帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第13章 サーダルタ帝国との和解

13.3 マダン解放その3

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 公爵シンガ・ミダ・キルマールン、マダン総督(現状のところまだその任を解かれていない)が帝国皇帝イビラカカン・マサマ・サーダルタを始め、宰相、軍務大臣、外務大臣を始めとする主要大臣とその補佐官の出席の席で証言をしている。

 ちなみに、キルマールン総督は皇帝のいとこに当たる名門の出身であり、マダン総督軍の司令官も務めていたように軍務が長く、異世界総督となるには現在72歳の彼は非常に若い方である。サーダルタ帝国人の寿命は人類の2倍ほどであり、通常150歳程度までは現役で働くことができる。

 その意味で若くして選ばれて、総督の地位についたキルマールンの過去の実務の成績は非常に優秀であり、78歳の皇帝とも幼いころからの知り合いであり、その能力を高く買われている。サーダルタ帝国においては、効率化ということは重視されており、マダン失落の経緯についての映像及び経過説明の書類の内容は、この日出席の皆が承知している。

 キルマールン総督は、一段高い壇上の中央の玉座の皇帝その両側に座る出席者に向かい合って、ポツンと席を与えらて、その横に立っている。その総督の頭の後ろには、壇上の皆に見えるような多きなスクリーンが設置されている。帝国の高位貴族といえども、マダン失落の責任を問われている被告なのだから、本来であれば手錠をされて腰縄をされるところを、皇帝の認可の下に拘束はされていない。

 皇帝は総督に向かい合った正面の席に座っているが、座っているのは無論ひと際立派な玉座である。
「事実関係については、ここの皆は承知しているので、キルマールン総督の考えるマダン失落の原因を述べよ」
 皇帝の横に座る宰相が厳しい口調で言う。

「はい、では思う所を正直に述べさせて頂きます」
 総督は皇帝とそれから左右の出席者を見渡して話し始める。
「まず言えることは、マダン失落の原因は、そもそも地球に侵攻したことです」
 この発言にざわめきが起き、出席した大臣たちは皇帝を窺うが、彼が平静に聞いているのを見て、ざわめきも収まる。

「彼らは、わがガリヤーク母艦ほどの巨大母艦を持っていませんし、多分戦闘機の数もわが帝国ほどは持っていません。しかし残念ながら、彼らの戦闘機・母艦の推進システムは我が方より優秀であり、多分電磁的に打ち出すと考えられる彼らの砲も極めて高威力である、それに比肩するものを我が方は持っていません。
 つまり、彼等はその優速を生かして、自在に我が方の射程範囲外からわが母艦、戦闘機を破壊できるのです。これは、混戦になればこちらの方の被害が大きいとしても、ある程度の被害を与えられますが、その速度を生かして射程範囲外からわが方の破壊する戦法をとられると、なすすべもなく一方的に敗れます。

 また、何よりの我らの弱点は彼らが自由に成層圏まで登れるのに対して、我々はできないということです。事実、マダンにおいては、当初侵攻して来た彼らの戦力は小さかったので、異世界の門をくぐる時の混乱に乗じて、混戦に持ち込んでそれなりの敵機を撃墜しました。しかし、結局成層圏に逃げ込まれてしまいました。
 さらに、その成層圏からの彼らの大威力の砲の狙い撃ちによって、地上にあった母艦のすべてが破壊されてしまいました。彼らの砲の精密な照準は我々のレベルを明らかに越えており、100kmを越えるような砲撃もそれほど誤差なしで行えるものです。

 つまり、彼等は我々の手の届かないところから、好きなように我々を叩けるのです。ある程度、成層圏からの攻撃に時間がかかったのは、単にかれらがマダンの原住民への被害を懸念したためであり、その考慮を除外すればわが総督府軍はあっという間に殲滅されたでしょう。
 つまり、私が思うのは結局わが帝国がチキュウに攻め込み、却って反攻を受けて敗れ、異世界転移装置を装備した母艦からその転移装置を捕獲されたことが、マダン失落を招いたと思っております」

 総督は言葉を切り、宰相が聞き返す。
「つまり、君はわが帝国議会で決議した、チキュウ総督府の設立とチキュウへの侵攻が誤りであったと、我々は触れてならないところに触れてしまったと言いたい訳だね」

