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8. 西域琥国の沙月姫(二)
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双輝石がそのように呼ばれるのは、この石が太陽光のもとでは青く室内の灯火のもとでは赤く二つの色に輝きを変えるからだった。
琥の長い歴史の中でも、このような珍しい石を入手したのは先の西妃すなわち今の皇太后が入内されたときが初めてだ。当時の琥王はこれを娘の入内の瑞祥だと考え、西妃として嫁ぐ娘の護符の虎の瞳にこの石を使ったのである。
同じ双輝石をと注文されても同等なものなど簡単に見つかるものではない。色を変える石があるはずだと探し回って、やっと同じ性質を持つ石を見つけたが、その変わり方は紫色の石が赤っぽくなるか青っぽくなるかという程度ではっきりしない。一応色味が変わるから双輝石であると強弁はできるだろうが……。
その白蘭の説明を卓瑛はじっと聞き終えると「私もほとんど諦めていた。仕方がない。それでも役には立つだろう」と静かな口調で答えた。
白蘭が「役に立つとは、いったいどういう用途にでございましょう?」と問いかけた。
冬籟と卓瑛はすばやく視線を交わすだけで何ごとかを了承した様子で、冬籟が厳しい声で言い渡す。
「あんたには関係ない。あんたが双輝石の件で話があるというから、小さすぎるとか色が違うとかかと思った。少々品質が落ちても皇太后様の護符と似ているのならそれでいい」
「皇太后様つまり先の西妃様の護符に何があったのですか?」
「あんたには関係がない」
白蘭も後宮の秘密を簡単に教えてもらえると思ってなどいない。ここで食い下がる覚悟はできている。
「陛下は双輝石を内密に発注なさった。ひょっとして皇太后様の護符がどこかに消えてしまい、その代わりをこっそり作ろうとしているのではありませんか?」
「だから、あんたが知る必要はないと言っているだろうが」
「もし護符が盗まれたのなら、犯人が分からない限りいくら代替品を作っても同じことが何度も起きてしまいます」
「あんたには関係がない」
卓瑛が軽く手を挙げた。それで冬籟が前のめりになっていた体をすっと引く。よく躾けられた忠犬のようだ。
「白蘭は、琥の大商人戴家といえどもそう何度も双輝石を用立てられないと言いたいのかな」
「御意」
それに、琥の商人にとってはもっと重大な問題がある。雲雀に昨夜あらましを説明したが、皇帝はこの問題の当事者だ。琥商人の立場をしっかりと分かっていただかなくては。
「戴家の次代を担う養女と致しましては次の西妃の入内も懸念しております」
白蘭の口から「次の西妃」という言葉を聞いた卓瑛と冬籟が再び顔を見合わせる。
「四神を授けられた国は、朝貢品に加え相応しい年齢の王女を皇帝に嫁がせることで忠誠の証としております。そして嫁いだ後の妃は故国と董の交流を守護する役割を担うもの。歴代の西妃も東西交易が円滑に営まれるよう華都で董皇帝に直接働きかけてこられました」
特に先の西妃は皇后にのぼって政も取り仕切っていらしたから、隊商たちにとって本当に心強い存在だった。「後宮の愛なき妃」と蔑まれて屈辱的な思いもされたはずだが、琥の民のために西妃の役割を全うして下さったのを白蘭は本当に立派なことだと尊敬している。
「琥の王室の者は護符を大事にします。肌身離さず身に着ける護符には持ち主の魂が宿るもの。ですから皇太后様がうっかり紛失なさったとは考えられず、盗難に遭った可能性が高い。そして護符を盗むとは相当に強い敵意を感じます。そのような不穏な動きがある後宮に次の西妃を入内させて大丈夫かと私どもは案じているのです」
聡明と名高い皇帝は、いきなり白蘭の痛いところを突く。
「逆に私から問うが、今の琥王は西妃を入内させる気があるのだろうか?」
市井の雲雀でも琥王が西の帝国の女にふぬけにされていると知っていた。隠しだてはできない。
「ご存知のとおり、今の琥王は西の帝国の皇族の娘を三番目の妻に迎え、その女の言いなりになっております。されど琥はもともと豪商が集まってできた国家。重臣である商人達は董帝国との繋がりを維持しなければならぬと思い定めております」
