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ドナ
61 パーティにて
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煌びやかな照明が室内を照らしている。すでに招待客は集まっていて、パーティの開催を待ちかねている状態だ。大勢の人がそこにいて、騒がしい雰囲気が漂っている。エリック様のお屋敷の大広間でパーティは始まった。
招待客の名簿を見せてもらったが、知っている家名は一つもなかった。派閥というものが確かに存在していることがわかる。エリック様は馬鹿らしいと言ってはいたが、やはり無作為に招待してはいないようだ。
「あちらが派閥にこだわるのでね、招待していないんだ」
エリック様は意味ありげな笑みを浮かべていた。
「何も気にせず、ドナはパーティを楽しみなさい」
「はい」
パーティに参加するのは初めてだ。こんなに綺麗なドレスを着て、高価なアクセサリーを身につけている。ここにいるのはドナ、アニーではない。
華やかな場所に立つのはいつも姉だった。私は人前に出ることも許されていなかった。綺麗なドレスを着ることもなく、自分がしたはずの翻訳も姉がしたことにされた。注目を浴びるのも称賛を受けるのも姉。私ではなかった。
私は目を瞑る。あの時のことを思い出す。それはもう過去のこと。いや、起こることがなかった悪夢。悪夢はあくまでも夢、現実ではない。
私の右側にスティーブ様、左側にはヴィンス様が立つ。2人にエスコートされ、会場に向かうのだ。
「前だけ見て歩けばいい」
スティーブ様に言われ、私は目線を前方に向ける。
「背筋を伸ばせ」
ヴィンス様に言われ、私は姿勢を整える。歓声が聞こえた。
「翻訳したのはこんなに可憐な少女だったのか」
「あの本を俺は何回も読み返したぞ。わかりやすいし、面白かった」
「ダブルエスコートなんて、さすが才女は違うわね」
ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。聞こえないと思っているのだろうけど、案外に響くことがわかった。私も気をつけようと心に刻む。少しゆっくりと歩を進める。お披露目という意味で参加者全員に周知してもらうことが目的らしい。
「うっせーな。黙って見てられねーのかよ」
ヴィンス様が呟く。その声だって誰かに聞こえるかもと思うとドキドキするが、ヴィンス様はお構いなしだ。確かに会場中から無遠慮な視線があり、居心地が悪い。
「静かにしろ。ドナが緊張するだろう」
スティーブ様がヴィンス様を制してくれた。思わずスティーブ様の横顔を見上げてしまう。
「まぁ、見た?隣の男性に目配せしたわ」
「本当。素敵ねぇ」
目配せしたつもりはないのだが、そんな声が聞こえてきた。スティーブ様にも聞こえているはずだが、特に気にした様子はない。こういう場には慣れているのだろう。
「もう少し歩けばいいだけだから」
スティーブ様が教えてくれる。エリック様が少し先で待っている。私たちはそこまで進めばいい。2人のエスコートは完璧だ。私は気を取り直して歩き続ける。
「ありがとうございます」
私は自然に声に出していた。私をドナにしてくれて。ここにこうして立てることに。全てのことに感謝したい気持ちでいっぱいだった。
「何言ってんだ?」
不思議そうな声を出すヴィンス様。
「どういたしまして」
穏やかに答えてくれるスティーブ様。
2人は完璧な人間だ。アニーなら出会うことはなかった。たとえ出会ったとしても、こんなふうになれるはずがなかった。でも今は、2人の隣に立てるような人間なのだ。涙が出そうなくらいに私は嬉しかった。
私たちはゆっくりと進む。そして立ち止まり、目の前に立つエリック様を見る。エリック様は優しく微笑んでいた。振り返ると、たくさんの人がいた。全員が私を見ている。そのことに少し恐怖を感じたがすぐに思い直す。視線は一様に穏やかで優しかったからだ。