「その通りです。また、その点をすこし付け加えると、わが母艦から転移装置を捕獲したことは、私が話をした地球側の担当官からはっきり言われました。そして、間もなく転移装置はチキュウで複製が完了するとも言われました。
また、もう一つ考える必要があるのは、わが帝国において地球に偵察艇を送ったのは20年程前からであり、その頃において明らかに征服は容易であるという判定でした。

 ところが、侵攻寸前の報告では、明らかに従来と違った原理による航空機が飛び始めており、ガリヤーク機が何度も追われております。一つにはその報告がチキュウへの侵攻を早めたともいわれておりますが、私が恐れるのはそのチキュウの技術の進歩の早さです。
 我々がチキュウから叩き返されて、わずか半年程度で、鹵獲した異世界転移装置を使って隣接のマダンに艦体を送り込んでくる。その艦隊に続いて、わが方のガリヤーク機1万機に対抗できる数千機の戦闘機を、母艦の周囲をゲートを使って直接送り込んできています。
 つまり、彼等は最初に入り込んできたマダンという異世界において、異世界に踏み込んで3百年になるわが帝国を凌ぐ対応を見せております」
 総督が淡々と述べる。

「そ、それは敗北主義だ。10を越える異民族を従えるわが帝国の栄光あるこの席で、そのような悲観的なことを言うとは、君の総督府軍の指揮に問題があって失落したのを隠そうとしてであろう」
 激しい調子で、内務大臣が難詰するが、総督は淡々と答える。

「たしかに、ガリヤーク母艦を地上に漫然と駐機させていたのは、問題であったと思っています。そうは言ってもマナの消費を承知の上で滞空させても、いずれは我々の手の届かない成層圏から破壊されたでしょう。有効な手段ははっきり言って、現地民を人質にするように都市の上空に滞空することのみでしょうね。
 実際にガリヤークの保存のためには、現地人の市街地に近いところに駐機させて彼らから攻撃されることを防いでいます」

「地元民を人質に?栄光ある帝国が」
 何人かが嫌悪に顔をゆがめて言う。
「そう、それしか方法がなかったのです」
 総督がさらに淡々と答える。

 少しの間があって、皇帝が玉座の中で身を乗り出して聞く。
「キルマールン、君のマダン失落の原因に関する君の考えは解った。では、君はわが帝国はチキュウに対してどうすることが最善と思うかね?」

「はい、わが帝国はチキュウと平和条約を結ぶべきだと思います。ただ、彼らの要求は我が帝国が支配下に置く異民族を解放するということです。しかし、一方でそうして解放した民族を自分の支配下に置こうとはしていません。こうした諸世界を通商の相手として考えているようで、わが帝国もその相手として考えていると聞いています」

 この総督の言葉に多くの大臣から大声の非難が巻き起こったが、皇帝が手を挙げてそれらの声を押さえて聞く。
「軍事大臣、こうなると、わが帝国の諸世界を守るためには、軍事的にどの程度の増強が必要かね?」

「はい。残念ながらわが方に総督が言われた、チキュウの兵器体系の優位性を覆すような新兵器はありません。また、わが帝国は魔法において他民族に対して優位性がありますが、地球との戦いでその面で優位に立てるほどではないと考えています。
 その一つの論拠として、チキュウには空間魔法によって、数百㎞の距離をジャンプできる個人がいるという証拠があります。実際に最初に異世界転移装置を奪われたのは、その個人によってではないかと思われます。
 従いまして、大変申し訳なく思いますが、どの程度の軍備をすれば今後予想されるチキュウからの侵攻を防げるか、確たることは申し上げられないのです」

 軍事大臣はうつ向いて訥々というが、まさに本音である。それに加えて総督がさらに言う。
「もう一つ悪い条件を申し上げれば、マダンにおいてはチキュウの軍勢は我が方のガリヤーク機やその母機を撃墜する際に、撃墜された機体が原住民に被害を及ぼすのを恐れております。その意味でもし戦場がガリヤーク帝国の本国になった場合、彼らのその障害がなくなる可能性ももある訳です」

 皇帝はこれらの話を聞いてさらに聞く。
「軍務大臣、財務大臣。仮にチキュウによってもたらされた損害の前の状態にするためにどの程度の予算が必要か。概算で良いので申せ」
 これに対して財務大臣が答える。

