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その夜はごちそうだった。本当なら誰かの誕生日は村の皆でごちそうを作り、皆で祭のように集まって食べるが、今日は村の皆が作ってくれたごちそうを、村の皆で分け、それぞれの家で食べた。
「マルコ、おめでとう」
お父さんが言った。お母さんが笑った。小さなエディも笑っている。マルコはお母さんが作ってくれたシチューをすくった。大好きな鹿肉入りのシチューなのに、マルコはなんだか食べる気がしなかった。ありがとうと言ったけれど、ソファの上に置いたフレッドおじさんから貰った小さな剣が目に入って苦しくなった。
「大丈夫だ」
お父さんが言った。
「あなたのことは私が守るわ」
お母さんが言った。マルコは何も言えなくて、「うん」と言った。
その夜、マルコはベッドの中一人考えた。フレッドおじさんのこと、長老の白くなりかけた手のこと、お父さんのこと、お母さんのこと、エディのこと、村の皆のこと。一人一人、考えた。皆の年は正確には知らないけれど、一人一人数えた。長老の次は、長老の奥さんで、その次はパン屋のおばあさんで。お父さんは三十番目で、お母さんは三十五番目。最後から四番目がマルコで、三番目がエディだ。
マルコは銀河の彼方なんて行ったことはない。この星から出たこともない。でも銀河の彼方への行き方は知っている。そして、それは今日みたいな夜がいいのだ。
マルコは一人家を出た。部屋の奥でお父さんとお母さんの気配がしたけれど、声はかけなかった。かけたらきっと泣いてしまうから。マルコは真っ暗な夜道を歩いた。村のはずれの丘の上、門番がいた。星を繋ぐ道を管理する門番だ。
「よいのだね?」
門番は言った。
「うん。僕が星屑をとってくるんだ」
門番は人一人が通れる鉄格子の門を開けた。そこには夜空に向かって螺旋階段があった。
「わあ」
マルコは初めて見る銀河の美しさに声を上げた。
「階段を上りきると、足元は紺色に変わる。それが道だ。いくつもの星に繋がっている。だけど、この星から銀河の彼方には誰も行ったことがない。だからまだ道はない。足元は暗いだろうが、そのランタンの光が指す方に進んでいけ。決して何があっても足を止めたらいけない。まっすぐにその光の指す道を信じるんだ」
門番は彼がいつも持っているランタンに息を吹きかけた。そうすると、ぼうっと青白い炎がくぐもったガラスの奥に灯る。
「ほら、お前の番だ」門番はランタンを差し出した。
マルコは驚きながら息を吹きかけた。青白い炎がごっと音を立て緑になって赤になって、白くなって、エディの好きなオレンジ色になった。
「これでお前のランタンだ。きっと大丈夫だ」
いつもしかめ面の門番は白髪をかいて笑った。ランタンは門番をするには絶対になくしちゃいけないものだ。門番はこれまで一度だってそれをマルコに触らせてはくれなかった。
でも、彼は十一番目だ。
「ありがとう」
マルコは自分が新たな門番になったのだと思った。
階段を上りきると、門番が言った通り、紺色の道ができていた。いくつもの道が星の間を通っている。ランタンがぼうっと瞬き、マルコはその中の一本を進んだ。道はただ平坦でどこまでも続いていた。傍らの星に飛ぶ笑い声と、時々すれ違う星中花の滴を積んだ貨物車に、マルコはだんだん遠くなっているのだと思った。何度も振り向きたくなったけれど、マルコは振り向かなかった。ただひたすら歩いた。不思議とお腹は減らなかった。時間の感覚が薄れ、時折光る足元の道の点滅に日が変わったことを知った。十一回目に点滅した日、ランタンが一度だけ青く光った。マルコを包むくらい大きく光ったあと、光はまた元のオレンジに戻った。
マルコは歩いた。
