帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第8章 海外へ広がる『処方』

8.11 ハヤトのスキャンダル2

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  ハヤトは、国会に入って防衛委員会に出席すると、すでに入室して席についていた議員からざわめきが起きる。中には露骨に指さして隣と話しているものもいるが、ハヤトはそうであろうとは思っていたので平気である。すでに開会時間になっていたが、1人の野党議員が立ち上がって、委員長に向けて挙手をして大声で言う。

 野党でも中堅の、よくテレビにも出てくる議員である山中誠也である。
「委員長、緊急動議です。この席に、殺人の容疑がかかっている者を出席させるのは適当でないと思います。委員長の職権で退席を命じてください!」
「え、あ、ああ、しかし………」

 委員長の自民のベテラン議員が、突然のことでまごついているのを見て、日本新世紀会、自衛官出身の瀬崎議員が手を挙げて立ち上がって言う。
「委員長、今の山中委員の言葉は懲罰ものです。なぜなら、山中委員の言われる件については、未だ警察から何らの発表はありませんので、容疑というのは全く当たりません。マスコミが、いかにも二宮議員が有罪のごとく報じていますが、根拠は単に殺された女性の言葉と、その言葉に動かされている両親の言葉のみです。
 一方で、二宮委員は少なくとも女性との関係を明確に否定しています。山中委員、あなたはマスコミの印象付けるのみの報道と、日本国のみならず世界にすでに多大な貢献をしているハヤト氏と、どちらを信じるのですか?」

 瀬崎は山中を厳しく睨みつける。
「しかし、いや、む、むろん、ハヤト氏を信じたい。しかし、マスコミは……」
 山中が狼狽えて、もごもご言う所に対して、ハヤトも手を挙げて立ち上がって言明する。

「瀬崎議員ありがとうございます。ここで、同僚委員の皆さんに言っておきますが、私は今回殺された女性とその赤ん坊とは、個人的な関係も面識もありません。従って、マスコミの言っている、私の殺人の容疑なるものは全くの誤りであります。
 今回の問題は、ある女性の妄想を、ある週刊誌とある国の機関が煽り立て、かつ殺人までを犯したものと私は確信しております。いずれにせよ、赤ん坊との血縁関係にないことは、近く警察の鑑識で証明されると思います。そういうことで、私がこの委員会から退席することは、某国の手に乗ることになりますので、私は断固として出席します」

 この言葉に、瀬崎を始め与党席の議員から拍手が湧き、委員会はいつも通り開かれた。そこで注目すべき発表が、防衛省からあった。
「防衛省、調達局長の坂野です。今般、我が国の兵器体系の大幅な見直しを実施していますので、ここでその概要をご報告しておきます。このベースになるのは、近年開発されたAE発電及びバッテリーシステムと、重力エンジンであります。AE発電及びバッテリーシステムと、重力エンジンの組み合わせは、航空機、車両さらに船の運航のシステムを抜本的に変えてしまいました。
 つまり、重力エンジンは、非常に低コスト・省エネ的に物を浮かせて推進もすることができるのです。従って、今後少なくとも最高を効率を追求する兵器の分野では、あらゆる推進機は重力エンジンになるとされています。その場合、航空機については、ジェットあるはプロペラによる推進から重力エンジンに換装するのみですのでそれほどは変わりません。

 すでに、このタイプのものが実用化されて運用されております。いまご出席されているハヤトさんが、資源探査に使っている“しらとり01号”とすでに実用化された重力エンジン戦闘機の“しでん”ですね。この予算は、すでに組んでいたF35などのものを流用しておりますが、なにせコストがF35に比べれば10分の1でありますので、機数は1年後には350機が揃うという予定になっています。
 このように、航空自衛隊については、“しでん”のような小型機、“しらとり”のような中型機を様々な機能を持たせることになっています。なお、中型機については、“しらとり”などは既存の航空機を改修したものとしましたが、鋼製の安価版が製造され始めています。
 これも、輸送機やP1など偵察機の予算を流用してある程度の量産に入ることになっています」

 坂野調達部長は一旦言葉を切って、委員を見渡す。野党は文句を言いたくてたまらない顔をしているが、委員長の許可なく質問は出来ないので我慢している。再度坂野は口を開いた。
「さて、問題は海上自衛隊であります。海上自衛隊はその名の通り、その主要兵器は海に浮かぶ艦船です。しかし、重力エンジンが実用化された今、海に浮かんで水の大きな抵抗を押しのけて推進するやり方は、もはや不効率と言わざるを得ません。
 実際、自衛艦の最大のいずも級ですら、そのままの形でも重力エンジンを用いて浮かして推進した方がずっと速いし、推進距離当たりのエネルギー消費は同等です。そうした場合、運動方向は海上における平面上の2次元でなく、必然的に3次元の動きになります。ですから、今のような船の形をした艦が適当かどうかという問題が生じます。