琥は決して西の帝国の属国になってはならない。董王朝は朝貢とひきかえに交易の自由を認めてくれるが、西の帝国は東西の人の流れを完全に自国の管理下に置こうとしているからだ。
琥の商人は東のものを西へ、西のものを東へ、互いが珍しいと感じるものを運び、それらを売って対価を得る。隊商を率いて東西を自由に行き来さえできれば我らは誇り高き砂漠の商人でいられる。それなのに西の帝国に隷属してしまえば国境を移動する権利を奪われてしまうのだ。
卓瑛が「重臣たちが董との関係を維持したいと願っているのは分かったが」と頬に指をやった。白蘭はたたみかけるように次の話題を持ち出す。
「実を申せば、琥王は白虎を董に返還したつもりでおります」
「こちらは受け取ってはいないが?」
「養父を中心とする我ら重臣たちが琥王の命に従ったふりをし、返還の手続きには呪文が必要だと騙して呪文を手に入れ、呪文ごとこちらで預かっております」
卓瑛が目を見開くと軽く笑った。
「戴家の当主は老獪で知られるが、それでも王を相手にそんな芝居を打つとは驚きだな」
「幸い琥王の第二妃に嫡子がおります。この妃は出産時に亡くなってしまいましたが、実家は戴家の遠縁です。われら戴家を筆頭とする商人達が一丸となって、この嫡子をしっかり後見して参ります。琥王は今の妃に男児を生ませたいようですが、仮にそうなっても我らは正統な王太子を守りぬく所存」
卓瑛がさらりと「その王子は確か今九歳であったかな」と言ってのける。
こちらが何も言わなくても内情をご存知か。白蘭は内心ぎくりとしたが、すぐに笑みを作って動揺を隠した。董が西域に構えた都護府から間諜が放たれているのはこちらだって承知している。
「さようです。そして病没した一番目の妃には十六歳の王女がおります。現在はこの姫が呪文と白虎を預かっておりますが、そろそろこれを次代の琥王たる王子に渡し、西妃として入内させるべきときが来たのではないかと……」
冬籟の呆れたような声が割って入った。
「あんた、他人の人生を政治の駒のように扱うのは感心しないな。そのお姫さんはたいそう内気で王宮からも出てこない大人しい性格だそうじゃないか。そんな娘に父親に背いて重責を担わせようとするのは酷じゃないか?」
卓瑛の声は静かだ。
「彼女は、姓名を康婉というそうだね」
白蘭は言葉に詰まる。王宮の奥に閉じこもって外に姿を見せないとされる、そんな深窓の姫君の姓名まで董の皇帝は把握済みか。
──董の間諜は本当に優秀だ……。
華都の奥深くにありながらも有能な間諜を手足のように使いこなす董皇帝。頭が切れるこの皇帝の前で、白蘭は消えた護符の謎を解き、後宮出入りの女商人としての立場を固めようとしている。
──うまくいくだろうか。
いや、やってのけなければ。男の寵愛を頼りに生きるだけだった母のようになりたくなければ。
白蘭が次の言葉を探しあぐねている様子を、卓瑛は興味ぶかそうに見つめながら非礼をわびる。
「他国の姫を姓名で呼ぶのは無礼に過ぎたようだね。その方は字を『沙月姫』とおっしゃるそうだから今後はそうお呼びしよう。この方は冬籟も言うようにとても淑やかな姫と聞く。女君としては優れた美質であっても、西域と董帝国の間で利害を調整するような政治手腕をお持ちとは思えないが?」
白蘭はぐっと身を乗り出した。
「沙月姫にはただ後宮にお入りいただくだけで、西妃としての実務はこの私が回します」
「ほう?」
「わが戴家は琥商人の筆頭。他家からも一目置かれております。私が西妃の代わりを務めても異論を挟む者などおりません。そして、私は女ゆえ後宮の中に自由に出入りし姫と一心同体で行動できます」
野太い声が「は!」と響いた。冬籟だ。
「あんた、自分が後宮出入りの女商人になることで嫁ぎ先に富をもたらす気か?」
卓瑛が「嫁ぎ先?」と尋ね、冬籟が白蘭には許婚がいるのだと説明する。思いがけない方向に話が逸れて頭が一瞬空白になったが、彼らが話している間に一息つく時間ができた。
「陛下、これは私と周囲の私利私欲だけではありません」