十三回目の点滅の日、マルコは遠くで誰かが歌う声を聞いた気がした。銀河の彼方へ続く道に誰もいないのに、そう思ったときずっと続いていた道が足元から消えた。一面の暗闇に、ただランタンが光る。マルコはランタンを持ち上げ、ゆっくりと自分の周りを照らした。右に左に、ランタンの色は変わらなかったが、下を照らしたときにランタンがぺかりと不思議な色で瞬いた。道のない場所、落ちていくような恐怖の中、マルコは足を踏み出した。ぺかり、マルコの靴の下が、門番がずっといた丘の色に光った。マルコは一歩、また一歩、何もない場所を進んだ。マルコの足跡だけが銀河の上にとこりと残る。
マルコはまた歩き、巨大な川まできた。銀河の上、流れているのは砂粒が浮いたまま音もなく空間を彷徨うのは大河そのものだった。銀河の彼方とはこれの向こうのことだとマルコは思った。川の前には何人もの人がいた。マルコのようにやって来たのか、それでも誰も川を渡ろうとはしなかった。砂の漂う川の前に佇み、遠くを眺めている。
「あの、船を貸してください。僕は薬屋に行きたいんです」
マルコは船を持ったウサギに話しかけた。
「村の皆が繭になっちゃうんです。僕皆を助けたいんです。お願いします」
白いウサギはじっとマルコを見た。
「そうか。頑張れよ。俺の家族ももうすぐ来るんだ」
白いウサギはマルコを船に乗せると、不思議な形の棒を渡した。
「あきらめるなよ」
そういうとマルコの乗った船を川へと押し出した。
船が川に入ったとたん、緩やかだった川は激流へと姿を変えた。砂粒の穏やかな音色が嘘のような濁流に濛々と砂でもない何かがマルコに襲い掛かる。マルコは必死に目の前に不思議な形の棒をかざし、襲ってくる何かから身を守った。船を漕ぐことなどできなかった。ただ恐ろしいうめき声のような何かを打ち払うように棒を振るった。
マルコはただ、船から落ちないように必死だった。流れに流されるまま、船は行く。マルコは川べりにいた人たちはこうやって渡ろうとして渡れなかった人たちなのだと思った。ごおっと音が聞こえた。ランタンがぺかりと光った。船は揺れる。ランタンがまたぺかりと光った。
「まさか」
マルコは囂々とうねりを上げる砂の川を見た。ランタンは決まった場所でぺかりと光る。マルコはランタンを片手に、船の端に立つと、えいっと川へ飛び込んだ。
「マルコ、おめでとう」
お父さんが言った。お母さんが笑った。小さなエディも笑っている。マルコはお母さんが作ってくれたシチューをすくった。大好きな鹿肉入りのシチューなのに、マルコはなんだか食べる気がしなかった。ありがとうと言ったけれど、ソファの上に置いたフレッドおじさんから貰った小さな剣が目に入って苦しくなった。
「大丈夫だ」
お父さんが言った。
「あなたのことは私が守るわ」
お母さんが言った。マルコは何も言えなくて、「うん」と言った。
その夜、マルコはベッドの中一人考えた。フレッドおじさんのこと、長老の白くなりかけた手のこと、お父さんのこと、お母さんのこと、エディのこと、村の皆のこと。一人一人、考えた。皆の年は正確には知らないけれど、一人一人数えた。長老の次は、長老の奥さんで、その次はパン屋のおばあさんで。お父さんは三十番目で、お母さんは三十五番目。最後から四番目がマルコで、三番目がエディだ。
マルコは銀河の彼方なんて行ったことはない。この星から出たこともない。でも銀河の彼方への行き方は知っている。そして、それは今日みたいな夜がいいのだ。
マルコは一人家を出た。部屋の奥でお父さんとお母さんの気配がしたけれど、声はかけなかった。かけたらきっと泣いてしまうから。マルコは真っ暗な夜道を歩いた。村のはずれの丘の上、門番がいた。星を繋ぐ道を管理する門番だ。
「よいのだね?」
門番は言った。
「うん。僕が星屑をとってくるんだ」
門番は人一人が通れる鉄格子の門を開けた。そこには夜空に向かって螺旋階段があった。
「わあ」
マルコは初めて見る銀河の美しさに声を上げた。
「階段を上りきると、足元は紺色に変わる。それが道だ。いくつもの星に繋がっている。だけど、この星から銀河の彼方には誰も行ったことがない。だからまだ道はない。足元は暗いだろうが、そのランタンの光が指す方に進んでいけ。決して何があっても足を止めたらいけない。まっすぐにその光の指す道を信じるんだ」
