていないって。何がですか?国王陛下への挨拶のことでしょうか」
教えてもらった通りのことをやるつもりだが、何か違うのだろうか。間違っているのなら早めに訂正してもらいたい。私が一生懸命に話しかけているのだが、2人はそれを聞いていないようだ。
「これはもう、向こうでは注意しないといけないな」
「余計な問題を起こさないようにしないと」
私の言葉を無視して、2人は何やら作戦会議が始まってしまった。ずっと一緒にいないといけないとか、徹底的にガードして、とか。そんなに私はひどいのだろうか。
しばらくの間2人に相手にされず、仕方なく窓の外を見ていた。遠くに森や山が見える。来た時も逆の景色を見たはずだけど、あまり覚えていない。あの時は必死だったし、外を見る余裕がなかった。もし私を知る人に見つかったら、そんなことを考えて怯えていたのもある。実際、私を知る人などかなり少ないことを理解していなかった。
しばらくの間、私は外の景色を眺めていた。そのうちに同じような景色を見ていただけだったせいか眠くなってきた。目が重くなって開けていられない。
「・・・ドナ、そろそろ目を覚まして」
気がつくと、目に入ったものは誰かの足。え?慌てて起き上がると、目の前にはヴィンス様がいた。見えていたのは座っていたヴィンス様の足だった。
「よく眠っていたのに悪かったね」
機嫌の良いスティーブ様の声が聞こえる。私はいつの間にか眠っていたらしい。スティーブ様の膝枕で。
「も、も、も、申し訳ございません」
私は土下座するくらいの勢いで頭を下げた。いくら何でも寝てしまうなんてありえない。
「せっかく寝顔見れたのに」
ヴィンス様がぶっきらぼうに呟く。寝顔を見られてしまった・・・。かなり恥ずかしい話だ。変な顔になっていなかっただろうか。寝言とか言わなかっただろうか。
「気にしなくていいよ。寝てていいよって言ってたし」
スティーブ様はクスクスと笑っている。顔から火が出るとはこういうことを言うのだと私は思ったが、そんなことがわかっても嬉しくも何ともない。
「僕が隣の時でよかったね。ヴィンスだったら騒がしいから熟睡はできないかもよ」
小声でこっそり私の耳元でスティーブ様が呟く。恥ずかしくなって私は顔を上げることができない。きっと真っ赤になっているのだろう。顔が熱い。
「揶揄うなよ、兄上」
ヴィンス様が小さくため息をついた。スティーブ様はまだ嬉しそうに笑っている。
「行程は予定通り、天気もいいみたいだし、絶好の旅日和だね」
鼻歌でも歌うのかと思うくらいに軽やかにスティーブ様が言う。こんなに機嫌のいいスティーブ様は初めてのような気がする。
「もうじき宿に着くからね」
「ここは景色がいいと有名だからな。宿も楽しみだ」
2人は楽しげに話している。そんなに長い時間寝ていたのだろうか。外を見るとまだ暗くはなっていない。夜になる前に宿に入れるようでよかった。
「疲れてるんだろ、もう少しでちゃんと休めるからな」
ヴィンス様がそう言いながら頭をポンポンと軽く叩いてくる。口調は荒いけど気を遣ってくれているのだ。私はにっこりと微笑み返したのだった。
「疲れたら眠っていいからね」
と、満面の笑みでスティーブ様に言われるが、そう簡単に眠れるわけでもない。色々な意味で緊張が続いている状態だ。
このままエリック様のお屋敷に行き、その翌日はパーティが開催される予定だ。そこには国王陛下がお忍びで参加されるとのこと。どこかのタイミングで謁見があると言われたが、非公式なので気にしなくていい。と、エリック様から説明されたが、気にしないで済ませられるわけがない。
「気にしなくていいって言うんだから、気にしなくていいんじゃね?」
と、あくびをしながらヴィンス様に言われた。いくらなんでもそんなわけにはいかないだろう。一国の代表と直々に会うのだ。それなりの礼儀とか、挨拶とかしなくちゃいけないだろう。前もってそういうことはお母様や伯母様に教わりはしたけど、やはり緊張する。
「気にするなというのは間違いだと思うけど」
と、スティーブ様が真面目な表情で言う。
「あまりそつなくこなすと、却って気に入られるんじゃない?」
そう断言されてしまうと、そういうものかとも思う。変に気に入られるのも問題だ。婚約は回避できたとしてもタセル国に戻れなくなったら困る。
