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平安時代の資料本、その書き手様の語る業界事情。
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鷲生は次回作の平安ファンタジーのための資料本をせっせと読んでおりますが。
最近、それぞれの書き手様が自分の立ち位置であったり、業界事情であったりについて言及されているのを見かけることが続きました。
平安時代のことを知るのに、前々から二つの領域があるなあとは思っていました。
日本史学(歴史学)と国文学の二領域です。
個々の研究者様の立ち位置や、その文章の趣旨によるので、そんなに違わないこともありますが、元は別領域です。
鷲生は2回大学に通っていますが、1回目の大学では、文学部は3つに分かれていました。
文学科、史学科、哲学科の3つです。
もちろん国文学科は文学科、鷲生のいた日本史学科は史学科です。
(ちなみに。鷲生が日本美術を勉強してみたいなあと思って日本史学科と迷った美学美術史学科は哲学科でした。美学が哲学の一領域ということなんでしょうね……)。
鷲生は国文学のことはあまり知らないのですが……
歴史学分野の研究者の倉本一宏さん(2024年大河ドラマ「光る君へ」時代考証担当)の方は、その著作で、「歴史資料」だけを扱うと宣言されています(具体的には公卿の日記など)、その際、はっきり「物語の類は扱わない」とおっしゃっておられます(※1)。
「栄花物語」は、仮名で書かれた「歴史書」ではありますが、物語として盛り上げるためか単なるミスかちょくちょく史実と合っていないので、これも倉本一宏さんは歴史史料からは排しておられます。
一方、国文学の方は、もちろん文学作品の研究が中心です。
とはいえ、物語が書かれた時代の作者を取り巻く社会環境や、登場する人やモノに対する考察も扱うことが多く、そういったものは歴史学とそんなに変わらないという印象を鷲生は受けます。
平安時代については、歴史史料として残るものが男性・政治生活に関するものを述べたものが多いので、公的な空間での出来事に偏りがちです。
女性も登場する平安ファンタジーを書くには、後宮などの内部についての研究の蓄積のある国文学分野の資料本を読むことも欠かせません。
国文学の……というより、「枕草子」についてとてもビビッドな研究をされている国文学者の山本淳子さんの著作は、ものっすごく面白いんですけど、かなり主観的かなあという気もします。
定子や清少納言の気持ちを代弁し、山本淳子さんの彼女達への愛情がびしばし伝わってくる著作です。
じゃあ、歴史学が無味乾燥かというとそうでもなく。
昔の大御所の角田文衛さんは、わりと小説みたいに持論を展開しておられたと記憶しています。
鷲生が1回目の大学で日本史学の学生だったころ、平安時代について卒論を書くのに(つーても本当に勉強しない学生でしたが)相談に乗ってくださった先生に「角田文衛さんの著作を参考にしてみては」とアドバイスをいただいたのに、「あの先生の本は小説みたいで……」とクッソ生意気なことをほざき、先生に「いや……でも、あの先生は立派な先生なんだよ」と諭されたことがあります(恥)。
さて、平安時代の資料本を書かれる専門の先生は日本史と国文学がご専門の方々に加え、繫田信一さんという方もおられます。
この方の専門領域は「歴史民俗資料学」ということになるようですが、耳慣れない分野です。
しかし、この方の本には庶民や貴族の日常生活を詳らかにする者が多く、鷲生も大変お世話になっております。
平安時代の中でも、キャリアの最初の時期は陰陽師を専門に扱っておられた方で、とても日本史学に近いように思えるのですが、ご自身は「歴史学」とは違う立場だとおっしゃっています。また、「歴史学の人々も、こちらを歴史学者だと認めはしないだろう」と著書の中で書かれています(※3)
一方で、歴史学者が中心となった『新陰陽道叢書』に論文を寄せてらっしゃるので、全く没交渉ということもないようです(※4)。
歴史学の領域で昔はちょっと軋轢があったと明らかにされているのが、日文研名誉教授の倉本一宏さん(上掲の、「光る君へ」の時代考証の先生です)。
日文研が設立された当初、既存の歴史学会と距離があったんだそうです(※5)。
それが京都大学の吉川真司さんとの共同研究で溝が埋まり、「歴史的和解」となったそうです。
倉本一宏さんは吉川真司さんを、研究者として優れているだけでなく、稀有な人格者とも褒めておられます。だからこそ、このような和解ができたのだと。
この吉川真司先生は『律令官僚制の研究』という著作が有名で、あちこちで引用されたり、参考文献として挙げられたりと、とても評価の高いものです(※6)。
ただ、鷲生はそのタイトルから、奈良時代の話なのかなと思って最近まで読むことがありませんでした。
ある日、図書館で借り出して読んでみたところ、これ、平安時代について書かれているし、何よりすっごくスリリングで面白い!と思いました。あちこちで高評価も納得です。すばらしいです!
