転生してメイドになった元王妃は、悪役令嬢を幸せにするために奔走する

小鳥遊 ひなこ

文字の大きさ
3 / 8

3

しおりを挟む
 その後、私は順調に出世をしていった。
 奉公に来てから数年が経ち、ハウスメイドとして家の中の掃除をするようになると、グローリアさんの姿を見るようになった。
 けれども一介のメイドとして、グローリアさんに話しかけるわけにはいかなくて、ヤキモキとした日々を送っていた。

 そんな冬のある日、グローリアさんの侍女が揃って風邪に倒れた。本来ならハウスメイドの私に、グローリアさんのお世話なんて回ってくるはずがないのだけど、今日は特別なご用事がないことと、グローリアさん自身が若いメイドをご希望とのことで、限定的に呼ばれたのだ。
 少し緊張しながら、扉をノックして入室すれば、グローリアさんが既に鏡の前に座っていた。

「グローリア様、本日1日の間、私、ヘレナが側に仕えさせていただきます。よろしくお願い致します」

 丁寧に礼をしながら言うと、グローリアさんは少しはにかんでくれた。

「それでは、本日のお支度を致しますね。本日の予定は、イアン・ギーズ様とのお茶会でしたね」

 私の言葉に、グローリアさんが小さく頷く。
 お相手のイアン・ギーズ様は、ギーズ公爵の長男で、グローリアさんのはとこに当たる男性だ。グローリアさんより2歳年上で、年が近いせいか、よくアシュクロフト家に遊びに来ている。

「何かお化粧やドレスにご希望はございますか?」

 グローリアさんの普段のメイクやドレスについては、侍女からメモを貰ってきていたが、一応尋ねる。
 わざわざ若いメイドを指定されて来たのだし、私なら希望を叶えることもできると思ったからだ。
 前世の私は王太子妃、王妃として流行を牽引する立場だったから、メイクやドレスには気を使っていたし、今世でもグローリアさんの侍女になるために、普段からお客様のメイクやドレスを観察していたのだ。

 尋ねながら鏡ごしにグローリアさんの顔を伺う。なんだかいつものグローリアさんとは違う気がする。
 グローリアさんは私の2歳年下、まだ前世で会った時よりはあどけないけれど、普段はメイクもしていて、前世同様隙のない、人によってはきつく感じる顔立ちだった。
 でも今日はただただ可愛らしいだけだ。薄くピンクに染まった頬とパッチリとしたアーモンドアイ、小さな鼻は高く、ピンク色の唇はふっくらとしていて、まるでお人形のような整った顔立ちだ。
 どうやら普段のグローリアさんはかなりのバッチリメイクだったようだ。まだ13歳という年齢を考えると、あそこまでしなくてはいいと思うけど……。
 考え込む私に、グローリアさんが小さく呟く。

「可愛いって、殿方に言われるようにして欲しいの」

 そう言って頰を薔薇色に染めるグローリアさんに、私は同性でありながらときめいた。ああ、なんて可愛いの、うちのお嬢様は!
 イアン様はグローリアさんにとって兄のような存在だと聞いているので、可愛いと言ってもらいたいのかもしれない。

「グローリア様、普段とは違うメイクやドレスでもよろしいのですか?」

 私の問いにグローリアさんは目を瞬いてから、小さく頷いた。もしかしたら普段のメイクやドレスはグローリアさんの意見は反映されていないのかもしれない。
 グローリアさんのお許しを貰ったので、私は鏡台に乗ったメイク道具を早速手に取る。
 おしろいもあるけれど、グローリアさんはお肌も綺麗だし、そばかすやしみもないから必要ないだろう。それにあまりおしろいをはたいては、可愛らしい頰の色が隠れてしまう。
 目元も普段は目を大きく見せるようにしっかりとブラウンの粉で囲われているのだが、そのせいで目元がキツくなっていたので、目尻に薄いピンク色を乗せるにとどめる。
 口紅も真っ赤な物から、目元に乗せた粉と同じくらい淡いピンクにした。
 普段のメイクに比べたらかなり薄いけれど、素材がいいので十分だ。むしろ血色の良さが際立って、年相応の可愛らしさだ。

「どうでしょうか?」

 私の言葉にグローリアさんが鏡を覗き込んで、不安そうに眉尻を下げる?