「ともかくさ」
と、真正面に座っているヴィンス様が伸びをしつつ言った。
「ドナはそのままでいいんだから。失敗したって、兄上が何とかすんだろ」
と、頭を撫でられた。確かに。スティーブ様なら何とか誤魔化してくれるだろう。
「ふふふ、余程のことがない限りは誤魔化せると思うよ」
スティーブ様にそう言われると大丈夫な気がしてきた。
「よろしくお願いします」
私は頭を下げて、お願いする。横にいたスティーブ様が目を大きく見開いた。
「だからさ」
今までと違いトーンが変わる。少し怒ったような、慌てているような、なんだか不思議な感じだ。
「そういうのは、本当に考えて」
何のことかよくわからない。とりあえずヴィンス様を見ると、半笑いでコチラを見ている。
「はぁ~。兄上、ドナは本当にわかっていない」
「全くだ」
「下から見上げてのお願いポーズ」
「禁止させないとダメだな」
2人して、何を言っているのだろうか。小声なのでよく聞き取れなかった。
「わかっていないって。何がですか?国王陛下への挨拶のことでしょうか」
教えてもらった通りのことをやるつもりだが、何か違うのだろうか。間違っているのなら早めに訂正してもらいたい。私が一生懸命に話しかけているのだが、2人はそれを聞いていないようだ。
「これはもう、向こうでは注意しないといけないな」
「余計な問題を起こさないようにしないと」
私の言葉を無視して、2人は何やら作戦会議が始まってしまった。ずっと一緒にいないといけないとか、徹底的にガードして、とか。そんなに私はひどいのだろうか。
しばらくの間2人に相手にされず、仕方なく窓の外を見ていた。遠くに森や山が見える。来た時も逆の景色を見たはずだけど、あまり覚えていない。あの時は必死だったし、外を見る余裕がなかった。もし私を知る人に見つかったら、そんなことを考えて怯えていたのもある。実際、私を知る人などかなり少ないことを理解していなかった。
しばらくの間、私は外の景色を眺めていた。そのうちに同じような景色を見ていただけだったせいか眠くなってきた。目が重くなって開けていられない。
「・・・ドナ、そろそろ目を覚まして」
気がつくと、目に入ったものは誰かの足。え?慌てて起き上がると、目の前にはヴィンス様がいた。見えていたのは座っていたヴィンス様の足だった。
「よく眠っていたのに悪かったね」
機嫌の良いスティーブ様の声が聞こえる。私はいつの間にか眠っていたらしい。スティーブ様の膝枕で。
「も、も、も、申し訳ございません」
私は土下座するくらいの勢いで頭を下げた。いくら何でも寝てしまうなんてありえない。
「せっかく寝顔見れたのに」
ヴィンス様がぶっきらぼうに呟く。寝顔を見られてしまった・・・。かなり恥ずかしい話だ。変な顔になっていなかっただろうか。寝言とか言わなかっただろうか。
「気にしなくていいよ。寝てていいよって言ってたし」
スティーブ様はクスクスと笑っている。顔から火が出るとはこういうことを言うのだと私は思ったが、そんなことがわかっても嬉しくも何ともない。
「僕が隣の時でよかったね。ヴィンスだったら騒がしいから熟睡はできないかもよ」
小声でこっそり私の耳元でスティーブ様が呟く。恥ずかしくなって私は顔を上げることができない。きっと真っ赤になっているのだろう。顔が熱い。
「揶揄うなよ、兄上」
ヴィンス様が小さくため息をついた。スティーブ様はまだ嬉しそうに笑っている。
「行程は予定通り、天気もいいみたいだし、絶好の旅日和だね」
鼻歌でも歌うのかと思うくらいに軽やかにスティーブ様が言う。こんなに機嫌のいいスティーブ様は初めてのような気がする。
「もうじき宿に着くからね」
「ここは景色がいいと有名だからな。宿も楽しみだ」
2人は楽しげに話している。そんなに長い時間寝ていたのだろうか。外を見るとまだ暗くはなっていない。夜になる前に宿に入れるようでよかった。
「疲れてるんだろ、もう少しでちゃんと休めるからな」
ヴィンス様がそう言いながら頭をポンポンと軽く叩いてくる。口調は荒いけど気を遣ってくれているのだ。私はにっこりと微笑み返したのだった。
172
あなたにおすすめの小説
年に一度の旦那様
五十嵐
恋愛
