帰って来た勇者、現代の世界を引っ掻きまわす

黄昏人

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第13章 サーダルタ帝国との和解

13.12 ハヤト、サーダルタ帝国へ

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 ハヤトはサーダルタ帝国への使節団の一員として、母艦 “むつ”に乗っている。サーダルタ帝国としては、本国への訪問に際して非武装の船を使うことを要求した。しかし、現状のところ地球には旅客船“しらね”シリーズしかなく、これはAE発電機、異世界転移装置は積んでいないので結局むつが選ばれたのだ。

 サーダルタ帝国としては、自国の非武装の異世界転移装置を積んだ船で送るという話もあったが、これは公的には戦争状態にある状況を考えて、地球側が拒否したものである。だが、“むつ”については大口径レールガンを積んだ“らいでん”は積載せず、首都のある大陸には下りないという条件を付けられた。

 これは、むつにも多くの大口径レールガンを積んでいるので、安全のために首都のある大陸には下りないということである。さらには、自由に動ける“らいでん”が動き回ったら危険という判断のようだ。使節団は、地球同盟政府の政治家12名、外務官僚55人の他、地球同盟軍幹部15名、マスコミ関係者35名となっている。

 この中に、地球として切り札になるハヤトを含める点については、様々な議論があった。しかし、すでにマダンの侵攻にハヤトが同行していることが大きな実績になっており、強力な魔法を使えるサーダルタ人の住む世界に行くのに、地球最強の魔法使いであるハヤトが同行するのは必然であろうという論が勝ちを収めた。

 同行することに関してのハヤトの資格自体は問題なかった。すでに、設立されている地球同盟政府の設立準備会において、ハヤトは日本政府代表として、同じく参加している元首相の阿山と共に450人の議員の一員を占めているのだ。なお、阿山は同盟設立の中心メンバーの日本出身として準備会の議長を務めている。

 今回のサーダルタ帝国への使節団が出発したのは2032の10月である。その団長はアメリカの国務長官を務めてきて、現在では連盟の外務代表を務めるアメリア・カーターである。

 “むつ”は、最初にマダンを抜け、さらに2つ目の世界、キリマララに来ている。いよいよ明日はサーダルタ帝国の世界へ移転することになる。異世界を渡る場合には、出発した世界から次に世界へは上空数万mで転移が可能であるが、連続して次の世界時への転移はできない。

 この理由ははっきり分かっていないが、要するに移転すべき世界へのいわば座標設定が、約20時間過ぎないとできないのだ。だから、地球からサーダルタ帝国の帝都のある、サーダル世界まで4つの世界を通っていく必要があるので、概ね4日を要することになる。

 サーダルタ帝国へ到着前に、使節団の最終的な協議を行っている。
「条約の文面はこれで問題ないわね」
 アメリア・カーターが言うのに、事務方の責任者のイアン・ダルシーが答える。

「はい、元々これは戦争行為をお互いに止めましょうというもので、それほど厳密なものではありません。軍縮も入っていませんからね。なにしろお互いの監視もなかなかできない状態ですから、やむを得ないと言えばやむを得ないのですが。
 また、この文面はお互いの平和的な交流のスタートであることは強調していますので、これはこれで良いものだと思います」

「そう、でもサーダルタ側の文面の最終的なチェックが、翻訳AIと捕虜によるものという点はすこし引っかかるけれどね」
 カーター女史の言葉にハヤトが口を挟む。

「その点は私も立ち会っていますが、捕虜と言っても最初から協力的なミールク・ダ・マダンがチェックに当たっていますからね。もともと、彼女の判断では翻訳AIの機能は十分だそうですよ。それに、少なくともサーダルタ側で作成に当たった者も恣意的に誤解させようとする意図はありませんでした。ですから、双方の条約書には矛盾はないでしょう」

 サーダルタ帝国の名門の出身でガリヤーク母艦の艦長であったミールク(第1号の捕虜になった)は、サーダルタ側との交渉の仲立ちを行っている。

「はい、実際にすでに同盟政府準備会でも、サーダルタ語の教育ソフトを使ってほぼ会話にも支障のない要員が今回も15名加わっています。さらに、皆さん翻訳機をお持ちですから、通常のやり取りは問題ないと思います。もちろん、外交文書は厳密さを要求され、相互に誤解があってはなりませんから、現状のところこれらの要員の語学力では不十分でしょう。しかし、AIを使えば、矛盾はほぼ完全に防げると思っております」