ちなみに。この記事の上の方のエピソード、クッソ生意気な学生だった鷲生を優しく諭して下さったのがこの先生ですw
こんな先生のご指導を受けることができた1度目の大学生活。もっとちゃんと勉強しておけばよかったです。
若い頃もっと勉強していたら……と後悔しても時間は戻りません。そしてこれからの人生で最も自分が若いのは今日という日なので、せっせと積み上げた本を読んでいこうと思います。
*****
※1 出典元を思い出せずにすみません……。倉本一宏さんは著作が多く、鷲生もたくさん読んでいるのでどれであったか記憶が定かじゃなくて……。
『紫式部と藤原道長』講談社現代新書だったような気がしますが……。
※2 山本淳子さんの以下の著作です。
『源氏物語の時代-一条天皇と后たちのものがたり』2007 朝日新聞社
『枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い』2017 朝日選書
※3 『知るほど不思議な平安時代 上』 繁田信一 2022 教育評論社
※4 『新陰陽道叢書』第一巻 古代 2020 細井浩 編 名著出版
※5 『日本的時空観の形成』 2017 吉川真司・倉本一宏編、思文閣出版
※6 『律令官僚制の研究』 1998 吉川真司 塙書房
最近、それぞれの書き手様が自分の立ち位置であったり、業界事情であったりについて言及されているのを見かけることが続きました。
平安時代のことを知るのに、前々から二つの領域があるなあとは思っていました。
日本史学(歴史学)と国文学の二領域です。
個々の研究者様の立ち位置や、その文章の趣旨によるので、そんなに違わないこともありますが、元は別領域です。
鷲生は2回大学に通っていますが、1回目の大学では、文学部は3つに分かれていました。
文学科、史学科、哲学科の3つです。
もちろん国文学科は文学科、鷲生のいた日本史学科は史学科です。
(ちなみに。鷲生が日本美術を勉強してみたいなあと思って日本史学科と迷った美学美術史学科は哲学科でした。美学が哲学の一領域ということなんでしょうね……)。
鷲生は国文学のことはあまり知らないのですが……
歴史学分野の研究者の倉本一宏さん(2024年大河ドラマ「光る君へ」時代考証担当)の方は、その著作で、「歴史資料」だけを扱うと宣言されています(具体的には公卿の日記など)、その際、はっきり「物語の類は扱わない」とおっしゃっておられます(※1)。
「栄花物語」は、仮名で書かれた「歴史書」ではありますが、物語として盛り上げるためか単なるミスかちょくちょく史実と合っていないので、これも倉本一宏さんは歴史史料からは排しておられます。
一方、国文学の方は、もちろん文学作品の研究が中心です。
とはいえ、物語が書かれた時代の作者を取り巻く社会環境や、登場する人やモノに対する考察も扱うことが多く、そういったものは歴史学とそんなに変わらないという印象を鷲生は受けます。
平安時代については、歴史史料として残るものが男性・政治生活に関するものを述べたものが多いので、公的な空間での出来事に偏りがちです。
女性も登場する平安ファンタジーを書くには、後宮などの内部についての研究の蓄積のある国文学分野の資料本を読むことも欠かせません。
国文学の……というより、「枕草子」についてとてもビビッドな研究をされている国文学者の山本淳子さんの著作は、ものっすごく面白いんですけど、かなり主観的かなあという気もします。
定子や清少納言の気持ちを代弁し、山本淳子さんの彼女達への愛情がびしばし伝わってくる著作です。
じゃあ、歴史学が無味乾燥かというとそうでもなく。
昔の大御所の角田文衛さんは、わりと小説みたいに持論を展開しておられたと記憶しています。
