計略の華

雪野 千夏

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第2話

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結局、山と積まれた釣書を束ねて持ち帰ることとなった。電車の中にうっかり忘れてしまおうかと思ったが、できなかった。
軽い夕飯を食べ、めったに飲まないビールを飲む。こんな日に素面でなどいられない。炭酸が口ではじけて苦みだけが体にしみわたった。都会の明かりを見下ろしながら、テーブルの上に置いた釣書たちを眺める。大層な学歴と実績の持ち主たちばかりだ。先日学会で話題になった論文の発表者、若手にしては堅実な起業家、国内シェア九十%を誇る部品メーカーの若社長。かと思えば、先生に、警察官に自衛官。同僚の写真を見つけたときには笑うと同時に、申し訳なくなってしまった。
「本当に種が欲しいだけなんだな」
家同士の付き合いを度外視した、どれだけタイプの違う男を集められるかを競ったともいえる釣書の山にもはや呆れを通り越して感心するしかない。おそらくもう逃げられない。この山をつき返したところで、望月家にいる娘である以上この話はついて回る。しばらく経てば本格的な家同士の結びつきのみを重視した話ばかりになるだろう。
スマホが鳴った。
「はい」
『お疲れ様です。山内です。望月主任、やりましたよ。例の案件先方OK出ました』
「は、ほんとう?」
『マジです、マジ。俺も梶谷先輩から聞いた時には耳を疑いましたもん。でもいやもう、梶谷さまさまですよ。詳しいことは週明けに話しますけど。これで大筋は大丈夫です。一年後には社長賞もんですよ』
つまみに、と駅前で買った焼き鳥をかじった。

たった今まで暗礁に乗り上げていた案件が動きだした報告に、知らず胸が踊った。もう一本、と手をのばして、その横にある釣書にもう一つの現実を突き付けられる。一気に食欲が失せた。
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