「薄すぎないかしら?」
「夜会ではありませんから、この薄さで十分ですよ。それにグローリア様は元々が可愛らしいですから」

 グローリアさんの頰が赤く染まる。

「もう、そんなこと聞いていないわ」

 その強気なセリフが本心じゃないことがすぐに分かって、私はつい笑ってしまったが、グローリアさんは気にした様子はない。

「次はドレスですよ」

 顔の赤いグローリアさんを引き連れて、衣装室の方へと移動する。
 グローリアさんは普段、ネイビーや深いグリーンなどの、暗い色のベーシックな形のドレスを着ることが多い。それはそれで似合ってはいるが、メイク同様少し隙のない印象を与えてしまう。
 衣装室の中に入って、奥を覗き込むと、暗い色のドレスに隠れて探していた淡い色合いのドレスが見つかった。少し悩んだ末に、水色を手に取る。デザインもどちらかというと流行りのもので、ふんわりと可愛らしい。
 私自身、前世では結婚してから、必ず毎シーズン毎に大量のドレスを買って貰っていた。それこそ、着きれないほどに。侯爵令嬢であるグローリアさんも、普段着ないようなドレスを持っているだろう、と思ったらその通りだった。

「これ?」

 メイクを終えた時同様、普段とは違うドレスに不安げなグローリアさんを安心させるようにてきぱきと支度を整える。きっと、今までの隙のない侯爵令嬢から、可愛らしいお人形さんのような姿になるはずだった。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】財務大臣が『経済の話だけ』と毎日訪ねてきます。婚約破棄後、前世の経営知識で辺境を改革したら、こんな溺愛が始まりました

チャビューヘ
恋愛
三度目の婚約破棄で、ようやく自由を手に入れた。 王太子から「冷酷で心がない」と糾弾され、大広間で婚約を破棄されたエリナ。しかし彼女は泣かない。なぜなら、これは三度目のループだから。前世は過労死した41歳の経営コンサル。一周目は泣き崩れ、二周目は慌てふためいた。でも三周目の今回は違う。「ありがとうございます、殿下。これで自由になれます」──優雅に微笑み、誰も予想しない行動に出る。 エリナが選んだのは、誰も欲しがらない辺境の荒れ地。人口わずか4500人、干ばつで荒廃した最悪の土地を、金貨100枚で買い取った。貴族たちは嘲笑う。「追放された令嬢が、荒れ地で野垂れ死にするだけだ」と。 だが、彼らは知らない。エリナが前世で培った、経営コンサルタントとしての圧倒的な知識を。三圃式農業、ブランド戦略、人材採用術、物流システム──現代日本の経営ノウハウを、中世ファンタジー世界で全力展開。わずか半年で領地は緑に変わり、住民たちは希望を取り戻す。一年後には人口は倍増、財政は奇跡の黒字化。「辺境の奇跡」として王国中で噂になり始めた。 そして現れたのが、王国一の冷徹さで知られる財務大臣、カイル・ヴェルナー。氷のような視線、容赦ない数字の追及。貴族たちが震え上がる彼が、なぜか月に一度の「定期視察」を提案してくる。そして月一が週一になり、やがて──「経済政策の話がしたいだけです」という言い訳とともに、毎日のように訪ねてくるようになった。 夜遅くまで経済理論を語り合い、気づけば星空の下で二人きり。「あなたは、何者なんだ」と問う彼の瞳には、もはや氷の冷たさはない。部下たちは囁く。「閣下、またフェルゼン領ですか」。本人は「重要案件だ」と言い張るが、その頬は微かに赤い。 一方、エリナを捨てた元婚約者の王太子リオンは、彼女の成功を知って後悔に苛まれる。「俺は…取り返しのつかないことを」。かつてエリナを馬鹿にした貴族たちも掌を返し、継母は「戻ってきて」と懇願する。だがエリナは冷静に微笑むだけ。「もう、過去のことです」。ざまあみろ、ではなく──もっと前を向いている。 知的で戦略的な領地経営。冷徹な財務大臣の不器用な溺愛。そして、自分を捨てた者たちへの圧倒的な「ざまぁ」。三周目だからこそ完璧に描ける、逆転と成功の物語。 経済政策で国を変え、本物の愛を見つける──これは、消去法で選ばれただけの婚約者が、自らの知恵と努力で勝ち取った、最高の人生逆転ストーリー。

ヒロインの味方のモブ令嬢は、ヒロインを見捨てる

mios
恋愛
ヒロインの味方をずっとしておりました。前世の推しであり、やっと出会えたのですから。でもね、ちょっとゲームと雰囲気が違います。 どうやらヒロインに利用されていただけのようです。婚約者?熨斗つけてお渡ししますわ。 金の切れ目は縁の切れ目。私、鞍替え致します。 ヒロインの味方のモブ令嬢が、ヒロインにいいように利用されて、悪役令嬢に助けを求めたら、幸せが待っていた話。

悪役令嬢に転生したと気付いたら、咄嗟に婚約者の記憶を失くしたフリをしてしまった。

ねーさん
恋愛
 あ、私、悪役令嬢だ。  クリスティナは婚約者であるアレクシス王子に近付くフローラを階段から落とそうとして、誤って自分が落ちてしまう。  気を失ったクリスティナの頭に前世で読んだ小説のストーリーが甦る。自分がその小説の悪役令嬢に転生したと気付いたクリスティナは、目が覚めた時「貴方は誰?」と咄嗟に記憶を失くしたフリをしてしまって──…

婚約が白紙になりました。あとは自由に生きていきます~攻略対象たちの様子が何やらおかしいですが、悪役令嬢には無関係です~

Na20
恋愛
乙女ゲーム"この花束を君に"、通称『ハナキミ』の世界に転生してしまった。 しかも悪役令嬢に。 シナリオどおりヒロインをいじめて、断罪からのラスボス化なんてお断り! 私は自由に生きていきます。 ※この作品は以前投稿した『空気にされた青の令嬢は、自由を志す』を加筆・修正したものになります。以前の作品は投稿始め次第、取り下げ予定です。 ※改稿でき次第投稿するので、不定期更新になります。

婚約破棄を喜んで受け入れてみた結果

宵闇 月
恋愛
ある日婚約者に婚約破棄を告げられたリリアナ。 喜んで受け入れてみたら… ※ 八話完結で書き終えてます。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

お掃除侍女ですが、婚約破棄されたので辺境で「浄化」スキルを極めたら、氷の騎士様が「綺麗すぎて目が離せない」と溺愛してきます

咲月ねむと
恋愛
王宮で侍女として働く私、アリシアは、前世の記憶を持つ転生者。清掃員だった前世の知識を活かし、お掃除に情熱を燃やす日々を送っていた。その情熱はいつしか「浄化」というユニークスキルにまで開花!…したことに本人は全く気づいていない。 ​そんなある日、婚約者である第二王子から「お前の周りだけ綺麗すぎて不気味だ!俺の完璧な美貌が霞む!」という理不尽な理由で婚約破棄され、瘴気が漂うという辺境の地へ追放されてしまう。 ​しかし、アリシアはへこたれない。「これで思う存分お掃除ができる!」と目を輝かせ、意気揚々と辺境へ。そこで出会ったのは、「氷の騎士」と恐れられるほど冷徹で、実は極度の綺麗好きである辺境伯カイだった。 ​アリシアがただただ夢中で掃除をすると、瘴気に汚染された土地は浄化され、作物も豊かに実り始める。呪われた森は聖域に変わり、魔物さえも彼女に懐いてしまう。本人はただ掃除をしているだけなのに、周囲からは「伝説の浄化の聖女様」と崇められていく。 ​一方、カイはアリシアの完璧な仕事ぶり(浄化スキル)に心酔。「君の磨き上げた床は宝石よりも美しい。君こそ私の女神だ」と、猛烈なアタックを開始。アリシアは「お掃除道具をたくさんくれるなんて、なんて良いご主人様!」と、これまた盛大に勘違い。 ​これは、お掃除大好き侍女が、無自覚な浄化スキルで辺境をピカピカに改革し、綺麗好きなハイスペックヒーローに溺愛される、勘違いから始まる心温まる異世界ラブコメディ。

処理中です...