冬籟が胡散臭そうな視線を向けてくるが、白蘭は真っ向から彼を見すえ返す。
「西妃が機能し東西交易が順調であること。これは冬籟様のためでもあるのですよ?」
「俺のため?」
「それに董にも恩恵があるはずです。琥との交易は董にも利益をもたらしているのですから」
冬籟がしぶしぶ認める。
「まあ、そうだな。西域の珍しい品々や未知の思想がもたらされて董の文化を豊かにしているから……」
白蘭は片手を顔の前で横に振った。
「いやいや、そういうぼんやりした話ではなく。カネですよ、カネ」
冬籟が天を仰ぐ。
「あんたは小娘のくせに、こまっしゃくれたことを口にする……」
「東西交易から上がる税収はかなりの額。その上、珍しいものが出回ることで経済が活性化し、これも国庫に益をもたらしているでしょう。琥との関係は董の財政の要」
白蘭はびしっと言葉を叩きつける。
「カネが無ければ北域討伐もできません」
「……」
「いつまでも謀反人をのさばらせてはなりません。正統な王家を再興するため、董から兵を遣わすべきです」
冬籟の顔がわずかに歪む。
「兄上の行方が分からないことには……。誰も俺のところに玄武の呪文を伝えて来ないのだから、兄上はまだ生きてどこかで潜伏していらっしゃるのかもしれない」
白蘭は「そろそろ諦めてはいかがですか」と言いかけて言葉を飲み込んだ。冬籟の顔が苦渋の色を濃くしていたからだ。
卓瑛が息を一つ吐いて冬籟の方を向いた。
「兄君でもお前でも正統な毅王家を再興させると私はお前に約束した。それには白蘭の言うとおり資金が必要だ。西妃が来るなら歓迎して琥との交易を栄えさせなければならない」
「西妃を迎えるのか……」
「しかたがない」
二人の男の表情はやるせなさそうだ。どうやら西妃はあまり歓迎されないものらしい。しかしながら、誰がどんな感情を持つにせよ西妃の入内は必要だ。
「西妃が入内すれば琥の商人は自活でき、董の財政は潤い、毅国の紛争も解決できます。様々な立場の利害が一致した結論だと申せましょう」
「よろしい。分かった。西妃の入内は琥の重臣たちが望むよう進めさせよう」
白蘭が片手を上げて制した。
「いえ、しばらく。それには先の西妃様の護符の盗難事件を解決しなければ。魂とも言える護符が盗まれるようでは、次の西妃の身の安全が危ぶまれますから」
琥の長い歴史の中でも、このような珍しい石を入手したのは先の西妃すなわち今の皇太后が入内されたときが初めてだ。当時の琥王はこれを娘の入内の瑞祥だと考え、西妃として嫁ぐ娘の護符の虎の瞳にこの石を使ったのである。
同じ双輝石をと注文されても同等なものなど簡単に見つかるものではない。色を変える石があるはずだと探し回って、やっと同じ性質を持つ石を見つけたが、その変わり方は紫色の石が赤っぽくなるか青っぽくなるかという程度ではっきりしない。一応色味が変わるから双輝石であると強弁はできるだろうが……。
その白蘭の説明を卓瑛はじっと聞き終えると「私もほとんど諦めていた。仕方がない。それでも役には立つだろう」と静かな口調で答えた。
白蘭が「役に立つとは、いったいどういう用途にでございましょう?」と問いかけた。
冬籟と卓瑛はすばやく視線を交わすだけで何ごとかを了承した様子で、冬籟が厳しい声で言い渡す。
「あんたには関係ない。あんたが双輝石の件で話があるというから、小さすぎるとか色が違うとかかと思った。少々品質が落ちても皇太后様の護符と似ているのならそれでいい」
「皇太后様つまり先の西妃様の護符に何があったのですか?」
「あんたには関係がない」
白蘭も後宮の秘密を簡単に教えてもらえると思ってなどいない。ここで食い下がる覚悟はできている。
「陛下は双輝石を内密に発注なさった。ひょっとして皇太后様の護符がどこかに消えてしまい、その代わりをこっそり作ろうとしているのではありませんか?」
「だから、あんたが知る必要はないと言っているだろうが」
「もし護符が盗まれたのなら、犯人が分からない限りいくら代替品を作っても同じことが何度も起きてしまいます」
「あんたには関係がない」
卓瑛が軽く手を挙げた。それで冬籟が前のめりになっていた体をすっと引く。よく躾けられた忠犬のようだ。