「本日はここに集まってくれて感謝する」
エリック様の声が室内に響き渡った。つい先ほどまで喧騒の中にいたのに急に静まり返る。この場に誰もいなくなったのではないかと錯覚してしまうほどだ。
「タセル国より招待した、ドナ・スタンを紹介させていただこう」
私の名前が呼ばれる。私はエリック様の隣で微笑みを浮かべ、そしてお辞儀をした。優雅に見える仕草をマリア様から聞いていて、何度か練習もした。たくさんの人がこちらを見ているので緊張したが、練習通りにこなすことができた。
「まぁ、素敵」
「頭がいいだけではなく、仕草も完璧だわ」
「良い家柄のお嬢様ということがわかりますわね」
今までそんなことは言われたことがなかった。姉からはいつも、何もできないと罵られていた。姉だけではなく両親や使用人にも、役立たずとかグズとか言われていた。お世辞もあるだろうけど、褒められることは貶されるよりも何倍も心に染みるように思った。
「私も素晴らしい女性と思う」
突然エリック様とは違う声が聞こえた。見ると、いつも間にか陛下が立っていた。会場中が驚き、陛下に向かい頭を垂れる。
「この素晴らしい女性が我が国に大いなる知識を与えてくれたことに感謝する」
堂々とした陛下の声。会場中の人が私に称賛の声をあげている。あの時受け取れなかったもの。名誉なんかよりもっと大事なもの。それは私自身だ。アニーはもういない。ドナとして、私はこれから生きていく。幸せを手にしていくのだ。
両親には何も与えてもらえず、姉に全てを奪われ、そして最後は誰にも助けてもらえずに死んだアニー。声を上げることもできず、ただひたすら我慢をするしかなかったバカで可哀想な女はいない。
私はたくさんの歓声を聞きながら、スティーブ様を見た。スティーブ様も私を見て、微笑んでいる。次にヴィンス様を見た。ヴィンス様は目を大きく見開き、口を開けて笑っていた。ともすれば品がないと言われるような笑顔だが、私はこんなふうに笑っているヴィンス様が好きだ。
私は好きな人の側にいる。そう思うと幸せだった。
招待客の名簿を見せてもらったが、知っている家名は一つもなかった。派閥というものが確かに存在していることがわかる。エリック様は馬鹿らしいと言ってはいたが、やはり無作為に招待してはいないようだ。
「あちらが派閥にこだわるのでね、招待していないんだ」
エリック様は意味ありげな笑みを浮かべていた。
「何も気にせず、ドナはパーティを楽しみなさい」
「はい」
パーティに参加するのは初めてだ。こんなに綺麗なドレスを着て、高価なアクセサリーを身につけている。ここにいるのはドナ、アニーではない。
華やかな場所に立つのはいつも姉だった。私は人前に出ることも許されていなかった。綺麗なドレスを着ることもなく、自分がしたはずの翻訳も姉がしたことにされた。注目を浴びるのも称賛を受けるのも姉。私ではなかった。
私は目を瞑る。あの時のことを思い出す。それはもう過去のこと。いや、起こることがなかった悪夢。悪夢はあくまでも夢、現実ではない。
私の右側にスティーブ様、左側にはヴィンス様が立つ。2人にエスコートされ、会場に向かうのだ。
「前だけ見て歩けばいい」
スティーブ様に言われ、私は目線を前方に向ける。
「背筋を伸ばせ」
ヴィンス様に言われ、私は姿勢を整える。歓声が聞こえた。
「翻訳したのはこんなに可憐な少女だったのか」
「あの本を俺は何回も読み返したぞ。わかりやすいし、面白かった」
「ダブルエスコートなんて、さすが才女は違うわね」
ヒソヒソと話す声が聞こえてくる。聞こえないと思っているのだろうけど、案外に響くことがわかった。私も気をつけようと心に刻む。少しゆっくりと歩を進める。お披露目という意味で参加者全員に周知してもらうことが目的らしい。
