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第7話 小説仕立てで日常史を学べる歴史書です『古代中国の日常生活』
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今回ご紹介するのは、『古代中国の日常生活 24の仕事と生活でたどる1日』(2022
荘奕傑 著 小林朋則 訳 原書房http://www.harashobo.co.jp/book/b599202.html )です。
前回ご紹介した柿沼陽平先生の『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』と、取り扱っている範囲やテーマ、著者の伝えたいことはかなり近いと思います。
ただ、書籍としては、そのスタイルが大きく異なります。
今回の『古代中国の日常生活』の方は、小説仕立てになっているのです。
一日を(現代と同じ)24時間に分け、それぞれ一人、何か職業を持った人を主人公とした短編小説が24篇収められています。
たとえば。
24時間制の0時から1時は、夜の急患に叩き起こされた医師が、往診に駆けつけ薬を投与する話です。
そして次の1時から2時は墓泥棒が墓に侵入する話、2時から3時はお産に呼ばれた産婆の話、3時から4時は厩を見回る馬丁の話……という風に続きます。
読む前の鷲生はこの本に対してやや懐疑的でした。
小説仕立てにする分情報量が減り、そして小説としても面白くない、中途半端な書籍なのではないだろうかと思っていたのです。
読んだ後は、そのような心配は杞憂だったと思ってます!
客観的な歴史的な情報の量は確かに少なめになると思いますが、主人公目線で古代中国の世界に触れていく……耳に聞こえる音、味や匂い、見える光景などの描写が豊富で、まるで我々もその登場人物になってその生活に立ち会っているかのようです。
4時から5時の早朝から「主婦が粉を挽く」話では……。
小麦を食べ物にするのに臼の技術革新が必要であったことは、前回ご紹介した柿沼陽平先生の『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』でも指摘されていました。
今回の『古代中国の日常生活』中の小説でも「回転式の挽き臼」のおかげで、「小麦はまずい粥の主な食材から、粉をこねて餅(中国風のパン)や麺や菓子を作る材料へと変わった」と書かれています。
そして、この本は小説なので、登場人物が昔の粥を「もみ殻が混じってて、味が大変まずかった」と回想します。
主人公の主観を通じて語られているので、読み手も「ああ、そりゃ不味そうだわ」と共感しながら読みやすいです。
続いて、この主婦の姑にあたるおばあちゃんが、孫にあたる主婦の娘に「このまずい粥の思い出話を孫娘に延々と話して聞かせることがたびたびあったが、孫娘の方は話を聞いているふりだけをしていた」とあります。
現代日本でもありそうなジェネレーションギャップですねw 描かれた世界を身近に感じることが出来ます。
姑と主婦、その娘(孫娘)の女性三人で粉を挽くこの場面では「花崗岩でできた挽き臼が穀粒を粉砕するパチパチという音が聞こえてくる」とあります。
大きな石の中で、乾いた固い殻が砕かれる音……なんだか本当に聞こえてきそうです。この3人の朝の家事の場面が、生き生きと伝わってきますね。
別のお話では、織物の最新装置をユーザー目線でw語る場面もあります(8時から9時)。
「最新の装置では、織り子は座ったまま踏み板を踏んで織り機を作動させる事が出来る」「(昔は)織り子は織り機の前でしゃがんだり膝立ちになったりと、つらい姿勢を取らなくてはならなかった」「最新装置では両手が自由になるので複雑な織り機に付いている横棒や取っ手を動かして、一昔前の織り子には作れなかった模様を織ることができる」
現代を生きる私たちは、資料として残っている布を、第三者として客観的に「○○時代のものだ」と眺めて終わってしまいがちです。
でも、こうして小説仕立てのこういった記述を読んでいると、自分も織り機を動かして布を織っている気分になれますし、体の動きとしてどこがどうなったから織り機が改善したと言えるのか、その改善が実現させたものは何かということが具体的にわかります。
この織り子の物語では、主人公の少女が染料について説明する台詞があります。