鷲生が1回目の大学で日本史学の学生だったころ、平安時代について卒論を書くのに(つーても本当に勉強しない学生でしたが)相談に乗ってくださった先生に「角田文衛さんの著作を参考にしてみては」とアドバイスをいただいたのに、「あの先生の本は小説みたいで……」とクッソ生意気なことをほざき、先生に「いや……でも、あの先生は立派な先生なんだよ」と諭されたことがあります(恥)。
さて、平安時代の資料本を書かれる専門の先生は日本史と国文学がご専門の方々に加え、繫田信一さんという方もおられます。
この方の専門領域は「歴史民俗資料学」ということになるようですが、耳慣れない分野です。
しかし、この方の本には庶民や貴族の日常生活を詳らかにする者が多く、鷲生も大変お世話になっております。
平安時代の中でも、キャリアの最初の時期は陰陽師を専門に扱っておられた方で、とても日本史学に近いように思えるのですが、ご自身は「歴史学」とは違う立場だとおっしゃっています。また、「歴史学の人々も、こちらを歴史学者だと認めはしないだろう」と著書の中で書かれています(※3)
一方で、歴史学者が中心となった『新陰陽道叢書』に論文を寄せてらっしゃるので、全く没交渉ということもないようです(※4)。
歴史学の領域で昔はちょっと軋轢があったと明らかにされているのが、日文研名誉教授の倉本一宏さん(上掲の、「光る君へ」の時代考証の先生です)。
日文研が設立された当初、既存の歴史学会と距離があったんだそうです(※5)。
それが京都大学の吉川真司さんとの共同研究で溝が埋まり、「歴史的和解」となったそうです。
倉本一宏さんは吉川真司さんを、研究者として優れているだけでなく、稀有な人格者とも褒めておられます。だからこそ、このような和解ができたのだと。
この吉川真司先生は『律令官僚制の研究』という著作が有名で、あちこちで引用されたり、参考文献として挙げられたりと、とても評価の高いものです(※6)。
ただ、鷲生はそのタイトルから、奈良時代の話なのかなと思って最近まで読むことがありませんでした。
ある日、図書館で借り出して読んでみたところ、これ、平安時代について書かれているし、何よりすっごくスリリングで面白い!と思いました。あちこちで高評価も納得です。すばらしいです!
ちなみに。この記事の上の方のエピソード、クッソ生意気な学生だった鷲生を優しく諭して下さったのがこの先生ですw
こんな先生のご指導を受けることができた1度目の大学生活。もっとちゃんと勉強しておけばよかったです。
若い頃もっと勉強していたら……と後悔しても時間は戻りません。そしてこれからの人生で最も自分が若いのは今日という日なので、せっせと積み上げた本を読んでいこうと思います。
*****
※1 出典元を思い出せずにすみません……。倉本一宏さんは著作が多く、鷲生もたくさん読んでいるのでどれであったか記憶が定かじゃなくて……。
『紫式部と藤原道長』講談社現代新書だったような気がしますが……。
※2 山本淳子さんの以下の著作です。
『源氏物語の時代-一条天皇と后たちのものがたり』2007 朝日新聞社
『枕草子のたくらみ 「春はあけぼの」に秘められた思い』2017 朝日選書
※3 『知るほど不思議な平安時代 上』 繁田信一 2022 教育評論社
※4 『新陰陽道叢書』第一巻 古代 2020 細井浩 編 名著出版
※5 『日本的時空観の形成』 2017 吉川真司・倉本一宏編、思文閣出版
※6 『律令官僚制の研究』 1998 吉川真司 塙書房
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