門番は彼がいつも持っているランタンに息を吹きかけた。そうすると、ぼうっと青白い炎がくぐもったガラスの奥に灯る。
「ほら、お前の番だ」門番はランタンを差し出した。
マルコは驚きながら息を吹きかけた。青白い炎がごっと音を立て緑になって赤になって、白くなって、エディの好きなオレンジ色になった。
「これでお前のランタンだ。きっと大丈夫だ」
いつもしかめ面の門番は白髪をかいて笑った。ランタンは門番をするには絶対になくしちゃいけないものだ。門番はこれまで一度だってそれをマルコに触らせてはくれなかった。
でも、彼は十一番目だ。
「ありがとう」
マルコは自分が新たな門番になったのだと思った。
階段を上りきると、門番が言った通り、紺色の道ができていた。いくつもの道が星の間を通っている。ランタンがぼうっと瞬き、マルコはその中の一本を進んだ。道はただ平坦でどこまでも続いていた。傍らの星に飛ぶ笑い声と、時々すれ違う星中花の滴を積んだ貨物車に、マルコはだんだん遠くなっているのだと思った。何度も振り向きたくなったけれど、マルコは振り向かなかった。ただひたすら歩いた。不思議とお腹は減らなかった。時間の感覚が薄れ、時折光る足元の道の点滅に日が変わったことを知った。十一回目に点滅した日、ランタンが一度だけ青く光った。マルコを包むくらい大きく光ったあと、光はまた元のオレンジに戻った。
マルコは歩いた。
十三回目の点滅の日、マルコは遠くで誰かが歌う声を聞いた気がした。銀河の彼方へ続く道に誰もいないのに、そう思ったときずっと続いていた道が足元から消えた。一面の暗闇に、ただランタンが光る。マルコはランタンを持ち上げ、ゆっくりと自分の周りを照らした。右に左に、ランタンの色は変わらなかったが、下を照らしたときにランタンがぺかりと不思議な色で瞬いた。道のない場所、落ちていくような恐怖の中、マルコは足を踏み出した。ぺかり、マルコの靴の下が、門番がずっといた丘の色に光った。マルコは一歩、また一歩、何もない場所を進んだ。マルコの足跡だけが銀河の上にとこりと残る。
マルコはまた歩き、巨大な川まできた。銀河の上、流れているのは砂粒が浮いたまま音もなく空間を彷徨うのは大河そのものだった。銀河の彼方とはこれの向こうのことだとマルコは思った。川の前には何人もの人がいた。マルコのようにやって来たのか、それでも誰も川を渡ろうとはしなかった。砂の漂う川の前に佇み、遠くを眺めている。
「あの、船を貸してください。僕は薬屋に行きたいんです」
マルコは船を持ったウサギに話しかけた。
「村の皆が繭になっちゃうんです。僕皆を助けたいんです。お願いします」
白いウサギはじっとマルコを見た。
「そうか。頑張れよ。俺の家族ももうすぐ来るんだ」
白いウサギはマルコを船に乗せると、不思議な形の棒を渡した。
「あきらめるなよ」
そういうとマルコの乗った船を川へと押し出した。
船が川に入ったとたん、緩やかだった川は激流へと姿を変えた。砂粒の穏やかな音色が嘘のような濁流に濛々と砂でもない何かがマルコに襲い掛かる。マルコは必死に目の前に不思議な形の棒をかざし、襲ってくる何かから身を守った。船を漕ぐことなどできなかった。ただ恐ろしいうめき声のような何かを打ち払うように棒を振るった。
マルコはただ、船から落ちないように必死だった。流れに流されるまま、船は行く。マルコは川べりにいた人たちはこうやって渡ろうとして渡れなかった人たちなのだと思った。ごおっと音が聞こえた。ランタンがぺかりと光った。船は揺れる。ランタンがまたぺかりと光った。
「まさか」
マルコは囂々とうねりを上げる砂の川を見た。ランタンは決まった場所でぺかりと光る。マルコはランタンを片手に、船の端に立つと、えいっと川へ飛び込んだ。
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