京都に住んで和風ファンタジー(時には中華風)の取材などする日記

washusatomi

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平安時代の「唐物」についての本を読んでいます。

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 鷲生は次回作で、平安時代に宋の海商から独自に唐物を仕入れて都で売りさばく辣腕女商人を登場させようかと思っています。

 それで、平安時代の貿易情報などを扱った資料本を読んでいます。

 以前に、河添房江さんの『光源氏が愛した王朝ブランド品』という本を読み、この日記にも書きました(※1)。

 今回はさらに、同じ河添房江さんの単著『源氏物語と東アジア世界』(※2)と、河添房江さんと皆川雅樹さん編著の『唐物と東アジア』(※3)という本を借りてきました。

 河添房江さんご自身がおっしゃるように2007年の『源氏物語と東アジア』と2008年『光源氏が愛した王朝ブランド品』とはだいぶ内容が重なっています。前者の方が範囲が広く(源氏物語以外への言及も多い)学術的で、後者の方が一般向けですね。モノについての説明は後者の方が分かりやすいかと思います。

 これらの本とと、2016年の『唐物と東アジア』におさめられている論文(特にシャルロッテ・フォン・ヴェアシュア「平安時代と唐物」)から平安時代の交易をざっくりまとめると……。

 博多・大宰府に宋船が来ると、京の朝廷にそれが伝えられ、まずは朝廷(帝)から「唐物使」(あるいは買いたいもののリスト)が送られ、帝に先買権があったとのこと。
 そして、帝が「唐物御覧」したものを、近しいミウチや臣下に分配しており、そこでは「唐物」が帝の王権を示す威信財として機能したようです。

 一方、貴族たちの唐物への需要も非常に高く、上記のルート以外で購入しようとしたりすることも多く、たびたび禁令が出されています。

 それでも博多・大宰府で公的ルート以外で入手した品物が大貴族の手にわたることも多かったようです。
 大宰府の官人や、近辺の国司なんかが時の権力者に贈ったり、時の権力者が自分の息のかかったものをそういった役職に送り込んだりしてたとか。

 鷲生が自分の小説に登場させようとする女商人は、これらのルートからさらに逸脱したルートを持っているという設定にしないといけなさそうです。

 具体的にどんなものが輸入されたかについては、三冊とも一次史料『新猿楽記』から香料・薬品・顔料・書籍・鳥獣類・文房具などなどを挙げています。

 河添房江さんの著作では、『源氏物語』の中、つまりは貴族の生活の中でどのように「唐物」が使われ、認識されていたかについても、書かれています。

 その中で、舶来品の「文化ジェンダー」について述べられています(※4)

「平安文化においては、唐の文化を体現する漢詩・漢字(真名)・唐絵と、和の文化を体現する和歌・仮名・やまと絵といった和漢の対照がしばしば指摘されることはいうまでもない。千野香織は、それらが公と私の世界で使い分けられることから、男性性/女性性のジェンダーメタファーで、その現象を説明している」

「ところが、『源氏物語』でさらに特徴的なのは、「和」と「唐」ばかりでなく、「高麗」という「唐」の男性性に対しては女性性に傾き、「和」の女性性に傾く、中間項ともいうべき文化的ジェンダーを押し出す現象ではないか」

 鷲生も漢学=男性文化、仮名=女性文化という前提でお話を書こうとしていますので、まずは千野香織さんの論文を読んでみようと思います(※5)。

 あと、鷲生は藤原実資を登場させる予定なので、111ページの「藤原実資の唐物狂い」も興味深く読みました(※6)

 鷲生の次回作と直接の関係はないんですが、『唐物と東アジア』でいくつか興味深い指摘がありました。

 島尾新さんの論文の中にこんなエピソードが出てきます。

「『日本の美術館なのに、日本の美術はどこにあるのですか』 唐物のコレクションで知られる美術館の館長が欧米からの賓客にまま聞かれることがあるという」

 たしかにギャラリーに並んでいるのは「唐物」。
 だけど、それらは日本の歴史の中で、日本美術の一つの種類として長く存在しており、その館長さんだって「中国の美術品」を展示しているというつもりはないのだと思います。