「白蘭は、琥の大商人戴家といえどもそう何度も双輝石を用立てられないと言いたいのかな」
「御意」
それに、琥の商人にとってはもっと重大な問題がある。雲雀に昨夜あらましを説明したが、皇帝はこの問題の当事者だ。琥商人の立場をしっかりと分かっていただかなくては。
「戴家の次代を担う養女と致しましては次の西妃の入内も懸念しております」
白蘭の口から「次の西妃」という言葉を聞いた卓瑛と冬籟が再び顔を見合わせる。
「四神を授けられた国は、朝貢品に加え相応しい年齢の王女を皇帝に嫁がせることで忠誠の証としております。そして嫁いだ後の妃は故国と董の交流を守護する役割を担うもの。歴代の西妃も東西交易が円滑に営まれるよう華都で董皇帝に直接働きかけてこられました」
特に先の西妃は皇后にのぼって政も取り仕切っていらしたから、隊商たちにとって本当に心強い存在だった。「後宮の愛なき妃」と蔑まれて屈辱的な思いもされたはずだが、琥の民のために西妃の役割を全うして下さったのを白蘭は本当に立派なことだと尊敬している。
「琥の王室の者は護符を大事にします。肌身離さず身に着ける護符には持ち主の魂が宿るもの。ですから皇太后様がうっかり紛失なさったとは考えられず、盗難に遭った可能性が高い。そして護符を盗むとは相当に強い敵意を感じます。そのような不穏な動きがある後宮に次の西妃を入内させて大丈夫かと私どもは案じているのです」
聡明と名高い皇帝は、いきなり白蘭の痛いところを突く。
「逆に私から問うが、今の琥王は西妃を入内させる気があるのだろうか?」
市井の雲雀でも琥王が西の帝国の女にふぬけにされていると知っていた。隠しだてはできない。
「ご存知のとおり、今の琥王は西の帝国の皇族の娘を三番目の妻に迎え、その女の言いなりになっております。されど琥はもともと豪商が集まってできた国家。重臣である商人達は董帝国との繋がりを維持しなければならぬと思い定めております」
琥は決して西の帝国の属国になってはならない。董王朝は朝貢とひきかえに交易の自由を認めてくれるが、西の帝国は東西の人の流れを完全に自国の管理下に置こうとしているからだ。
琥の商人は東のものを西へ、西のものを東へ、互いが珍しいと感じるものを運び、それらを売って対価を得る。隊商を率いて東西を自由に行き来さえできれば我らは誇り高き砂漠の商人でいられる。それなのに西の帝国に隷属してしまえば国境を移動する権利を奪われてしまうのだ。
卓瑛が「重臣たちが董との関係を維持したいと願っているのは分かったが」と頬に指をやった。白蘭はたたみかけるように次の話題を持ち出す。
「実を申せば、琥王は白虎を董に返還したつもりでおります」
「こちらは受け取ってはいないが?」
「養父を中心とする我ら重臣たちが琥王の命に従ったふりをし、返還の手続きには呪文が必要だと騙して呪文を手に入れ、呪文ごとこちらで預かっております」
卓瑛が目を見開くと軽く笑った。
「戴家の当主は老獪で知られるが、それでも王を相手にそんな芝居を打つとは驚きだな」
「幸い琥王の第二妃に嫡子がおります。この妃は出産時に亡くなってしまいましたが、実家は戴家の遠縁です。われら戴家を筆頭とする商人達が一丸となって、この嫡子をしっかり後見して参ります。琥王は今の妃に男児を生ませたいようですが、仮にそうなっても我らは正統な王太子を守りぬく所存」
卓瑛がさらりと「その王子は確か今九歳であったかな」と言ってのける。
こちらが何も言わなくても内情をご存知か。白蘭は内心ぎくりとしたが、すぐに笑みを作って動揺を隠した。董が西域に構えた都護府から間諜が放たれているのはこちらだって承知している。
「さようです。そして病没した一番目の妃には十六歳の王女がおります。現在はこの姫が呪文と白虎を預かっておりますが、そろそろこれを次代の琥王たる王子に渡し、西妃として入内させるべきときが来たのではないかと……」
冬籟の呆れたような声が割って入った。
「あんた、他人の人生を政治の駒のように扱うのは感心しないな。そのお姫さんはたいそう内気で王宮からも出てこない大人しい性格だそうじゃないか。そんな娘に父親に背いて重責を担わせようとするのは酷じゃないか?」