「藍は緑に、茜は赤に、クチナシは黄色に、絹雲母は白に、それから、柿の葉とヒイラギの葉は黒に使うの」
鷲生は茜とクチナシは知っていましたが、絹雲母と、柿の葉・ヒイラギについては初めて知りました(物知らずでスミマセン)。
染織の資料とかにズラズラ列挙されているのをどこかで見かけたことはあるかもしれませんが、こうして小説中の登場人物に語りかけられることでスッと頭に入ってきます。
このように生活世界を小説仕立てて紹介してくれるので、読み手も五感を通じて理解しやすい利点が本書にはあります。
それに加えて。
小説を小説たらしめるのは、細やかな人間観察です。
日常史を説明するだけの薄っぺらい人間が、通り一遍の行動しかとらず、風景も書き割りのようにしか感じられなければ、小説として読む楽しみがありません。
しかし、この本では小説としても瑞々しく、人間臭い描写が見られます。
伝書使が道中でスモモを食べるシーンは以下の通りです。
「ひとり旅の静けさを乱すものといえば、深い茂みの中で雉が羽ばたく音しかない」「背の低いスモモの気が1本立っており、正午に降ったにわか雨のせいで、玉のように丸い実から滴がしたたり落ちていた」「果汁たっぷりの甘い実」
↑旅情を感じさせる風景で、美味しそうですね!(この前後はシリアスなんですが)
料理長がお仕えするご主人が開く宴では、出席者の人間関係が波乱含みです。
「世嗣様は、官僚組織の中で自分の交渉能力と指導力をはっきりと示してきており、長沙国を率いる未来の指導者としての能力は疑問の余地なく認められていた。だが、それにもかかわらず、弟君は、後継者に指名されている世嗣様を挑発して打ち負かすという危険な遊びに屈折した喜びを感じているようだ」
↑単に「兄弟仲が悪い」で済まさないで、このように描写することで緊迫感が伝わってくると思います。
嫁の急なお産に引っ張り出された産婆は、頭の中でお産の手順を振り返りながら(そして読み手の我々は、この時代にお産がどのようなものだと考えられていたかを知るのですが)、この生まれてくる赤ん坊が男児であれと期待します。
この時代においては男児が望まれるからです。
けれど、お産の果てに生まれて来た新しい生命に、産婆は現代人同様の感慨にふけります。その最後の台詞が小説としてニクイw
この『古代中国の日常生活』の著書の方は、本書で紹介されている略歴からすると歴史研究者のようですが、小説家でも食べていけるんじゃないかと思います。
(なお、著者の略歴を引用しますと「ケンブリッジ大学で考古学の博士号を取得。現在は、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン考古学研究所で中国考古学の准教授を務める。主に中国と東南アジアの古代の水利システムと農業史を研究し、論文も多数発表している。編書に『30 Second Ancient Cina』がある」とのことです)。
もっとも。
現代と価値観が大きく異なっている古代中国の人々が、現代のモダン社会の人間と同じような感情生活を送るとは言い切れず、このような描き方は、歴史書としては賛否が分かれるかもしれません。
ですが、古代中国風の世界を、現代人に面白いファンタジー小説に取り入れたいクリエイターにとっては、資料としても小説のお手本としても役に立つのではないでしょうか。
特に、後宮モノ、女性を登場させる作品などを書こうとしている方には、後ろの方の「后妃付きの女官が苦悩する」(19時から20時)、「舞人が踊りを終える」(21時から22時)、「王女付きの女官が風呂の準備をする」(22時から23時)が参考になると思います。
「王女付きの女官が風呂の準備をする」では、お姫様の身支度の様子が細かく述べられているので、鷲生は早速自分が書く小説に取り入れようと考えております!
2022年の本ですので、今でも定価の2200円で購入できます。
鷲生の住む自治体の図書館にもありました。
図書館で一読されてみて、扱っている時代や小説のテイストなどを確認されて見られてはいかがでしょう?
鷲生は最初は借りて済ますつもりでいましたが、だんだん欲しいな~と思い始めているところですw
*****
2023年7月14日追記
中華ファンタジー「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」の投稿を始めました!