「うっせーな。黙って見てられねーのかよ」
ヴィンス様が呟く。その声だって誰かに聞こえるかもと思うとドキドキするが、ヴィンス様はお構いなしだ。確かに会場中から無遠慮な視線があり、居心地が悪い。
「静かにしろ。ドナが緊張するだろう」
スティーブ様がヴィンス様を制してくれた。思わずスティーブ様の横顔を見上げてしまう。
「まぁ、見た?隣の男性に目配せしたわ」
「本当。素敵ねぇ」
目配せしたつもりはないのだが、そんな声が聞こえてきた。スティーブ様にも聞こえているはずだが、特に気にした様子はない。こういう場には慣れているのだろう。
「もう少し歩けばいいだけだから」
スティーブ様が教えてくれる。エリック様が少し先で待っている。私たちはそこまで進めばいい。2人のエスコートは完璧だ。私は気を取り直して歩き続ける。
「ありがとうございます」
私は自然に声に出していた。私をドナにしてくれて。ここにこうして立てることに。全てのことに感謝したい気持ちでいっぱいだった。
「何言ってんだ?」
不思議そうな声を出すヴィンス様。
「どういたしまして」
穏やかに答えてくれるスティーブ様。
2人は完璧な人間だ。アニーなら出会うことはなかった。たとえ出会ったとしても、こんなふうになれるはずがなかった。でも今は、2人の隣に立てるような人間なのだ。涙が出そうなくらいに私は嬉しかった。
私たちはゆっくりと進む。そして立ち止まり、目の前に立つエリック様を見る。エリック様は優しく微笑んでいた。振り返ると、たくさんの人がいた。全員が私を見ている。そのことに少し恐怖を感じたがすぐに思い直す。視線は一様に穏やかで優しかったからだ。
「本日はここに集まってくれて感謝する」
エリック様の声が室内に響き渡った。つい先ほどまで喧騒の中にいたのに急に静まり返る。この場に誰もいなくなったのではないかと錯覚してしまうほどだ。
「タセル国より招待した、ドナ・スタンを紹介させていただこう」
私の名前が呼ばれる。私はエリック様の隣で微笑みを浮かべ、そしてお辞儀をした。優雅に見える仕草をマリア様から聞いていて、何度か練習もした。たくさんの人がこちらを見ているので緊張したが、練習通りにこなすことができた。
「まぁ、素敵」
「頭がいいだけではなく、仕草も完璧だわ」
「良い家柄のお嬢様ということがわかりますわね」
今までそんなことは言われたことがなかった。姉からはいつも、何もできないと罵られていた。姉だけではなく両親や使用人にも、役立たずとかグズとか言われていた。お世辞もあるだろうけど、褒められることは貶されるよりも何倍も心に染みるように思った。
「私も素晴らしい女性と思う」
突然エリック様とは違う声が聞こえた。見ると、いつも間にか陛下が立っていた。会場中が驚き、陛下に向かい頭を垂れる。
「この素晴らしい女性が我が国に大いなる知識を与えてくれたことに感謝する」
堂々とした陛下の声。会場中の人が私に称賛の声をあげている。あの時受け取れなかったもの。名誉なんかよりもっと大事なもの。それは私自身だ。アニーはもういない。ドナとして、私はこれから生きていく。幸せを手にしていくのだ。
両親には何も与えてもらえず、姉に全てを奪われ、そして最後は誰にも助けてもらえずに死んだアニー。声を上げることもできず、ただひたすら我慢をするしかなかったバカで可哀想な女はいない。
私はたくさんの歓声を聞きながら、スティーブ様を見た。スティーブ様も私を見て、微笑んでいる。次にヴィンス様を見た。ヴィンス様は目を大きく見開き、口を開けて笑っていた。ともすれば品がないと言われるような笑顔だが、私はこんなふうに笑っているヴィンス様が好きだ。
私は好きな人の側にいる。そう思うと幸せだった。
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