計略の華

雪野 千夏

文字の大きさ
上 下
3 / 55

第3話

しおりを挟む
「おっはよう」
「ああ、おはよう」
月曜日。出社早々、声をかけてきたのは鈴木真美だった。経理部所属ながらお堅い印象のない真美は、数少ない友人だ。
「なに、週明けそうそう浮かない顔ね。なにかあったの?」
「いや、べつに」
ふわふわの髪が朝日の中できらきらしている。
「そうよね。念願の古美術展覧会へのめどがようやくたったんだって話しだものね」
「どこでその話」
愛らしさに反した情報収集能力だけは心臓に悪い。まだオフレコのはずなのに。どこでその話題、といいかけてやめた。社内外の情報でしらないことはないと言われる彼女のソースを探ったところでいいことなどあるはずがない。
「ま、いいけど。言いふらさないでよね」
念のため口止めすれば、もちろんよ、と真美は笑った。
「で、どうよ。梶谷くんには会ったの?」
一体何処まで情報通なのだ。功労者が梶谷であることまで知っている。改めてこの親友のチワワな見た目に反する能力に脱力を覚えた。
「あったもなにも、昨日山内から報告受けただけです」
「ふうん、あ噂をすれば」
「おはようございます」
現れたのは梶谷剛史だ。同期だが、彼は院卒のため年上だ。相変わらずスーツが似合う。営業職かと思うくらいの人当たりの良さで有名だが、彼は研究職だ。丁寧に真美に頭を下げた。
「何よ、堅いわね。相変わらず。そんな男じゃないでしょ本当は」
梶谷は苦笑した。下手なことを言いそうになるとこの男は笑う。隠したい本音のあるときほどきれいに笑って見せる男なのだと私は知っている。そんな私の視線に気づいたのか、梶谷は肩をすくめてみせた。
「影の経理部長に逆らうほど命知らずじゃないですよ」
「なにそれ、影の人事部長の間違いじゃなくて?」
梶谷のポーカーフェイスが固まった。さすが真美だ。じっと梶谷を見て、その表情が動いたことで満足したらしい。私を見た。
「ま、いいわ。じゃあ望月さん、また」
そういうとピンヒールの音も高らかに彼女はエレベーターに乗り込んでいった。
しおりを挟む

処理中です...