 我々の研究では、結局海中で3次元の動きをする潜水艦の形が、将来の艦船の姿であると結論付けています。また、その時、その機動の範囲は大気圏に留まるのかということが、当然検討範囲に入ってきます。重力エンジンはご存知のように、AEバッテリーなどの電源による電力を動力とします。
 その時、推進のみのことで言えば、酸素を必要としませんので、その行動範囲は、大気中、海上、海中あるいは宇宙空間も入ってきます。例えば、潜水艦に重力エンジンを積めば、さっき言ったすべての範囲を行動できます。また、先ほど航空自衛隊の話をしましたが、その航空機も水圧に耐え、気密構造にすれば、同様にすべての空間は行動範囲です」

 坂野は再度言葉を切って、テレビカメラを見つめ、一拍置いて口を開いた。
「そうした兵器体系になったときに、航空・海上を分ける必要があるでしょうか?防衛省の結論としては、陸上を主として防衛範囲とする陸上自衛隊と海上・海中及び大気中を防衛範囲とする大気圏自衛隊さらに宇宙空間自衛隊の3つに分けるというものです。
 なお、陸上自衛隊については、戦車を含め多種類の車両及び航空機を運用していますが、車両は重力エンジン駆動としますし、航空機は先ほどの航空機の考え方に倣います。今後は戦車も空を飛ぶのです。また、小型・中型のこれらの万能機は基本的にAEバッテリー駆動です。従って、その行動範囲には自ずから限度があります。
 
 これが欠点といえば欠点になりますので、AEバッテリーの励起のできる、AE発電兼励起リアクターを積んだ大型機が必要になります。それらも設計は終わっており、予算が認められ次第、建造・配備することになります。現状のところ、ただいま説明申し上げたことは基本構想でありまして、これらのコンセプトをご理解頂く目的のものです。 これらの具体案は、ほぼできていますので3ヶ月以内には具体化して、予算案を提出する予定になっています」

 この坂野の話を聞いて、ハヤトは満足だった。この構想には、元自衛官の瀬崎も深く関与してきたのは知っていたが、このように既存の体系を一新するとまでは思っていなかった。なによりのメリットは、従来の兵器体系に比べて、同じ戦力の兵器を揃えること、及び運用が非常に低いコストに収まることである。

 ハヤトとしては、魔力発現の処方によって、地球上の不安定さは、少なくとも一時的にはむしろ増すと考えていた。その際に、すでに国力がアメリカ合衆国に伍してきた日本が、何からの役割りをすることは不可欠だろう。その意味では、自衛隊の装備体系の改変は大きな意味を持つ。

 しかし、果たしてお花畑頭の多い野党の反対は大きかった。まずは、予算の膨張を理由に非難し、却って予算的には圧縮できることを示されると、今度は例によって政府が侵略できる兵器を持つことを非難する。その防衛委員会は時間一杯を使って、野党からの反対の意見が多いままに終わった。

     ー*-*-*-*-*-*-

 ハヤトは、あるビルの前にある喫茶店で、コーヒーを飲んでいた。その目の焦点があっていないのは、正面のビルの3階のあるオフィスに神経を集中しているのだ。秘書の加山は帰したが、その時の会話である。
「ハヤトさん、『帰っていいよ』って、簡単にいいますけど、無茶は止めてくださいよ。何と言ってもハヤトさんは国会議員なんですから」

 加山が運転席から心配そうにハヤトに言うのに、ハヤトはニコリと笑って返す。
「俺なんかは、もともと無茶の塊だからね。まあ、やましいことは一切ないから、思いっきりやるよ。俺の無茶が通るか、相手の陰険な陰謀が通るかだな。まあ、議員が首になっても、加山の能力があれば、やってもらう仕事はあるからその点は心配するなよ」

「ハヤトさん、そういうことではないのですよ。でも……」
 加山秘書は、ため息をついて最後に言う。
「まあ、ハヤトさんをどうこうできる奴はいないと思うけど。気を付けてください。言われるように、私は帰ります」 

 ハヤトがそのことを思い出していると、彼の席の横に3人の男が立った。ハヤトが呼び出した、Y新聞の結城記者と千葉新報の山村記者に若いカメラマンだ。
「やあ、いらっしゃい。すみませんでしたね。急に呼び出して。まあ、簡単に説明するので座ってよ」
「いや、今現在、全国の注目の的のハヤトさんの呼び出しとあれば、何を置いても来ますよ。それで、正面のビルはF出版社のビルで3階が週刊Fの編集部ですよね」

「うん、さすがに解っているね。その通りです。今晩は、すこし法的には危ない橋を渡るけど、今考えている対処がうまくいけば、向こうは何も言えない状況であることは今確認したよ。まずく行っても、あなた達は、俺から誘われて良く解からないままに行動した、でいいからね。それで一緒に行くでしょう?」

「行きますよ。こんな面白そうなことを見逃したら、一生後悔します」
 3人は異口同音に言いながら座る。
「ハヤトさん。こっちはうちの会社のカメラマンの監物です。若いが腕はいいですよ」
 座った後にY新聞の結城が言う。
「ああ、よろしく。動画の方がいいと思うけどね」

 カメラマンらしく、大きめのカメラを首から下げた結城にハヤトが言う。
「ええ、これは動画も撮れます。状況に合わせて撮りますよ」
 若い監物が言うのにハヤトは頷いて説明を始める。

「今日は、察していると思うけれど、週刊Fの編集部に乗り込む。あれはF出版社のビルだから、受付がいたら俺が誤認識させてエレベーターで堂々と上がる。大体、中を探ったけど状況は大体わかった。あの記事をリードしたのは、名はわからんが40台の男の記者で編集長も絡んでいるな。多分、金をもらっている。
 それと、怪しげな若い女の子、多分アシスタントがいて、その編集長とその記者に圧力をかけているな。あれは、まず間違いなく中国人だな。幸い、相手は揃っているから、乗り込んで洗いざらい吐かせる」

 そう言うハヤトに、3人は怪訝な顔をする。
「誤認識?吐かせる?なにそれは?どうやって?」
 結城が聞くのにハヤトがはぐらかすように言う。
「そこは、それよ。俺は何と言っても魔法使いだよ」

 それに対して、山村が諦めたように言う。
「何といっても、ハヤトさんですから」
 早々にコーヒーを飲み終わって、4人は外に出る。
 さらに、近くの交差点の横断歩道を渡ってF社ビルにさっさと入る。

 もう18時半であるせいだろう、中年の守衛が受付の席に座っている。ハヤトがさっさと中に入ってエレベーターに向かいながら無言で手を彼に向かってあげると、守衛は普通に頭をさげる。エレベーターの前で待って、開いたケージから5人ほどが下りてくるが、皆ハヤトたち4人を無視して、外へ出て行く。

 上がり始めたエレベーターの中で、結城がようやく緊張を解いて聞く。
「なんですか。あれは?」
「うん、ちょっとしたテクニックさ」
 ハヤトの答えに山村が首を振って言う。
「ハヤトさんだからね」

『週刊F編集部』と、小さなネームプレートがかかっているドアまで、つかつかと進んだハヤトは、ためらう素振りも見せずにそのドアノブを掴んでさっと開け、中に踏み込む。
「やあ、みんな!」

 ハヤトがかけた少し大きめの声に、部屋の中にいた10人ほどの人がハヤトの方を向いて凍り付いた。ハヤトは声に乗せて、自分に向くようにして、さらに体がマヒするように魔力を飛ばしたのだ。ハヤトは穏やかな声で言う。「俺が誰か判るよね?」

 ハヤトはカメラマンの監物に合図をしながら言う。監物が動画を撮っている中で皆は頷く。数人は、懸命にしゃべろうとしているが声がでない。
「さて、そこのあなた。名前を聞こうか?」
 ハヤトは痩せた40台の男に声をかける。
「な、なん……あ、赤城誠だ」
 最初は反抗的に、しかし間もなく素直に答える。

「赤城さんが、俺の記事を書いたのだよね?」
 ハヤトが問うのに、赤城は明らかに抗いながら答える。
「そ、そうだ」
「それで、あなたは西田洋子の話が信用できると思ったか?」
 ハヤトの問いに同様に答える。
「し、い、いや、できないと思った。あれは、あ、明らかにノ、ノイローゼだった」
「じゃ、なぜ記事を載せた?」

 ハヤトの問いに、すでに抵抗できなくなってぼそぼそと答える。
「金が必要だった」
「いくらもらった?誰から?」
「3千万円だ。シャイエンの紹介した会社から」そ
 う言って、赤城は部屋の隅に立っている若い女を指す。女は体を震わせるが動けない。
「ほう!あの女か。中国人だな?」
「ああ、バイトの子だけど。多分、中国の工作員」

 ハヤトの問いに赤城が答える。
「だけど、怪しげなお前の原稿が、なぜ記事になったのだ?」
 ハヤトが更に問い赤城は答える。
「へ、編集長が許した。編集長も金をもらった。いくらかは知らない」

 ハヤトは赤城をマヒさせて、今度は赤城が視線を向けた編集長に聞く。
「何て名前か知らないが、編集長さんはいくらもらったの?」
「い、い、……」
 流石に抵抗するが、ハヤトが圧力を加えると絞り出すように言う。
「ご、5千万」

 ハヤトはその時点で圧迫を取り去る。そして、監物に聞く。
「撮れたか?」監物がVサインを出して答える。「バッチリ!」
「では、皆さん。皆さんにも事情はお判りの事と思いますので、私に関する誤解は解いて頂いたでしょう。お騒がせ致しました。今晩はこれで失礼します」

 ハヤトは深々と一礼して後ずさるが、シャイエンという女が、裂ぱくの気合をかけて2歩大きく踏み込んで跳びかかってくる。見事な跳び蹴りだが、ハヤトは瞬間に横に滑るように移動して、床に降りた彼女の延髄を手刀で強く打つ。女は声も出さず倒れる。

「すこし、強めに打ったので多分丸一日は目を覚まさない。それでは、本当にさようなら」
 ハヤトは、一緒に来た3人を促して、ドアを開いてエレベーターに乗って悠々と引き上げる。
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