卓瑛の声は静かだ。
「彼女は、姓名を康婉というそうだね」
白蘭は言葉に詰まる。王宮の奥に閉じこもって外に姿を見せないとされる、そんな深窓の姫君の姓名まで董の皇帝は把握済みか。
──董の間諜は本当に優秀だ……。
華都の奥深くにありながらも有能な間諜を手足のように使いこなす董皇帝。頭が切れるこの皇帝の前で、白蘭は消えた護符の謎を解き、後宮出入りの女商人としての立場を固めようとしている。
──うまくいくだろうか。
いや、やってのけなければ。男の寵愛を頼りに生きるだけだった母のようになりたくなければ。
白蘭が次の言葉を探しあぐねている様子を、卓瑛は興味ぶかそうに見つめながら非礼をわびる。
「他国の姫を姓名で呼ぶのは無礼に過ぎたようだね。その方は字を『沙月姫』とおっしゃるそうだから今後はそうお呼びしよう。この方は冬籟も言うようにとても淑やかな姫と聞く。女君としては優れた美質であっても、西域と董帝国の間で利害を調整するような政治手腕をお持ちとは思えないが?」
白蘭はぐっと身を乗り出した。
「沙月姫にはただ後宮にお入りいただくだけで、西妃としての実務はこの私が回します」
「ほう?」
「わが戴家は琥商人の筆頭。他家からも一目置かれております。私が西妃の代わりを務めても異論を挟む者などおりません。そして、私は女ゆえ後宮の中に自由に出入りし姫と一心同体で行動できます」
野太い声が「は!」と響いた。冬籟だ。
「あんた、自分が後宮出入りの女商人になることで嫁ぎ先に富をもたらす気か?」
卓瑛が「嫁ぎ先?」と尋ね、冬籟が白蘭には許婚がいるのだと説明する。思いがけない方向に話が逸れて頭が一瞬空白になったが、彼らが話している間に一息つく時間ができた。
「陛下、これは私と周囲の私利私欲だけではありません」
冬籟が胡散臭そうな視線を向けてくるが、白蘭は真っ向から彼を見すえ返す。
「西妃が機能し東西交易が順調であること。これは冬籟様のためでもあるのですよ?」
「俺のため?」
「それに董にも恩恵があるはずです。琥との交易は董にも利益をもたらしているのですから」
冬籟がしぶしぶ認める。
「まあ、そうだな。西域の珍しい品々や未知の思想がもたらされて董の文化を豊かにしているから……」
白蘭は片手を顔の前で横に振った。
「いやいや、そういうぼんやりした話ではなく。カネですよ、カネ」
冬籟が天を仰ぐ。
「あんたは小娘のくせに、こまっしゃくれたことを口にする……」
「東西交易から上がる税収はかなりの額。その上、珍しいものが出回ることで経済が活性化し、これも国庫に益をもたらしているでしょう。琥との関係は董の財政の要」
白蘭はびしっと言葉を叩きつける。
「カネが無ければ北域討伐もできません」
「……」
「いつまでも謀反人をのさばらせてはなりません。正統な王家を再興するため、董から兵を遣わすべきです」
冬籟の顔がわずかに歪む。
「兄上の行方が分からないことには……。誰も俺のところに玄武の呪文を伝えて来ないのだから、兄上はまだ生きてどこかで潜伏していらっしゃるのかもしれない」
白蘭は「そろそろ諦めてはいかがですか」と言いかけて言葉を飲み込んだ。冬籟の顔が苦渋の色を濃くしていたからだ。
卓瑛が息を一つ吐いて冬籟の方を向いた。
「兄君でもお前でも正統な毅王家を再興させると私はお前に約束した。それには白蘭の言うとおり資金が必要だ。西妃が来るなら歓迎して琥との交易を栄えさせなければならない」
「西妃を迎えるのか……」
「しかたがない」
二人の男の表情はやるせなさそうだ。どうやら西妃はあまり歓迎されないものらしい。しかしながら、誰がどんな感情を持つにせよ西妃の入内は必要だ。
「西妃が入内すれば琥の商人は自活でき、董の財政は潤い、毅国の紛争も解決できます。様々な立場の利害が一致した結論だと申せましょう」
「よろしい。分かった。西妃の入内は琥の重臣たちが望むよう進めさせよう」
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