後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符

washusatomi

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7. 西域琥国の沙月姫(一)

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 華央門は壮麗な建築だ。屋根は雲をつくほどに高く、壁の丹色は塗られたばかりのように鮮やかで、金の装飾具が目を射るように鋭く輝く。

 馬を下りて歩く冬籟に続いて、白蘭も吸い込まれるように大門の基壇の階を上った。

 門をくぐると眼下に整然と並ぶ官衙街が見渡せる。濡れたように艶を帯びた瑠璃色の釉薬瓦がキラキラと硬質の輝きを放ち、その果て知れぬ広大な甍の波を見ていると、砂漠育ちで海を見たことのない白蘭に大海原とはきっとこういうものだと思われた。

「気おくれするか?」

 冬籟のからかいまじりの声に、白蘭は悔しくなって言い返す。

「いいえ。ここが董帝国の中心かと感慨にふけっていただけでございます」

 この門の奥に後宮がある。自分はこの地で己の役割を演じようとしている。その舞台の大きさに身震いするような気がしたのは確かだが、そんな心の中などいちいち彼に告げることでもない。

 官衙の中、すれ違う官人達から揖礼を受けながら北に進むと、皇帝が執務を取る大極宮の正門、承明しょうめい門が見えてきた。後宮はその西にあると聞く。
「卓瑛とは俺の住む後宮北部の墨泰宮ぼくたいきゅうで会うから、ここから後宮に向かうぞ」

 四神国から入内する姫のため後宮には東西南北の四つの宮殿がある。下級妃のための小さな殿舎も点在しているそうだが、確か墨泰宮は北妃のためのものだったはず。そこに冬籟が住んでいるのはいかがなものか。

「冬確か泰宮にお住まいだから、陛下の北妃などと噂されてしまうのでは?」

「禁軍将軍用の官邸は別にあるが……。俺は幼い頃から卓瑛といっしょに皇太后様のもとで育ったからそのままなんとなく後宮住まいだ。外に出る機会を逃したというか……」

 なんだか歯切れが悪い。機会というなら皇帝が東妃を迎えたときがそうではなかったのか?

「陛下は東妃様とご結婚されたのでしょう? 妃がいるのに陛下以外の男性が後宮に住むなんておかしいです」

「東妃は……まだ少女の年齢で、妃と言うより侍女のような扱いで皇太后様のもとに送られてきた。以来俺たち三人の子どもはきょうだいのように育ったんだ。だから俺は東妃に妙な真似はしない。卓瑛も俺を信じてる」

「ですが……」

「俺たちは互いに信じあっている。卓瑛が妻を迎えたからといって俺を追い出すと、卓瑛が俺を疑っているかのようじゃないか」

「でも、実の兄弟だって後宮に住み続けたりしないですよ?」

「本当の兄なら弟を追い出しても兄弟の仲が終わる訳じゃない。血の繋がりがあるからな。だが、俺たちの間には互いに信じあう気持ちしかない」

 実の家族でもない成人男女が子どもの頃と同様に家族として暮らそうとしている。そのため、冬籟一人を追い出すと何か差し障りが生じると言いたいらしいが……。今一つピンとこない話だ。

「そうやって冬籟様が後宮にお住まいだから陛下の北妃と噂されるんだと思いますよ?」

「噂は噂だ」

 そう言い捨てたきり冬籟はそっぽを向く。釈然とはしないものの、特に食い下がってまで聞きたいことでもないので白蘭も黙って彼の後をついていくことにした。 

 宮城の大きな建築の中をしばらく歩くと、細めの柱が優美な印象を与える門が見えてきた。これが大極殿と後宮を結ぶ龍凰りゅうおう門だろう。

 この門をくぐると、甍の波とは違う驚きの光景が眼前に広がる。

 滴るような豊かな緑に、白蘭の口から思わず「うわあ!」という歓声が漏れた。 砂漠の中の琥では、泉のほとりに多少樹木が育つことはあってもこんな光景は見られない。

 磚《しきがわら》で舗装された道が鬱蒼とした森に続いている。その先はほの暗い。だけど、同じ暗がりでも、母と暮らした生家の陰鬱さとは違って自然な温かみを感じる。梢から聞こえる葉ずれの音も複雑で、まるで妙なる音楽のようだ。

 湿った土の匂いに混じって甘やかな芳香が鼻腔をくすぐる。元をたどると白い花が木に咲いており、白蘭は駆け寄って弾む心のまま「わあ! いい匂い」と鼻先を近づけた。

 背後で、冬籟が「へえ、意外に子どもらしいところもあるんだな」と独り言ちる。

 慌てて振り向くと、冬籟がこれまでのどこか乾いた表情ではなく、穏やかな顔で白蘭を見ていた。

「別に顔を赤らめることではない。女の子どもなら花を見て喜ぶのが当然だ」

 ここでも白蘭を子ども扱いするのが癪にさわり、白蘭はコホンと咳払いして磚の道を先に進もうとした。そこに背中から「おい」と声がかかる。「何ですか?」と振り向くと、冬籟が肩を震わせて笑いをこらえながら、木立の中の小径を指さしていた。

「そっちじゃない。北宮へはここを左に向かうんだ」

「……」

 墨泰宮は、武人の冬籟の住まいだからか後宮の建物という割には無骨な印象の宮殿だった。その低い基壇をのぼると、裙板こしいたに金属製の玄武の浮彫を取りつけた扉がある。重そうなそれを武人の冬籟は軽々と片手で開け、その物音に気づいたのか宮女がパタパタと駆けよってきた。

「お帰りなさいませ、冬籟様。陛下は既に庁堂ひろまにおいででございます」

「そうか」と答えた冬籟は、それでもさほど慌てず歩き出した。皇帝を待たせても気にならないほど気安い仲だからだろう。

 皇帝は大きな袖の黄色い衣をまとい、螺鈿細工が随所に施された豪華な肘掛け椅子に座っていた。丸窓越しに外を眺めていたようだったが、人の気配にこちらに顔を向ける。

 なるほど、この方が「白の貴公子」か。これは都の女達が騒ぐワケだと納得がいく。冬籟が真っ直ぐな黒髪と切れ長の瞳の精悍で端正な美男子なのに対し、皇帝は華やかで甘い顔立ちだ。何代にもわたって各国から妃を迎えてきた董王朝の当主は、髪はやや明るめの茶であり、秀でた眉の下には榛色の瞳。目鼻がくっきりした面差しで、皇帝専用の豪華な衣装に負けていない。

 跪いて礼を取る白蘭にふわりと向けられた笑みは、金粉でも撒いているかのように眩しくきらきらしい。

「君が戴家の白蘭か。遠路はるばるご苦労だったね。まあ、そこにお座り」

 皇帝の卓瑛はそう声を掛けると、円卓を挟んで向かいに置かれた丸椅子を手で示した。

 冬籟は卓瑛の隣の、やはり肘掛けのついた椅子にドスンと腰を下ろして長い足を組む。皇帝と同席するというのに遠慮がない。

 白蘭が一息つくやいなや、冬籟が「では双輝石の話を聞かせてもらおう」と用件に入る。

 さあ、本題だ。白蘭は気を引き締めて姿勢を正した。

「実は、今回お持ちした双輝石は品質があまりよくありません」

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