 ダルシーがハヤトの言葉を補足すると、カーター女史が了解のしるしに頷く。
「その点は分かりました。そのように言われるのであれば問題ないでしょう。なにしろ、今回の鉱床は、マダンのアルージル帝国に続いて行う2番目の異世界政府との条約ですからね」

 彼女がそう言う通り、地球からの強行偵察隊が解放した異世界マダンのアルージル帝国とは、すでに平和条約が締結されている。マダンには他に2つの国、カザムル帝国及びレクザース帝国があるが、現状では後者の2つの国にはアルージル帝国を通じて平和条約の締結に動いている。

 しかし、これら3国はいずれも帝国と名がついているだけのことはあって、いわば征服王朝であり、小国を吸収して最後に残った3国になっているわけだ。だから、とりわけジムカク大陸にあるカザムル帝国及びレクザース帝国は、過去激しく戦った歴史をもっている。

 一方、アルージル帝国は最短で5千㎞離れた同じ名前の大陸で建国されたために、過去に海軍の小競り合いはあったものの、特にこれら2国とは争いはしていない。だから、5千㎞以上を安全に渡れる船が開発されてからは、規模は小さいがそれなりの国交は結んでいる。

 また、150年前にこの距離を渡れる飛行機が開発されてその交流は深くなったが、100年前のサーダルタ帝国の征服によって、分断された結果になった。サーダルタ帝国は征服者として、これら3国の分断を図ったのだ。ただ、惑星規模の無線通信はすでに開発されており、これについてはサーダルタ帝国も特に妨害はしなかったので、お互いの映像を含めたニュースのやり取りはしていた。

 地球同盟が、アルージル帝国との平和条約の締結を急いだのは、多くの地球人がそこですでに滞在して活動している以上、お互いの行動の原理原則を決めておく必要があるのだ。現在マダンには約3千人の地球人が駐留して、公式には戦争状態にあるサーダルタ帝国に備え、かつアルージルの若者を“しでん”の操縦訓練を行っている。

 地球はアルージル帝国に対して圧倒的に優位な立場であったが、かつての地球のような自らの基地の外における治外法権の要求や、関税自主権を取り上げることはしなかった。むろんそれは、国内における法治が成立していることを確認しての上であったが。

 この基地の運営の経費は、隊員の給料や地球から持ち込む資材を除いて、アルージル側が全面的に負担している。とは言えその負担は、基地の土地・建物の提供やその運営、さらに隊員の食料や現地での小遣いといった経費であり、大きなものではない。

 さらに、平和条約において地球側はアルージル側に“しでん”戦闘機、“らいでん”攻撃機の有償による提供を約束している。アルージル帝国としても自主でサーダルタ帝国の再侵攻があっても守れる防衛体制の構築は必須であったのだ。現状のところ、訓練で使っている200機の“しでん”、20機の“らいでん”は、提供の対象としてみなされている。

 しかし、その運用を自ら行うにはAEバッテリーの励起(充電)が必要であり、そのためにはAE励起工場の建設が必須である。むろん、その事情を知ったアルージル側はAE発電所・励起工場の技術の提供、建設を望んだ。現状のところマダンの技術は、地球における1950年代のものにとどまっており、発電は主として石油とガス、それに水力によっている。

 今のところ、アルージル大陸における石油・ガスの資源は豊富とはいえず、それほど大きくない電力消費であっても、すでに枯渇が心配されている状態である。だから、AE励起発電の技術は彼らにとっては夢のようなもので、かつ是非欲しいものであった。

 このように、アルージル側から地球から買いたいものが多くある一方で、逆はどうかという点が懸念され議論された。技術面では先述のように圧倒的に地球側が優位にあり、工業製品の輸出入が始まれば、一方的に地球側の出超になるであろう。

 しかし、アルージル帝国の大陸はその5億人の人口の割に広大であり、また平坦で降雨量も安定して穀物など食糧生産には最適な条件がそろっている。だから、従来サーダルタ帝国への税は食料供給によっていた。また、広大な海洋からの漁業は行われてはいるが、沿岸漁業の域を脱していないので大きなキャパシティがある。

 この点で、緊急に調査が進められた結果、食料を輸出することで収支がバランスすることが出来るであろうという見込みが立った。少なくとも、今後アルージル側が地球と技術的にイーブンになるまでは大丈夫だろうということである。これは、ケモミミの彼女のためにマダンに住み着こうという日本人ケモナーの陰ながらの努力があったとされる。

