心の中にあなたはいない

ゆーぞー

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ドナ

52 馬車に乗って

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 タセル国を出国して1日経った。馬車の中は私とスティーブ様、ヴィンス様の3人がいる。正直気まずい。休憩のたびに私の横がスティーブ様になったりヴィンス様になったりする。

「疲れたら眠っていいからね」

 と、満面の笑みでスティーブ様に言われるが、そう簡単に眠れるわけでもない。色々な意味で緊張が続いている状態だ。

 このままエリック様のお屋敷に行き、その翌日はパーティが開催される予定だ。そこには国王陛下がお忍びで参加されるとのこと。どこかのタイミングで謁見があると言われたが、非公式なので気にしなくていい。と、エリック様から説明されたが、気にしないで済ませられるわけがない。

「気にしなくていいって言うんだから、気にしなくていいんじゃね?」

と、あくびをしながらヴィンス様に言われた。いくらなんでもそんなわけにはいかないだろう。一国の代表と直々に会うのだ。それなりの礼儀とか、挨拶とかしなくちゃいけないだろう。前もってそういうことはお母様や伯母様に教わりはしたけど、やはり緊張する。

「気にするなというのは間違いだと思うけど」

 と、スティーブ様が真面目な表情で言う。

「あまりそつなくこなすと、却って気に入られるんじゃない?」

 そう断言されてしまうと、そういうものかとも思う。変に気に入られるのも問題だ。婚約は回避できたとしてもタセル国に戻れなくなったら困る。

「ともかくさ」

 と、真正面に座っているヴィンス様が伸びをしつつ言った。

「ドナはそのままでいいんだから。失敗したって、兄上が何とかすんだろ」

 と、頭を撫でられた。確かに。スティーブ様なら何とか誤魔化してくれるだろう。

「ふふふ、余程のことがない限りは誤魔化せると思うよ」

 スティーブ様にそう言われると大丈夫な気がしてきた。

「よろしくお願いします」

 私は頭を下げて、お願いする。横にいたスティーブ様が目を大きく見開いた。

「だからさ」

 今までと違いトーンが変わる。少し怒ったような、慌てているような、なんだか不思議な感じだ。

「そういうのは、本当に考えて」

 何のことかよくわからない。とりあえずヴィンス様を見ると、半笑いでコチラを見ている。

「はぁ~。兄上、ドナは本当にわかっていない」
「全くだ」
「下から見上げてのお願いポーズ」
「禁止させないとダメだな」

 2人して、何を言っているのだろうか。小声なのでよく聞き取れなかった。

「わかっていないって。何がですか?国王陛下への挨拶のことでしょうか」

 教えてもらった通りのことをやるつもりだが、何か違うのだろうか。間違っているのなら早めに訂正してもらいたい。私が一生懸命に話しかけているのだが、2人はそれを聞いていないようだ。

「これはもう、向こうでは注意しないといけないな」
「余計な問題を起こさないようにしないと」

 私の言葉を無視して、2人は何やら作戦会議が始まってしまった。ずっと一緒にいないといけないとか、徹底的にガードして、とか。そんなに私はひどいのだろうか。

 しばらくの間2人に相手にされず、仕方なく窓の外を見ていた。遠くに森や山が見える。来た時も逆の景色を見たはずだけど、あまり覚えていない。あの時は必死だったし、外を見る余裕がなかった。もし私を知る人に見つかったら、そんなことを考えて怯えていたのもある。実際、私を知る人などかなり少ないことを理解していなかった。

 しばらくの間、私は外の景色を眺めていた。そのうちに同じような景色を見ていただけだったせいか眠くなってきた。目が重くなって開けていられない。

「・・・ドナ、そろそろ目を覚まして」

 気がつくと、目に入ったものは誰かの足。え?慌てて起き上がると、目の前にはヴィンス様がいた。見えていたのは座っていたヴィンス様の足だった。

「よく眠っていたのに悪かったね」

 機嫌の良いスティーブ様の声が聞こえる。私はいつの間にか眠っていたらしい。スティーブ様の膝枕で。

「も、も、も、申し訳ございません」

 私は土下座するくらいの勢いで頭を下げた。いくら何でも寝てしまうなんてありえない。

「せっかく寝顔見れたのに」

 ヴィンス様がぶっきらぼうに呟く。寝顔を見られてしまった・・・。かなり恥ずかしい話だ。変な顔になっていなかっただろうか。寝言とか言わなかっただろうか。

「気にしなくていいよ。寝てていいよって言ってたし」

 スティーブ様はクスクスと笑っている。顔から火が出るとはこういうことを言うのだと私は思ったが、そんなことがわかっても嬉しくも何ともない。

「僕が隣の時でよかったね。ヴィンスだったら騒がしいから熟睡はできないかもよ」

 小声でこっそり私の耳元でスティーブ様が呟く。恥ずかしくなって私は顔を上げることができない。きっと真っ赤になっているのだろう。顔が熱い。

「揶揄うなよ、兄上」

 ヴィンス様が小さくため息をついた。スティーブ様はまだ嬉しそうに笑っている。

「行程は予定通り、天気もいいみたいだし、絶好の旅日和だね」

 鼻歌でも歌うのかと思うくらいに軽やかにスティーブ様が言う。こんなに機嫌のいいスティーブ様は初めてのような気がする。

「もうじき宿に着くからね」
「ここは景色がいいと有名だからな。宿も楽しみだ」

 2人は楽しげに話している。そんなに長い時間寝ていたのだろうか。外を見るとまだ暗くはなっていない。夜になる前に宿に入れるようでよかった。

「疲れてるんだろ、もう少しでちゃんと休めるからな」

 ヴィンス様がそう言いながら頭をポンポンと軽く叩いてくる。口調は荒いけど気を遣ってくれているのだ。私はにっこりと微笑み返したのだった。
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