是非お越し下さいませ!
「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」https://kakuyomu.jp/works/16817330658675837815
荘奕傑 著 小林朋則 訳 原書房http://www.harashobo.co.jp/book/b599202.html )です。
前回ご紹介した柿沼陽平先生の『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』と、取り扱っている範囲やテーマ、著者の伝えたいことはかなり近いと思います。
ただ、書籍としては、そのスタイルが大きく異なります。
今回の『古代中国の日常生活』の方は、小説仕立てになっているのです。
一日を(現代と同じ)24時間に分け、それぞれ一人、何か職業を持った人を主人公とした短編小説が24篇収められています。
たとえば。
24時間制の0時から1時は、夜の急患に叩き起こされた医師が、往診に駆けつけ薬を投与する話です。
そして次の1時から2時は墓泥棒が墓に侵入する話、2時から3時はお産に呼ばれた産婆の話、3時から4時は厩を見回る馬丁の話……という風に続きます。
読む前の鷲生はこの本に対してやや懐疑的でした。
小説仕立てにする分情報量が減り、そして小説としても面白くない、中途半端な書籍なのではないだろうかと思っていたのです。
読んだ後は、そのような心配は杞憂だったと思ってます!
客観的な歴史的な情報の量は確かに少なめになると思いますが、主人公目線で古代中国の世界に触れていく……耳に聞こえる音、味や匂い、見える光景などの描写が豊富で、まるで我々もその登場人物になってその生活に立ち会っているかのようです。
4時から5時の早朝から「主婦が粉を挽く」話では……。
小麦を食べ物にするのに臼の技術革新が必要であったことは、前回ご紹介した柿沼陽平先生の『古代中国の24時間 秦漢時代の衣食住から性愛まで』でも指摘されていました。
今回の『古代中国の日常生活』中の小説でも「回転式の挽き臼」のおかげで、「小麦はまずい粥の主な食材から、粉をこねて餅(中国風のパン)や麺や菓子を作る材料へと変わった」と書かれています。
そして、この本は小説なので、登場人物が昔の粥を「もみ殻が混じってて、味が大変まずかった」と回想します。
主人公の主観を通じて語られているので、読み手も「ああ、そりゃ不味そうだわ」と共感しながら読みやすいです。
続いて、この主婦の姑にあたるおばあちゃんが、孫にあたる主婦の娘に「このまずい粥の思い出話を孫娘に延々と話して聞かせることがたびたびあったが、孫娘の方は話を聞いているふりだけをしていた」とあります。
現代日本でもありそうなジェネレーションギャップですねw 描かれた世界を身近に感じることが出来ます。
姑と主婦、その娘(孫娘)の女性三人で粉を挽くこの場面では「花崗岩でできた挽き臼が穀粒を粉砕するパチパチという音が聞こえてくる」とあります。
大きな石の中で、乾いた固い殻が砕かれる音……なんだか本当に聞こえてきそうです。この3人の朝の家事の場面が、生き生きと伝わってきますね。
別のお話では、織物の最新装置をユーザー目線でw語る場面もあります(8時から9時)。
「最新の装置では、織り子は座ったまま踏み板を踏んで織り機を作動させる事が出来る」「(昔は)織り子は織り機の前でしゃがんだり膝立ちになったりと、つらい姿勢を取らなくてはならなかった」「最新装置では両手が自由になるので複雑な織り機に付いている横棒や取っ手を動かして、一昔前の織り子には作れなかった模様を織ることができる」
現代を生きる私たちは、資料として残っている布を、第三者として客観的に「○○時代のものだ」と眺めて終わってしまいがちです。
でも、こうして小説仕立てのこういった記述を読んでいると、自分も織り機を動かして布を織っている気分になれますし、体の動きとしてどこがどうなったから織り機が改善したと言えるのか、その改善が実現させたものは何かということが具体的にわかります。
この織り子の物語では、主人公の少女が染料について説明する台詞があります。
「藍は緑に、茜は赤に、クチナシは黄色に、絹雲母は白に、それから、柿の葉とヒイラギの葉は黒に使うの」