愛人が二人もいるノアへ嫁いだレイチェルは、領地の外れにある小さな邸に追いやられるも幸せな毎日を過ごしていた。ところが、それがそろそろ夫であるノアの思惑で潰えようとして…
しかし、ぞんざいな扱いをしてきたノアと夫婦になることを避けたいレイチェルは執事であるロイの力を借りてそれを回避しようと…
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
公爵令嬢の辿る道
ヤマナ
恋愛
公爵令嬢エリーナ・ラナ・ユースクリフは、迎えた5度目の生に絶望した。
家族にも、付き合いのあるお友達にも、慕っていた使用人にも、思い人にも、誰からも愛されなかったエリーナは罪を犯して投獄されて凍死した。
それから生を繰り返して、その度に自業自得で凄惨な末路を迎え続けたエリーナは、やがて自分を取り巻いていたもの全てからの愛を諦めた。
これは、愛されず、しかし愛を求めて果てた少女の、その先の話。
※暇な時にちょこちょこ書いている程度なので、内容はともかく出来についてはご了承ください。
追記
六十五話以降、タイトルの頭に『※』が付いているお話は、流血表現やグロ表現がございますので、閲覧の際はお気を付けください。
選ばれたのは私ではなかった。ただそれだけ
暖夢 由
恋愛
【5月20日 90話完結】
5歳の時、母が亡くなった。
原因も治療法も不明の病と言われ、発症1年という早さで亡くなった。
そしてまだ5歳の私には母が必要ということで通例に習わず、1年の喪に服すことなく新しい母が連れて来られた。彼女の隣には不思議なことに父によく似た女の子が立っていた。私とあまり変わらないくらいの歳の彼女は私の2つ年上だという。
これからは姉と呼ぶようにと言われた。
そして、私が14歳の時、突然謎の病を発症した。
母と同じ原因も治療法も不明の病。母と同じ症状が出始めた時に、この病は遺伝だったのかもしれないと言われた。それは私が社交界デビューするはずの年だった。
私は社交界デビューすることは叶わず、そのまま治療することになった。
たまに調子がいい日もあるが、社交界に出席する予定の日には決まって体調を崩した。医者は緊張して体調を崩してしまうのだろうといった。
でも最近はグレン様が会いに来ると約束してくれた日にも必ず体調を崩すようになってしまった。それでも以前はグレン様が心配して、私の部屋で1時間ほど話をしてくれていたのに、最近はグレン様を姉が玄関で出迎え、2人で私の部屋に来て、挨拶だけして、2人でお茶をするからと消えていくようになった。
でもそれも私の体調のせい。私が体調さえ崩さなければ……
今では月の半分はベットで過ごさなければいけないほどになってしまった。
でもある日婚約者の裏切りに気づいてしまう。
私は耐えられなかった。
もうすべてに………
病が治る見込みだってないのに。
なんて滑稽なのだろう。
もういや……
誰からも愛されないのも
誰からも必要とされないのも
治らない病の為にずっとベッドで寝ていなければいけないのも。
気付けば私は家の外に出ていた。
元々病で外に出る事がない私には専属侍女などついていない。
特に今日は症状が重たく、朝からずっと吐いていた為、父も義母も私が部屋を出るなど夢にも思っていないのだろう。
私は死ぬ場所を探していたのかもしれない。家よりも少しでも幸せを感じて死にたいと。
これから出会う人がこれまでの生活を変えてくれるとも知らずに。
---------------------------------------------
※架空のお話です。
※設定が甘い部分があるかと思います。「仕方ないなぁ」とお赦しくださいませ。
※現実世界とは異なりますのでご理解ください。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
彼女は彼の運命の人
豆狸
恋愛
「デホタに謝ってくれ、エマ」
「なにをでしょう?」
「この数ヶ月、デホタに嫌がらせをしていたことだ」
「謝ってくだされば、アタシは恨んだりしません」
「デホタは優しいな」
「私がデホタ様に嫌がらせをしてたんですって。あなた、知っていた?」
「存じませんでしたが、それは不可能でしょう」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる