帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第10章 対アンノ戦争勃発

10.7 ハヤト、アンノ母艦を蹂躙する

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 制御室の中の者たちは、その惨劇が行われている間は凍り付いていたが、それでも軍人らしく顔を引きつらせながら、それぞれに手をハヤトに向けて何やら叫ぶ。魔法を練る時間がなかったのであろう、魔力に任せての突き放す魔法だ。しかし、魔力に光る微塵でその力を容易に切り裂くので、まったくハヤトには効果がない。

 ハヤトは、ジャンプでハヤトに集中している者たちのうち、3人が固まっている背後に跳び、一人の背中を突き刺して、引き抜きざま、左の者を肩から切り裂く。さらに、その勢いで横に跳んで、返す刀でもう一人の肩から胸を切り裂く。

 振り向いた残りの5人は、最初に唐竹割に割かれた男、次に首をはねられ胴体からずり落ちて倒れた女、さらに胴を真っ二つに切り割られた男を狂乱する思いで見た。しかし、気力を奮い起こして、魔法で吹き飛ばしたはずが、まったく効果なく、アッと思ったら後ろに回られている。

 それに対して振り返ったところ、侵入者の正面に立っていた女の胴から、一瞬光り輝く刀身が見えたと思ったら、その隣の片方の男に斜めに刀身が通り過ぎる。さらに、反対側の女にも同様に刀身が通り過ぎる時、真ん中の女の体が赤いものをまき散らしなから崩れ落ち、さらに片方の男の上半身が、やはり赤いものを吐き出しながら斜めに擦り落ちる。

 侵入者がまた消えた!必死に振りむくが、もはや魔法を使う余裕もない。果たして侵入者は、2人向こうの男の背後に現れ、すぐさま輝く刀身で背後から胸を貫く。ああ、侵入者はまた消えた!
 母艦イルレーナ23号の艦長、ミールク・ダ・マダンは痺れるような恐怖と戦っていた。艦内でも最大の魔力を持つ彼女は、すぐさま侵入者にの探査に気づき、どうやって侵入したか怪訝に思いながらも、兵を送ろうとしたが、なんと彼は制御室に突然現れた。

 帝国魔法師団の師団長クラスしか使えないという、空間魔法のジャンプだ。とっさに、風の刃を放ったが、あっさりキャンセルされた。彼女は、その魔力のランクにしてみれば珍しく、ある程度魔力の鑑定が使えるのでとっさに測ったが、会ったことのないとんでもないレベルであることは判った。風の刃のキャンセルに狼狽える彼女を無視して、明らかに地球人である侵入者は、背に負った刃物を抜き放つ。

それはギラリと、視覚的にも魔力的にも不気味に光り、一瞬部屋のものをすくませた。武器としての刃物については、サーダルタ帝国においても数百年の昔では使われていたが、あくまで魔法の補助としての役割であった。この侵入者のように、魔力を刃物に沿わせて、切れ味と強靭性を増すということはやられていたようだが、今では廃れた技術になる。

 彼女が自分の魔法をキャンセルされるという、初めての経験に狼狽えているうちに、3人のクルーが体を切断されるという、残虐な方法で殺される。文明人の彼らは、人体が切断され、血や臓物をまき散らすという初めての経験に半狂乱になったが、それでも部下も自分も、とっさに全力を振り絞って魔法で吹き飛ばそうとした。

 しかし、侵入者は輝く刃物で、それを正面から跳ね返してしまい、それ以上の反撃ができないうちに室内をジャンプで飛びまわり、部下を刺し殺し、さらに切り殺していく。まき散らされた血と臓物のために、室内には異様な臭気が立ち込め、エアコン機構が全力で換気している。

 混乱しきった彼女がハッと気がつくと、彼女の前に侵入者が立って、血が滴っている鋭い刃物を彼女に突き付けている。一方で、彼女の座っている制御卓には、各所からの問い合わせが殺到しているようだ。とっさに、彼女は魔力通信機にメッセージを流す。

『制御室に侵入者!制御室は制圧された!排除せよ!艦長』
 同時に制御室のロックを外し、外から開けるのを可能にする。しかし、それは侵入者に読まれていたようだ。魔力通信機はどろりと溶け、ロックは再度かけられ、扉は溶接される。その手際の良さにミールクは唖然とするが、猛烈な反発心がわいてきた。
 すでに刃物を彼女に向けず、だらりと下げている彼に向かってファイア・ボールを生み出し、投げつけようとした。しかし、あっという間にファイアボールは消えてしまった。低温化魔法によってキャンセルされたのだ。

「さて、君がどうもこの艦のトップのようだな。いささか話を聞きたい」
 彼女の人種はエルフと言われるだけあって、肌色が白く白人種に似た極めて整った顔立ちで、スレンダーな体つきである。彼女は、ハヤトがすでに切り殺した、数人の女に比べても際立って美しい。このように肌が白い彼女に比べると、肌色が褐色に近い侵入者は平静な顔で“英語”という言語で語りかける。

 英語については、この世界“地球”の最も共通語に近い言語として、彼女も言語魔法で身に着けていたが、一瞬判らないふりをしようと思った。しかし、目の前の男は明らかに理解していることは承知している模様であり、無駄でもあるし有害であろう。しかし、ミールクは侵入者に抗議しないと気がすまなかった。

「野蛮人!おまえはなんという残虐行為を働くのだ。見てみろ、部下たちの無残な姿を!」
「ふん!よその世界を征服しようという野蛮人は、この程度は覚悟の上だろう?現に隣のイギリスではお前らの侵略で、10万人以上が殺された。ちなみに俺の名前はハヤトだ。お前は?」

 ハヤトの言葉に彼女は素直に答える。
「わ、私はミールク・ダ・マダンよ。このイルレーナ23号の艦長です」
「ふむ、ミールク。お前たちサーダルタ帝国の侵略の意図はなんだ?」

「もちろん、わが帝国の慈悲深き治世をこの世界に広げるためよ。お前たちの世界は最近まで大きな争いをして、いまも反目しあっているようだけど、わが帝国の治世化に入るとそんな心配はなくなるわ」
「ふん、慈悲深き施政か。それで、サーダルタ帝国のメリットは何だ?」

「メリット?」
 怪訝そうにミールクが聞き返す。
「そうメリットだ。単なる支配を広げるだけの自己満足か?税を通りあげて搾取するためか?あるいは滅ぼすためか?」
「滅ぼすなんて、そんな野蛮なことはないわ。むろん、野蛮な民族を導くためよ」

「野蛮ねえ。魔法を除けば、地球よりもサーダルタ帝国の方が遅れているようだが。その慈悲深き統治とやらは、持ち出しで?税は取らないというのか?」
「この野蛮な世界が、サーダルタ帝国より進んでいるなんて、そんなことがあるわけはないわ!税はもちろんとるわよ。守ってやるのだし、施政にはそれなりにコストがかかるのよ」

「ふん、どういう施政の形をとるのだ?」
「基本的には、現地人が代官として統治します。ここはヨーロッパという名前らしいけれど、文明の発祥の地なのでしょう?かれらを地球における代官にして、統治させます。彼らが、サーダルタ帝国の地球統治地区の1級市民になるわけね」

「ふん、現地の統治のための軍はどうなる?」
「それも、現地のものを集めて編成します」
「なるほど、その軍のもの、あるいは行政に係るものは、帝国に逆らえないような、心理的な条件付けをするのだろうな?」
「もちろんよ。どう言い聞かせても、逆らうものは出ますからね。そういう魔道具があるのよ。でも、彼らは一般の人に比べるとうんと地位も高いし、待遇もいいので満足しています」

「その上に、上空ではいつも、お前たちのこの母艦と戦闘機が見張っているわけだな」
「まあ、そうね。反乱は世の秩序を乱すので許されません。結局、そういうことをしない方が、帝国の統治地区の人々にとっては幸せなのよ」
「ふん!ところで、まだ地球にはそれなりの戦力があって、イギリスの闘いを見るとかえって、地球の装備の方が優秀なようだが、帝国に対抗する手段はあるのか?」

「あなたね。その『ふん!』というのは下品よ。止めなさい」
 彼女の言葉にハヤトは返す。
「ふん!!自覚がないようだが、お前は俺の捕虜だ。そのくらいは辛抱しろ!ところで、お前たちは現状でヨーロッパの上空のみを支配しているが、世界中から攻められたらどう抵抗するのだ?」

「それこそ、『ふん!』よ。お前たちはとりわけ、人の命を大事にするようね。私たちが制圧している地区には3億人程度の人が住んでいるわ。私たちにはお前たちのような野蛮人の生命を大事にする理由はない。そうね、半日あれば大部分を殺せるわ」

「そうやって脅すお前たちが、人に野蛮人と言うのはあきれるな。そうか、判った。ではサーダルタ帝国は滅ぼさなくてはならないようだな。」
 ハヤトが重々しく言う。
「滅ぼす?サーダルタ帝国を滅ぼす?12の世界を統べ、サーダルタ人のみで人口が77億人に達し、全員が魔法を使える、すべての世界でも唯一無二のサーダルタ帝国を?」

「ああ、よその世界に入ってきて、その一部を人質にとり、それを殺すというような、野蛮な国家は滅ぼすしか手はない。ヨーロッパ3億の人々は貴重な犠牲だ。引き換えにサーダルタ帝国77億の生命はもらう。地球には、俺だけではないぞ、自由にお前たちの艦に入って、好きなように破壊行為をできる人間が10万人はいる。
 当然、この艦の同種の艦は鹵獲して、帝国のテリトリーに入り込んで、破壊し放題だ」

 ハヤトの言葉にミールクは顔色が青くなる。「ま、待って。嘘よ、嘘。私たち、サーダルタ帝国はそんな野蛮なことはしないわ。制圧下に置いた地区の破壊行為などをしたことはない」
「それは、単に今まで、その必要がなかっただけだ。いずれにせよ、他の世界の征服をたくらみ実行するような国家は信用ならん。滅ぼすべきだ」

ハヤトの目は据わって十分本気に見えるが、実際のところ半分ははったりだ。ミールクの本音を引き出すためのものだが、制御室のドアがだいぶやかましくなってきた。そのうえ、溶接したドアから白熱光は吹く出しているところを見ると、溶断しようとしているようだ。

「ち!乗員は皆殺しにして、この艦をかっさらうか」
 ハヤトが忌々し気にいうと、ミールクはビビる。彼女はハヤトがそれを十分できる能力があると思っており、自分の部下である乗員500名と、戦闘機パイロットの280人が、皆殺しになるのはどうしても防ぎたいと思っている。

「そうはいかないわよ。彼らだって、あなたを十分殺せる武器を持ってくるわ。悪いことは言わないから逃げなさい!」
 必死に言うが、彼女自身が我ながら説得力はないと思う。
「ふん、まあサーダルタ帝国人だけでなく、統治地区の兵もいるようだから、全員殺すのはかわいそうだな。じゃあ、ミールク、お前を連れて行くよ。良く見ればお前もなかなか美人だ。こっちに来い」

 ハヤトは、制御宅の椅子に座っている彼女の手を引きあげて抱き寄せる。
「え、ええ!」
 ミールクは叫ぶが、ハヤトが彼女の耳にささやく。
「もう一つ、異世界の壁を渡る方法を知りたい。知っているか?」

 彼女はその言葉に、無意識に上階にある転移装置を思い浮かべるとともに、吹き付けられる吐息に体がぞくぞくするのを覚える。そう思った瞬間、雰囲気が変わったと思ったとたんに別の部屋にいるのに気付いた。その目の前に、彼女がまさに思い浮かべた転移装置がある。大体2m×3m×3mほどの立法体で床にがっちり止められている。

「あなた、ハヤト!心が読めるのね。この!」
 ミールクはののしって、ハヤトを殴ろうとするが、しかしハヤトは彼女を片手でがっちり抱いて離さず、転移装置の固定部を探っている。固定部を探知したハヤトは、あっという間に焼き切って空間収納を済ませる。

「さて、当面用事は済んだ。ミールクごめんな。まだお前の用事は終わっていないんだ。どうしても一緒に行ってもらうよ」
 ハヤトは彼女に声をかけながら、約60kmの位置にいる“らいでん”改の桐島1尉に念話で呼びかける。
『間もなくその中にジャンプします。お客さんがいるので驚かないように』
 桐島はこれを受けて、葛西にも伝えて待ち構える。しかし、予告があってもハヤトが突然美女を抱いて現れたのに仰天する。

「ハヤトさん、そ、その人はひょっとしたら、サーダルタ帝国人?」
 先に正気に帰った桐島の日本語の問いに、ハヤトは「彼女は英語ができるよ」と日本語で言って英語で答える。
「そうです。彼女は、あのアンノの母艦イルレーナ23号の艦長のミールク嬢だ。そうだよね。ミールクは結婚していないよね?」

「結婚?うーん、私たちは男女それぞれ3人から7人でクランを作るの。それが結婚のようなものね。私も前は入っていたけど今はフリーだから、まあ独身かな?」
 そうと答えたがハヤトをにらんで、ようやく彼女を離したハヤトの頬を思い切り張る。
「誘拐犯!しかも私たちの最大の秘密を盗んで!」
 彼女は、すでに帝国に帰るすべがなくなったのを自覚していた。

 艦長が艦からさらわれて、しかも土産に、帝国の最大の秘密技術である転移装置を盗まれている。帝国に帰ても、間違いなく死刑である。彼女は、ハヤトの頬を叩いたものの、それを自覚して、そこにあった椅子に座りこんで、手で顔を覆った。目から熱いものが溢れるのを感じるが、一方でその肩を優しく覆ってくる手をも感じている。

 独身の葛西2尉は、ハヤトが泣いている異世界人の絶世の美女の肩に、優しく手を置いているのを見て、羨ましさを抑えきれなかった。あの娘は誘拐されてきて、ハヤトの頬を叩いたが、どう見ても本気ではない。ああやって、肩の手も払いのけないというのは遠からず、良い仲になるのだろうなと思う。
 もげろ!と思う葛西であった。
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