鷲生は茜とクチナシは知っていましたが、絹雲母と、柿の葉・ヒイラギについては初めて知りました(物知らずでスミマセン)。
染織の資料とかにズラズラ列挙されているのをどこかで見かけたことはあるかもしれませんが、こうして小説中の登場人物に語りかけられることでスッと頭に入ってきます。
このように生活世界を小説仕立てて紹介してくれるので、読み手も五感を通じて理解しやすい利点が本書にはあります。
それに加えて。
小説を小説たらしめるのは、細やかな人間観察です。
日常史を説明するだけの薄っぺらい人間が、通り一遍の行動しかとらず、風景も書き割りのようにしか感じられなければ、小説として読む楽しみがありません。
しかし、この本では小説としても瑞々しく、人間臭い描写が見られます。
伝書使が道中でスモモを食べるシーンは以下の通りです。
「ひとり旅の静けさを乱すものといえば、深い茂みの中で雉が羽ばたく音しかない」「背の低いスモモの気が1本立っており、正午に降ったにわか雨のせいで、玉のように丸い実から滴がしたたり落ちていた」「果汁たっぷりの甘い実」
↑旅情を感じさせる風景で、美味しそうですね!(この前後はシリアスなんですが)
料理長がお仕えするご主人が開く宴では、出席者の人間関係が波乱含みです。
「世嗣様は、官僚組織の中で自分の交渉能力と指導力をはっきりと示してきており、長沙国を率いる未来の指導者としての能力は疑問の余地なく認められていた。だが、それにもかかわらず、弟君は、後継者に指名されている世嗣様を挑発して打ち負かすという危険な遊びに屈折した喜びを感じているようだ」
↑単に「兄弟仲が悪い」で済まさないで、このように描写することで緊迫感が伝わってくると思います。
嫁の急なお産に引っ張り出された産婆は、頭の中でお産の手順を振り返りながら(そして読み手の我々は、この時代にお産がどのようなものだと考えられていたかを知るのですが)、この生まれてくる赤ん坊が男児であれと期待します。
この時代においては男児が望まれるからです。
けれど、お産の果てに生まれて来た新しい生命に、産婆は現代人同様の感慨にふけります。その最後の台詞が小説としてニクイw
この『古代中国の日常生活』の著書の方は、本書で紹介されている略歴からすると歴史研究者のようですが、小説家でも食べていけるんじゃないかと思います。
(なお、著者の略歴を引用しますと「ケンブリッジ大学で考古学の博士号を取得。現在は、ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン考古学研究所で中国考古学の准教授を務める。主に中国と東南アジアの古代の水利システムと農業史を研究し、論文も多数発表している。編書に『30 Second Ancient Cina』がある」とのことです)。
もっとも。
現代と価値観が大きく異なっている古代中国の人々が、現代のモダン社会の人間と同じような感情生活を送るとは言い切れず、このような描き方は、歴史書としては賛否が分かれるかもしれません。
ですが、古代中国風の世界を、現代人に面白いファンタジー小説に取り入れたいクリエイターにとっては、資料としても小説のお手本としても役に立つのではないでしょうか。
特に、後宮モノ、女性を登場させる作品などを書こうとしている方には、後ろの方の「后妃付きの女官が苦悩する」(19時から20時)、「舞人が踊りを終える」(21時から22時)、「王女付きの女官が風呂の準備をする」(22時から23時)が参考になると思います。
「王女付きの女官が風呂の準備をする」では、お姫様の身支度の様子が細かく述べられているので、鷲生は早速自分が書く小説に取り入れようと考えております!
2022年の本ですので、今でも定価の2200円で購入できます。
鷲生の住む自治体の図書館にもありました。
図書館で一読されてみて、扱っている時代や小説のテイストなどを確認されて見られてはいかがでしょう?
鷲生は最初は借りて済ますつもりでいましたが、だんだん欲しいな~と思い始めているところですw
*****
2023年7月14日追記
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