星屑と繭灯り

雪野 千夏

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 目を開けると静かな銀河だった。目の前には暗く蒼い夜空の隙間をすっと切り裂いて、古茶けた絵本で見たようなテントがあった。入り口には鈴ボタルが瞬き、巨大惑星の欠片が看板替わりに置かれている。扉代わりに垂れ下がった布をくぐると、イルカのようなつるっとした肌に細く長い鼻、両耳の脇にだけ白い髪の毛らしきものがふさふさとついた彼がいた。

 黒眼がちなアーモンド形のつぶらな瞳の彼はマルコを見ると「あらまあ」と言った。



「ここにお客さんがあるのは久しぶりだよ。よく来られたね」

「あの、僕、星屑をわけてほしくて」



 マルコは精いっぱい行儀よく言った。本当はもっと言わなければいけないことがあったのだけれど、マルコはそれしか言えなかった。



「星屑が欲しいのかい」

「そのために僕は来たんです」

「そうかい」



 彼はマルコの手にある不思議な形の棒を見ると、部屋の中で細いガラス瓶に入って光る星を見た。それが星屑なのかとマルコは思った。



「あれはね、昨日までは小熊のところにいた君の年くらいの子供の星屑だよ。あっちにあるのはウサギの子供だった。ここへ来たなら会っただろう。渡し守の川にいるウサギはこれの兄だよ」

「子ども?でもあの人はおじいさんで」

「ああ、外はもうそんなに時間が流れたのかい。あれがここに来たのも随分昔のことだからね」



 薬屋は湯気の立つカップに口をつけた。ふわりと波立つ湯気が彼の顔の周りをめぐり、口の中へと吸い込まれる。ビー玉のような瞳が不可思議な色を放つ。



「今はここで休んでいる」

「休んでいる?でも、星屑は死んでいるって」



 星屑は亡くなった人の思い出でできていると長老は言っていた。繭を溶かすことができるのは人の想いだけなのだと。



「ああ星屑が人だってことは知っていたのだね。そうさ、本当に死ねば銀河の森の土になる。そうして銀河の砂の一つとなる。川べりにいたのは星屑の家族さ。百年たって傷を癒しもう一度会うのを待つのもいれば、砂になった家族を拾うためにいるのもいる。哀れなものさ」

「じゃあ星屑は今は生きているの?」



 細いガラス瓶の中で小さな星が瞬いている。



「ああ、生きているさ。休んでいるだけ。あっちのはあと一年、あっちのは十年だったかな。時がたてば元に戻る」

「でも、星屑を持って帰らないと皆死んじゃう」

「そうかい。ここまで来られたってことはここにいる星屑たちの家族が通したってことだ。見えたのは渡し守だけだろうが……。どうせこの星屑たちが動けるようになるころにはこの世にいない連中だ。どれでも好きなものを持って行けばいい。たくさんの人間を救いたいなら、星屑になった年が長いのを選ばないと効果はないよ」



 なんてないことのように薬屋は言った。



「それって、もうすぐ元に戻る人の星屑を持って行けってこと?それってあのウサギのおじいさんの弟の星屑を持って行けってこと?」

「選ぶのはお前さんさ。好きにするといい。持っていくのも行かないのも――ね」



 そういうと、薬屋はマルコに背を向けた。



「僕が、星屑がほしいって行ったら、頑張れよって言ったんだ。あきらめるなって言ったんだ」

「そうかい。ああ、荒れてきたね。出発は明日にしな。人間の子供にこの嵐は渡れないからね」



 そんな残酷なことはない。マルコは睨んだけれど、薬屋は鼻をひくりと動かし、もう用はないと出て行ってしまった。

 マルコは一人、細いガラス瓶に入った星を見た。不思議とどれがあと何年かというのが分かった。すぐにでも星屑をもっていかないといけない。



「でも、これを持っていったら僕は人殺しだ」



 渡し守のおじいさんは「もうすぐ大事な家族が戻ってくる」嬉しそうに言っていた。

 その晩、マルコはずっとガラス瓶の中の星を見つめていた。小さな小さな星の小さな小さな輝きに何度も手を伸ばし、何度も手を下ろした。そのたびに、フレッドおじさんの顔と、長老の白くなった手が頭に浮かんだ。お父さんの声と、お母さんの料理を思い出した。妹のエディの「にいに」という舌足らずな高い声が聞こえた気がした。そうして、きっとあのウサギのおじいさんも、きっと昔、星屑になった弟と遊んだのだろうと思った。

 マルコはこわかった。悲しかった。寂しいと、悔しいと、どうしてだろうがいっぺんに渦巻いて、声を上げて泣いた。



「ああ、決めたのかい」



 翌朝、薬屋は泣きはらしたマルコの手の中の星屑の入ったガラス瓶を見て言った。



「これを貰っていきます」

「ああ、構わないよ」

「お代は」

「いらないよ。お前は選んだからね」

「選んだ?」

「ああ、星屑はどうやってできるか知っているかい?」

「いえ」

「人だよ。繭になった人を助けたい。そうしてここに来た者が助けるための星屑を選べないとき、人は星屑になるのだよ」



 薬屋はきゅいっと唇を上げ笑った。



「そんな、じゃあ僕も」

「ああ、なり損ねたね。ほら外の嵐もおさまった。もうおいき」



 薬屋はマルコを両手で抱き込むようにして、手を振り上げた。

 気付けばマルコは渡し守のおじいさんがいた川べりに立っていた。



「お前!」



 かけよってきたおじいさんに、マルコは咄嗟に手の中の星屑を隠した。



「よかった無事だったか」



 おじいさんは「よかったよかった」とマルコを抱きしめた。おじいさんは泣いていた。「すまん、すまんな」と泣いていた。マルコの手の中で星屑がぽわりと暖かくなった。



「おじいさん」



 マルコは手の中の細いガラス瓶に入った星屑をおじいさんに見せた。



「よかったな、これでお前の村の人は助かるだろう」



 おじいさんは星屑が弟だと分からないみたいだった。早く行け、とマルコの背中を押した。「ありがとう」マルコはそういって歩き出そうとしたけれど、できなかった。



「これ、おじいさんの弟です」



 マルコはおじいさんに星屑の入ったガラス瓶を渡した。

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