「はい、それについてはすでに計算しております。母艦が320隻、ガリヤーク戦闘機8万5千機を主として必要な予算は、84兆6千億帝国ジム、大体現在の帝国の総予算の2年分が必要です」

「ふむ、宰相。貴公は異世界を支配下に置くことは不経済と、以前から申しておったな。今現在、軍事大臣の言ったように、チキュウがマダンのようにわが帝国に侵攻を始めた場合には、どれほどの軍備をすればそれを防げるか決められないという。つまり防ぐ自信がないわけだ。
 そこで、最低減としてチキュウによって受けた損害を回復して、それを効率よく使えばその反攻を防ぐことが出来るとする。その予算は今財務大臣が申したようにわが帝国の総予算の2年分という。この条件における貴公の意見を申せ」

 問いかけられた宰相は、暫く沈黙したが、おもむろに口を開いた。
「今般のチキュウ侵攻とマダンの攻防戦によって、先ほど話のあったように概ね320隻の母艦と8万5千のガリヤーク機が破壊されました。破壊された軍備の損害はさきほど財務大臣が言ったようにわが帝国の総予算の2会計年分です。たぶん再建には無理を重ねても最低で5年を要すると考えています。
 さらに大きな問題は、わが帝国の艦隊の高度に訓練を受けた乗員の、おおむね半分近くがこの戦いで失われたのです。ですから、5年で入れ物は再建しても実力として元に追いつくにはさらに時間を要すると考えられます。

 また、そうやって再建しようとする軍は、明らかに質としてチキュウの軍に劣っているわけで、再建に長くかかるこのよう軍では、残念ながら帝国の現状のこの本国とその被征服世界を守ることが出来ないと私は考えています。
 ですから、宰相としての私の意見はキルマールン公爵の言われるように、チキュウと和平条約を結びその中に不可侵条約を結ぶべきです。その条件の、被征服種族の解放はすでにその支配がそのための軍備まで考えると、経済的にはマイナスになっていたのですから実行するべきです。

 ましてや、わが軍が現在すでに大損害を受けてその回復まで考えると、さらに大きなマイナスになるのですから。ただ、彼らの異民族の解放ということを言っているので、知的生物の居なかった世界にわが国民が植民した世界は、継続して領土とすることを要求すべきです」

「ふむ。宰相の意見はそのようだの。余も実のところ、余なりにチキュウについては調べてみた。彼らはなかなか好戦的な種族で大規模な戦争を何度か繰り返してきたようだな。しかし、現在はその過去を反省して、他の種族を支配することに嫌悪感を覚えるような教育をされているようだ。
 とりわけ、今現在チキュウで実質的に武力を握っているニホンという国がそういう傾向が強いようだし、さらに従来からの強国である、アメリカという国もそうだ。だから、敵の言うことを信じるのは危険ではあるが、先ほどの総督の言ったように、チキュウが我が帝国を含めて他世界を支配下に置くことはないと余も考える。

 また、宰相の言うように、チキュウという存在が現れた以上、現在支配下に置いている諸世界を支配下におくことは危険であるし経済的にマイナスだ。また、チキュウがこれ以上わが帝国と争いたくないということは事実だと思う。だから、余もキルマールン公爵と宰相の言うように、チキュウと和平条約を結ぶことに賛成する。
 ただし、先ほど話の出たように、わが人民が植民した世界は当然帝国の範疇にはいること、また地球への侵攻で生じた損害は、わが帝国が服従させている異世界に置いてくる様々な資産による相殺するものとして、別途賠償金が発生しないものとして交渉する。皆のもの、余のこの考えに異論のあるものはいるか?」

 皇帝がこのように言って、玉座を回して諸大臣を見渡す。これまでの議論を聞いて、さらにすでに皇帝がそのように結論を出した以上、反論しても無駄なことは明らかである。諸大臣からの意見はなかった。そこで、皇帝はキルマールン公爵と外務大臣に語りかける。

「それでは、キルマールン総督、マズルーム外務大臣とよく話し合って、地球側と今余の言った線でまとめてくれ、よいな総督、外務大臣?」
「は!仰せの通りに」
 2人は頭をたれ、他の大臣も皇帝に一礼する。

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