 ちなみに、マダンは現在サーダルタ帝国へ大量の食糧を税の形で納めているが、これは急に停止はできない。だから、今後は販売の形でそれを続けることで、元総督府と交渉しているので、これも外貨獲得の一つになる。このように、今後マダンと地球は交易を始めるが、まず決めなくてはならないのは通貨の交換レートであるが、両者がデータを集めて交渉している段階である。なお。関税については当面は双方ゼロと言うことで合意している。

 マダンの他の2国のカザムル帝国及びレクザース帝国については、地球の存在はサーダルタ帝国との攻防戦ですでにその存在を知られている。だから、地球側からもこれら2国にアルージル帝国の外交官と共に使節を送って、平和条約の締結をすることは合意している。

 これら2国にとって、同じ世界のアルージル帝国がはるかに技術的に優る地球との交流を始める一方で、自らが取り残されるのは耐えられないことである。彼らも、当然戦闘機、攻撃機の買い取りと訓練を望んでいるので、現在その交渉が行われているところである。

 このように、地球同盟としてはすでにマダンにおいては、その人口の半ばを占める1国と平和条約を結び、他国について交渉中という状況である。地球同盟の考えは基本的に相手が、相当に技術的に劣位であっても、法的に合理的な施政を行っている相手であれば、一方的な関係であってはならないということである。

 一方で、法的な施政が行われていない相手に対しては、その行動に信頼がおけないのであるから、自らの身を守るためにも一方的な関係であることはやむを得ないということになる。地球のどこかの国のように、国同士の条約を簡単に覆すような国ではつきあえないということだ。

 その意味で、マダンの3国は長い歴史をもって、皇帝と言えども越えられない法の下に治められており、対等の関係を結ぶに足るということである。その点でいえば、サーダルタ帝国も同様に皇帝は大きな力を持ってはいるが、その法を越えるような絶対権力はもっておいないので、対等な平和条約を結ぶに足ると言える。

 ただ、彼らがやってきたように、他民族を一方的な関係の元に従えるというドクトリンは改めてもらう必要がある。これは道徳的にというものではなく、単純に11もの惑星規模の世界を従える存在がその総力をあげて、地球に向かってくる場合、将来においては必ず敗れることになるということである。

 だから、戦力においてこちらが優っているこの時点で、どうあっても彼らをその支配世界から切り離す必要があるのだ。幸いにして、捕虜からのヒアリングの結果から考えると、彼らは経済的な観点から支配している世界を切り離す決断をしたようであるので、これ以上の争いをする必要はなくなった。

 あとは、彼らとの関係を実り多いものにしたいというのが、レクザース帝国との平和条約締結には10人足らずの使節団であったものが、今回の使節団がマスコミ関係者を除いて82人にもなった理由である。

 ハヤトにとっても、サーダルタ帝国には大いに興味があった。いろいろなヒアリングの結果から、サーダルタ帝国の世界のマナの濃度はラーナラに劣らないようだ。そのこともあって、魔力が強く魔法が使えることがその人の価値を決める基準になっているという。

 捕虜になったサーダルタ帝国人に接触した限りでは、自分を越えるほどの大きな魔力を持った者はいなかったが、本国にはどの程度のものがいるか楽しみではあった。さらに、彼が関心を持っているのは科学と魔法の相乗効果である。現に、彼らは魔力で飛ばす航空機を開発しているし、なによりマナを圧搾して貯留して使うことで、地球のようにマナの低い世界でも魔法を自在に使っている。

 一方で純粋な科学技術においては、全般的に技術変革が起きる前の地球と同等であるようだ。しかし、原子力については殆ど手付かずであり、欧州を支配下においてさえも、フランスから核爆弾をサンプルで持って帰るにとどまっている。これは、原子力が危険なものという、地球から通信傍受によって仕入れた知識をやや過大に受け取った結果であろう。

 そうは言っても、放射能を処理する術のない原子力の活用を広げようとしていた、地球も無邪気すぎるとも言えよう。いすれにせよ、彼らの持って帰った原爆の返還も交渉の一つのターゲットであり、彼等も返還に同意している。
 その会議は条約の条項の最終的なチェックと各人の役割りを確認することで終わった。いずれにせよ、使節団は条約の締結は二の次でサーダルタ帝国の状況を、視察して様々な階層と協議することが主になる。
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