 日本の中に取り込まれて日本文化の一部となった「唐物」と、その時点で現実に海を渡った中国に存在する「唐物」とは少し違う……。

 島尾さんは、この辺の機微を近代以降の「西洋画」に例えてくださいます。
 近代以降に西洋画が日本に入ってきて(そして近代以降の「日本画」が成長して)、黒田清輝のような「洋画家」が誕生します。でも、現実に西洋で活動したレンブラントなどを私たちは「洋画家」とは言いません。「日本の洋画」と「西洋美術」とはちょっと違うんですよね。
(鷲生の思いつくところでは「洋食屋」と「レストラン」の違いとか。「街中華」と「ガチ中華」。 「家系ラーメン」と「(中華レストランの)拉麺」とか)。

 島尾さんは以下のようにお話をまとめてくださいます。

「いったん話を単純化すれば、「唐物」には三つのもの──異国の美術としての唐物、「和」の世界に取り込まれた「唐物」、そして日本で造られる「唐物」があった」。

 また、皆川雅樹さんの論文では、先行研究に以下のような文章があると指摘しておられます。

「唐物は、唐船から日本の港町に荷揚げされた瞬間に、和の物の価値体系に組み込まれて、新しい重宝として生を受けるかのようである」

 この辺で鷲生が連想するのは、「日本人にとって『中華』とは何か」という問いです。

 鷲生は以前中華ファンタジーを書いていますし(※7)、そのときに参考に読んだ本を紹介するエッセイもカクヨムに投稿しております(※8)。

 ですが……。
 中国の史実がそのまま中華ファンタジーの舞台に使えるわけではないということも感じます。

 とある商業作家様(中華後宮モノを書いてらっしゃる方)がXで以下のようなポストをされたことがあります。

「私にとっての『調べ物』とは、『古代中国に唐辛子は存在しなかった(唐辛子は南米原産、四川料理が辛くなったのは19世紀以降)』という事実を突き止め、虚無顔になり、天を仰ぎ、腕を組み、眉間を揉み、「でも唐辛子あったほうがそれっぽいしな、唐辛子描写は残すものとする!」と結論する作業のこと」
 https://x.com/satsuki_nkmr/status/1854835970522100188


 日本のエンターテイメントが「中華っぽい」と感じる要素と、史実との距離。

 中華だけでなく、いわゆる「ナーロッパ」もそうです。
 中世ヨーロッパが基になっているんだろうけれど、「なろう」系小説では、史実とは別に「世界観」が読み手・書き手に共有されているという現象。

 不思議だなあ……と前から思っていました。
 今回、『唐物と東アジア』を読んでみて、少しだけぼんやりした思考に手がかりが得られた気がします。

 この『唐物と東アジア』は通史なので、古代までしか興味のない鷲生が即購入に踏み切るかは微妙ですが、面白い本ですのでちゃんと記憶にとどめてせっせと図書館で借り出すようにしようと思います。

 *****

 ※1「京都に住んで和風ファンタジー(時には中華風)の取材などする日記 河添房江さんの『光源氏が愛した王朝ブランド品』を読んでます。」
 
https://www.alphapolis.co.jp/novel/161111112/900876435/episode/9156995
 なお、この記事に書きましたように、河添房江さんについては以下の本も読んでます。
『唐物の文化史 舶来品からみた日本』 河添房江 2014 岩波新書 https://www.iwanami.co.jp/book/b226264.html


 ※2『源氏物語と東アジア世界』 河添房江 2007 NHKブックス No.1098
 https://www.nhk-book.co.jp/detail/000000910982007.html?srsltid=AfmBOooZxxijG8zHjTmwz46uDMq9RDqfaUYm9dFWHtyWoVobEUFJVdQB

 ※3『新装版 唐物と東アジア 舶載品をめぐる文化交流史』河添房江・皆川雅樹 編 2016 勉誠社
 https://bensei.jp/index.php?main_page=product_book_info&products_id=100561

 ※4 『源氏物語と東アジア』178-179ページ。

 ※5 千野香織 1994 「日本美術のジェンダー」『美術史』百三十六号

 ※6 『源氏物語と東アジア』111ページ

 ※7 「後宮出入りの女商人 四神国の妃と消えた護符」
   https://www.alphapolis.co.jp/novel/161111112/878803039

 ※8 「中華ファンタジー・中華後宮モノを書きたい人への資料をご紹介!」 
 https://www.alphapolis.co.jp/novel/161111112/529799972

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